ちりめん細工の再興活動
                                                                  2007年2月10日
                                                       日本玩具博物館館長 井上 重義

1、 はじめに
@1冊の郷土玩具の本との出会いから郷土玩具の収集を始めて44年、玩具博物館を開館してから33年の歳月が流れた。
A「玩具や人形も大切な文化遺産であり、評価を高め、集大成して後世に伝える」という使命のもと、評価されることが少ない子どもや女性の文化財を集大成して後世に伝えると共に、それらに光を当てるための多彩な活動を展開してきた。その大きな成果のひとつが、女性の伝統手芸である「ちりめん細工の復興活動」である。
Bちりめん細工は、子どもが作ったり、子どものために作られたものは少ない。当館の基本的な活動目的からからいえば、幹ではなく、枝葉の部分である。それが大きく繁った。幹を太らせる役目もしている。
C地方の小さな個人立の博物館が20数年前から取り組んできた活動が花開き、一地方だけの活動に終わらず、全国に広がり、大きな流れになった。
その経緯について報告したい。

2、なぜ取り組んだのか
@私は女性の手になる手まりや姉様人形などを昭和38(1963)年以来収集してきた。その過程でちりめん細工の存在を知ったが、収集は進まなかった。
A昭和45(1970)年に神戸の古書市でちりめん細工のバイブル書である『裁縫おさいくもの』明治42 (1909)年刊を入手。口絵にはカラーで桜袋・うさぎ袋・にわとり袋・蝉袋・鶴袋・人形袋などが紹介され、39種類の作品が型紙と共に作り方も解説されていた。また、ものを大切にする心や手指の器用さを養い、教養のひとつとして女学校などでも教えていたことを知った。
B裁縫お細工物が、日本女性の美意識や造型感覚を表現し、手の技を伝える芸術品でありながら評価されず、埋もれた存在であることに気付いた。素晴らしい手の技や美意識を表現し、芸術品として認められるべきものが「手芸品」といった言葉で片付けられるのが私には残念で、弱者の文化といえる「子どもや女性のもの」に光を当てたいと考え、それが当館の使命であると考えていた。
C当館はこれまでアメリカ、スイス、ブラジルなどで日本の郷土玩具展を開催した。わが国では郷土玩具は「子どものもの」ということから、評価されることは少ないが、海外ではアートとして高い評価を受け、日本人の美意識や造型感覚を表現した作品として高い評価を受けた経緯もあった。

3、ちりめん細工とは
@江戸時代から明治時代にかけて縮緬の小さな残り裂を縫い合わせて、花、動物、人形、玩具などの小袋や小箱を作るもので、手のひらに載るほどの大きさながら多くのものが袋になっている。かつては琴爪やお香などを入れた。いつごろ何処で作られ始めたかは不明だが、縮緬という布が裕福な階層の人々のものであり、伝承される古作品からも、当時の上層階級の女性たちの手で作り伝えられたと判断できる。ところが生活様式の変化や、戦争による混乱の中で昭和に入るといつしか忘れられた存在になっていた。
Aちりめん細工という言葉は、私が考えた新造語である。正式には縮緬の裁縫お細工物というべきなのだが、縮緬のお細工物は難しいので「ちりめん細工」と易しい言葉を考え、平成6(1994)年に出版した『伝承の布遊び ちりめん細工』(NHK出版)以来、出版物や展覧会などで使い、それが市民権を得た。

4、再興への具体的な活動
@昭和59(1984)年に当館へ手まりを見にこられた老婦人が『裁縫おさいくもの』を探されておられ、コピーを差し上げたところ大変喜ばれ、一年後にお礼として復元作品を寄贈いただいた。昭和61(1986)年にその資料と館蔵品を合わせ、『明治のお細工物と郷土雛展』を開催。全国の郷土雛と併せてちりめん細工約100点を展示した。地元の神戸新聞家庭欄に大きく取り上げられて大きな反響を呼び、作りたいとの希望者が大勢申し出られた。寄贈いただいた老婦人を招き、人形作り、パッチワーク、和裁など手芸の好きな方が当館に集まり『裁縫おさいくもの』を教科書に年に3〜4回集まって勉強会を続けた。
A平成元年(1989)年にはちりめん細工研究会を組織、その後入手したお細工物に関する文献に基づく作品や古作品の復元作業に取り組み、ちりめん細工の技術の伝承と質の向上を計ってきた。 
B平成3(1991)年から、研究会の主要メンバーを講師として毎月講習会を開催、現在に至っている。研究会には遠く関東や九州からも参加。復元した古作品や創作作品を発表、それらの成果を共有しながら質の向上を図り、ちりめん細工の伝承と普及に努めている。

5、出版活動
@当館がちりめん細工の再興活動に本格的に取り組む前、文献といえば『伝承の古裂細工』林芳江・須藤久美子、グラフ社刊1979年)、『ちりめんの手芸』(望月葉瑠、文化出版局1983年刊)があった。平成2(1990)年には文化出版局から花房昌古さんが『ちりめんのお細工物』を出版されたが掲載作品の多くが当館の研究会に参加された方の制作品であった。
A上記のいずれもの文献が『裁縫おさいくもの』を参考書としているため、お細工物の普及にはバイブルともいえる『裁縫おさいくもの』の復刻が必要と痛感し、平成3(1991)年『裁縫おさいくもの』を自費出版したところ大きな反響を呼び完売した。さらには同年『私の部屋』118、冬号に『日本手芸リバイバル発信地・兵庫県日本玩具博物館を訪れる』として特集が組まれ、当館の活動が全国から脚光を浴びるようになった。
B『裁縫おさいくもの』出版後、同書が明治時代の文献であるところから読みにくい、現代文の解りやすい本という要望が数多く寄せられた。そのため平成4(1992)年に中野はるさんの紹介でマコー社から『ちりめん遊び』を私の監修で出版。平成6(1994)年にはNHK出版『おしゃれ工房』の1・8月号の巻頭に取り上げられ、同年9月には同社より『ちりめん細工』を出版した。1ヵ月で再版になるなど大きな反響があり、同書は増刷をくり返して現在は23版。さらに平成10年(1998)年にNHK出版より『ちりめん細工で遊ぶ四季』、婦人生活社から『やさしく作れる伝承のちりめん細工』を出版した。
C平成11(1999)年より、雄鶏社から『ちりめんで作る細工ものと押し絵』を始め、同12(2000)年には『四季を彩るちりめん細工』、平成15(2003)年に『和の布遊びちりめん細工』、同16年に『ちりめん細工・季節のつるし飾り』、同17年に『ちりめん細工・お雛さまと雛飾り』を出版した。
D本年3月には日本ヴォーグ社より『ちりめん細工 傘飾りと雛飾り』を出版する。
上記の本はいずれも私の監修であるが、当館のちりめん細工講師の皆さんが当館所蔵の古作品を研究して型を起こしたり、創作した作品を発表した本であり、私と制作者との共著ともいえる。
Fちりめん細工の生命は型紙である。古典的な作品だけでなく、数多くの創作作品(松かさ袋、竹の子袋、菊袋、鶯袋など)の型紙を出版物でオープンにして、出来るだけ分かりやすく解説することに努めた。
Gちりめん細工は個々の作品の制作だけでなく、作品の見せ方が問われる時代に入ったと考えている。そのために吊るし飾りなどの新しい提案(輪島塗の一文字棒や十文字棒、柱飾り、傘飾りなど)も行っている。

6、展示活動と普及のための講座開催
@ちりめん細工の素晴らしさと魅力を知っていただくためには実物資料を見ていただくことが大切だと考えて、昭和61(1986)年以降、当館ではほぼ隔年ごとに新しく本に発表した作品と当館が新収蔵した作品を中心に企画展としてちりめん細工展を開催している。
館外から請われての展示も続いている。平成4(1992)年に東京家政大学生活資料館に出品以来、同8年に明石市立文化博物館、同9年に有楽町マリオンギャラリー、同10年に大阪阪神百貨店ギャラリー、同15年に豊田市民芸館、同18年に大阪守口京阪百貨店ギャラリーなどで開催してきたが、どことも大勢の来場者で成功した。
A当館でのちりめん細工講座のほか、ちりめん細工に関心が高まると各地から講師の派遣要請があり、当館では長年研鑽され一定の力量を持たれた方を講師として認定し紹介している。現在、東京、横浜、静岡、豊田、奈良、京都、大阪、神戸、福山、萩、徳島、高松などで講座が開かれており、当館の講師陣が活躍中である。私は講師陣の方に、出し惜しみせずに教えて欲しいとお願いし、どこの講座も好評で盛況である。詳しくは当館ホームページをご覧いただきたい。

7、普及のための材料供給活動
ちりめん細工が盛んに作られていた江戸や明治時代の縮緬は、薄くて伸縮性のある二越縮緬であった。現代織られている縮緬は厚くて伸縮性もない。ちりめん細工に古布が使われるのは、風合いだけでなく、薄くて伸縮性があるからである。しかし古布は高価であり、入手も困難である。ちりめん細工の再興のためには、薄くて伸縮性のある明治期の二越縮緬の再現が欠かせないと考えた。
平成8(1996)年の秋、本場の丹後の試験場や織元を訪ねた。伸縮性のある縮緬など現在では織られておらず、売れるかどうか分からない縮緬を織ってくださる織元はなかった。協力してくださる織元がみつかり、共同して再現に取り組み、試行錯誤の後、2年後にほぼ満足できる二越ちりめんの再現に成功した。さらには京都の友禅染の老舗の協力を得て、江戸や明治期の古布を参考に明治の型友禅の再現に取り組み、昔ながらの製品が完成した。当館では「古風江戸ちりめん」と名付け、見本帳を作り、当館ミュージアムショップで通販に取り組んでいる。ちりめん細工の愛好者から喜ばれ、不況に苦しむ地場産業の産地からは、新しい需要を堀り起こしたと感謝されている。

8、おわりに
ちりめん細工はいま、稲取や柳川の雛の吊るし飾りブームの影響もあり、再び大きな関心が寄せられている。しかし、残念なことにここ数年、中国製のちりめん細工まがいのものが京都を始め各地の観光地で売られるようになっている。ちりめん細工の評価を高めるには、質の向上を図ることが基本的に大切なことだと考えている。さらにはちりめん細工は小さなものが多いため、それらの見せ方、飾り方も大切になっている。そのためには日本の伝統的な漆の輪島塗棒に飾ったり、今回は和傘に飾る方法を考えた。当館は、文化を守り育てるための博物館としての活動を真摯に展開してきたが、これからもちりめん細工の発展のために努力したいと考えている。 
                                                                            以上