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1963年 『日本の郷土玩具』(齋藤良輔著、未来社刊)と出合い、郷土玩具の収集と調査を始める。
『日本の郷土玩具』は、1962年に初版発行後、1984年に増補版が発行される。「あとがき」には、当館のことも記され、著者(朝日新聞社客員)から贈呈される。
日本郷土玩具の会に入会し、私立灘高教諭橋本武先生を紹介される。
1964年 橋本武先生の協力を得て、「姫路張子と全国の郷土玩具展」(中井三成堂画廊)を開催し、大きな反響をよぶ。
日本郷土玩具の会会報『竹とんぼ』(齋藤良輔編集)に発掘した郷土玩具を報告し、掲載される。
1967年 昭和初期まで作られていた“御来屋土人形”を三年越しに捜し歩いた末、発見する。
姫路の七夕人形を発見する。日本民俗資料館(長野県松本市)に送り、貴重な民俗資料だとわかる。
日本郷土玩具の会「年間賞」受賞。
山陽電気鉄道株式会社PR誌「山陽ニュース」の沿線風物誌に「玩(もてあそぶ)」を執筆する。
凧収集のため訪れた大分県豊後高田の提灯屋で「大英博物館から注文がきたが、国内の博物館からは注文がない」と聞かされる。
明石市立天文科学館で「日本の凧」展を開催。
1969年 本年までに、出雲地方の土人形“白天神”や広島県の廃絶した“宮の海土人形”などの存在を発見する。山陰・中国地方を中心に、東北から四国、九州、沖縄まで全国に及び、貴重な郷土玩具3000点を収集する。
山陽電気鉄道長田ビル完成記念「日本の郷土玩具展」開催。
1970年 『兵庫探検』民俗編(神戸新聞社)の取材班(学芸部)に発見した七夕人形について報告する。
山陽電気鉄道本社事業部に異動となり、広報を担当する。
「郷玩サロン」会報に「旧三次人形及び新三次人形の特徴並びに年代別変化について」と題して報告する。
『裁縫おさいくもの』(共立女子職業学校講師著、大倉書店刊、明治42年発行)を古書市で入手する。
『裁縫おさいくもの』(明治42年発行)
1971年 山陽電気鉄道株式会社本社事業部「山陽ニュース」の編集担当になる。沿線の文化財や人材を紹介する。
本年までに、“姫路コマ”や“姫路のポッペン”、“淡路のダンジリ”の製作者を見つけ、紹介する。また、“三ツ山(姫路)の張子玩具”の古い型を見つけその復活に努力、全国に紹介し普及につとめる。神戸や大阪で展示会を開催。
姫路文化賞(姫路地方文化団体連合協議会<姫路文連>)受賞
『日本の凧』(井上重義著)
1972年 『日本の凧』(明石豆本・井上重義著)出版する。兵庫県在住の文化人100名が会員となり、各会員が1冊ずつ執筆するという趣旨で「明石豆本らんぷの会」が発足し、100号を目標に刊行を開始。第18編めを執筆する。凧の歴史と日本各地の凧を地区ごとに分けた48種類を写真入りで説明。
1973年 コレクションを始めて10年になっていたが、これまでに知られざるところを探し当てては、埋もれゆく郷土玩具を世に出し続けていた。
1974年 5月 稲岡神社(姫路市)で文政期のお蔭参りの「絵馬」を発見し、大阪市立博物館岩井宏実主任学芸員(「日本の絵馬」著書)に伝える。専門家は「非常に貴重な絵馬だ」と鑑定する。後に、兵庫県文化財に指定される。

開館〜20年までの歩み






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