NO28
おもちゃ館のクリスマス            (2006.12.18 学芸員・尾崎織女)   

              
 クリスマスが一週間後に迫り、当館の特別展会場を訪れる方々の声のトーンもどんどん高く、華やかなものになってきました。
麦穂の天使2006
先週の土曜日は、クリスマス・オーナメント作りの講習会を開きました。水に浸して軟らかくした麦わらを糸で束ねたり、編んだりして、太陽の光や星、ベルや木の実、動物などを形づくり、玄関や窓辺、あるいはクリスマスツリーを飾る風習は、広くヨーロッパ中に見られます。本年は、スウェーデンやデンマーク、ドイツやスイスなどに伝承されるオーナメントを参考に、天使のツリー飾りを紹介しました。地元の麦畑からいただいた麦わらを使って、20人ほどの家族が麦わらの温かな造形を楽しみました。


完成した天使と一緒に記念撮影
 受講者の中には、「毎年、一つずつ手作りのオーナメントを増やしていくのが楽しみです」と声をかけて下さる方もあります。買ってきたオーナメントを吊るすのも楽しいけれど、家族で一緒に特別の何かを作る時間は、子ども達の心に、暖かいクリスマスの思い出を残してくれることでしょう。来年は、デンマークの切り紙細工のオーナメントをご紹介しようと思っています。 







 また、12月に入り、展示ケースの中に飾られたクリスマス人形やオーナメントと、それらを主人公にした絵本とのコラボレーションをお楽しみいただく会を始めました。昨日の朗読会では、お約束の11時、14時に加え、来館者のご要望によって13時からの部を追
クリスマスの絵本朗読会風景
加し、『ゆき』(ポーランド)、『くるみ割り人形』(ドイツ)、キリスト降誕人形が出てくる『まりーちゃんのクリスマス』(フランス)、クリスマスパーティーのピニャータが主人公の『クリスマスのつぼ』(メキシコ)などの物語をお聞きいただきました。

 「久しぶりに心が洗われた気分です。」「絵本を読んでもらうのがこんなに嬉しいなんて、子どもに返ったみたいです。」「展示ケースに飾られている人形たちが動き出しそうな気がしました。」・・・・・・そんなお父さんお母さんの声があり、また、朗読の後、ケースの中のくるみ割り人形にじっと見入る子どもたちもありました。

 23日(祝)、24日(日)にも同じ時間に朗読会を開催します。また、14時30分からは、キャンドルスタンドに火を点して、「世界のクリスマス飾りをめぐる」解説会も行いますでの、今年のクリスマスは、ぜひ、日本玩具博物館へお出かけ下さい。







NO27
初冬の宮崎訪問                        (2006.12.7 学芸員・尾崎織女)   

                      
 今秋、みやざき歴史文化館(宮崎市大字芳士蓮ヶ池公園)で開かれていた『世界おもちゃ紀行展』が閉幕したので、学芸員の笹竹亜子と一緒に撤収作業に出かけていました。当館が全面的に展示協力した企画展で、アジア、オセアニア、北アメリカ、ラテンアメリカ、アフリカ、ヨーロッパの6地域にわけ、各地の民芸玩具の特徴を紹介するゾーン、世界の国々に普遍的に見られるコマ、ヤジロベエ、けん玉、民族人形、仮面、乗り物玩具、ままごど道具をとりあげ、色や形の違いを取り上げるゾーンで構成するものでした。みやざき歴史文化館の担当者から、例年以上に子ども達の来館が多く、遊びのコーナーも大人気で、「帰りたくない」と訴える子どもも続出したと伺い喜んでいます。

   
▲『世界おもちゃ紀行』展示風景 ▲撤収風景

 総数400点をこえる資料を一日かけて梱包し終えた後は、車を飛ばして佐土原町へ出かけました。
 佐土原町は江戸時代後期から続く土人形の産地です。最初は京都の伏見の影響下に人形作りが為されましたが、やがて博多から人形師を招いて作品にバリエーションが生まれ、大正時代初期の最盛期には、14箇所の窯元がありました。佐土原は、江戸や上方の文化が陸路と海路、双方を通して寄せられる町であったため、江戸時代中期より歌舞伎が盛んに行われ、様々な姿態の歌舞伎役者の人形たちが、古くから地元の人々に愛され続けてきました。
 私達が訪ねたのは、西佐土原にある佐土原城址の佐土原人形展示室(鶴松館内)と窯元の「ますや」(阪本兼次家)です。今では、佐土原人形の窯元は、JR佐土原駅近くにある「陶月」と並んで、2箇所になってしまいました。佐土原では、幕末から伝わる土焼きの「型」が使われることもありますが、最近では量産化に対応して、ほとんどの人形が石膏型による鋳込み法で製作されています。ますやの阪本ご夫妻は、新春の干支・いのしし作りに大忙しの中、工房内を丁寧に案内して下さいました。

   
▲鋳込みで作られる饅頭(羊羹)喰い人形 ▲明治時代から伝わる人形の「型」

 工房とそれに併設された売店、ショーウィンドゥ、いたるところに人形たちが並べられています。有名な饅頭(羊羹)喰い、歌舞伎
▲和製キリスト降誕人形・ますや製作2005
物、雛人形、博多人形の型を受け継ぐ風俗物、それから干支の色々・・・・・・。
それらの中で、私達がびっくりして目を留めた作品があります。小さな桶の中に生まれたばかりの赤ん坊、それを見守る着物姿の男女、そして羊たち・・・・・・、これはまさしくキリスト降誕人形ではありませんか!
 阪本さんによると、教会からの依頼で昨冬、試行錯誤しながら製作されたものなのだそうです。キリスト降誕人形(馬槽=プレゼピオ)の発祥地であるイタリアの教会で、世界各地のキリスト降誕人形を集めた展示会が開かれ、そこに日本からも民族色豊かな作品を展示してほしいという要望があったそうで、日本の教会が阪本さんの工房へ製作をもちかけたということでした。九州という土地柄、幼子に手を合わせるマリアとヨゼフの人形には、隠れキリシタンの風情が託されているのではないでしょうか。世界各地から今年も、ちらほら製作依頼が舞い込んでいるそうです。
 和製キリスト降誕人形―――私達の信仰の場面で古くから飾られてきたものではないにしろ、見方によれば、非常におもしろい作品だと思います。当館の「クリスマス・コレクション」に加えたいと思い、製作をお願いしてきたところです。



NO26
クリスマスの造形・その4 〜命をいつくしむ心〜        (2006.11.24 学芸員・尾崎織女)     


 展示室の設置しているクリスマス絵本の中に、とても気に入っている一冊があります。イギリス人絵本作家、ピーター・コリントンの『聖なる夜にA Small Miracle』(2000年/BL出版刊)。
・・・・・・クリスマスの朝だというのに、食べ物もお金もない一人暮らしの老女は、楽器を肩にかけ、慌しいクリスマスの街に出ます。その歌声に足を止める人はなく、老女には生活の糧である楽器を売るしか方法がありません。そうして得たお金も若い男に奪われ、老女は雪の中に行き倒れてしまいます。そこへ駆けつけてきた小さい人たち――それは、善良な老女が若いひったくりの男から守った教会の「クリブ=キリスト降誕人形」たちだったのです!マリアとヨゼフ、三人の博士と羊飼いは、各々に与えられた才能を生かして老女に素晴らしいクリスマスの一夜を贈ります。・・・・・・文字が一切なく、繊細で緻密なコマ割の絵が、そっと静かに、小さな奇跡を知らせてくれる温かい物語です。

 先日も、近くの短大から来館されたの学生さん達が、「この絵本を読んだ後に、展示ケースの中のクリブを見たら、小さな聖人が動き出しそうに見えた」と潤んだ目で話してくれました。

 クリスマスが近づくと、カトリック教会の前には、きまって、このキリスト降誕人形が登場します。飼い葉桶に生まれたばかりのイエス、見守る聖母マリアと大工のヨゼフ、救世主の誕生を天使より知らされ駆けつけた羊飼い、星の導きに従い、遥か東方から贈り物(黄金、乳香、没薬)を携えてやってきた三人の博士(メルキオール、カスパール、バルタザール)などの人形によって、ベツレヘムにおけるキリスト降誕の様子が語られます。
             
▲キリスト降誕の物語・プレゼピオ 1995
(イタリア)

▲オリーブの木で作られたキリスト降誕の物語
(イスラエル・ベツレヘム)1996


 イギリスではクリブ、ドイツではクリッペ、イタリアではプレゼピオ、スペインではナシミエント、フランスではクレーシュと呼ばれるキリスト降誕人形は、13世紀のイタリアが発祥とされています。識字率が低かった当時、アッシジの聖フランシスが、聖書に語られるキリスト降誕の物語を等身大の人形によって再現し、クリスマスのメッセージを人々にわかりやすく解説したと伝えられています。
 18世紀、降誕人形がヨーロッパ全域に普及する頃には、小型の作品も現れ、子ども達がクリスマスに飾る宗教教育的なオーナメントとして、カトリック社会で広く歓迎されていきます。キリスト降誕人形には世代をこえて伝えられるものもあり、12月初旬から1月6日(公現節)にかけて、古びた人形たちが部屋の内外に厳かに据え置かれます。祖父の代から伝わる基本的な人形群に、新しく天使や村人の人形を買い足したりする習慣などは、日本の雛人形にも似て、家々の歴史を刻むものとなっているようです。

▲トナラ焼のキリスト降誕人形・ナシミエント1992
    (メキシコ・ハリスコ州) 
▲キリスト降誕物語・クリブ1987
(ナイジェリア南部) 

 やがてヨーロッパの影響を受け、世界中に広がったカトリック色の強いキリスト教文化は、各地に降誕人形をもたらしました。今も
キリスト降誕の物語 2002
(エジプト) 

、中南米の国々では南欧のプレゼピオやナシミエントを模したものが、また、アフリカの国々にはイギリスのクリブやフランスのクレーシュによく似たものが作られています。けれども、メキシコのマリアは目も髪も黒く、ナイジェリアのマリアは浅黒い肌色が選ばれており、衣装やかぶりもの、動物たちの様子も土地の暮らしにいかにも忠実です。各地の降誕人形を集めてみると、民族的な表現のあまりの豊かさに胸をつかれることもあります。
 それぞれの箱庭の世界をのぞいてみると、世界の片隅ともいえる慎ましい場所で、善良な夫婦と裕福ではない人々(羊飼い)と賢い人々(三人の博士)と物言わぬ動物たちが一心にひとところを見つめています。この小さな人形たちとともに、優しい気持ちで私たちが見つめる先にあるのは、この世に贈られた小さな健やかな命です。

 命を育む太陽を讃える真情、実りをもたらす穀物霊をなぐさめる祭り、冷たい冬枯れの、いわば死の季節に暖かい幸福を届ける儀礼、そして自然界から贈られた命―――日本玩具博物館では、それらをキーワードに世界のクリスマス展をつくってきました。思えば、ピーター・コリントン氏が静謐な筆致で語る奇跡には、命をいつくしむ心とクリスマスに贈られた幸福が溢れています。日本玩具博物館の展示室で、民族色豊かなキリスト降誕人形の数々を巡りながら、クリスマスが世界中の人々に愛される理由について思いめぐらせていただければ幸いです。



※展示解説会、朗読会のご案内




NO25
クリスマスの造形・その3 〜贈り物配達人〜        (2006.11.17 学芸員・尾崎織女) 

                                
 サンタクロースは、紀元280年頃、今のトルコに生まれ、のちにキリスト教の司教となった聖ニコラウスがモデルだとされています。情け深く、貧しい人々を救け、子どもをかわいがったので、子どもや弱者を守る聖人として敬われました。キリスト教世界では、12月6日に、聖ニコラウス・デーが祝われます。彼が貧しい人々に贈り物をしたり、困っている人に金貨を授けたりしたという伝説と、新年の豊かさを祈って人々が贈り物を交換していた冬至祭の習俗がとけあって、聖ニコラウス・デーにおける「クリスマス・プレゼント」が誕生したと言われています。
 セント・ニコラスは、ドイツではザンクト・ニコラウス、フランスではサン・ニコラ、オランダではシンタ・クラウスと呼ばれますが、サンタ・クロースは、19世紀の新大陸アメリカでシンタ・クラウスから展開して誕生したイメージです。今や、世界中の空を駆け巡って子ども達にプレゼントを運ぶのは、赤い服をきて優しくほほ笑むサンタさんだと皆が信じているように見えます。けれども、世界からクリスマスの人形や玩具を集めていくと、かつては、いや、今も、国や地域によって、様々な姿の贈り物配達人が活躍していることがわかります。

 ドイツ南部の山岳地方では、聖ニコラウス・デーの前夜、ニコラウスが鬼と天使を連れて子どもの居る家を訪問します。ストーブで暖をとるドイツに煙突はなく、ニコラウス一行は、堂々と正面玄関から入ってくるのです。

     
▲聖ニコラウスの訪問 2004
    (ドイツ・ベルヒテスガーデン)
      photo by N. Shiobara
▲ツヴェッチゲメンライン
聖ニコラウスと鬼と天使
(ドイツ・ニュールンベルグ)


 「いらっしゃいませ、聖ニコラウス様・・・。」子ども達は、ドキドキ、そわそわしながら一行を迎えます。ベルヒテスガーデンの聖ニコラウスは、司教服を身にまとい、裁判官のように厳格な面持ちで母親の前に進み出ます。子ども達の所業がチェックされた閻魔帳を取り出してニコラウスが言います。「さて、この子は一年、よい子にしていたかね?」 よい子にしていたら、天使はプレゼントを、悪い子なら、鬼のお仕置きが待っています。「行いを改めるか?」鬼はムチをふるいつつ、子ども達に改心を迫ります。
 家庭教育にも協力的な聖ニコラウス一行ですが、どうみても不思議な取り合わせです。秋田県男鹿半島の大晦日にやってくる「なまはげ」のような鬼は一体、何者なのでしょうか。麦わらで覆われた鬼は「ブットマンドル」、獣皮をまとった鬼は「ガンガール」と呼ばれ、大地の穀物霊とも森の神の化身とも考えられています。彼らは、キリスト教以前、冬の祭りに欠かせなかった自然神なのです。自然神は豊かな新年を迎えるために、ぜひとも訪れてもらいたい存在であったから、キリスト教聖人の従者としての地位を与えられたのだと思われます。
 サンタクロースの影響を受け、いつの間にか、白い司教服から赤い衣装に着替えたドイツのザンクト・ニコラウスの人形も、時に、鬼と一緒に登場します。当館友の会の笹部いく子さんが、2004年、ニュールンベルグのクリスマス・マーケットから持ち帰って下さったプラムと胡桃の人形「ツッヴェッチゲメンライン」の聖ニコラウスも、手に木の枝のムチとプレゼントを抱え、鬼と天使を連れています。

 チェコやスロバキアでも、12月5日の夜、聖ミクラーシュ(聖ニコラウスのこと)が鬼と天使を連れてやってきて、子ども達にお仕置きかプレゼントを残していきます。トウモロコシの皮で作られた聖ミクラーシュとムチをもった鬼は、これらの国の習慣がドイツと共通していることをよく伝えてくれます。

   
▲聖ミクラーシュ祭の夜 2001(チェコ)
  photo by T. Sueyoshi

▲きびがら細工の聖ミクラーシュ
(スロバキア)と鬼(チェコ)

 世界で活躍するクリスマスの贈り物配達人は、聖ニコラウスや聖ミクラーシュだけではありません。スウェーデンでは12月25日の朝、家の守り神トムテがヤギを連れてやってきますし、イタリアでは、かつて1月6日にベファナおばさんがプレゼントを置いていきました。イギリスではファーザークリスマス、ドイツでは聖ニコラウスのほかにもヴァイナッハマンやクリスト・キント、ロシアのある地域ではマロースおじさん、ポーランドでは聖ミコワイにバーブシュカおばさん・・・・・・・地域ごとに呼び名もイメージも異なる贈り物配達人が、それぞれにふさわしい日を選んで訪れ、プレゼントを残していきます。

 クリスマス・プレゼントが意味するところは何なのでしょうか? 「自然界」からもたらされる恵みへの感謝のかたち、また、新しい年も豊かで幸福であれ、という「自然界」からのメッセージ・・・・・・? 愛らしい人形になったクリスマスの贈り物配達人たちを眺めながら、私はそんな風に考えるようになりました。「自然界」を「神」と言いかえれば、よりクリスマスらしいし、ある人にとっては「人生」、「家族」、「友人」、などと置きかえるとぴったりかもしれません。





NO24
クリスマスの造形・その2 〜収穫を感謝して〜        (2006.11.10 学芸員・尾崎織女) 

 この季節、校外学習にやってくる小学生たちに対しても、クリスマス玩具や各地のクリスマス飾りについて、特徴的なものを取り上げてあれこれ話をするのですが、最後には「どのクリスマスツリーの飾りが好きか」と尋ねてみます。子ども達が好きだというクリスマスオーナメントの中には、きまってビスケットや菓子、パン細工のツリー飾りが含まれています。そして、セルビアからやってきた菓子のオーナメントなどは「クリスマスが終わったら食べてもいいの?」と必ず、質問がきます。これらの資料は食用ではないのですが、砂糖で花模様などが装飾された菓子は、確かにとても美味しそうです。

       
▲ビスケットのツリー飾り(ドイツ) ▲砂糖とミラーで飾られたクッキーのツリー飾り(セルビア) ▲ツリー飾り・菓子のオーナメント(フランス・アルザス地方)
   *菓子をかたどったつくりものです

 さて、今日につながるようなクリスマスツリーはドイツに始まったとされています。伝説によると、8世紀、聖ボニファスが布教のため、樹木信仰の盛んな土地の人々にとって神聖であったカシの木を倒し、新しい信仰を象徴するものとしてモミの若木を提示したといいます。そ
のモミの木をクリスマスに飾るようになったのは17世紀頃のアルザス地方(フランス北東部でドイツと国境を接し、住民の大部分はドイツ系)です。パンの文化史研究者の舟田詠子さんは、フライブルク市(ドイツ南西部の都市でアルザス地方に接する)の古文書館で精霊病院のクリスマスツリー用の請求書を調べあげるなどして(※1)、17〜18世紀のクリスマスツリーには、レープクーヘンやオブラーテンなどの平らな菓子、クッキー、リンゴや木の実が吊るされたことを明らかにしておられます。

 私たちは、ヨーロッパ各地に伝承されるクリスマスツリーを求めるうち、家庭におけるオーナメントには、初期のツリーに見られるような食べ物に関するものが非常に多いことに気付きました。チェコからは食塩を多量に加えて焼かれた小麦パンのオーナメント、ドイツからは聖ニコラウスなどをかたどったビスケットのオーナメント、ハンガリーからはクルミの殻を細工したもの、セルビアからはドングリや木の実細工のオーナメント、また、麦わらやトウモロコシの皮を用いたツリー飾りも各地から集まってきました。緑をたたえるモミの木に、木の実やパンがたわわに付けられたクリスマスツリーは、夏の生命力と秋の実りを象徴するものだったのかもしれません。

     
▲ツリー飾り・小麦パンのオーナメント「ヴィゾビーチェ」(チェコ) ▲ツリー飾り・麦わら細工のオーナメント(チェコ)

 いうまでもなく、小麦パンはヨーロッパの主食であり、大麦は牧畜の飼料に欠かせない作物です。北欧や東欧のクリスマスには、新年の健康を期して、床に麦わらを敷いて寝たり、豊作祈願の麦わらを畑にまいたりする風習が残されています。一年の農耕暦が終息するクリスマスに、麦穂や麦わら細工、あるいは発酵させない小麦パンのオーナメントが登場することの中には、人々の生命を支え続けてきた麦を重んじ、麦に実りをもたらす穀物霊を敬う心情が表現されているのではないでしょうか。
 常緑樹、木の実、穀物に関わるもの―――これらは、収穫に感謝し、来る年の豊かであることを願う北半球の冬の祭りに共通に登場するものかもしれません。門松(常緑樹)、稲わら(注連飾りなど)、餅、橙や蜜柑などが登場する日本の正月もまた、新しい年神や農耕神を迎え、豊穣を祈るための造形であることを考えると、正月とクリスマスは互いによく似た要素をもっていることに気付かされます。

  (※1) 舟田詠子著『誰も知らないクリスマス』(朝日新聞社1999年刊)に詳しく記されています。ドイツをはじめ、中部ヨーロッパのパンや菓子をめぐる習俗を通して、クリスマス行事の歴史と意味を読み解いていく非常におもしろい著作です。ぜひ、ご一読を。





NO23
クリスマスの造形・その1 〜光の復活を祝う〜
         (2006.11.5 学芸員・尾崎織女)
   


▲光のピラミッド(ドイツ・エルツゲビルゲ地方)

 北半球において12月21〜22日頃といえば、太陽の照る時間が一年で最も短い冬至にあたります。冬至に向かって太陽の光は弱くなりますが、この日を過ぎると、太陽は夏に向かって日照時間をのばしていきます。古代ギリシャやローマでは、12月25日前後、「永遠の太陽の誕生日」を祝う盛大な儀式を行なっていたといいます。冬至を過ぎて再生した太陽を讃え、春への期待をふくらませる民俗的な心情と、この世に光をもたらすイエス・キリストへの信仰がとけあい、各地にクリスマス行事を生みました。
 太陽の光に憧れ、光を祝福する心は、二千年の時を経て生き続け、現在のクリスマスのオーナメント(=装飾)にも象徴的に表れているのだと思います。

    
  ▲麦わら細工の光のモビール(ドイツ・スイス)          ▲麦わらの太陽(スウェーデン)                 ▲ツリー飾り・麦わら細工の光(ドイツ)   
                                                  

 スウェーデンの「麦わらの太陽」は、ユール(=クリスマス)が近づくと、窓辺に飾られるもので、麦わらが巻かれた直径35cmほどの円形の中に麦束が十字を作り、その十字をたわわな麦穂が取りまいています。キリスト教が北欧に普及する中世の頃まで、人々は土着の神々を信仰し、それぞれに異なった祭礼を行なっていたそうです。大きな薪に火を放って、町中を光で満たしたり、豊穣を司る神に山羊や羊を捧げて生命の再生を祈ったり。スウェーデンやフィンランドなどのユールは、キリストの降誕を祝うと同時に、大地をよみがえらせる太陽をたたえる行事であり、主食である麦を育て豊穣をもたらす土地の精霊に収穫を感謝する心が秘められています。そうした重層的なクリスマスの要素を、スウェーデンの「麦わらの太陽」は表現しているように思えます。
 ドイツやオーストリア、スイスなど中欧の国々にもツリー飾りや窓飾りなどに麦わらで手づくりされた光のオーナメントが見られます。小麦わらを水に浸して軟らかくした後、赤や金の糸で縛ったり編んだりして、地域独自の形に作り上げていきます。
 こうしたオーナメントは、本来、クリスマスが終わると、保存されることなく、灰にして麦畑にまかれたりすることが多かったといいます。写真にご紹介するのは1960〜80年代の作品ですが、輝きはあせず、今年も展示室で厳かな光を放ち続けています。





NO22
『世界クリスマス紀行』展オープン!
          (2006.10.18 学芸員・尾崎織女)

中南米のクリスマス展示の一角
 先週、5日間ほどを費やして、秋・冬の特別展『世界クリスマス紀行』の展示が完了しました。頭の中に描いた完成予想図をもとに、館長はじめスタッフとともに深夜まで時を忘れて展示作業に没頭し、会期より1週間早くオープンすることができました。日本玩具博物館には、ひと足先にクリスマスアドベント(待降節)が訪れています。

 恒例となった当館のクリスマス展も今年で22回目。本年は、『世界クリスマス紀行』のタイトルどおり、世界各地のクリスマスオーナメントや玩具などを通して、地域ごとにクリスマス風景をたどっていく内容です。
 オープンの朝、展示室の扉を開けるなり「うわあ〜、綺麗!いいなあ」と、来館者が発するその一声が嬉しくて、来館者が展示コーナーのどこに目を留めて下さるかを見届けたくて、私たちは、展示室をウロウロと出入りしてしまいます。………ふと見ると、小学3年生ぐらいでしょうか、女の子が中南米のクリスマスのコーナーで、『クリスマスのつぼ』(J・ケント作絵/清水真砂子訳/あかね書房)を熱心に読んでいます。クリスマス飾りの文化的背景が広がることを願って、今回も、それぞれの地域ごと、展示品にまつわる絵本を設置したのですが、子どもたちは、いち早く、それらに目を留めます。絵本を読み終えた女の子は、展示ケースの中をのぞき込み、メキシコのピニャータを見つけて嬉しそうに母親を呼びました。「おかあさん!見て!これ、ピニャータっていうんやで!」 そして、メキシコの子ども達にとってピニャータがどういうものかを熱心に話し始めました。
 「これなあ、ピニャータいうて、壺の周りに新聞紙とか張って色んな形を作るんやんか。牛や馬や星の形もあるよ。壺の中にキャラメルやチョコレートやお菓子いっぱい詰めてな、クリスマスパーティーの時、天井から吊るすねん。それでな、パーティーの最後になったら、みんな目隠しして棒で叩き割るん。ピニャータが壊れて、床に散らばったお菓子はみんなもらって帰るんやって。」

 母親は子どもの説明に感心して、展示品と解説文を見直します。「へえ、メキシコにはポサダっていうクリスマスの行事があるんやね。」「あのな、お母さん、壺は割られてしまったけど、役にたててよかった言うとうで。おもしろいな。」
 
星の形のピニャータ(メキシコ・メキシコシティ)
 
 
 その後も母娘は、クルミ割り人形(ドイツ)やキリスト降誕人形(イギリス)など、あちこちの国のクリスマス飾りと絵本の主人公を見比べながら、1時間半をクリスマス展示室で過ごされました。お母さんは去り際には、部屋の隅っこで、展示パネルの位置を直しながら、時々、そっと二人の様
子を見ていた私に、「ここに居ると、なんだか幸せな気分になります。クリスマスが近づいたら、もう一度、家族で来ますね。」と笑顔で声をかけて下さいました。
 私たちは、このような来館者に接する度、展示をつくる喜びに満たされ、またきちんと展示資料の意味を伝える責任を感じて、背筋がピンとのびる思いがします。





  
            
キリスト降誕人形(ブルキナファソ) ツリー飾り・麦わら細工の光(ドイツ・オーストリア) ヤギを抱くトムテ(スウェーデン)

 クリスマスというのは、例えば私のようにクリスチャンでない者にとって遠い異教の祭りかもしれません。けれども、そこに登場する造形物には、豊かさへの感謝であったり、小さく儚いものへの慈しみであったり、幸福への願いであったり・・・そんな気持ちが込められているせいでしょうか、見ていると、温かい気持ちに包まれ、人に寄り添いたい思いを抱かせるようなところがあるようです。それが宗教的情操ということなのかもしれません。このページでは、これから何回かにわけて、いくつかのクリスマス造形を取り上げ、それらが伝える意味についてご紹介してみたいと思っています。





NO21
博物館実習生を迎えて
               (2006.9.9 学芸員・尾崎織女)

 当館では、博物館学を学び、学芸員資格を取得しようとする人たちに必要な「博物館実習」を実施し、年間3回にわけて6〜8名の実習生を受け入れています。

 9月の第2週は、1号館において、夏から秋への展示替えを行う週に当たり、以下のようなプログラムを組みました。

月日 午前の実習 午後の実習
9/4 ・博物館実習にあたって(オリエンテーション)
*館内巡視
・当館の学芸業務全般について
・資料の収集方法および登録
*資料の登録作業
9/5 *展示ケース内整理実習
(4号館・世界の玩具コーナー)
・当館の企画展計画について
・資料の貸借業務と梱包について
*資料の梱包作業
9/6 *展示替え作業(展示物の整理) *展示替え作業(展示の要点理解)
9/7 *展示ケース内整理実習 
 (4号館・世界の玩具コーナー)
*キャプション作成
・企画展の広報について
・普及活動について
9/8 *愛媛県立歴史文化博物館から資料返却立合い〜資料の収蔵
*企画展目録作成
*日本玩具博物館クイズラリーの作成実習
9/9 *展示ケース内整理実習  (4号館・世界の玩具コーナー)
*ちりめん細工講座の見学
*クイズラリー実施
・来館者応対実習

 二人の男子学生がこのような学芸業務の様々を実習し、私たちは若い人たちを得て、賑やかな一週間を過ごしました。
▲夏のテーマ展『七夕の人形と紙衣』を撤収。
 薄用紙を使って七夕人形を梱包・・・心を落ち着けて丁寧に・・・



 2日目、閉館後の展示物撤収作業を一緒に行う頃から、二人は日本玩具博物館の環境に打ち解け、初めての梱包作業に緊張しながらも当館スタッフとの共同作業を楽しんでいる様子でした。

 一週間というのは、自分自身の持ち味を仕事の中に表現するにはあまりに短い期間です。アンテナをピンと立てて、環境が語る言葉をしっかりとキャッチし、すべてを受け入れることだけで心身は飽和状態になってしまうかもしれません。博物館というところは様々な文化を背負ったモノと人が溢れているのですから。

 それでも、その中から、博物館施設の社会的な役割やそこで働くことの意味について、また、博物館スタッフにとって大切にしなければならないことについて、実習を通して、実習生それぞれが自身の考えを打ち立てていけるよう、私たちは働きかけているつもりです。実習を終えて学芸員資格を得たとして、実際に博物館施設で働ける人は現実的に希少であるにしても、この社会に、博物館の理解者と味方が増えるということは素晴らしいことですから。







▲展示台を用い、リズムをつけながら小さな町並を展示していく実習生 ▲展示完成後、ミニチュア玩具がずらりと並んだ様は、
「壮観で、感動した」と実習生は語ります。



 最終日、二人が作成したクイズラリーを実施しました。クイズラリーは、1号館から6号館の常設展や企画展の中で、特に観てほし
▲クイズに答えながら展示をみる来館者
い展示資料について質問を作り、来館者はそれらの問いに答えながら展示室を巡るものです。私たちスタッフが作るのとはまた違った趣の面白い内容に仕上がりました。果たして来館者は、観覧するポイントを得て楽しそうに6号館までを巡り、回答を手に揚々と受付へ帰ってこられます。実習生は、「自分達が作った問題を懸命に考え、解いておられる来館者の様子にうれしくなった。」と素直な喜びに満たされているようでした。



 人とモノをつなぐ仕事の楽しさを実感することは、博物館実習において最も大事な体験の一つではないでしょうか。館の資料と来館者(利用者)、双方に対する愛情とあくなき探究心が博物館を支えるメンタリティだと思うし、双方を結び付ける喜びを基本に、博物館活動は展開されていくべきだと思うのです。






 関連企画展

ミニチュアおもちゃの世



NO20
夏休みが終わって

                            (2006.8.31 学芸員・尾崎織女)

 夏休み、播州の田舎にある当館は、祖父母のもとに帰省された家族連れの来館が目だちました。今、6号館では世界70ヶ国から約1000羽の鳥の玩具や造形物を集めた『世界の鳥の造形』展を開催中ですが、それに合わせて今夏は鳥のおもちゃ作り教室の数々
鳴く鶏が出来たよ!
を開きました。中南米や東欧の復活祭に登場する『鳴く鶏』を参考にした「紙コップの鶏」、日本の江戸時代に人気のあった『ご来迎』を真似た「羽根を広げる孔雀のおもちゃ」、ヨーロッパ各地の木製玩具を参考に割り箸で作る「ついばむ鳥」、インドの露店で売られていた「はばたく鳥」など。今夏は申し込み者が多く、館長と学芸員が交替で担当したのですが、どの講座も回数を増やして、のべ220組の親子連れ来館者とおもちゃ作りを楽しみ、例年以上に活気ある教室となりました。   

 巷でよく問題視されるように、子ども達は紐を結んだり、通したりといった作業の基本的所作がとても苦手ですが、一方で、絵画的な発想にかけては昔と変わらない、いやむしろ、様々な情報に囲まれているせいか、ユニークなものがいくらでも生まれてくる感じです。そして、普段はゲームにばかり夢中になっているはずの子どもが、「はばたく仕掛けがすごい!」と目を輝かせて言います。

 「一個人の文化史は人類全体の文化史を繰り返す」のであれば、ゲームの中に詰め込まれた現代のプログラムに行きつくまでに、一人の人間として、古代、中世、近世、近代の物づくりの工夫を追体験する必要があります。だから、私たちの社会は、小学生の子ども達が、近代以前の玩具の中にある英知を体験できる機会をもっともっと用意していかなくてはならないと思います。


   
子ども達の作品1・羽根を広げる孔雀さん 子ども達の作品2・ついばむ鳥


 今夏、当館の資料は愛媛県歴史文化博物館へ、日本・モンゴル博物館へ、海津市歴史文化資料館へ、そしてちりめん細工の色々は大阪守口市の京阪百貨店ギャラリーへと出張しました。資料にひかれて私たちもあちこちへと出かけ、大忙しでしたが、それぞれの会場で様々な出会いがあり、両手にあまる思い出とともに夏休みが終わります。今、仕事を終えたおもちゃ達を帰館させる仕事と同時並行で、秋の展覧会の準備を進めているところです。

 今秋は、江戸小物細工の小さな町並やドイツのエルツゲビルゲ地方ミニチュア、東欧や中南米のミニチュアマーケット、昭和初期に流行したミニチュア玩具づくしなどを一堂に集め、約1000点の資料によって、小さな小さな世界を描きます。縮小された世界への人々の愛着について探ってみたいと思っています。



NO19
おもちゃたちの夏季出張・その2 〜海津市歴史民俗資料館へ〜
                               (2006.7.19 学芸員・尾崎織女)
                        
 夏休みは、日本各地の博物館で、親子で楽しめるような企画展が数多く開かれます。日本玩具博物館ではそうした企画展に協力を行うことが年を追って多くなり、今年も当館の玩具たちは、グループを組んで、西へ東へと忙しく動き回っています。
海津市歴史民俗資料館外観
豪雨のち快晴。夕方に晴れ上がった夏空を背景に。

 さて、今日は豪雨の中、館長と学芸スタッフが岐阜県西南部、海津市歴史民俗資料館へ出かけていました。海津市は先ごろの市町村合併によって誕生した人口4万ほどの新市で、揖斐川、長良川、木曽川の三河川に囲まれた低地「高須輪中」に位置します。海津市歴史民俗資料館の外観は、高須松平藩御館を表現するような城郭風の3階建。河川の水位より低い海抜ゼロメートル地帯における河川改修、開発の歴史やこの地独自の農業、水防の問題などについてとりあげたユニークな博物館です。

 午前8時過ぎに到着すると、資料館のスタッフの手によって開梱された玩具たちが私たちの展示作業を待っていました。企画展のテーマは『世界のからくり玩具』です。「からくり」といえば、江戸時代に作られた精巧な茶運び人形や、あるいはショーウィンドーに置かれる自動制御のディスプレイドールなどを想起しますが、ここに展示するのは、アジア、アフリカ、アメリカ、ヨーロッパの各地から集まった仕掛けもからくりも大変シンプルな玩具です。「車とクランクの仕掛け玩具」「糸仕掛けのからくり玩具」「仕掛けの見えるからくり玩具」「糸とオモリのおもしろ玩具」「物体が移動するおもしろ玩具」など、機能に焦点を当てたグルーピングで、35カ国300点の伝承玩具をご紹介するものです。
 仕組みが目に見え、どのような工夫で人形や動物が動いているのかを理解して初めて、子どもたちは「このおもちゃはよく考えられている!」と感嘆します。仕掛けは全てブラックボックスの中、ボタンひとつで動く玩具にただ接するだけでは、その発見の驚きは望めないのです。

 玩具たちを送り出す前に展示シミュレーションしておいた写真や図面に従って、展示作業は着々と進みました。おもしろい動きをご覧頂こうと、各項目の中から代表的な作品を選んでビデオに収める作業も行いました。その様子をご紹介致します。

 
開梱された玩具を展示ケースの中へ シミュレーション写真を参考に神戸人形を展示
玩具の動きをビデオ撮影する
パネルを設置しながら展示ケースを埋めていく

 隣接のロビーでは、輪回しや竹馬、ケンパなどの伝承遊び体験コーナーも設けられています。そちらの準備しておられた資料館スタッフが、完成した企画展示室に入られるや否や、「わぁ!綺麗な展示になった!」と第一声。そして、「たくさんの方々に観ていただきたいです」と目を輝かせて下さいました。

展示風景

 準備を終え、資料館の3階の窓から外を望むと、豪雨の去った快晴の空の下、輪中は大変な雨量にも負けず、農地の稲の緑は生き生きと輝いていました。本格的な夏はもう目の前。日本玩具博物館の玩具たちは、新たなこの地でどんな出会いを果たすでしょうか。
 『世界のからくり玩具展』は、来る7月25日より8月31日まで開かれています。お近くの方はぜひ、お訪ねいただきたいと思います。

    海津市歴史民俗資料館のURL  http://dac.gijodai.ac.jp/vm/virtual_museum/sanpo/4/



NO18
おもちゃたちの夏季出張・その1 〜日本・モンゴル民族博物館へ〜       
                                    (2006.7.12 学芸員・尾崎織女)
                        
日本・モンゴル民族博物館外観

 昨秋に引き続き、日本・モンゴル民族博物館の企画展に出品展示協力することになり、今日の休館日、館長と学芸スタッフが揃って展示作業に出かけていました。
 日本・モンゴル民族博物館は、モンゴルの民族資料を収蔵展示し、豊かな歴史や文化を広く紹介する博物館で、兵庫県豊岡市但東町にあります。
 常設展では、モンゴル草原の暮らしと文化に加え、但東町の歴史や民俗文化についても深く取り上げておられます。今回は、夏休みに、より多くの世代の来館者に親しんでいただけるテーマとして、昭和時代を彩った玩具の色々を時代ごとにたどっていく企画展を開きたいと、日本玩具博物館が協力の依頼を受けたのです。タイトルは『おもちゃの昭和史』。
 
 ちょうど当館でも7月1日に夏の企画展『おもちゃで綴る昭和』をオープンしたばかりです。児童文化運動などが高まりをみせた昭和初期、戦争色が強まる10年代、戦後復興期の20年代、高度経済成長が始まる30年代、マスコミ玩具が主流に躍り出る40年代、玩具のハイテク化が進む50〜60年代・・・と、玩具の流行年表を追って私たちが生きてきた昭和時代を振り返る内容で、これは、日本・モンゴル民族博物館での『おもちゃの昭和史』と同じコンセプト。展示品は2館合計して700項目、1200点を超えます。井上館長が「館長室から」で折に触れてご紹介しているように、現在も手を休めることのない系統的な収集活動の成果があってこそ叶えられたボリュームです。

 当館では、年度始めの4月より、二つを姉妹展と位置づけて準備をしてきました。両館の話し合いに基づき、コンセプト決まれば、展示ケースにどのようなグルーピングで資料を展示するかを考えます。実際の寸法によって仮の展示スペースを作り、そこに展示台なども置きながら、展示風景をシミュレーションするのです。展示グループのもつ雰囲気から、ケース内の色調を導き、パネルやキャプションのデザインなどを合わせていきます。展示シミュレーションしたものを写真に撮った後、最終出品目録を作成し、一点一点を梱包。展示ケースごとにパッキングして、展示館までの輸送を行います。何かをつくっていくこと、特に多くの人と一緒に行うことは大きな喜びには違いありませんが、展示準備のどのプロセスにおいても、愛情とセンス、細やかな配慮と根気が要求されるので、企画展がいくつも重なり合ったりすると、頭がパンクしそうになったりします。
 さて、今朝、モンゴル博に到着すると、すでに展示室はモンゴル博物館のスタッフによって整えられており、さっそく展示作業が始まりました。その様子を少し、画像でご紹介しましょう。

開梱する当館スタッフ パネルを設置するモンゴル博スタッフ
おもちゃが展示される前の展示ケース

 「昭和初期〜10年代」「昭和20〜30年代前半」「昭和30年代後半〜40年代」「昭和50〜60年代」の4つのケースごと、章立てフラッグや年表パネルの設置、展示台設置、開梱、シミュレーション写真を参考にしての展示、キャプション設置、駄菓子屋コーナーの飾りつけ等々、モンゴル博スタッフと当館スタッフとの共同作業は非常にスムーズで、夕方6時には予定どおり、準備が終了しました。

展示終了後の様子(一部)  昭和10年代    昭和50〜60年代

 協力し合って展示室を整えた私たちの気分そのままに、とても楽しくわかりやすい展示になったと思います。昭和初期の正ちゃんやキューピーさん、10年代の大砲やラッパのおもちゃ、20年代の駄菓子屋玩具もちょっとよそ行きの顔で並んでいます。30年代のダッコちゃんも鉄人28号も40年代のウルトラマンもママレンジも、50年代の超合金ロボットも・・・それぞれの時代を代弁するように堂々と座っています。
 この夏は、懐かしい子ども時代を訪ねて、日本・モンゴル民族博物館の『おもちゃの昭和史』(7月13日〜10月3日)へ、もちろん、日本玩具博物館の夏の企画展『おもちゃで綴る昭和』(7月1日〜9月5日)へもぜひ、ご来場下さい。

    日本・モンゴル民族博物館のURL http://www3.city.toyooka.lg.jp/monpaku/index.html

 

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