NO.74
美しい大正時代の児童誌 〜『なつかしのおもちゃ博覧会』より〜 
                                           (2009.6.22 学芸員・尾崎織女)

 6号館では、夏の特別展『なつかしのおもちゃ博覧会』がオープンしました。この特別展は、明治・大正・昭和・平成…と移り変わる百余年の間に登場し、私たちが親しんできた玩具を一堂に集め、その題材、素材、機能、目的などに照らして近代玩具史のあらましをご覧いただくと同時に、なつかしい玩具の数々を通して、わが国の生活史をふり返っていただこうという企画です。
▲展示風景「大正時代」のコーナー

 各時代の展示品を前に歓声をあげられる方も多く、土日曜日ともなれば、ご自身の子ども時代の思い出を語り合いながら観覧される家族連れも目立ちます。楽しい声があちこちから聞かれる展示館にいると、玩具は、小さく頼りないものでありながら、私たち一人一人にとって、子供時代の思い出を凝縮して保存する力をもっていることにあらためて気づかされます。

 さて、今回の展示の中から、大正時代の児童雑誌と玩具の世界を少しご紹介してみたいと思います。
 大正時代に入って、ブリキ、セルロイド、アンチモニーなどの新素材玩具の量産体制が確立すると、「メイド・イン・ジャパン」の玩具が広く海外に進出し、玩具は日本の輸出産業の重要な柱となるほどに発展しました。また、舶来物に関心が集まり、キューピーや西洋風俗をまねたセルロイド製人形が人気を博します。

 そのような中、芸術性の高い児童雑誌が相次いで創刊されます。展示室には、鈴木三重吉主宰の『赤い鳥』と並んで、『子供之友』や『コドモノクニ』をご紹介していますが、誌面の絵の愛らしさが特に若い来館者層の目をとらえているようです。
 分けても、私は『コドモノクニ』に心惹かれています。大正11 (1922)年から昭和19(1944)年にかけて東京社から発刊されていた『コドモノクニ』は、子供たちに伝えたい詩や童話、情感豊かな音楽、美しくモダンな絵が満載されたページと、親へのメッセージが込められた教育啓蒙的なページもありました。制作には、巌谷小波、水谷まさる、北原白秋、野口雨情らの作家陣、武井武雄、竹久夢二、岡本帰一らの画家陣、そして作曲家では中山晋平らが参加。この錚々たる芸術家群をまとめる編集顧問が児童心理学者の倉橋惣三というのですから、なんという豪華さでしょうか。大正モダニズムを背景とするデザイン性の高い画面構成が注目を受け、豊かな情操を育む児童雑誌として時代の歓迎を受けました。
▲『コドモノクニ』の誌面 (左=ままごと遊び・武井武雄絵/右=どんたく・北原白秋詩&武井武雄絵)
 展示替え作業中のこと。この美しい『コドモノクニ』の、どの画面を開いて皆さんにお見せするべきかと、悩みに悩んでいるうち
▲玉のりピエロ(セルロイド製)
▲象車(木製)
、全部読まずにはいられなくなって、片っ端からページをめくっていきました。北原白秋の詩のリズム感、巌谷小波の童話のおかしみ、野口雨情の詞・中山晋平の曲の情感、武井武雄の絵の幻想……、どれをとっても素晴らしく、心がじんとしてきます。大戦中の用紙制限を理由に265冊目で休刊を余儀なくされますが、戦争一色に染まっていく時代にあって、児童雑誌の世界がぎりぎりまで子供の心を守ろうとしていたことに気づかされ、胸が熱くなりました。

 一方、大正から昭和初期にかけて作られた動物を題材した木製玩具のデザイン、ハイカラな西洋風のセルロイド人形の彩色や表情などには、児童雑誌を彩った武井武雄の絵のような作品が目立ちます。今回、児童雑誌の傍らに、そのような玩具や人形を展示してみました。アメリカ生まれのキューピーが一世風靡した時代、芸術家たちが子供の心に目を向けていた時代、軟らかで女性的な感性が大切にされた大正時代の情感を、玩具や児童雑誌を通じて、今一度振り返ってみていただきたいと思います。





NO.73
他館で開催の企画展準備に忙しい季節           (2009.6.5 学芸員・尾崎織女)


 梅雨入りしたかと思うような曇り空が続く今日この頃、博物館の庭では明るい黄色を輝かせて、未央柳(ビヨウヤナギ)が咲き始めました。中国の玄宗皇帝は、楊貴妃の美しい眉を未央宮殿の柳に譬えたとか。そんな故事を名にし負う未央柳が満開になると、チカ、チカと源氏蛍が水田の用水路から飛び出してくる季節も目の前です。

 忙しさに取り紛れ、「学芸室から」も久しぶりの更新です。新型インフルエンザ騒ぎで、来館者が減少してしまった5月でした
▲日本絹の里『子どもの晴れ着とちりめん細工展』展示風景
が、播州ではすっかり落ち着きを取り戻しましたので、水田に合歓の木の花が映え、蛙の声が高らかになる季節の風情を探しに、田舎町へと足をお運び下さい。

 さて、去る5月中旬は、井上館長と、群馬県の博物館施設「日本絹の里」(高崎市)へと出張しておりました。日本絹の里では、現在、『子どもの晴れ着とちりめん細工展』を開催中(7月13日まで)です。初宮参りや初節句、祭礼時などに着用された一つ身の祝い着に、子育ての場面で登場するちりめん細工作品を関連付ける展示は初めての試み。館内でも一度も行なったことのない企画でしたので、楽しみ半分、不安も半分の準備作業でしたが、美しく華やかな会場となり、多くの方々にご覧いただきたい内容になったと思っています。

 高崎から戻ってすぐに準備を始めたのは、今夏、宮崎市の博物館施設「みやざき歴史文化館」で開催する『音とあそぶ〜世界の発音玩具と民族楽器』展(7月11日〜9月
▲民族笛コレクションを開梱するトライやるウィーク
  の中学生

12日)です。みやざき歴史文化館からの出品企画依頼は、今回で3回目。先方の担当者の異動が頻繁で、“1回目より2回目、さらに3回目…と、よりよいカタチを積み上げていく”という理想には至りませんが、今回も、「日本玩具博物館の展示が大好きだ」と宮崎の方々に喜んでいただけるように、頑張って用意したいと思っています。

 『音とあそぶ』展は、昨夏、当館内で開催して好評を博した企画でした。その展示構成をベースにして、先週から作品選定と展示のシミュレーション作業を行っています。でんでん太鼓、ぶんぶん独楽、ラトルウォッチ、がらがら、笛、太鼓……、世界各地に伝承される民族色豊かな発音玩具と、楽器として宗教儀礼や祭礼に登場し、また様々な生活の場面で使用される民族楽器の色々を、独自のグルーピングでご紹介し、玩具と楽器の関係について、思い巡らせていただけるような内容を予定しています。

  折から、今週は、姫路市香寺町域で『トライやるウィーク』開催中。中学生たちが、それぞれに、様々な事業所に入って職業体験をする一週間です。日本玩具博物館
▲みやざき歴史文化館『音とあそぶ』展示シミュレーション風景
でも、毎年、2人ほどの生徒さんをお預かりし、担当学芸スタッフの指導のもと、展示台作りやケース内の塵埃清掃、ワークショップの材料セット、ミュージアムショップの商品発注など、博物館業務のあれこれに加わってもらっています。
 今年は、吹奏楽部でクラリネットやピッコロを吹いている女の子だというので、宮崎行きの楽器資料の中から「吹く楽器コレクション」を開梱する作業に加わってもらいました。ペルーのパンパイプス・アンターラ、インドの蛇使いの笛・プーンギ、タイの笙・ケイサーン、ヨーロッパのリコーダー、エジプトの縦笛・ガスパ、オーストラリアの縦笛・デジャリドゥなど・・・、カタチも音色も面白い民族笛の梱包を、一点一点解いて並べていく作業。緊張しながらも、楽しく丁寧に進めることが出来ました。……果たして、若い心の琴線に触れる民族笛があったでしょうか?

 今日、展示ケースの寸法に合わせて、どのように展示するかというシミュレーション作業と、約350点の梱包作業を終えたところです。作品を説明するキャプションや展示グループごとのパネル製作なども早々に完了して、館内での夏の企画・特別展準備に入りたいところです。
 来週から夏の展示替えを行い、夏休み行事もすべて決定して、日本玩具博物館を新しい季節へと動かしてまいります。展示関連企画をいろいろ準備し、本サイトでも順次、紹介してまいりますので、どうぞ楽しみになさっていて下さい。





NO.72
「リカちゃん」の力                     (2009.5.7 学芸員・尾崎織女)


 五月晴れが続いた黄金週間をいかがお過ごしでしたか?
 日本玩具博物館は、例年より3〜4割増の来館者があり、賑やかな日々を過ごさせていただきました。今回は、『リカちゃんとジ
▲リカちゃん三代目と四代目 (c) TOMY
ェニーの世界』という企画展を行っていることも大きかったと思います。親子で、夫婦で、また三世代でそれぞれの思い出を語り合っておられる姿がいっぱい見られる1号館。入館されるなり、リカちゃんの傍にダッシュしていかれるファンの方々や、ジェニーそっくりの愛らしいファッションで三々五々、館内を歩かれるお嬢さんたちの姿も目立ち、多くの人たちを引き付ける人形たちの威力が感じられる展示室です。

 4月30日に集英社から発売されたばかりの『リカちゃん生まれます』を読みまし
▲リカちゃん初代と二代目 (c) TOMY
た。小島康宏さんという20代のタカラ社員が、人情あふれる下町の職人さんたちと力を合わせて、リカちゃんを誕生させた頃のお話。その製作には、近代日本における工場生産の技が生かされているばかりか、伝統的な<ものづくり>の心が通っていることを知りました。 

 「こんなに細い人形は売れないよ」――昭和42年、完成したリカちゃんに初めて出会った大人たち、特に人形や玩具を専門に販売していた大人たちは、概してそんな反応だったそうです。確かに、日本伝統人形の姿を見れば、御所人形も市松人形も郷土の土人形も、子どもをテーマにした人形は、ぷっくり太った姿で作られてきました。作り手は、病とは無縁、弾けるようにふくよかな童子をイメージし、買い手は、福々しい人形を身近に置くことで、わが子の健康な成長を願ったのです。リカちゃん以前に登場していた少女姿のファッションドール・「タミー(アイデアル社)」も「スカーレット(中島製作所)」も、リカちゃんに比べれば、それなりにふっくらした身体を持っていました。けれど、遊び手である昭和40年代初期の少女たちは、弱くて寄る辺のない小さな身の内に、数え切れない夢と悩みを抱えた自分自身を投影できる人形を求めていたのでしょう。
▲記念講演会でお話をされる石坂文子さん
  手づくり衣装をまとったジェニー・フレンドドールたち
  が並べられています。
 そんな少女の心を感じ、その夢を「リカちゃん」に託した小島さんたち生みの親たちのバランスのいい「人間力」と、量産され品々に込められた作り手たちの誠実さが、40年以上にわたって、リカちゃんを生かし続けているのですね。

 5月3日の記念講演会では、「ジェニーとリカちゃん、出版よもやま話」と題
ジェニーたちを庭へ連れ出して撮影 ▲
  <妖精に扮したジェニーエクセリーナとティモテ>
(衣装制作:若月まりこ氏)    (c) TOMY
し、雑誌『ジェニー』や『わたしのドールブック・ジェニー』などの出版を通して、家庭での人形衣装製作を提案してこられた日本ヴォーグ社の編集者・石坂文子さん(4月に定年退職されました)から、大人たちにも開かれている人形遊びの楽しみについて興味深いお話を伺いました。ジェニーやそのフレンド・ドールの繊細で美麗な衣装に目を輝かせておられる聴講の皆さまに接しながら、大人の中にある少女性にも、響きあうコードをもっているリカちゃんやジェニーの力に感じ入りました。

 地域文化、民族文化を背負った人間の手が作り出す民芸玩具や人形に価値を求めて追い続けてきた日本玩具博物館が、実のところ、少々苦手としてきたのは「マスプロダクト」な商品玩具や人形の世界なのですが、今回の企画展を契機に、私たちも遅ればせながら、広く日本の人形文化を見渡し、とらえ直してみたいと思っています。
 そのような思いから、今夏は、「神戸人形」などからくり仕掛けの人形たちをとりあげ、秋は、江戸時代の市松人形や郷土の姉さま人形から、セルロイドの人形、ソフトビニールのミルクのみ人形、バービー、タミー、スカーレット、リカちゃん、ジェニーまで、着せ替え遊びやごっこ遊びの友人となった日本の人形たちを振り返る企画展を予定しています。






NO.71
菖蒲かをる端午の節               (2009.4.26 学芸員・尾崎織女)


 昨日は、地元のある団体主催の『食文化セミナー』に招かれて、「端午の節句と初夏の食べもの」というタイトルでお話をさせ
▲菖蒲(ショウブ)
ていただきました。セミナーは、五節句(供)の室礼と飾り、そこに登場する食べものについて、歴史をさかのぼりながら探っていくシリーズものです。去年は「上巳(桃の節句)」と「七夕」の節句、今年は「端午」と「重陽」の節句のお話をお受けしています。
 その準備を進める中で、私自身、日本人がめぐる季節の中で、自然の力を暮らしに取り込みながら、四季折々の美意識を育んでいった歴史にあらためて触れることとなり、節句行事に対する愛着がますます強まりました。

 日本が中国から節句(供)の概念を受け入れた奈良時代以前から、「端午」は、菖蒲や蓬(よもぎ)をはじめ、
▲つまみ細工で再現された「草の薬玉」
(明治時代) Photo by Masaki Yamamoto
香気の強い植物の力によって邪気払いを行う節でした。沈香、麝香、丁子、龍脳などを入れた香袋と香の高い花々を束ねた薬玉に、続命縷(しょくめいる=赤黒青白黄の五色の糸)をつけて飾ったり、菖蒲と蓬を屋根に挿して葺いたり・・・。また、菖蒲の葉や根を刻み入れて薬香をうつした酒を飲み、菖蒲湯につかり、夜は菖蒲を枕に敷いてねむる、といった風習がありました。

 清少納言の『枕草子』には、「菖蒲蓬などのかをりあひたる、いみじうをかし。九重の御殿の上をはじめて、言ひしらぬ民のすみかまで、いかでわがもとにしげく葺かむと葺きわたしたる、なおいとめずらし。いつかはこと折に、さはしたりし。空の気色曇りわたりたるに、中宮などには、縫殿より薬玉とて色々の糸を組み下げて参らせたれば、御帳立てたる母屋の柱に左右に付けたり・・・・・・」と、家々に葺かれた菖蒲や蓬が香気を放って気持ちのよい様や、宮中における薬玉贈答の風習などが記されています。
▲『絵本目覚草』五月節供 寛保年間(1741〜44) 西川祐信筆
   ※右側の屋根には菖蒲と蓬の束が等間隔に葺かれています。



 屋根に菖蒲を葺く風習など、今では全くみられなくなりましたが、すでに平安時代の昔から、人々は上下貴賎を問わず、どれぐらい密度を高く菖蒲を屋根に葺くかということに情熱を燃やし続けてきたようです。江戸時代の文献や浮世絵、屏風絵などを探すと、京でも、江戸でも、軒並に菖蒲を葺いた町の中で、節句飾りや行事を賑やかに楽しんでいる人々の生き生きとした姿に出会えます。
 
 端午に登場する菖蒲は、花菖蒲とは異なり、華やかな花を咲かせる種類ではありませんが、香気に優れ、高温で蒸すと神経痛や痛風に効果があり、鎮痛作用も抜群だとか。一方、蓬は、健胃作用があり、消化吸収を助ける作用があるようです。武家社会に至って、菖蒲(しょうぶ)は「尚武(しょうぶ=武を尊ぶ)」に結びついて男児の祝儀へと展開しますが、端午の節句の室礼に、この薬効をもつ菖蒲や蓬の供えは、常に欠かせないものでした。

 去年の旧暦端午(2008年6月8日)に、中国山東省煙台に住む友人
▲中国端午節の蓬束
山東省煙台・王さん宅

から、画像付き“端午メール”をもらいました。「・・・・・・今日は端午節。私たちの地域では、蓬を束ねたものを屋根にさしたり、門戸にかけたりして端午を迎えます。我が家はアパートなので、下の階の住人が玄関前に蓬の束を置いてくれました。夜になると、眠っている子どもの腕や指に輪にした色糸をかけます。そうすると邪気が払われると伝わっています。食事には、もちろん、美味しい粽を頂きます。・・・・・・」と。
 「節句(供)」を日本に伝えた本家中国では、今日も薬草による端午の魔除けの風習が続いているのですね。

 今年の旧暦端午は、5月28日。菖蒲と蓬がうまく入手できたら、江戸時代の人々にならって、5号館ランプの家の屋根に菖蒲と蓬を葺いてみたいなと思ったりしています。
 皆さまも、今年の端午は、菖蒲葺き、菖蒲酒、菖蒲枕、菖蒲湯・・・・・色々ありますが、青々とした季節の植物を暮らしの中に取り入れて、爽やかな夏がやってくるよう、邪気払いをなさってみてはいかがでしょうか?





NO.70
「日本絹の里」再び〜子どもの晴れ着とちりめん細工展〜      (2009.4.10 学芸員・尾崎織女)

 2007年秋に展覧会『暮らしの中のちりめん細工』でお世話になった群馬県の「日本絹の里」から再びご依頼をいただき、5
▲展示シミュレーション風景〜「宮詣りの晴れ着」女児用のコーナー〜
月23日から7月13日にかけて、『子どもの晴れ着とちりめん細工展』を開催する運びとなりました。


 今回は、当館のコレクションの中から、明治・大正時代の子どもの着物をとりあげ、初宮詣り、食い初め、七五三、端午の節句や桃の節句など、儀礼の折に登場した晴れ着の数々を、子育てのお細工物(ちりめん細工)とともに紹介する企画です。
 先方の担当学芸員と協議して展示構成を決めた後、一週間ほど作業場にこもって展示のシミュレーションを行い、約300点を選定したところです。

 着物の紹介においては、晴れ着に見られる袖の形、後ろ身ごろの背中にあたる部分にもうけられる「背縫い」や「背守り」の造形、また「紐飾り」の意匠、着物の文様として選ばれる題材(花鳥草木、吉祥、器物、玩具)などに着目して展示構成しています。
 そこに、涎掛けや帽子、守護札を収めた守り袋や住所を書き付けた迷子札、お守りとして子どもの傍に置かれた人形袋など、子どもたちの無事な成長を願って作られたお細工物をあわせて、当館ならではの伝統手芸の世界を拓こうと考えています。



▲展示シミュレーション風景
 〜子どもの晴れ着とちりめん細工の意匠(デザイン)・玩具

▲展示シミュレーション風景
〜「儀礼と節句の晴れ着」のコーナー〜
よだれかけをつけた市松人形(女の子)
▲一つ身着物を肩あげして着せ付けた
市松人形(男の子)・・・・背中には「背
守り」が付けられています。


 かつての子育て習俗の一端を知る意味でも、明治・大正時代に好まれた子どもの着物のデザインを理解する意味でも、また、ちりめん細工を愛好される方々には、作品の題材の参考としても面白い資料がたくさん登場する展覧会です。
 5月23日の会期初日には展示解説会、また会期中に2回、ちりめん細工の講習会が予定されています。関東方面の方々には、是非とも日本絹の里をお訪ね下さいませ。これからしばらく作品解説の原稿書きやコーナー解説パネル製作などに時間をいただきますが、初日は愛らしい着物がずらりと並んだ会場で、ちりめん細工作品とともに私どもも皆さまのご来場をお待ちいたしております。
  日本絹の里のホームページ http://www.nippon-kinunosato.or.jp/



NO.69
リカちゃん&ジェニーの世界展オープン!           (2009.3.2 学芸員・尾崎織女)       


 「<リカちゃん>という名前を聞くだけで、私もこの子たちもわくわくするんです。・・・」
 今日も、そんなふうに言いながらご来館下さる母娘連れがありました。4才のお嬢さんの手には毎日、一緒に遊んでいるとい
リカちゃんをもって来館した松本朱音ちゃん(4才)
うピンクの髪のリカちゃんが握り締められています。「この子にたくさんのお友だちを見せてあげたい。」と、自分のリカちゃんを展示ケースの中のリカちゃんに向き合わせるように展示をめぐる少女の様子に、私はとてもうれしくなりました。

 2月28日のオープン以来、たくさんの家族連れの来館があり、1号館企画展示室はいつも以上に賑やか。滞在時間もとても長いのです。お母さんと娘、それにおばあさまを加え、三代で楽しんでいかれる様子も見受けられます。お母さんには、友人たちと着せ替え遊びをした子ども時代の思い出、小さな女の子には、今の興味にぴったり当てはまる世界、おばあさまには、自分の娘たちに着せ替え服を作ってあげた記憶・・・・・・。

リカちゃん初代・二代目
 昭和42(1967)年生まれで、40年以上にわたって現役を続けている「リカちゃん」は、今を生きる女性たちにとって、幸せな少女時代を象徴する共通言語のようです。楽しそうな来館者の様子を通して、そのことを実感しています。株式会社タカラ(現在のタカラトミー)が企画製造したキャラクタードールですが、少女たちの夢と期待に確実に応えながら、デザインのマイナーチェンジを繰り返し、バリエーションを増やし、着せ替え遊びやごっこ遊びの方法をも繊細に充実させてきた「リカちゃん」の世界は、すでに一企業が創出したマスプロダクトな商品をこえるものなのかもしれません。

 かねてよりお付き合いのある日本ヴォーグ社から、雑誌のモデルに使われたリカちゃんやジェニー、それに関連する資料の寄贈を受けたのは昨年春のことでした。ある程度の整理は進めていたのですが、それらを展示するとなると、また何もかもが違ってきます。開催前から、数多くの企画展情報が流れ、神戸新聞夕刊一面トップに掲載されたり、NHKが報道してくれたり、各紙地方版にもぞくぞくと記事があがっていたので、期待の声があちこちから寄せられ、マニアの方々も含めて、早く観たい!との問い合わせも非常に多く、プレッシャーを受けながらの準備作業でした。

 人形たちは、服飾作家が着付けた衣装を見せるための雑誌モデルとして使われたものがほとんどで、もともとの衣装を外され、髪型などもデザインが変えられて、多くは裸の状態で入ってきました。けれど、人形たちにはすべて、何年の、何というタイプの、何というシリーズであるという、製造時の決まりがあります。その決まりごとと、出版社がプロデュースした作家衣装・帽子・靴・アクセサリーなどとの間で、同じ一体の人形が右往左往。 私たちは、500体の人形と1000種類に及ぶ衣装や小物を、膨大な資料に照らしながら結び合わせる作業に右往左往。 ものすごく手間取ったのでした。
日本ヴォーグ社の雑誌に掲載された
ジェニーとその衣装

 人形に詳しいスタッフとふたり、その作業は深夜まで続き、1〜2週間ほど、2〜3時間睡眠の日々を続けたせいで、展示する頃には、何もかもが人形の衣装にみえ、何もかもがジェニーやリカちゃんに見えてきました。テレビで黒柳徹子さんの髪型を見ても、朝、ご近所の奥さんのダウンジャケットを見ても、ジェニーが思われました。ついには、夢に人形たちが登場するようになり、明け方、人形が耳元でささやきます。「私、マリーンよ。赤いベルベットのヘッドドレスね、ジェニー・エクセリーナが着けてるの。私に返して頂戴!」なんて…。

 昭和62(1982)年に誕生したタカラ・バービーを前身とするファッションドール・ジェニーは、リカちゃん以上といえるバリエーションを誇っています。ノーマル(スタンダード)タイプにはじまって、 エクセリーナ、18歳ジェニー(プリンセスジェニー・ミスジェ二ー・グレイシージェニー)、15歳ジェニー、1991年フェイスジェニー、エンジェルズガーデンジェニー、フォトジェニック、Newジェ二ー……。ファッションブランドとのタイアップをふくめ、「そこまでやるのか!?」「そこまで出来るのか?!」と驚いてしまうほどの情熱によって、繊細かつ大胆に互いに差異をもった個体が増殖されていきます。「バリエーションの充溢」 は、郷土玩具や伝統人形にも見られる日本的モノづくり文化のキーワードだと思いますが、リカちゃんやジェニーにおいても、、それと同じ特性が示されているのかもしれません。

 展示への準備作業を通して、私たちに様々なことを気付かせてくれた「リカちゃん」と「ジェニー」ですが、また、これから来館される多くの方々との出会いによって、さらに広がりのある展覧会にしていきたいと思っています。


NO.68
84歳のお雛さま                   (2009.2.20 学芸員・尾崎織女)


 昨日、春の特別展『雛遊びの世界』の会場へ懐かしい方々の訪問をお受けしておりました。1995年、阪神淡路大震災の年に
懐かしい女雛と再会された小林さんと黒田さん
「源氏枠飾り雛」一式を寄贈下さった小林嘉子さんとその妹君の黒田純子さん、そして「御殿飾り雛」を寄贈下さった明松マサ子さんです。
 家の倒壊や転居によって行き場を失った雛人形が当館の収蔵庫に眠っていることは折にふれてご紹介してきましたが、150組を超える雛飾りのそれぞれには持ち主の人生の歩みと愛着が込められ、モノには、金銭的な価値や美術工芸的価値とはまた違った次元の価値が存在することを私たちに教えてくれます。

 小林嘉子さんと明松マサ子さんはともに大正14年生まれ。1995年春、尼崎市と神戸市垂水区でそれぞれ被災された小林さんと明松さんは、少女時代の思い出が詰まった雛飾りを手元に保管することが出来なくなり、私たちの博物館へとお預け下さいました。
 どちらも経年劣化と震災時の傷みが見られましたが、少々修理の手を加えて、1996年春の特別展『被災地からきた雛たち』に展示させていただいたところ、展示品のキャプション(品名や製作年代、寄贈者などを明記した題箋)をご覧になることで、お二人は互いに女学校の同級生であることに気付かれたのでした。卒業以来、一度も会っていなかったというお二人の交流は、お隣に並べられた雛人形がとりもつご縁によって再開したのです。
インタヴューをお受けになる明松さんと小林さん
 以来13年――、節句が近づくと、ご自身の雛飾りが展示される時もされない時も、お二人揃って何度となく当館をお訪ね下さり、私たちの博物館で雛祭りを楽しんでいらっしゃいました。

 昨日は、会場にNHK神戸放送局のカメラが入っており、雛人形と持ち主との再会についての取材がありました。
 「女雛さまには母のおもかげがあるんです」と明松さんがお話しになれば、小林さんや黒田さんも「おっとりとして穏やかな美しさが母を思わせるお雛さま」と笑みを浮かべておっしゃいます。

 太平洋戦争、大水害、そして震災…。雛人形とともにあった時代のことをあれこれ伺いながら、大正14年生まれの雛人形とその主人たちがともに生きてこられた84年の歳月に想いをはせてみました。すると、雛人形の上に、作り手が、求め手が、使い手が、心を込めて関わり続けた、それぞれにとって特別な歩みがゆらめいて感じられたのです。
 「物の中に潜む大切なものは目に見えない」――サンテグジュペリの『星の王子さま』のメッセージが想い起こされたことでした。





NO.67
春を迎えた展示室                (2009.2.9 学芸員・尾崎織女)

深夜の展示作業……

 春恒例の雛人形展が始まり、玩具博物館にも陽光の季節がめぐってきました。今回は、『雛遊びの世界』と題して、江戸末から明治・大正を経て昭和30年代までの雛人形と雛道具を一堂に集め、雛飾りの移り変わりをたどります。桃の節供(句)に遊ばれた白木の勝手道具や、桃の節句にいただく雛料理の小さな器の数々も合わせて展示し、一見、静的に感じられる雛飾りの中に、動的な遊びの様子を探していただけたら、と思っています。
江戸型古今雛(江戸時代後期)
 冬の展示物を梱包して収蔵し、ケース内を清掃したのち、雛人形を展示する作業には毎年、5日間ほどを要します。しんしんと冷える深夜、生命を象徴するような緋色の毛氈を敷き詰め、馴染みの古雛たちを出していく時間は、得もいわれぬ静けさに包まれています。玉眼がキラリと光る江戸古今雛のまなざしの中には150年を越える歳月が閉じ込められているようで……。白玉がたわわに下がる天冠のかすかな揺れからは、幕末の薫りが漂うようで……。すべてのケースの展示が完了したとき、心を澄ませて雛飾りを見渡せば、あちこちの雛さまたちが声を揃えて「ヤァ!」「オゥ!」と小さな歓声を上げるように感じられました。

 毎年おなじみの雛人形もあれば、久しぶりに登場したものもあり、また今回、初公開の雛飾りも数組展示しています。木々に花咲く季節、どうぞお誘い合わせの上、古雛たちに会いにお越し下さい。


 さて、昨年12月13日にオープンした北九州市立小倉城庭園での企画展『ちりめん細工・春の寿ぎ展』は、会期の半分を過ぎました。冷え込みの厳しい季節ですが、例年をはるかに上回る来館者があるそうです。皆さん一様に非常に満足して帰っていかれ、来館者は口コミもあってか徐々に増えていく傾向だと、先方のご担当者からうれしい便りをいただきました。「ちりめんで作るお手玉雛」の講習会も定員20名のところに、100名ほどの応募があり、定員をふやして3回分の講座を増発することになっています。


傘飾り制作風景                                     完成した傘飾り

 また、こちらの企画展には、会期後半のお楽しみを設けています。来る2月21日から会期終了の3月8日まで、展示室本館の展示に加え、庭園のお座敷に桃の節句の傘飾りを展示する予定で、昨日、大型11基、小型10基の傘飾りを送り出したところです。
 これらの傘飾りのうち、大型7基、小型6基は、この展示に向けて、昨年より「日本玩具博物館ちりめん細工の会」のメンバーが共同制作したものです。約100名がそれぞれ1〜5点のちりめん細工作品を提出し、約15名が井上館長の指揮の下、作品の色合わせやテーマなどを考えながら組み立てを行いました。完成した傘飾りをずらりと並べてみると、それは壮観。たくさんの方々の思いがこもっていますので、力強さに満ちた作品群です。
 お近くにお住まいの方々は、傘飾りの展示期間に小倉城庭園をお訪ね下さいませ。



NO.66
戦前戦中の中国玩具〜尾崎清次コレクションより〜     (2009.1.12 学芸員・尾崎織女)

 新しい年を迎え、皆さまにはいかがお過ごしでしょうか。今年、35回を数えた新春恒例の『全国凧あげ祭り』も天候に恵まれて無事終了し、元気いっぱい日本玩具博物館の2009年が始まりました。

 学芸室は、年明け早々、かねてより交流のある天理参考館より学芸員の方々の訪問を受け、当館が所蔵する戦前戦中の中国玩具コレクションをお目にかけました。300点を超えるそれらのコレクションは、小児科医師にして郷土玩具のコレクター、児童文化の研究者としても知られる尾崎清次氏(1893〜1979)から寄贈を受けたものです。(尾崎氏蒐集の玩具については、このホームページでも折に触れてご紹介しています。)
▲久々に登場した戦前の中国玩具
▲産地や作者名、蒐集した人名を表わす印などが、玩具の底面
 に示されています。




 中国における郷土玩具(民間玩具)は、文化大革命(1966〜1976)とその後の混乱期を経て、ほとんどすべてのものが失われ、1980年代になって国家保護の下、産地や個人が復活させた人形や玩具だけが世界に知られています。ですから、日本に残された戦前戦中の中国玩具コレクションは非常に貴重です。

 天理参考館は、大阪の財界人にして趣味家であった岸本五兵衛(1897〜1946)氏が蒐集された数多くの玩具コレクションを所蔵しておられ、その中には戦前戦中の中国玩具が含まれています。同館の担当学芸員の方々は、日本人蒐集による戦前の満州玩具(特に中国東北部=遼寧省、黒龍江省、吉林省)について調査研究を進める中で、同時代を生きた故・尾崎清次氏のコレクション内容に興味をもたれ、今回の訪問となりました。

 尾崎氏の蒐集の目的や関心についてお話ししながら、ひとつひとつの玩具を手にとって作品の色や形をご覧いただくとともに、玩具の後ろや底面に書かれた文字や商標、印やシールなどの情報も引き出していきました。
 各地の博物館が所蔵されている同時代の資料と照らし合わせて産地や作者などを同定しつつ、当時のコレクターたちの交流を明らかにし、満州やアジア諸国の郷土玩具に関心が持たれた当時の時代性をもさぐっていけるのではないか、と示唆にとんだお話を伺うことが出来、非常に充実した時間となりました。

 尾崎清次氏のご遺族からコレクションの寄贈を受けたのは昭和63(1988)年のことですが、同氏が生涯をかけて集められた資料の質は重く、量は膨大で、また広範囲に及ぶため、未整理の分野もまだまだ残されているのが現状です。
 久しぶりに光に触れた中国古玩具の数々。この機会に整理を完了しようと思い、凧あげ祭りの準備の合間を縫って、大急ぎで「尾崎清次・中国玩具コレクション」所蔵カード集を作りました。あらためて撮影し、文字情報などをチェックしていく中で、これまで見落としていたものを数多く発見することが出来ました。

 戦前満州の玩具の中から、ここでは「不倒娃」「不倒翁」と呼ばれる起き上がり小法師の代表作品を画像でお目にかけたいと思います。

▲産地(作者)は、左から=遼寧省営口/遼寧省営口/遼寧省荘河・于王民作/遼寧省荘河/遼寧省荘河市青堆子・劉本立作
▲産地は、左から=黒龍江省北安/黒龍江省北安/吉林省吉林/吉林省吉林/遼寧省遼陽

 いかがでしょうか。子宝祈願や春節(正月)の祝いとも結びつき、満州の人々の間に息づいていたこれらの品々は、それぞれに風格のある愛らしさを漂わせています。

▲清朝末期の「花嫁行列」(人形の高さ5p前後)

 当館では本年もまた、館内外でたくさんの企画展を予定しておりますが、その仕事の空き時間と整理場所をしっかり押さえつつ、未整理の玩具コレクションをひと山でも多く、カード化していくことを本年の私の課題としたいと思っています。

 なお、天理参考館(天理大学附属天理参考館)のホームページはhttp://www.sankokan.jp/ です。玩具や人形についても、貴重な資料を数多く所蔵しておられますので、どうぞまたお訪ね下さい。


最新の学芸室   学芸室2010後期    学芸室2010前期   学芸室2009後期

   学芸室2008後期   学芸室2008前期   学芸室2007後期   学芸室2007前期

 学芸室2006後期   学芸室2006前期   学芸室2005