NO.90
乗りもの玩具の大行進〜展示を楽しむ〜               (2010.6.29 学芸員・尾崎織女)


博物館の庭では、七色の紫陽花に加えて、7月を告げる蓮(はちす)が大甕の中から蕾をのばし、夢のような色の花を咲かせ始めました。雨が降り続く季節、皆様にはいかがお過ごしでしょうか。学芸室では、6月は、1号館と6号館の展示替え作業に没頭しておりましたが、ともに模様替えが完了し、展示室にも夏がやってきました。

今夏は、12年ぶりに『世界の乗りもの玩具博覧会』と題する企画・特別展を開催いたします。1号館では海の乗りもの、6号館では空と陸の乗りものを地域ごと、あるいは種類ごとに展示いたしました。玩具における民族色をご覧いただくとともに、世界各地で発展を遂げた陸海空の乗りものの文化についても、玩具の世界を通して、わかりやすく、楽しくたどっていただける内容に仕上がったのではないかと思います。


世界各地の車が走る道路…「へい!タクシー」

今日は、展示における私達の工夫について、少し、お話ししたいと思います。今回、両展示室を合わせて、展示総数は1,100点。展示品自体は、全体にかなりのボリュームをもっているのですが、初夏に6号館で展示していた“子どもの祝い着“をテーマにしたものなどとは異なり、小さな乗りもの玩具を、ただ、ずらりと並べるだけでは、展示画面にメリハリがなく、また、展示風景にダイナミズムをつくりにくいこと、展示する前から、私は少々悩んでおりました。バスや乗用車、クラシックカー、スポーツカー、あるいは、消防自動車、トラック、ショベルカー、フォークリフト……。世界中から集まったこれらの玩具をどんな風に展示すれば、子どもたちが楽しんでくれるだろうか? どのように解説すれば、大人の皆さんは、乗りもの玩具のもつ文化性を感じて下さるだろうか?

私は、展示室床面を大きな道路に見立て、壁面を空に見立てようと考えました。空の乗りものの展示コーナーはブルーのクロス、機関車や列車のコーナーには、黄緑色の明るいクロス、働く車のいろいろを展示するコーナーには濃いグリーンのクロスを敷き詰めて、「空」と「レール」と「道路」の世界を分けました。
次に、道路には、それぞれ対向車線を設け、横断歩道や信号
交通事故の場面
などを作りました。その道路を世界各地の車が、種類ごと、地域ごとに走行します。同じ「バス」でも、ヨーロッパ、アメリカ、アジア、アフリカ……と、作られる地域や時代によって姿形は様々。玩具の乗りものは、本物の乗りものの特徴を捨象し、デフォルメし、単純ながらにその特徴をよく表現しています。一点一点見ていると、どの作品も展示してみたくなり……次第に展示数が増えていきます。ふと、気が付くと、車の台数があまりに多いので、展示室は、まるで大渋滞を引き起こしたかのよう。そこで、渋滞の原因となる「交通事故」や「工事現場」の場面を作ることを思いつきました。

特に、子どもたちに展示を楽しんでいただこうと思う夏には、これまでも、物語性のある展示画面作りを心がけてきました。実際に、展示室へ入ってきた子どもたちが、まず、どこに目をとめてくれるか、どんなふうに展示したら、展示品と語らい合って心豊かな時を過ごしてもらえるのか、夏は、彼らの様子に触れながら、楽しい展示にするためのヒントを探す季節でもあります。

さて、今回は、皆さまにご覧いただきたい場面がいくつかあります。………一つ目は、横断歩道を渡っているドイツの小さな男の子が、フランスのタクシー(ビラック社製)を停めようと手をあげている場面、二つ目は、デンマークのスクールバス(フーキット社製)が、子どもたちを乗せようと停車する場面、三つ目は、旧ソ連のトラック(1980年代製)が対向車線を越えてイタリアの自動車運搬車(セヴィ社製)に接触し、日本のパトカー数台(昭和30年代製)が救急車とともにやってきている場面、4つ目は、ドイツのトラック(へロス社製)が運んできた木片をオーストリアのフォークリフト(マタドール社製)がもちあげている場面、そして5つ目は、世界のミニカーが、広いモータープールに駐車している場面です。

材木トラックが建設現場へ向かう場面 ドイツ・オーストリア・旧ソ連の作業車 ヨーロッパのスクールバスが行く


ご来館くださる皆さまには、玩具サイズに縮小された「小さな人」の心になっていただき、その小さくなった二つの目で、世界各地の乗りものの色と形、動く仕組み、そして遊び道具としての可能性についても、じっくりと探っていただけたら嬉しく思います。
1号館、6号館を合わせて、久しぶりに「おもちゃの館」らしい展示になったと思います。どうぞ、ご家族お揃いで、乗りもの玩具の小さな世界をお訪ね下さいませ。


NO.89
草花あそびの世界                (2010.6.1 学芸員・尾崎織女)


今年は比較的気温が低い春でしたが、適度な雨にも恵まれて、緑滴る初夏を迎えました。日本玩具博物館は、広葉樹の緑に囲まれており、中でも栴檀(せんだん)の木が数多く自生しています。この木はたくさんの虫や小鳥たちをひき寄せ、四季折々、美しい姿を見せてくれます。今、木々の枝に小さな花が満開となり、快晴の青空を薄紫色に煙らせてしまうほど。その中をアオスジアゲハやツバメが潜り抜けると、爽やかな風にのって薄紫色の花が降ります。近くに寄って花を見つめると、これがなかなか可愛らしいのです。
栴檀の木々に囲まれた当館の駐車場や公園では、今、ヒメジオンや夕凪草、白詰め草、野アザミの真っ盛り。先日、公園に遊びにやってくる近所の女の子たちに、「白詰め草の花輪」の作り方を教えてあげたら、以来、毎日のようにやってきて、草むらの中で、首飾りや花かんむりを編んでいるようです。
栴檀のフラワー・シャワーを浴びながら…。きっと、初夏の日のよい思い出になることでしょう。

さて、こうした草花の遊びは、長い歴史をもっており、例えば、鎌倉時代の和歌などにも、歌い込まれています。

  道のへの 芝生のつばな ぬきためて うなゐこどもの てまもりにせむ (『新撰六帖』より
  日くれぬと 山路をいそぐ うなゐこが 草かり笛の 声ぞさびしき (『夫木和歌抄』より)
  うなゐこが すさみに鳴らす 麦笛の 声に驚く 夏のひるふし  (『夫木和歌抄』より)
  うなゐこが ながれにうくる 笹舟の とまりは冬の 氷なりけり (『夫木和歌抄』より)

「うなゐこ」は小さな子どものこと。「てまもり」はおもちゃを意味しています。これらの和歌からわかるのは、すでに中世の頃には、道端のチガヤをぬき集めて、子どものおもちゃが作られていたこと、小さな子どもが草笛や麦笛を吹き鳴らして遊んでいたこと、700年ほど前の子どもたちも笹舟を知っていたこと…。このような四季の草花遊びは、つかの間、子どもの手を楽しませた後は、草むらや路傍に放置されてしまうような、大変はかないものでありながら、遠い昔の人々の心に直接つながる強い生命力をもった世界であることに気づかされます。



話は変わって……学芸室から近況報告を少し。
今、姫路市内の中学校では『トライやるウィーク』の真っ最中です。生徒さんたちが地元にある様々な事業所に入って職業体験をする一週間に当たっています。当館でも、二人の生徒さんをお受け入れしており、館内の清掃整備やミュージアムショップの商品の仕入れ、受け入れた資料の管理方法など、スタッフと一緒に体験してもらっています。今日の午後は、大正時代から昭和10年代にかけて、上方の郷土玩具趣味人たちの間で交換された年賀状や暑中見舞い状のファイリングの仕事をしてもらいました。

この葉書の色々は、昨年末の「学芸室からNo.83」で『村松百兎庵氏の年賀状交換帖・全11冊』としてご報告させていただいたものと同様、能勢泰明氏のご遺族のもとで長い間、大切に保管されていました。この度、新たに寄贈をお受けしたのは、村松百兎庵氏のもとに届いた2500枚に及ぶ年賀状、暑中見舞い状、絵葉書集、私信などで、現在、その分類整理を行っています。「浪花趣味道楽宗」「娯美会」「面茶会」「やつで会」「宝葉会」などに属する趣味人たちの、戦前における賑やかな交流の様子を跡づけるおもしろい資料群。整理が完了しましたら、こちらでもご紹介させていただこうと思っています。
先般、こうした浪花郷土玩具趣味人の中心に居た「川崎巨泉」氏に焦点をあてた書物が出版されました。『和のおもちゃ絵・川崎巨泉〜明治の浮世絵師とナニワ趣味人の世界〜』(森田俊雄著・社会評論社刊)。資料集や図版も豊富で、「はんなり」とした「笑いのヘソ」が実感できる楽しい内容です。ご一読なさってみて下さい。




NO.88
子どもの着物にまつわる習俗                (2010.5.25 学芸員・尾崎織女)


▲亜米利加石楠花(カルミア)
一昨日と昨日、播磨地方は大変な大雨に見舞われ、玩具博物館の側を流れる市川はどんどんと水かさを増しました。川堤を越えるほどの勢いに、一時は決壊を心配するほどでしたが、今日は大雨一過、清々しい朝を迎えました。緑滴る庭をつがいの揚羽蝶が飛び交い、いつの間にか満開になった亜米利加石楠花(カルミア)が、白い金平糖のような、小さな人形の傘のような花を輝かせました。

 鳴子百合や紫陽花の葉に、たくさんのカタツムリが動き回り、来館してくれた近隣の幼稚園児たちが、「あっ、でんでんむしっ!」「ツノが長いねぇ」と、あちこちでうれしそうな声をあげていました。

現在、6号館で開催中の特別展『子どもの晴れ着とちりめん細工』は、初宮参りや初節句、御食い初め式などに乳児が身にまとった祝い着や、ハレの日に幼児が身につけた着物を集めた華やかな展覧会です。日曜日、ご来館者の多い時間帯などは、ご要望によって解説会を開いているのですが、聴講していただく皆さまのご興味が集中する「初宮参り」の祝い着や守り袋について、今日は、ここで少しお話してみたいと思います。
 
生後一ヶ月の頃、赤ん坊の誕生を産土神(うぶすなしん)に報告し、正式に氏子となる「初宮参り」の儀礼が行われます(現在も、多くの地域で、男児は31日目、女児は32日目に行われています)。この時に赤ん坊が着用する祝い着には次のような特徴があります。
 赤ん坊は、反物のひと幅を身ごろとした「一つ身裁ち」を二枚がさねで着用するのが一般的で、表側になる掛け着には、袖口を縫い合わせない「大名袖」の形式が用いられます。
 男児の掛け着は、黒羽二重や色羽二重が好まれ、染め抜きの五つ紋(前身ごろに2ヵ所・後ろ身ごろに1ヵ所・両袖後ろ側にそれぞれ1ヵ所)が入ります。横一直線の熨斗目(のしめ)文様と呼ばれ、宝文様や甲冑飾りなど、勇ましくめでたい図柄が選ばれます。
 一方、女児の掛け着にも五つ紋が入りますが、縮緬(ちりめん)や錦紗(きんしゃ)が好まれて、文様は、身ごろの裾に四季の花や吉祥の器物を集中させた形式が目立ちます。

<初宮参りの掛け着> ▲男児用・・・五つ紋/熨斗目文様(端午の節句飾り)
<昭和初期〜10年代>
▲女児用・・・五つ紋/裾文様(四季の花)
<明治中〜末期>
この祝い着が里方で用意される場合、男児は実父の定紋、女児は実母の定紋を用いますが、紋を入れないときには、「守り縫い」が施され、あるいは「背守り」が置かれました。これには、わけがあります。
 大人の着物の後ろ身ごろは、反物を縫い合わせて仕立てられるため、背中の真ん中に縫い目が作られます。対して、小さな身体の乳幼児は、反物ひと幅(鯨尺の一尺=37〜8cm)の後ろ身ごろでも余るぐらい。つまり、乳幼児用に作られる「一つ身裁ち」の着物には、大人用「本裁ち」の着物とは違って背中に縫い目がないのです。乳幼児死亡率が高かった時代、人々は、この違いを畏れました。「七歳までは神のうち」という言葉が示すとおり、この世に誕生して七歳に満たない乳幼児の魂はとても不安定であり、いつあの世に召されても不思議ではない、人間として未だあやふやな存在と考えられていました。
 背中の縫い目「背縫い」の無い一つ身裁ちの着物を身につけていると、それを目印に魔物が襲い、子どもはあの世へ連れ去られてしまう。そのため、後ろ身ごろの衿下にあえて縫い目をほどこしたり(守り縫い)、押絵で作られた吉祥柄をつけたり(背守り)して、魔物から赤ん坊の身を守る工夫が行われてきました。地域によって様々な種類がありますが、特に無紋の初宮参りの祝い着には、多くの場合、「十二針(じゅうにはり)」と呼ばれる守り縫いが行われました。縫い目には、この世に縁を結びつける強い呪力がこもると信じられていたからではないでしょうか。
▲「守り縫い」
後ろ身ごろの衿下に縫い目が施される
<大正時代>
▲「十二針の守り縫い」
後ろ身ごろの衿下に鍵型に十二は針目が入れられる。
12の数字は一年12ヶ月を表している。
<明治時代>
▲「背守り」 
 後ろ身ごろ、衿下に押絵の手法で作られた
 文様が付けられる。
<昭和初期〜10年代>
初宮参りには、こうした着物に合わせて、揃いで作られた帽子やよだれかけが着用されました。魔を除け、赤ん坊の身を守る「赤」が好まれ、また、背中を覆うように、縁飾りのついた「しころ」を長くのばした帽子も目立ちます。このデザインは、赤ん坊を直射日光や強風などから守るとともに、目に見えない魔物に対する備えを象徴するものに違いありません。
▲初宮参りのしころ付の帽子
    <明治末期>
▲初宮参りの晴れ着と守り袋の展示コーナー ▲初宮参りの守り袋「隠れ蓑の巾着」
<明治末期>

さて、展示室では、華やかな着物とともに、宮参りの守り袋の数々もご紹介しています。長寿を表す鶴や蓑亀、豊かさを象徴する福の神、「隠れ蓑(かくれみの)」を表したものなどがあります。隠れ蓑は、古来、宝文様として親しまれたデザインで、「天狗の隠れ蓑」の言葉が表すように、これを着けると、悪霊から赤ん坊の身を守ることが出来ると考えられたのです。後ろ側に設けられた小袋の中には、神社の守護札が収められました。守り袋の多くは、明治から大正時代の女学生たちが、あるいは裁縫学校で修練に励む若い女性たちが、将来、母となる日のために習い作っていたものです。

今回の特別展では、このような習俗をひとつひとつご覧いただくことで、華やかなデザインに込められた人々の思いを感じていただけることと思います。例えば、七歳まで育つのが非常に困難だった時代、「縫う」という行為には、子どもの成長を願う親たちの心がたっぷりと込められていました。暮らしの中で愛されてきたデザインには、見た目の美しさや愛らしさということも大切でしたが、そこには、私たちの祖先が、人生において常に感じ続けていた目に見えないものへの畏れと敬いがあり、造形や彩色に深い意味が与えられていました。今を生きる私たちが、過去に置き忘れてきた大事なことのひとつではないでしょうか。
 『子どもの晴れ着とちりめん細工』展は、6月22日まで。お誘い合わせの上、ぜひ、ご来館下さいませ。なお、6月13日(午後2時から)にはこの特別展の解説会を開催します。展示品を取り出しながら、見どころをご紹介してまいりますので、ご興味をもたれた方は、この日時にご来館下さいませ。


NO.87
ただいま、展示替え作業中!                (2010.4.14 学芸員・尾崎織女)


 春爛漫の好季節、皆さまにはお元気でお過ごしでしょうか。
 花を終えたソメイヨシノがかわいい葉っぱを用意し始めたのと入れ替わりに、玩具博物館の庭では、いよいよ八重桜が満開を迎えました。老木の域にさしかかったせいでしょうか、いっときに比べて花の量は少なくなりましたが、その分、樹木が風情を増して、全体に優美な八重桜です。 
 『学芸室から』のお便りがずいぶん滞ってしまい申し訳ありません。今春は、静岡県三島市の佐野美術館で開催された特別展『ちりめん細工の世界〜ぬくもりの布あそび〜』に出品協力し、私たちに
佐野美術館展示風景
とってはかなり大きな展覧会を行っていたのですが、おかげさまで、39日間の会期に1万2千人近いご来場者を迎え、好評のうちに4月5日、閉幕いたしました。撤収作業にかけて、3日間ほど三島へ出かけていました。佐野美術館のスタッフにお話をお聞きすると、会期中、2度、3度と脚を運ばれた方も少なくなかったそうで、私たちが訪ねた最終日の会場では、常に歓声ともため息ともつかぬ声々が渦をなし、そんな中から、「わくわくして帰れないわね」とか「何度も観に来たいわ」とか、感動の話し声がたくさん聞かれました。ご来場下さった皆様に心よりお礼申し上げます。

 こうして、三島の佐野美術館で当館のちりめん細工と出合っていただき、「姫路の日本玩具博物館の方へも一度、訪ねてみたい」と考えて下さる方々にとって、当館は、「ちりめん細工の館」なのかもしれません。姫路へ行けば、佐野美術館では見られなかった作品に出合えるかもしれない…そんなお気持ちにお応えしたくて、4月24日から、初夏の特別展として『子どもの晴れ着とちりめん細工』展を開催することにいたしました。この春、新たに収蔵したちりめん細工の古作品や佐野美術館では展示できなかった、乳幼児の祝い着などを加え、“子育てのお細工物”“暮らしの中の美意識”をテーマに、当館独自の展示を行いたいと思います。

 休館日の今日は、館長、学芸スタッフはもちろん、遠方からの「助っ人」(また、いつかご紹介させていただきます)も加わって、雛人形の収蔵作業を行っています。収蔵のための梱包は、雛人形の保存にとって非常に大切な作業です。時代のひずみによって、形が崩れ、衣装に無数の皴がついてしまった雛人形も、正しい梱包によって少しずつ、もとの形を取り戻していきます。


 肩のラインを整え、薄用紙の詰め物をし、紐先や袖裾などの折れや皴、ゆがみを正していくように、丁寧に梱包を行います。そうすれば、次の春、桐箱を開けたときに、再び登場してくる雛人形は、少しだけ、若返ってみえるのです。毎年、大切に飾っては仕舞う……この行為は、末永い保存において、仕舞いっぱなしに置くことよりもずっと意味のあることだと思います。
 
 さて、私たちの雛人形展、収蔵時には、ちょっとした遊び心で「儀式」を行います。それは――、まっすぐ正面を向いて、親王台、雛台に納まっていた内裏さまとお雛さまをしばしの時間、向かい合わせにすること。古雛の場合、内裏さまとお雛さまは、別々の桐箱に収納してしまいますので、若いご夫婦が寂しく離れ離れになってしまうのです。来春の再会までしばしのお別れ……その名残に…。

 今週末には、『子どもの晴れ着とちりめん細工』の準備を終え、来週は、1号館の『ふるさとの雛人形』を『ふるさとの武者人形』に替えていく作業を行います。二つの展示は4月24日、同時オープンを予定しています。どちらも、子どもたちの無事な成長と健康を祈って作られた家庭的な生活文化のカタチをご紹介する展覧会です。光あふれるこの季節、子どもの日も近づいてきますので、ぜひ、ご家族お揃いで「ちりめん細工の館」「人形の館」をお訪ねいただきたいと思います。




NO.86
春の日の三人仕丁               (2010.2.25 学芸員・尾崎織女)

 すっかり春らしくなった日差しの中で、福寿草が黄金色の花びらを広げ、玩具博物館の庭に明るい輝きが広がっています。
福寿草
今週は、休館日を利用して、1号館の企画展示室に『ふるさとの雛人形』展を準備いたしました。6号館と5号館で開催中の特別展『雛まつり』と合わせ、この春は、緋毛氈の上で広がる人形たちの世界をお楽しみいただきたいと思っています。
 
 大量生産や大量流通のシステムが確立されていなかった時代、都市部で飾られる工芸的な衣装
▲『ふるさとの雛人形』展「南国の雛」の
展示コーナー。土雛、紙雛のいろいろ。

雛に影響を受けながらも、地方地方で独自の「ひな」が作られていました。土製、張子製、練り物製、裂製……と、素材も様々ですが、「雛人形」と聞いて私たちが連想する内裏雛、三人官女、五人囃子、随身、仕丁などとはまったく異なる「ひな」もあって、素朴な郷土の「ひな」たちは、日本の雛まつりの世界が、かつてはどんなに豊かであったかを物語ってくれるようです。 
 さて、そのような郷土(ふるさと)の雛人形の色々を展示する中、京都府伏見で作られた深草焼き(伏見土人形)の仕丁たちの伸びやかなスタイルに目が留まりました。仕丁は、内裏雛に仕える水干に烏帽子姿の三人組で、三人上戸(笑い上戸・泣き上戸・怒り上戸)とも呼ばれています。最近の五段飾りなどでは、真ん中の仕丁が沓台(くつだい)を持ち、両側の仕丁は立傘(たてがさ)と台傘(だいがさ)を構えて、雛段に、整然とした緊張感をもたらしています。ところが、伏見の仕丁さんときたら、なんて自由なのでしょう! 向かって左側の仕丁など、地面に頬杖をついてずいぶんくつろいだ様子です。
▲伏見土人形・三人仕丁
京都の伏見は、400年以上の歴史を刻み、全国の土人形製作に
影響を与えた窯である。  


 雛飾りをみる楽しみのひとつは、人形たち表情の豊かさだと思いますので、今回は明治時代の雛飾りの中の「三人仕丁」の色々をご紹介してみたいと思います。
 
 仕丁の姿態を大まかにわけると、沓台・立傘・台傘をもって座っている三人組、箒・がんじき・塵取などを手に雛御殿の清掃をしている三人組、そして、清掃作業を放り出して、煮炊きしながら楽しげに熱燗で一杯飲んでいる三人組があります。皆さまが親しまれている仕丁はどのタイプでしょうか?
 「御殿飾り」を発達させた京阪地方では、掃除をしたり、煮炊きをしたりしている仕丁が多く、一方、「段飾り」を発展させた武家のお膝元・江戸東京周辺では、殿さまにしっかり仕えてかしこまった表情の仕丁が目立ちます。
 
  ▲台傘・沓台・立傘をもった仕丁(段飾り/明治時代後期)        ▲箒・がんじき・水桶をもった仕丁(御殿飾り/大正時代)       ▲煮炊きしながら酒をのむ仕丁(御殿飾り/明治時代後期)
 内裏雛をはじめ、他の雛人形や添え人形が、どちらかというと感情を外には出さず、静かに微笑んでいるときに、泣いたり、怒ったり、大笑いしたりして、感情を思い切り表現した仕丁たちの存在は、雛飾り全体に人間的なムードを与えます。とくに、楽しげに鍋物をつくりながら、酒を酌み交わしている仕丁たちを見ていると、生きる喜びようなものさえ伝わってくるから不思議です。
 戦後、雛飾りの大量生産が行われて、雛人形の表情が画一化してしまう以前、明治・大正時代の雛人形たち、とくに庶民の代表選手のようにして雛段に収まった三人仕丁は、身近に居られる誰かさんの顔を思い出させたりもするのでしょうか、来館者の皆さんの弾けたような笑い声が展示室に響く日もあります。今日のように暖かい日、窓を開け放っていたりすると、それは、おどけた仕丁たちの笑い声かと思われたりして、博物館は楽しい風に包まれています。

NO.85
佐野美術館行き準備完了!               (2010.2.8 学芸員・尾崎織女)

 来る2月20日より、日本玩具博物館のちりめん細工コレクションが勢揃いする展覧会が、静岡県三島市にある佐野美術館で開かれます。ここ数年間にわたり、当館では、「ちりめん細工の世界」と題する展覧会を、各地で開催してきました。2006年夏の京阪百貨店ギャラリー(大阪府守口市)、2007年春のたばこと塩の博物館(東京都渋谷)、同年秋の日本絹の里(群馬県高崎市)、2008年冬の小倉城庭園(福岡県北九州市)と続き、2009年初夏の日本絹の里では再び、企画を変えて展示会を持ちました。各地でご好評をいただき、私たち自身も、展覧会の度、「ちりめん細工」という手芸に対する理解を深められること、ありがたく思っています。

 今回、展示させていただく佐野美術館は、日本刀、青銅器、陶磁器、能面、絵画、書などの美術工芸品を所蔵展示する老舗の私立美術館です。普段は、絵画や書、日本刀の名品がしっとりと収まる企画展示室に、この春は、当館のちりめん細工コレクションをずらりと並べ (600点の展示を予定しています)、三章仕立てで日本の伝統手芸の世界をご紹介してまいります。
 第一章「江戸と明治のちりめん細工」では、江戸時代後期、上流階級や大都市部の富裕な人々の間で作られ使用された「ちりめんのお細工物」について、また、それが明治時代に入り、女学校の教材として受け継がれていく様子を当時の作品群を通してご紹介し、「用と美の袋物」「花と鳥・動物の小袋」「魔よけと招福の巾着」「遊び心の小箱や懐中物」などのグループにわけて、その製作目的や使用目的、意味について考えていきます。
松に日の出・鶴の親子の袋物
(きりばめ細工)/明治中期
八重椿袋/明治末期 芍薬袋/明治末〜大正期 鶏の親子袋/明治中〜末期
 第二章「よみがえったちりめん細工」では、当館が古作品や文献の蒐集を行い、それらの復元作業を通して誕生した平成時代のちりめん細工作品を、春夏秋冬、四季の彩りの中でご紹介します。また、現在の暮らしの中でちりめん細工を楽しむ提案のひとつとして、井上館長の指揮のもと、「日本玩具博物館ちりめん細工の会」のメンバー約150名が協働で作り上げた華やかな「ちりめん細工の傘飾り」もずらり、ご紹介いたします。
↑プロフィールが愛らしい新作品のいろいろ
傘飾りの展示シミュレーション風景→

 そして第三章「子どもの着物と子育てのお細工物」では、初宮参りや節句や祭礼、成長儀礼の折に身につける着物や帽子や涎掛け、また子どもの無事成長を祈って製作された守り袋(巾着)や、人形袋、迷子札など、親たちの愛情が伝わる造形の色々をまとめてご紹介したいと思っています。
 新春より、私たちは準備室の一角にこもって作業に明け暮れておりました。佐野美術館の展示ケースに合わせてシミュレーション展示をしたうえで、展示品を決定し、梱包し、パッキングし、説明パネルやキャプションなどを製作する一方、小さな展示台(大小300個以上!)などを用意していくのですが、それらに加え、細かな作業は数限りなくあるのです。すべての準備が完了し、発送手配も済ませましたので、あとは、展示作業に出向くだけの手はずとなりました。2月17日から井上館長、笹竹学芸員とともに出張し、先方の学芸スタッフの皆さんと一緒に、楽しく温かなムードの展示を完成させたいと思っています。
↑玩具館特製・展示台。菓子箱を黒クロスで包んでいます。
菓子箱は寸法が決まっていないので、小さな資料をのせて
飾るのに結構、有用です。
←展示の準備風景。展示品を決定する作業。
 折りしも、雛祭りの季節。佐野美術館の一室では、ちりめん細工の展示期間、享保雛をはじめ麗しいお雛さまの数々が展示されますし、同じ静岡県伊豆の稲取に足をのばせば、「つるし雛」が賑やかに飾られていることでしょう。
 お近くの方は是非、そしてご遠方の方々には雛巡りの旅を兼ねて、どうぞ三島の佐野美術館をお訪ね下さいませ。展覧会期は、2月20日から4月5日まで。休館日は、毎週木曜です。


NO.84
天保の頃の雛まつり               (2010.2.3 学芸員・尾崎織女)

 博物館の庭では、馥郁としたロウバイの香りに沈丁花の涼やかな匂いが混じりあい、マンサクやサンシュユ、キブシなど木
エナガ
々の花芽も膨らんで、春の息吹がいっぱいです。エナガの群れとメジロのつがい、雌のジョウビタキにシジュウカラ、時にはヤマガラもやってきて、木々の間を飛び交っています。
 学芸室では、新春早々、佐野美術館(静岡県三島市)で開催する企画展『ちりめん細工の世界〜ぬくもりの布遊び〜』(2010年2月20日〜4月5日)の準備に勤しんでおりまして、こちらでのご挨拶が大変遅くなりました。本年は、館外でも大きな展覧会の開催を予定していますが、館内においては、1号館で5回、6号館で4回、合計9回の企画・特別展を計画しています。節句や祭礼をめぐる子ども文化について、また、四季折々の人形玩具の世界を楽しくご紹介してまいりたいと思っています。どうぞご期待下さいませ。
 さて、今週末の2月6日より、当館恒例の雛人形展をオープンいたします。先月末から深夜の展示作業を続けて華やかな会場が出来上がりました。年を追って「雛飾り」を演出する屏風や諸道具なども充実し、学芸スタッフたちも年々、雛飾りに熟練して、隅々にまで神経を行き渡らせた展示が出来るようになってきた・・・と振り返っています。果たして、ご来館いただく皆さまには、どのように感じられるでしょうか。
 今春のテーマは『江戸から昭和のお雛さま』。「江戸時代後期の雛人形」として、立ち雛、享保雛、古今雛の屏風飾りを、「明治時代の雛人形」として、大型雛の段飾りと質実堅牢な檜皮葺御殿飾りを、「大正時代から昭和時代初期の雛人形」として、小型雛の段飾り、軽快可憐な御殿飾りや源氏枠飾りをすでに展示致しました。また、ランプの家には、昭和中期の御殿飾りや昭和後期の木目込雛の段飾りなどを展示する予定です。
 今回、新たにご紹介するものの中に、香蝶楼国貞(歌川国貞)の浮世絵があります。『風流古今十二月ノ内 弥生』と題された三枚続きの画面には、座敷に飾られた雛人形のもとで、節句の祝いを楽しむ人々の様子が活き活きと描かれています。国貞が「香蝶楼」と名のっていた頃、天保年間(1830〜43)の作品。月並のシリーズとして有名ですから、ご存知の方も少なくないと思われますが、少し詳しく画面を見てみましょう。

 画面下手、大きく生けられた桜と山吹の花枝のもと、背の高い屏風を背景に雛人形の段飾りが見えます。緋毛氈の上、上段の内裏雛は、親王台の部分しか描かれていませんが、その様式は、当時、すでに流行していた「古今雛」でしょうか。二段目には、五人囃子の謡、笛、小鼓の三人の奏者が見えています。三段目と四段目には、桃酒の瓶子をのせた三方、供え物が盛られた高杯など、金蒔絵が施された黒漆塗りの雛道具が置かれています。菱台に盛られた菱餅は、現在のものとは違って、草色と白の二色が重ねられています。
 私たちが親しんでいる一般的な五段飾り雛や七段飾り雛と比べると、国貞が描いた四段飾り雛は、のびやかに自由、発展段階にあるようにも思えます。「内裏雛」(お内裏さまとお雛さま)に仕える「三人官女」「随身(右大臣・左大臣)」「仕丁(三人上戸)」が上方出身の添え人形であるのに対して、「五人囃子」は江戸出身だとされていますが、江戸時代終わり頃の江戸町では、内裏雛とともに、能楽を奏でる五人囃子が飾られていたことが、この浮世絵からもわかります。
江戸型古今雛と五人囃子(江戸時代後期)
 人々の様子を見てみましょう。雛料理が盛られた黒漆塗り金蒔絵の小膳を子どもたちに振る舞おうとしている母親、お膳を囲んで挨拶を交わす子どもたち、桃酒の杯を三方にのせて歩いている子ども(こぼしそうですね!)、その腰元には大きな「守り袋(巾着)」がぶら下がっています。「立ち雛」を持ち遊ぶ子ども、赤ちゃんを抱いた若い娘、桜の花が咲き乱れる庭にはおしどりが泳ぎ、画面上手の縁側から座敷に上がり込もうとする子どもも居ます。わいわい賑やかな声が屋外に響きわたるような、愉しさがあふれ出すような画面です。
 花の香り、お料理の匂い、子どもたちの歓声、「お行儀よくしなさいよ」とたしなめる母親たちの声……。見るものの五感が刺激され、江戸町で発展を続ける桃の節句の愉しさが、画面を越えて、どんどんと拡がっていく素晴らしい作品ですね。
 展示室には、この浮世絵とともに、天保頃の作と思われる江戸製古今雛の段飾りを展示いたしました。また、江戸時代後期の雛人形を合計10組、展示していますので、香蝶楼国貞の浮世絵の世界に照らし合わせてご覧下さいませ。
 「学芸室から」では、あと3回、各時代の雛飾りについてご紹介したいと思っています。引き続き、お付き合い下さいますようお願い致します。




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