NO.135
クリスマスの贈りもの
                                                (2012年12月27日  学芸員・尾崎織女) 
12月25日を過ぎると、急に歳末ムードが漂ってきます。けれど、キリスト教世界において、クリスマスは12月25日から1月6日までの12日間をさしており、この間、「キリスト降誕人形」や「クリスマスツリー」などもそのまま部屋に飾られます。クリスマスは日本の迎春行事と似た役割をも担っているようです。そんなことから、6号館の特別展『世界と日本のクリスマス』の会期は、今回も年越しで設定しております(今年は1月22日まで)。
さて今年も、12月のクリスマス展会場では、恒例の絵本の朗読会や展示解説会、クリスマス・オーナメントをつくる講座を開催し、好評をいただきました。
クリスマス絵本の朗読会風景  展示解説会風景

右の写真は、「乳香(Frankincense)」です。私の従弟が出張先のイエメンよりお土産に持ち帰ってくれたもので、ソコトラ島産のもの。「乳香」といえば、「東方の三人の博士」が、「黄金」や「没薬(もつやく)」とともに ベツレヘムの幼子イエスに捧げたギフトとして有名ですが、実際、乳香は、古代エジプトでも古代ローマでも宗教儀式には欠かせなかったといわれます。ローマからインドへと航海する船は、乳香を求めて、ソコトラ島に立ち寄ったそうです。その
キリスト降誕人形・プレゼピオ(イタリア)と
乳香が漂うインド式香炉
乳香というのは、いったい何かと調べてみると、ムクロジ目カンラン科の樹木から分泌される樹液が空気に触れて白濁し、凝固したものとありました。
キリスト教においては、崇高な祈りを象徴する香りであると聞きます。イブの展示解説会には、「キリスト降誕人形」についてご案内しながら、「東方の三人の博士」の贈り物のひとつ“乳香”を、インド式真鍮の香炉で炷きました。キャンドルスタンドの温かい光がゆらめき、オルゴールが「きよしこの夜」を奏でる会場には、スギやモミの爽やかさとほのかな甘さがミックスされたような清々しい香りが漂い、参加者の皆さんとともに異国の文化を五感で感じるひとときが持てたと思います。

12月には、毎年、博物館と交流のある皆さまからクリスマスカードやクリスマスにちなんだプレゼントを頂戴します。昨年、展示解説会に参加下さった藤井芳子さんからは、ドイツの冬のお菓子をお贈りいただきました。藤井さんは、『ベレンで巡るクリスマス』(フランチスカ・ロビラ・カロル女史の“キリスト降誕人形”のコレクションを集めた暖かいムードのご本)の出版を手がけられた素敵な“クリスマス婦人”です。
『ベレンで巡るクリスマス』とシュトーレン

シュトーレンは、もともとザクセン州ドレスデンの冬の郷土菓子でしたが、今やクリスマス時期になるとドイツ中のケーキ屋さんやパン屋さんで焼かれ、日本でもすっかり有名になりました。いただいたのは、北ドイツ・ハンブルグで1888年以来の伝統をもつベーカリー・ヴェーダマン(Back-Haus Wedemann)製の「バターシュトーレン(Butterstollen)」。ドイツでは、たとえば「シュトーレン」を名のるためには、その材料と分量が決められており、また、使われる材料とその割合によって、マジパンシュトーレン、クリストシュトーレン、マンデルシュトーレン、モーンシュトーレン、クヴァークシュトーレン…など、表示が異なるのだそうです。さすが物づくりの国。伝統を受け継ぐことにかけてとても真摯で、制度もきちんと整備されているのですね。バターの風味が豊かなヴェーダマン・ベーカリーのバターシュトーレン、スタッフみんなでかみしめるようにして美味しくいただきました。藤井さん、ありがとうございま
シュッツさんから贈られたレープクーヘン
した。

また、11月に来姫されたH・シュッツェ女史からドイツの冬の伝統菓子・レープクーヘン(Lebkuchen)が届きました。ニュールベルグに1926年から店を構える老舗Schmidtのレープクーヘン。美しいブリキ缶入りの素敵な包装です。レープクーヘンは蜂蜜で練った生地にシナモン、アニス、クローブ、カルダモン、ナツメグなどのスパイスをきかせて焼いた濃厚な味わいの伝統菓子。オレンジピールや木の実、カカオなどで味わいのバリエーションもいろいろ。木の実いっぱい、スパイスいっぱいのお菓子を味わいながら、森の国・ドイツの人々がクリスマスに望むことについて、色と形と香と味で感じられたように思いました。シュッツェさん、ありがとうございました。

年内の開館は今日まで。本年も多くの皆様にたくさんお世話になり、学芸室一同、感謝いたしております。明日は、館内を大掃除し、新年を迎える準備を整えたいと思っています。冷え込みの厳しい年末です。皆さま、お身体ご自愛下さり、佳き歳をお迎え下さいませ。来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。





NO.134
プロヴァンス自然史博物館「JAPON~la passion des insectes~」オープン!
                                                (2012年12月23日  学芸員・尾崎織女) 
クリスマス寒波とか、冷え込みの厳しい日が続いております。皆様には風邪など召されていませんか。お伺い申し上げます。
クリスマスをのぞむ連休とあって、冬の特別展「世界と日本のクリスマス展」もいよいよ佳境を迎えました。今日は、午前11時からと13時30分からの2回、クリスマス絵本の朗読会を開き、また14時からは展示解説会を催して、来場者の方々とともに暖かいときを過ごしました。物語を囲み、クリスマスの香りを囲み、そしてキャンドルの火を囲んで……。24日もまた同じ時間に絵本朗読会を予定しておりますので、ぜひ、ご家族お揃いでお出かけ下さいませ。

さて、「学芸室からNO.130」で少しご紹介いたしましたが、今冬より来秋にかけ、プロヴァンス自然史博物館において、特別企画展「JAPON~la passion des insectes~(日本~昆虫への情熱~)」が開催されます。この度、この展覧会のため、日本玩具博物館が所蔵する虫かごや、昆虫に関わる玩具や人形、造形物のいくつかを出展協力いたしました。10月末日、先方の担当学芸員、グリス・シェイラン氏を迎え、打ち合わせによって出展する31点の資料を決定したのですが、会期オープンまでに日がないため、大急ぎで添付する資料(コンディションカード)をまとめ、厳重な梱包をほどこした上、11月12日、送付手配を行いました。

お送りした荷物の到着が予定より遅れ、展示作業に間に合うだろうか…と日々、心配しておりましたが、本日、シェイラン氏より、12月8日、日本人の昆虫好きを物語る興味深い「JAPON~la passion des insectes~」が無事オープンしたと画像入りでメールが届きました。私たちが自国の文化を表現するのと違い、興味深い展示に仕上がっている模様です。ご存知のように、プロヴァンスの人々は「蝉」を非常に愛し、蝉にまつわる造形物も多い地域柄。ちりめん細工古作品の中から「蝉の香袋」をはじめ、四季の動植物へ注ぐ我々日本人のまなざしを伝える資料も出品しています。

梱包の様子
↑梱包の様子…ちりめん細工・蝉袋
パッキングの様子→
↑梱包を終えてプロヴァンスへ向かう荷物         
展示の様子
 ↑四季のちりめん細工・蝶袋や蝉袋を…→
←カブトムシ・クワガタムシとともに展示されている武者飾り

 


↑日本の虫かごいろいろ↑ ↑「鯉」をテーマにした人形など 
プロヴァンス地方は、クリスマスの“サントン人形(小さな聖人/キリスト降誕人形)”で有名です。今回の「世界と日本のクリスマス」展でも、プロヴァンスの「サントン」をいくつか展示しています。今頃、街はサントンを売るクリスマスマーケットで賑わい、クリスマス(=ノエル)の彩りに満たされていることでしょう。プロヴァンスは、クリスマス好きの皆さまだけでなく、美術愛好者にとって、食文化に興味を持たれる方々にとって、重要かつ魅力のある地域です。旅行でお訪ねされる方々には、ぜひ、プロヴァンス自然史博物館をご訪問ください。「JAPON」展の会期終了は2013年9月30日とかなり長丁場。南フランスの空気を少し緊張ぎみに呼吸しているかもしれない玩具博物館の資料たちにも会っていただきたく思います。こちらがホームページです。
http://www.museum-aix-en-provence.org/

NO.133
ヒラさんからの贈り物~クリスマスの“スプリンジェール”~ (2012年11月23日  学芸員・尾崎織女)
この秋は、日本玩具博物館は、海外からのお客さまを幾人もお迎えしておりました。その中のお一人は、玩具博物館の18年来の友人で、ヒラ・シュッツさんです。彼女は童話作家にして、古い子どもの写真や民芸的な玩具の蒐集家。以前にこちらのページでご紹介いたしましたが、ドイツ中央バイエルン州バート・キッシンゲンに玩具博物館をオープンされたばかりです。ドイツと日本の民芸玩具や郷土玩具について、互いの資料や情報を交換しながら、私たちは、長く親しい交流を続けてきました。

玩具絵本『うなゐのとも』に興味津々なヒラ・シュッツさんと
ミュージアムフレンド・鈴木知美さん(HPドイツ語訳でお世話になっています)
10月、ヒラさんは、日独交流150周年の記念式典にご参加される旅程の中で、日本玩具博物館をご訪問くださいました。ヒラさんには初めての日本玩具博物館。館内を楽しげに、そして少々興奮気味にご見学下さり、日本の郷土玩具についてたくさんのお話をいたしました。また、姫路張子の松尾隆さんの工房を見学したり、大修理中の姫路城天守閣に登城したり、お面の絵付けや和菓子作りを体験していただいたりして、私たちも、ヒラさんと一緒にとても楽しいひとときを過ごしました。遠い町からお客様をお迎えして、自分の職場や住み慣れた町のあちこちをご案内し、自分の友人や知人をたくさんご紹介するとき、自然にそのお客さまの目になり、自分の生活環境を見つめ直すことになります。あるいは、異文化に暮らしておられるお客さまからの様々なご質問にお答えすることで、普段まったく気付かなかったこと、当たり前と思っていたことでも、視点が違えば、とても大きな意味があることを知らされたりします。私にとって今回のおもてなしは、いつも以上に学ぶことがいっぱいの、素晴らしい機会となりました。

ヒラさんには、日本玩具博物館を初めてお訪ねいただいた印象をエッセイにしてお送り下さるようお
展示中のスプリンジェールのオーナメント
願いしておりますので、手元に届きましたら、ご紹介させていただきます。

さて、ヒラさんは、今回、私たちがクリスマス展の準備中と知って、ドイツの伝統的なクリスマスオー
ナメントをお土産にお持ち下さいました。〝スプリンジェール″(Springerle)と呼ばれるビスケットのオーナメントです。これは精緻な模様が彫刻された木型に生地を押して作るもので、ヒラさんからいただいたスプリンジェールは、古城都市、ローテンブルク・オプ・デア・タウバーに伝わる古い木型によって復刻されたものです。スプリンジェールという名前は、「小さなジャンパー」あるいは「小さな騎士」を意味すると言われ、14世紀の南東ドイツあたりが起源であるとか。
繊細な模様がレリーフされたような真っ白な表面が特徴ですが、子どもたちがここに様々な色を塗りこんで、楽しいオーナメントに仕上げます。二つの穴に紐を通して、クリスマスツリーにつり下げるのです。


ヒラさんからは古い木型の復刻版と新しい木型も合わせてプレゼントしていただきました。古い木型に
世界と日本のクリスマス展「お菓子のオーナメント」の展示コーナー
表れる絵柄は、聖書の物語からとられた宗教的なモチーフが多いようですが、17~8世紀には、騎士や貴婦人を紋章のように彫り込んだ木型が流行したようです。そのほか、幸福、愛情、豊穣、結婚などをあらわす象徴的な文様も好まれたといいます。
ヒラさんから頂戴したスプリンジェールとその木型は、6号館で開催中の特別展『世界と日本のクリスマス』の中、「お菓子のオーナメント」を集めたコーナーにご紹介していますので、ぜひ、足を止めてご覧ください。チェコのパン細工のオーナメントやセルビアのクッキーのオーナメントなども合わせてご覧ください。

お菓子の研究家・溝口政子さんのホームページには、このドイツ菓子にまつわるお話がご紹介されています。とても素敵なサイトですので、ご興味を持たれた方はこちらへもご訪問くださいませ。
http://www.m-mizoguti.com/ito/springelre.html

さて、ヒラさんにはスプリンジェールの作り方も教えていただきました。木型がとても重要なので、木型なしではスプリンジェールは作れませんが、ドイツのお菓子がお好きな方には、何かアイディアを加えて、ドイツ風スプリンジェールをお作りになってみてはいかがでしょうか。

 材料=白い小麦粉250g、パウダー・シュガー250g、卵2個、2分の1個のレモンの皮を細かくすったもの、ベーキングパウダー小さじ1杯
 つくり方
 
①解いた卵にパウダーシュガーを加えて1時間よくかき混ぜ、そこによく篩った小麦粉、ベーキングパウダー、レモンの皮を加えて、木地が柔らかくなるまで混ぜ合わせます。
②1時間ほど冷えた場所に置き、生地をのばして木型を押します。
③ひとつひとつ切り取って、バターが塗られた天板に並べた状態でひと晩置き、低い温度で焼き締めます。
そのような過程をふめば、表面が白く焼きあがるそうです。
(オーナメントとして使いたいときは紐を通す穴を開けて置くのをお忘れなく!)



NO.132
秋のライブ in ランプの家                    (2012年11月22日  学芸員・尾崎織女)
1号館では、秋の企画展『世界の太鼓と打楽器』が終了し、冬の企画展『日本のコマ・世界のコマ』が始まりました。秋の展覧会には、発音玩具に加え、世界各地の民族楽器を数多く展示しました。たくさんの特徴ある太鼓と打楽器――その音色を来館者の皆さんとともに楽しみたいと、展示室には幾種類かの楽器を設置しましたが、アジアやアフリカ、中南米の楽器や発音玩具の音色が日々、館内に響き、ときには即興演奏が始まったりもして、音楽に満ち満ちた秋の1号館でした。

会期中は、日曜日ごとに、展示している太鼓や打楽器を取り出しての実演解説会を行っていたほか、11月には播磨で活躍されている演奏家の皆さんをお迎えしてライブを開催致しました。
11月4日(日)、ティーダの皆さんをお迎えした『西アフリカの太鼓・ジャンベとドゥンドゥンの響き』では、西アフリカのジャンベやドゥンドゥンに、オーストラリア・アボリジニーのディジュリドゥやキューバのドラムも加わり、さらにオーディエンスの皆さんも玩具の楽器で演奏に参加して西アフリカのリズム、サンバ風のリズム、即興のリズム……などなど、秋晴れに恵まれた午後いっぱい、楽しい音楽が生まれ続けて博物館中を漂いました。すてきな時間をプロデュースして下さったティーダの皆さま、ご参加下さった皆さま、ありがとうございました。
11月4日のライブ風景
11月11日(日)、パンチアウト・スチール・オーケストラの皆さんをお迎えして開催した『カリブのドラム~スチールパンの音色とリズム』は、当初、日本玩具博物館駐車場に隣接する公園を会場に、地域の方々もたくさんお招きして盛りあがろうと計画していたのですが、あいにくの雨…。会場をランプの家に移したのですが、朝からのしとしと雨は午後になって本降りに変わり、ランプの家は、激しい雨音に包まれました。けれど、スチールパンのキラキラした音楽、胸の鼓動が高鳴る音楽は、いつもの静かな空間を別世界に変えてしまいました。希望があふれ出すような時間を作って下さったパンチアウトの皆さま、大雨の中、会場へお運び下さり、小雨に濡れながらもニコニコ笑顔で場を盛り上げて下さった皆さま、ありがとうございました。
大人も子どもも学生さんも赤ちゃんもご高齢の方々も……、たくさんの年齢層の方々と同じ音楽を共有しながら過ごすことができた今年の秋は、玩具博物館にとってすばらしい季節だったと思います。
11月11日のライブ風景
秋から冬へと展示替えしたのに合わせるように、中庭の木々は急に紅葉の色を深め、館内に冬の匂いが漂い始めました。
6号館のクリスマス展が輝きを増す季節の到来です。


NO.131
ブルキナファソの音楽家と小さな独楽            (2012年10月24日  学芸員・尾崎織女)
1号館で開催中の企画展『世界の太鼓と打楽器』に関連したライブが始まりました。先週の日曜日は、ブルキナファソのミュージシャン・ミロゴ=ベノアさんとそのご友人
ランプの家を会場に中庭を舞台したライブの様子
の左鴻昌一さん、勝間みゆきさんを迎え、「西アフリカの音色とリズム」を開催しました。秋の色と匂いが漂い始めたランプの家と中庭を舞台に、力強く、また繊細な西アフリカの音楽が響き、のべ80人を超える方々がアフリカン・ミュージックの世界を楽しんで下さいました。

ブルキナファソ(Burkina Faso)は、日本においてよく知られている国とは言い難い西アフリカの内陸部にある農業国ですが、民芸の世界では、空き缶を利用したユニークな乗り物玩具や豊かなフォルムをもつ動物の木彫、また滋味のある泥染めの布をつかった美しい衣裳で知られる造形の国です。ベノアさんのお召し物も泥染めの布から作られたもので、それはそれは素敵なデザインでした。


さて、午後からのライブでは、ベノアさんが、ジャンべ(西アフリカ各国に伝わるゴブレット型ドラム)、バラフォン(西アフリカ各国に伝わる木琴で木琴族の原型とされている楽器)、タマタマニ(トーキングドラム=言葉を伝える通信のためのドラム)、コラ(西アフリカ各国に伝わる竪琴で、竪琴族の原型とされている楽器)を次々に演奏して下さいました。
みゆきさんは、ドゥムドゥム(円筒型ドラムを大中小組み合わせたもの)で伴奏を加え、ベノアさんのフランス語(ブルキナファソの公用語はフランス語です)をわかりやすく通訳して下さいました。

トーキングドラムを奏するベノアさん
とドゥムドゥムで伴奏するみゆきさん
やさしい音色のハープ“コラ” 音楽に合わせて踊る子どもたち

また、左鴻さんは、そうした楽器と音楽を愛する西アフリカの人たちを描いた『アフリカの音』(沢田としき著/講談社刊)という絵本を朗読しながら、会場と奏者をつないでくださり、参加者は玩具博物館所蔵のでんでん太鼓やウッドブロックを手に手に、ベノアさんが奏する音楽に合わせて踊って踊って、大いに盛り上がりました。途中休憩の間に
木彫彩色のホロホロチョウ
、日本人ジャンべ奏者の飛び入りがあって、ベノアさんとのご機嫌なセッションが繰り広げられる一幕もあり、主催者としては、願ってもない素晴らしい展開に感激いたしました。奏者の方々、そしてご参加くださった皆様方に心から感謝申し上げます。

玩具博物館の収蔵品の中に、ブルキナファソの木彫「ホロホロチョウ」があるのですが、前回の訪問で、ベノアさんが『世界の鳥のおもちゃ展』をご覧になられたとき、“アフリカの鳥”のコーナーに三羽のホロホロチョウをみつけて、信じられないぐらい喜んで下さいました。ライブの会場に、そのホロホロチョウたちを持ち出していたのですが、ベノアさんは、ライブが終わったあと、懐から竹笛を取り出して、ホロホロチョウたちのために“懐かしい音色を聴かせてあげる”と、しみじみとする美しいメロディーを奏でておられました。私は、その音楽とベノアさんの心情に胸を打たれました。

やがてお別れのとき、ライブに即興ダンスで特別参加してくれた近所の子どもたちが、去っていくベノアさんたちの車を追かけて、走って走って・・・・・・窓から手をふるベノアさんに、「らいねんも、ぜっっったいに来てな~!!!」と大声で叫んでいました。その純粋な心がつくる光景に、また胸がいっぱいになりました。たった半日で、子どもたちの心をしっかりとつかんでしまうベノアさんには何か特別な力があるように思えます。
この日に先んじて、私たちはベノアさんにひとつお願いごとをしていました。
タマクンバの実(グレン)

“探しても探してもアフリカ大陸には独楽がない・・・”とアフリカ専門の民芸業者さんたちは言われ、またアフリカ各地によく旅される方々に伺っても“そんなものは見たことがない”と言われます。けれど、日本の子どもたちが、誰に教えられることもなく木の実の独楽をつくるように、ブラジルの先住民たちが何代にも亘って素朴な木の実の独楽を伝えているように、植物の実や種のあるところ、子どもが存在するところ、独楽が存在しない、なんてことは考えられません。
ベノアさんに作ってもらったヌントトル
そう、工房で作られるロクロびきの木地独楽をみて、“こんなのは見たことがない”と言われていたベノアさんですが、“どんぐり独楽”をみて、“あ!こういうのなら、ブルキナファソにもあります!”といわれたのです。私たちが思っていたとおりです。ベノアさんの故郷では、子どもたちは、“タマクンバ”という木の実(=グレン)の独楽を作るそうです。タマクンバのグレンは平たい形をしていて、その表面を少し焼き、中心に穴をあけると、細い竹を指して軸を調整します。直径2~3cm、高さも同じくらいの小さな独楽。ベノアさんは、子どもの頃、水桶などをひっくり返し、平らな桶の底の部分でグレンの独楽を回して遊んでいたそうです。その独楽を、ボボ族の言葉で“ヌントトル”と呼ぶそうです。


ベノアさんへのお願いごとというのは、そのヌントトルを玩具博物館のために作って欲しいということ
日本のどんぐり独楽をブルキナファソの子どもたちに贈ります!
でした。タマクンバのグレンは首飾りのビーズとしても使われるそうで、今回の来日に際しては、ご友人に首飾りを作るために、たくさんのグレンを故郷からもってきておられました。写真が、ベノアさんが近所の子どもたちと一緒に作って下さったヌントトル。なんでもない、それは素朴過ぎるほどのものですが、アフリカ大陸にも、“子どもたちの、子どもたちによる、子どもたちのための、小さな独楽”が存在することを証明する素晴らしい資料です。ヌントトルは、11月17日から1号館で開催する企画展『日本のコマ・世界のコマ』に、さっそく展示したいと思っています。

私たちは、ヌントトルのお礼に、ブルキナファソの子どもたちに、日本の“どんぐりの独楽”を贈ります。たくさんの違い、それによって起こるたくさんの行き違いがあったとしても、通じ合い、分かり合えることはたくさんあります。例えば、音楽を愛する心情や子どもたちが独楽を回して遊ぶ無心の時間は、世界共通ではないかと思えるのです。



NO.130
鳴く虫と虫かご                         (2012年9月22日  学芸員・尾崎織女)

先週の休日、兵庫県伊丹市で開催されている「鳴く虫と郷町」へ出かけていました。江戸時代より酒造業で栄えてきた古い町家が点在する郷町を舞台に、スズムシ、コ
旧岡田家住宅」に展示中の虫かごと鳴く虫(伊丹市郷町)
オロギ、ヤブキリ、ウマオイ、キリギリス…など、鳴く虫約15種3000匹を虫かごに飼育展示して、暮らしの諸相、アートの世界との共演を楽しむ素敵なイベント。音楽ホールでは、スズムシと人間の音楽家が心を合わせて、しっとりと秋の曲を演奏し、夜の街角では、木々に下げられた虫かごで鳴く虫と市民演奏家との共演が繰り広げられていました。すばらしいことには、町を愛するたくさんの方々がボランティアとなって大活躍しておられ、その熱心かつ楽しげなご様子に胸を打たれました。
http://www.nakumushi.com/p/2012_22.html

写真は、酒造で栄えた「旧岡田家住宅」に展示された鳴く虫たちです。千筋細工の虫かごの中から、また壺や甕の中から鳴き声が響き、酒蔵は、まるで秋の虫たちのアンサンブル会場です。虫の音がもたらす情感もさることながら、昔ながらの虫かごあっての風情です。これらは、静岡県駿河竹の手工芸でしょうか。

実は、この秋、日本玩具博物館は、フランス・プロヴァンス地方にある自然史博物館からのご依頼を受け、同館で開催される特別展にご協力して、かつて日本人が親しんできた虫かごを出品する予定です。有名な“モース・コレクション”の中にも見えるような明治時代の千筋細工の虫かごや、子どもたちの草花遊びとして伝承される麦わら細工のホタルかごなどが海を渡って出張します。

千筋細工・屋形船型の虫かご(明治時代) 千筋細工の虫かご(明治時代)  麦わら細工のホタルかご(昭和時代)
日本には、平安時代、すだく虫の音に耳を傾けるうち、風景の中に心が溶けていくような情感を“もののあはれ”と表現する文化があり、江戸時代、軒下に吊るした千筋細工の虫かごの中でキリギリスが唐突に鳴けば、夏の昼間の静寂がいや増すと感じる文化がありました。かつて私たちの耳が自然の声を騒音と聞くことはなかったようです。虫の音に移ろう時間を知り、温湿度の変化さえ見出そうとする日本人の感性は、この繊細な風土に育まれたものだと言われています。
けれども、鳴く虫の声を楽しむ虫かごは、中国をはじめ、アジア諸国に存在します。中でも、中国の「扁円葫蘆」が有名でしょうか。丸いヒョウタンに繊細な文様が線刻されたもので、こおろぎは閉じ込められたヒョウタンの中で、リリン、リリンと涼やかな声を響かせます。

コオロギの家(オーストリア)と扁円葫蘆(中国


そして、ヨーロッパにも、かつては「コオロギの家」と呼ばれる愛らしい虫かごがありました。「コオロギの家」は、“学芸室から”でも度々ご紹介しているドイツ在住の人形玩具蒐集家、ヒラ・シュッツさんが日本玩具博物館へ寄贈くださったものです。オーストリア・ザルツブルクの民芸品で、高さ10㎝、赤い屋根をもつ小さな木造りの家。白壁の側面と背面に、花模様で縁取られたいくつかの小窓があり、前面には、縦2㎝、横1㎝ほどの扉がもうけられています。シュッツさんの説明によると、「コオロギの家」は、ドイツ南部の山岳地方などでも古くから親しまれてきたといいます。子ども達は、コオロギを捕まえると、扉を開けて中に虫を閉じ込め、鳴き声に耳を傾けます。ツリッ…、ツリッ…と、銀の鈴のような音が響いてきます。「コオロギの家」は、虫の姿形ではなく、音色を楽しむための虫かごなのです。
昆虫の研究者・加納康嗣さんが、鳴く虫をめぐる生活文化について書かれた論考『鳴く虫文化誌』(HSK Books刊)の中にこれが登場します。加納さんが発見されたドイツの文献には、18世紀の終わり、ミュンヘンの町に「コオロギの家」を窓辺に吊るして鳴き声を楽しむ習慣があったことや、バイエルン地方の多くの町々に、これを売る商人がいたことなども記されています。興味深く思ったのは、当時、三つか四つの部屋をもつ集合住宅まで作られていたこと。すなわち、個室に入った数匹のコオロギ(ノハラコオロギ)が声を揃えて鳴き出せば、鈴の音色の三重唱、あるいは四重唱が楽しめるという仕掛けです。なんとも音楽の国らしい発想ではありませんか!

今秋、玩具博物館の虫かごたちが出張するフランス・プロヴァンス地方では、昆虫の中でも「セミ」が親しまれているそうです。私たちのささやかな、けれど、日本文化を体現する虫かごは、彼の地の方々の目にはどのように映るのでしょうか。


NO.129
秋の企画展ふたつ                         (2012年9月20日  学芸員・尾崎織女)


暑さ寒さも彼岸まで―――。お彼岸を迎えて涼風が立ち、うろこ雲の空に秋祭りを想う頃となりました。日本玩具博物館の周囲に広がる稲田では、黄金の波の上を赤とんぼが飛び交い、あちこちで稲刈りも始まっています。猛暑続きの夏でしたが、皆様、お元気でいらっしゃいましたか。
1号館では夏の企画展『幻の神戸人形』を好評理に終え、トップページでご案内しておりますとおり、『世界の太鼓と打楽器~形と音色~』と題する秋らしい企画展をオープンいたしました。民族楽器と発音玩具の世界を分け隔てすることなく、その形態によってグループを分け、展示しています。形や素材のユニークさを目で楽しんでいただくほか、展示室には、ベトナムの子ども用パーカッションセットやインドネシア・ガムラン音楽の鉄琴の玩具、フィリピンの竹のササラに、モロッコのゴブレット型ドラム…などなど、手にとって世界の音に触れていただくコーナーを設けておりますので、それぞれの楽器を打ち鳴らしてユニークな音色をお試しいただけます。小学校からの校外学習の季節にあたり、毎日のように子どもたちの楽しげな即興演奏が響く館内です。
円筒型・樽型ドラム  
(左からコンゴ・インド・グアテマラ・ペルー)
世界各地のドラムとパーカッション
(左からUSA・ガーナ・ブルキナファソ・インド・インド・エジプト)
木琴・バラフォン(マリ)と
鉄琴・ガンバン(インドネシア・バリ島)

また、先日の休館日には、学芸スタッフ揃って、日本モンゴル民族博物館(豊岡市但東町)へ、『ちりめん細工の世界』と題する企画展準備に出かけておりました。日本・モンゴル民族博物館は、モンゴル国の歴史と文化を豊富な実物資料展示や体験学習を通して広く紹介するユニークな博物館です。モンゴルについての常設展示を展開される一方、地元の歴史や工芸、産業などに関しても、企画展を通して幅広く扱っておられます。こちらの博物館からの依頼で、企画展をお持ちするのは、今年で4回目。

日本モンゴル民族博物館と日本玩具博物館スタッフによる協同展示作業の様子

「え? モンゴル博物館で、ちりめん細工とは、どうして?!」と驚かれそうですが、但東町は古くから続く丹後縮緬(ちりめん)の産地。縮緬の本場で開く「ちりめん細工展」には、思いがこもります。モンゴル博とは、何度もお仕事をご一緒しているので、すでに館長スタッフぐるみ、博物館ぐるみのお付き合い。一日がかりで、楽しい展示に仕上がりました。精錬前の白生地を織り続けてきた産地ゆえ、それが染められ、さまざまな形となって暮らしの中に生かされている様を見る機会というのが、逆に多くはないそうです。今回、華やかな手工芸の世界をご覧になられた縮緬産地の方々が、どんなふうな感想をお持ちになられるかのかがとても楽しみです。行楽の季節、秋の味覚のもりだくさんな但東町へ、この機会にどうぞお訪ね下さいませ。
日本・モンゴル民族博物館のホームページは、こちら。展示風景はこちらをご覧ください。


NO.128
プラハに残された100年前の日本のおもちゃ        (2012年7月29日  学芸員・尾崎織女)


今週、私たちは、思いがけないお客さまをお迎えしておりました。チェコの首都プラハにある国立博物館の学芸員で、同館が所蔵する日本と韓国のコレクションを担当しておられるエレナ・ガウディコバ(Helena Gaudekovά)女史です。「プラハで来年開催する日本文化展についてご協力願いたい」というご来館の趣旨は、知人を通して、あらか
じめお聞きしてはおりました。ところが、「プラハ国立博物館が所蔵する古い日本の玩具について、情報のないものがたくさんあるのです。これらがどのような年代にどこで作られ、どのような意味をもつものかを教えてほしい」と、エレナ・ガウディコバ女史がパソコン上に示していかれるデータを拝見しているうち、「まぁ!なんと!!」と私たちは目を丸くしてしまいました。日本ではすでに廃絶してしまった明治時代の玩具のいろいろが、所蔵品カードを通して、次々とあらわれてきたからです。

「エレナさん、貴館のこれら貴重な玩具コレクションは、どのようにして集められたのですか?」
―――「プラハ国立博物館は、玩具だけでなく、浮世絵や絵画、刀剣の鍔や蒔絵の工芸品、さらに明治時代の日本を撮影した写
ジョー・ホローハ氏(1906年、大阪の旅館にて)
『Japonsko, mά lάska』より

真……様々な日本文化資料を所蔵しています。これらは、幾人かのチェコ人コレクターからの寄贈品ですが、その中の大多数は、ジョー・ホローハ(Joe Hloucha)によって収集されたものです。」――エレナさんはそう言って、日本の美術工芸品を収録したカタログを見せて下さいました。そこには写楽、英泉、国貞らの浮世絵、月岡雪鼎の美人画、18世紀の仏像、柿右衛門の器、象牙彫の根付、竹細工の花入、手拭い……そして、我らが“神戸人形”までもが美しく紹介されていました。
―――「ジョー・ホローハ(1881-1957)は、『嵐の中の桜Sakura in the Storm』や『我が菊花婦人My Lady of Chrysanthemum』など、日本を題材にした作品で知られる作家ですが、日本の工芸品や文物の収集においてもすばらしい才能を発揮した人物です。彼が日本へやってきたのは、2回。1906(明治39)年と1926(大正15)年です。日本の風景、人物、情緒…様々なものに見せられたホローハは、自らを“保呂宇波”と名のり、プラハ郊外に日本建築を真似た鳥居つきの茶館をつくったりもしていました。“横浜”という名前の茶館で、日本の民族衣装をまとったチェコ人女給を配していました。その様子を撮影した写真も残されているのですよ。」
プラハ国立博物館が所蔵する神戸人形
『Japonsko, mά lάska』より


江戸時代末期から明治時代にかけて日本にやってきた外国人の中には、綿密な手記を残し、また日本の文物をコレクションして本国に持ち帰る方々も少なくなかったようです。アメリカの動物学者、エドワード・モース氏は、日本では大いに知られていて、他にも幾人かの名前は思い浮かんできますが、チェコの作家、ジョー・ホローハ氏の名前を知る日本人は限られているのではないでしょうか。
けれど、玩具についてだけとりあげてみても、彼のコレクションの中には、これまで存在すら知られていなかった明治時代の発音玩具が含まれていたり、100年ほど前の日本の玩具製作の実態を理解できる資料が残されていたりするのです。
明治時代末期から昭和初期にかけて作られた日本土産としての“神戸人形”はどのような姿であったのか、どのような人々によって愛されたか、たとえばそのことを、ホローハ氏のコレクションは、私たちに伝えてくれます。当時は周りにあふれ、ありふれたものであったかもしれないそれらが、ホローハ氏の審美眼にすくい上げられ、プラハへ持ち帰られ、時を越えて今に伝えられているということ。品物が遺されているからこそ、後世の我々が知りたいことを知り得、感じたいことを感じ得るのだと思います。それらを学び、未来を築く力を得るのだと思い
ます。博物館の最も大きな役割はここにある、といえるのではないでしょうか。

名前すら知らなかった日本文化通のチェコ人、ジョー・ホローハ氏の存在を彼のコレクションとともに知らせて下さったエレナさんに感謝しています。一日がかりで、エレナさんは私たちが古い日本の玩具について話した事項を書きとめられ、興奮気味に郷土玩具のコーナーをご覧くださいました。一つも聴き逃すまい、一つも見逃すまいと、三春張子や箱根細工を見つめるエレナさんのまなざしに100年前のホローハ氏のまなざしが重なり、日本人として、また玩具博物館のスタッフとして、胸にじんと込み上げてくるものがありました。エレナさんは、私たちの館を去られた後、浮世絵の専門家や仏教美術の専門家のもとを回られると聞きました。今後も親しく交流を続け、この出会いが、互いにとってよいものに拡がっていけば嬉しいこと!と思います。


NO.127
京の七夕~小さな紙衣を縫う~             (2012年7月14日  学芸員・尾崎織女)


新暦七夕を過ぎ、関東地方の方々にはお盆の精霊迎えを行っておられる頃でしょうか。関西各地では、今も、七夕はひと月遅れの8月7日に、その一週間後にお盆の儀礼を行う家庭が多いようです。皆さまが住んでおられる地域ではいかがですか。旧暦どおりなら、今年の七夕は8月24日にあたります。昔は、ひぐらしの声が高くなる初秋に
白峯神宮の庭上で、七夕に奉納される「蹴鞠」
行われる儀礼だったのですね。

七夕に生まれ、織女星から(勝手ながら)名前をいただいた私は、子どもの頃から七夕が大好きです。十年ほど前から、この季節になると、各地に伝わる伝統行事などを訪ねては記録することを楽しみとしておりますが、今年の7月七夕は、京都在住の友人に案内してもらい、上京区飛鳥井町にある白峯神宮の精大明神祭(七夕まつり)を見学いたしました。
“蹴鞠の家”として知られる飛鳥井家に伝わる「七夕蹴鞠」の奉納と、元禄の頃から伝えられる七夕の「小町をどり」の奉納を拝見し、夏の緑に映える伝統色の瑞々しさや儀礼的所作の美しさを堪能することが出来ました。

白峯神宮の境内で行われる「小町をどり」
その帰り道、京都文化博物館1階に設けられた“ろうじ店舗”の中にある和紙の店で、京の紙衣「七夕さん」の刷り物をいくつか求めてきました。戦前には既に廃れていたため、広くは知られていないことですが、京都では、江戸時代の終わりから明治時代の中ごろまで、七夕がやってくると、女の子が、20cm四方ぐらいの大きさの、かわいらしい紙衣(かみこ)を縫う習俗がありました。「七夕さん」と呼ばれるその紙衣には、振袖、小袖、襦袢、羽織……などの種類があり、本物の着物の雛形と考えられます。一枚の和紙に木版刷りされた身ごろ、おくみ、袖、衿を切り抜き、本物の着物を作る練習をするように、針で縫って仕上げます。七夕が近づくと、その木版刷りの和紙が寺子屋などで売り出され、女の子はそれを縫うことで、裁縫の上達を願ったそうです。自分で縫った紙衣を“箪笥に入れておくと着物が増える”という言い伝えがあり、また、時には、笹飾りにつるされたりもしたようです。
■七夕は、中国から貴族社会に伝わった頃、「乞巧奠(きっこうてん)」といって、手芸の上達を願い、色糸や反物を天の二星にささげる儀礼でしたが、近世にいたると、本物の着物を供える風習も生まれました。京の町家に伝えられる紙衣は、その流れをくむものと考えられています。
  
2000年、京都文化博物館で『京の五節句』という特別展が開催された折、町家に伝わる紙衣を調査され、その習俗について明らかにされた石沢誠司先生(当時、同館の学芸係長)は、すばらしいことに、古い資料から、紙衣を縫うための木版刷りを復元されたのです。今も、この時期になると、京都文化博物館“ろうじ店舗”内の「楽紙舘」でその復元版を扱っておられます。
求めてきた紙衣の、色とりどりの刷りものをしばらくながめては楽しんでいたのですが、差し上げたい方があって先日、夜なべに小さな紙衣をつくりました。和紙を縫う作業は簡単そうに思えて、紙は布のように柔らかくないので、返って扱いが難しかったりもしますが、山吹色の女の子の着物と群青色の男の子の着物が無事、出来あがりました。いかがでしょう?! 京都文化博物館に所蔵されている資料を真似て、衣の袖や衿を五色の糸で飾ると、さらに、愛らしい「七夕さん」になります。さすが京の都、鄙とは違うな、と感じる紙衣です。多くの方々に知られるところとなり、特に京都の若い方々にはどんどん親しんでいただきたいも
のと思います。


↑近世から伝えられる京の紙衣「七夕さん」を縫う
      着物のパーツが和紙に刷られたものと出来上がった「七夕さん」→


今年の玩具博物館では、「七夕」をテーマにした展示は行っておりませんが、8月の七夕には、らんぷの家の軒下に、播磨地方の七夕飾りを立ててみたいと思っています。本格的な暑さが迫っておりますが、玩具博物館は、ふるさとの夏の風情がたっぷりです。日盛りを避けて、どうぞお出かけ下さいませ。

NO.126

世界の鳥の造形大集合~ついばむ鳥たち~       (2012年7月2日  学芸員・尾崎織女)
ベトナムの竹細工の鳥かご
日本玩具博物館は、“鳥”が大好きで、「世界の鳥のおもちゃ」をテーマにした特別展をこれまで繰り返し開催してきました。世界の人々が、それぞれに鳥を造形するときの視点のユニークさは格別で、形や色の特徴をよくとらえ、また鳥の動作~ついばむ、くるくるまわる、とびうつる、はばたく、つつく、鳴き声をたてる、さえずる、まるくなる~を表現した玩具は、どれもこれも非常に魅力的だからです。

今回の企画展では、四つのゾーンを設けました。<ひとつめ>は、たくさんの鳥の種類の中から、国の枠を取り払って、鶏、アヒル、フク
展示風景……鳥たちの楽園
ロウ、鳩、孔雀をとりあげ、各地の造形を比較しながらご覧いただきます。<ふたつめ>は、鳥をテーマにした笛をとりあげ、「単音笛」「二音(カッコウ)笛」「オカリナ」「水笛」にわけて鳥の音色についてご紹介しています。<みっつめ>は、アジア・オセアニア、中近東・アフリカ、アメリカ、ヨーロッパの4地域にわけて、各地で愛される鳥の造形をみていきます。そして<よっつめ>は、動く玩具をテーマに、「鳥車」「ついばむ鳥」「鳴く鳥」「はばたく鳥」などのグループで、鳥の玩具の楽しい動きを展示しています。
天井からたくさんの鳥のモビールをつるし、観葉植物なども配して、展示室全体、“鳥たちの楽園”をイメージしてみたのですが、―――ここに入ると、色とりどり、楽しい鳥たちの鳴き声が聞こえてきますね。―――来場者からそんな言葉をたくさんいただいて嬉しくなっているところです。

さて、今回は、動く鳥のおもちゃを集めて展示するコーナーから、「ついばむ鳥」のことをご紹介したいと思います。
「ついばむ鳥」の玩具は、台の上に鶏(小鳥、あるいは孔雀)が数羽のっており、台につけられた取っ手を持って、円を描くようにゆらすと、下のオモリの動きにつれて、糸にひっぱられた鶏が頭を順番に上下させ、餌をついばむ仕草を繰り返すものです。さらに、鳥のくちばしが台に当たり、コツコツコツ…と心地よい音が響き、鳥たちのついばむ動きにリアリティが加わります。
ついばむ鶏……左から、ロシア・ドイツ・ポーランド

この何とも愛らしい動きが世界中の人々の心をとらえたのでしょう。「ついばむ鳥」を収蔵庫の中から取り出してみると、ロシア、ドイツ、イギリス、フランス、スイス、スウェーデン、チェコ、ルーマニア、ハンガリー、ポーランド、ポルトガル、イタリア……とほぼ、ヨーロッパ全域のものが集まってきます。鶏の形や色、台の形、ついばむ音などには、それぞれにユニークな特徴が見られますが、糸とオモリを利用した仕掛け自体、どこのものも全く同じ趣向で、玩具のもつ民族性と普遍性にうなり声をあげずにはいられません。古い資料をたどっていくと、19世紀にドイツのゾンネベルグ、あるいはロシアのセルギーエフで作られたものが起源になって、各国に広まったものではないかと私たちは推測するのですが、確かなことではありません。
ついばむ鶏(インド)  ついばむ孔雀(マダガスカル)

驚くことに、「ついばむ鳥」は、ヨーロッパを発して、メキシコやブラジルなどのラテンアメリカの国々でも、タンザニアやケニア、マダガスカルといったアフリカの国々でも、また、インド、スリランカ、中国などのアジアの国々でも、好んで製作されているのです。インド製は、カラフルに彩色された鶏が8羽も一緒になって賑やかにコツコツとついばみますが、インドネシアの素朴な表情の鶏は4羽が大きく首を動かして大胆な動きでコツンコツンと、中国の鶏はたった1羽が頭と尾羽を悠然と動かします。どれもこれも、色や形、全体の風情の中に民族性がよく表現されていて、一堂に集めてみると、本当に楽しくなります。
ブラジルのリオデジャネイロの「ついばむ鶏」は、カーニバルに出場するかのようにカラフな羽根をまとった姿ですが、全体にポルトガルの作品にそっくり! ブラジルにとってポルトガルはかつての宗主国ですから、いつの時代にか、ポルトガルの影響を受けて作られ始めたものとも考えられます。
ついばむ鶏(ポルトガル)  ついばむ鶏(ブラジル)

さて、この「ついばむ鶏」がわが国で作られた形跡はないかと求めていたところ、数年前、偶然にブリキ製の「ついばむ鳥」を入手できました。日本においても、かつて同
ついばむ鳥(日本/明治30年代)
様の玩具が作られたことを立証する貴重な資料です。
わが国でブリキ印刷の技術が導入されたのは、明治30年以降のこと。絵柄や色彩などから、明治時代末期の作品と考えられます。3羽の鳥が乗った台の絵柄をよく観察すると、「意匠登録・実用新案」の文字が印されています。この時代の日本は、欧米と肩を並べるため、近代日本にふさわしい製造技術を習得することに一生懸命、また近代的な素材、教育的な配慮に基づいて新時代の玩具を作ることに必死になっていました。ドイツやフランスに学んで、子どもの健全な成長に役割を果たす進歩的な玩具の製造を目指していたのです。「ついばむ鳥」も、この時代、ドイツあたりの木製玩具からデザインを学んだものに違いありません。

展示会場では、ロシアと中国の「ついばむ鶏」に触れていただきながら、その仕組みの面白さを体験していただき、展示ケースの中、各地で作られるユニークなついばむ鳥たちの表情をお楽しみください。






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