NO.145
蛍の季節             (2013.6.10 学芸員・尾崎織女)                       
博物館の周りの田圃は早稲の田植えが終わって水田となり、夕刻、ふわりふわりと蛍が飛び交う季節を迎えました。学芸室では、6
麦藁で編んだ蛍かご
緑の光の玉が蛍

号館で開催する特別展や館外での夏の展示の準備に追われて、夜仕事が続く日々、あたりが暗くなってくると、館前の通りから、蛍狩りに出かける子どもたちの声が聞こえてきます。昨夜は側溝の水辺を飛び交う蛍を捕まえ、“麦わらの蛍かご”に入れてみました。播州農村部に伝わる麦わらの蛍かごは底面が十字に開いており、そこから草を詰めて、蛍の宿を作ります。たくさんの蛍を中に入れると、チカチカと光って、提灯のような風情があります。写真は蛍かごの中で一匹の蛍が光っているところ。緑色の小さな光、おわかりいただけるでしょうか。

先週は、兵庫県全域で実施されている中学2年生の職場体験“トライやるウィーク”にあたり、地元香寺中学に通う二人の生徒さんをお受入れしていました。館内の清掃整備やミュージアムショップの商品の仕入れ、おもちゃ作りのための材料セットなど、スタッフと一緒に体験してもらいました。この夏は、八戸市博物館での「世界の鳥のおもちゃ展」の開催に協力して、800点近くのおもちゃが出張する予定なのですが、その準備作業も楽しく手伝っていただきました。展示の企画からご協力する場合、収蔵庫前の作業場に出張先の展示ケースと同等のスペ
ースを作って、そこに仮に展示をしていきます。中学生お二人には収蔵庫から繰り出してきたたくさんの箱から、梱包された鳥を取り出していく作業を体験してもらったのですが・・・・、“この鳥、インカの薫りがする…”“う~ん…、メキシコの毛糸細工はポップな味わいがある!!”なんて、彼女たちは、NHK日曜美術館の解説者みたいな感想をポンポンつぶやきながら、丁寧に作業ができる子
開梱作業を体験中の中学生たちと指導スタッフ
たちでとても驚きました。将来有望です。

そんなことをしながらも、一週間ほど、出展のための資料選択と仮の展示作業、そして送り出しのための梱包作業を続けて、なんとか八戸行きの展
このように展示品を一点ごとに梱包してパッキングします
示準備が完了しました。世界の鶏、家鴨、ふくろう、鳩、孔雀など、鳥の種類別にご覧いただくゾーン、「アジア・オセアニア」「中近東・アフリカ」「アメリカ」「ヨーロッパ」と地域に分けてそれぞれの特徴をご紹介するゾーン、そして、鳥車、ついばむ鳥、はばたく鳥、鳴く鳥など、動きのある鳥の玩具を機能別に展示するゾーンの三つで構成しています。

八戸市博物館での「世界の鳥のおもちゃ展」は、7月6日(土)から8月25日(日)までの会期で開催されます。青森県の皆様、この機会に、ぜひ、日本玩具博物館のおもちゃたちに出合って下さいませ。
http://www.hachinohe.ed.jp/haku/saiji_h_tokubetu.html#a1



NO.144
ひと月遅れの端午の節句             (2013.6.9 学芸員・尾崎織女) 
読者の皆様が暮らしておられる地域では、もう端午の節句の祝いは終わったでしょうか。菖蒲湯につかって身体を清め、初夏の邪気払いをなさったでしょうか。日本が中国から節句(=節供)の概念を受け入れた奈良時代の頃から、端午は、菖蒲や蓬(よもぎ)、香気の強い植物の霊力によって邪気を払い、健康を保とうとする行事でした。その昔は、端午と言えば、薬草や香気の強い花々を集めて薬玉を作って魔よけとし、 菖蒲の葉や根を刻み入れて薬香を移した酒をのみ、菖蒲と蓬を屋根に葺き、 菖蒲湯につかり、菖蒲と蓬を束ねたものを枕に敷いて寝る―――まさに菖蒲尽くしの日だったようです。ところで、端午の菖蒲は、美しい花の咲く花菖蒲ではなく、葱坊主みたいな花を咲かせる
『絵本寝覚種』より 五月節供 (寛保4年)
屋根に菖蒲と蓬の束が等間隔にさしてあります。

華のない植物をさしています。香気に優れ、高温で蒸しあげると、神経痛や痛風に効果があり、鎮痛作用も抜群だとか。薬効があることに意味があったのです。

屋根に菖蒲を葺く風習は今ではすっかり見られなくなりましたが、平安の昔から明治時代に至るまで、どれぐらい多くの菖蒲を屋根に葺くかということに、私たちの祖先は上下貴賎をとわず、結構、情熱をもやしていたようです。――――『枕草子』には、「菖蒲蓬などのかをりあひたる、いみじうをかし。九重の御殿の上をはじめて、いひしらぬ民のすみかまで、いかで我がもとに しげく葺かむと葺きわたしたる、なおいとめずらし。」 と、当時の端午の節句の様子が記されています。
時代が下って江戸時代に入ると、端午の様子を示す絵図に、町家の人々が様々な武者人形や武者幟(のぼり)、武具などが賑やかに飾り祝う様子が見られます。よく見ると、家々の屋根には、菖蒲の葉と蓬を束ねたものが並べ置かれています。これが“菖蒲葺き”と呼ばれる端午の魔除けです。

そんな“菖蒲葺き”を今も伝える家がないかとアンテナを立てていたところ、『端午の節句展』の取材にいらしたK新聞のA記者から、神崎郡神河町宮野地区に、菖蒲葺きを伝えるご家庭があるとおしえていただきました。

播州農村部では、5月5日に祝うご家庭と、ひと月遅れの6月5日に祝うご家庭の数は、今、3:2ぐ
らいの割合でしょうか。6月5日、ひと月遅れの端午の節句を待って、神河町宮野の山里まで車を飛ばしました。麦秋に包まれた神河町は、低く高く子育て中のツバメが行き交い、黄金の麦穂の波を渡る風が鯉のぼりを高く泳がせていました。美しい六月の農村です。

宮野地区のK家は、100歳のひいおばあさまを筆頭に、先年誕生した男の子まで四代がそろって暮
二階の窓から見せていただいたところ。菖蒲と蓬を
 菖蒲の葉で束ねたものが等間隔に並べられる。
らす大家族。玄関の瓦屋根には剣先のような菖蒲が揺れていました。早朝、近くに菖蒲を刈ってくると、蓬と一
玄関の瓦屋根に剣先のような菖蒲の葉
緒に束ねて、瓦屋根の上に置かれるそうです。「おばあちゃんのそのまたおばあちゃんの代から行なってきたことで、当たり前のこととして伝えてきました。新緑に輝く山々、鯉のぼりが泳ぐ青空、屋根に菖蒲のある風景には、この季節にしか味わえないさわやかさがあると思います。孫たちにその情感というものを味わわせてやりたいと思います。」と63歳のおばあさま。『枕草子』の昔からある風習を、次代ヘ、次代ヘと伝え続けてきた人々の営みを思い、四季折々のまつりごとがもつ風情と家族の時間を大切に暮らしておられるK家の皆さんの心の豊かさに胸を打たれました。

菖蒲と蓬の束ね方なども教えていただいたので、来年の端午には博物館の玄関の屋根瓦に菖蒲葺きをほどこし、暑さに向かう時期の邪気払いとしてみようかと思っています。




NO.143
野原のままごと遊び              (2013.5.26 学芸員・尾崎織女)
号館の企画展「日本と世界のままごと道具」が予定の会期より一週間早く始まり、初日、館へやってきた近くの女の子たちに、私自身のままごと遊びの思い出を話していたら、“わたしもそんなんやってみたい!”というので、お昼休み、葉っぱや花を集めて、野原のままごとをして遊びました。柿若葉の折敷に卯の花をタンポポの散らし寿司、竹皮のお皿には紅ショウガとお漬物。近くの竹藪からハチクを2本抜き、デンデン虫まで参加して、彩りも豊か、野性味あふれる食卓となりました。女の子たちは楽しそうに花を摘み、“散らし寿司に海老を入れたいなぁ。ヘビイチゴが海老に見える!”“いいや、梅干しや!”とケラケラ笑いました。

子どもたちには大人たちが用意する玩具も大切だけれど、実は、こういう見立て遊びこそ大好きなものではないかと思います。四季折々、思いつきとアイディアは無限に広がります。どんな枠も一切、設定されていないから、遊びは自由自在。そして、これは大人になって思うことですが、自然物の持つ優しい色彩の記憶は、その人の美意識のベースをつくっているのではないかと。また、どんなにきれいに作ってみても、花や葉はしおれ、あっという間に今の姿を失っていく、その刹那的な世界に遊ぶことは、子どもの心に情緒というものを育てるのではないかと。


 蕗の茎の巻き寿司
『別冊太陽~四季の草花あそび~』
(昭和52年刊)より

田舎育ちの私は、子ども時代、商品玩具のことは全く知らず、欲しいもののすべてが野山にありました。高度経済成長が始まらんとする時代でしたが、まだ地方には、子どもから子どもへの伝承遊びがたくさん残されていたように思われます。蕗の茎を1センチほどの厚さで輪切りにし、空洞になった茎の真ん中に摘んだ花を詰めて“巻き寿司”を作ったりしたことがとても懐かしいのですが、昭和52年に刊行された『別冊太陽~四季の草花あそび~』には、まさにその“巻き寿司”の写真が掲載されていて、胸がいっぱいになりました。蕗の葉の折敷に盛られた蕗の巻き寿司――――こうした伝承ままごと遊びの中には、実は、古い古い時代の、私の食卓の姿が保存されているのではないかと思われます。

皆さまにとっての懐かしいままごと遊びの思い出をお話し下さいませんでしょうか。何年頃、どこの地方でどんなままごとをして遊んでおられたか、もし、よろしければ、「ままごとの思い出」というタイトルで、こちらのメールアドレスへお便り下さいませ。
 info@japan-toy-museum.org
このような伝承が絶えてしまおうとする今(もう、既に絶えてしまったでしょうか?!)、記録をとっておきたいと思うのです。「学芸室から」のコーナーで皆さまのお便りをご紹介してみたくも思っています。






NO.142
きりばめのお細工物             (2013.5.9 学芸員・尾崎織女)      
ゴールデンウィークの真っただ中、古くから日本玩具博物館とお付き合いのある裁縫お細工物の蒐集家、米津為市郎さん(愛知県一宮市在住)をお迎えしました。米津さんは、若い頃より、日本のモノづくり文化の中、注目されることもなく、文化的価値を認められることも少なかった名も無き“女性の手の技”に
きりばめ細工の袋物製作過程(明治中期)
『芦屋道満大内鑑』の“子別れ”の場面
(写真上)…表・(写真下)…裏
<日本玩具博物館コレクション>
強い関心を抱かれ、お仕事の傍ら、全国を歩いて“手まり”を蒐集し、民俗学的なご研究を続けてこられた方です。そして後年は、 “きりばめ”とか、“ヌイコミ”“キリツギ”とか呼ばれる袋物に的をしぼり、京都や滋賀、三重、愛知、岐阜などに遺された明治末期から昭和初期の資料を数多く蒐集してこられました。
縮緬(ちりめん)や錦の布裂を縫いつないで様々な形態の袋物をつくる裁縫お細工物は、江戸時代後期に上流層から大都市部の町家にも広がり、明治時代に入ると、女学校の家庭科教材にも取り上げられて人気を博したことについては、日本玩具博物館の展示活動や出版活動を通して繰り返しご紹介しておりますので、すでにご覧下さっていることかと思います。
明治時代に編まれた女学校の教科書には、お細工物を教材に採用する目的として、手指の技術の向上、美的鑑識力の発達、ものを大切にする精神の養成をあげています。明治時代の女学校は、小さな残り布も無駄にせず、配色や形の美しさに配慮する感性、それらを暮らしに生かす知恵と技を持った女性を育てようとしていました。
そうしたお細工物の中で、最も高度な技術を要したのが、まるで絵を描くように小裂をぬいつなぐ“きりばめ”の手法を用いた作品です。“きりばめ”とは、縮緬の布地に型紙を置いて絵の形に切りぬいた後、そこに、金襴や繻子、縮緬などの別裂をはめ込んで縫い合わせる手法をいいます。細かな曲線を縫いつないでいくのには、絹糸の縒りをほどいて一本に裂き、摩擦などで糸が毛羽立つのをふせぐため、指に薄いのりをつけてしごき、一針ごとに細かい返し縫いがなされました。これは、江戸時代に完成をみた技法で、袋物や袱紗(ふくさ)などの製作にも多用されていました。

きりばめ細工の袋物・書を読む唐子
(明治末~大正期)
…カヤ(榧)の実を入れて… <米津氏寄贈>

東海地方や近江地方には、歌舞伎の外題や源氏物語などの名場面、また、福神や松竹梅、鶴亀などの吉祥文様を“きりばめ”で細工した袋物を嫁入り道具と一緒に持参する風習が残されていました。岡田照子氏のご研究によると、三重県四日市市では、婚礼の折、花嫁が婚家に入ったと同時に、袋に入れた菓子や“カヤ(榧)の実”を嫁見に集まった子どもたちに撒き配る風習があったそうです。カヤ(榧)の実”を入れる袋なので、“カヤブクロ”と呼ばれ、“きりばめ”の手法によって縫い継がれた美しいものです(「カヤブクロの民俗」~『四日市市史研究・弟6号所収/平成5年)。 
“きりばめ”の手法は技術と根気が試されるものであったことから、裁縫の腕前や美的センス、人柄などを婚家に披露する意味があったのでしょう。また、きりばめの袋物は幾万もの膨大な針目によって作られますから、その縫い目に宿る霊力によって、縫い手とこの世との縁を
きりばめ細工の袋物・近江八景(明治末~大正期)
 <米津氏寄贈>
強化し、持ち主の人生を守護するものと考えられていたのかもしれません。きりばめの袋物は、儀礼がある度、寺社へ穀物を供えたり、親類知人へ祝い米を“一升”持参したりする入れ物として、女性の生涯にわたって使用されたことから、“一生袋”と呼ばれる地域もありました。
米津さんは、そのような“きりばめ”の袋物の型紙や製作途中の
資料なども蒐集して、その図案や意匠(デザイン)を比較検討し、高度な技を要する袋物が、女性たちにどのように教えられ、どのように作られ、どのように使われ、そしてどのような地域で好まれたものかを研究してこられました。
米津さんは、裁縫お細工物の世界を明らかにしようとしてきた日本玩具博物館の活動に信頼を寄せて下さり、2010年には、大切にしておられたコレクションのうち、20点の大型作品をご寄贈下さいました。そして、先日は、私どもが所蔵する作品の図案に関連する原画や下絵、型紙など30点を「展示や復元活動に役立てて下さい」とお寄せ下さったのです。このような作品の下絵や型紙はかつての女性たちの裁縫の世界の実態を具体的にし、作品の背景に広がる人々の営みに光を当てるものとして、非常に貴重です。

歌舞伎の役者たちをテーマにした作品の中には浮世絵を写したと思われる下絵も見られますし、花鳥風月をテーマにした作品には、大和絵を参考にしたと考えられる下絵も見られます。裁縫お細工物の図案について、その元になった絵画資料を求める中で、当時の女性たちの憧れや趣味、教養についても垣間見ることができそうです。
歌川国貞(=三代豊国)「加賀見山旧錦絵」のお初(沢村田之助)と
岩藤(坂東彦三郎)を描いた浮世絵 <鳴弦文庫電子図書館より>
 きりばめ細工の袋物の下絵「加賀見山旧錦絵」の
(上)お初 (下左)中老・尾上  (下右)局・岩藤 <米津氏寄贈>
 きりばめ細工の袋物・「加賀見山旧錦絵(かがみやまこきょうのにしきえ)」
  お初・岩藤が袋物側面に、中老尾上が底面に配されている。(明治中~末期) <日本玩具博物館コレクション>
※浮世絵、下絵、作品の人物描写はまったく同じではありませんが共通点も多く、これらの比較は非常に面白いテーマです。

米津さんから寄贈を受けた資料については、時をとらえて広くご紹介させていただきたく思っています。米津さんの素晴らしいお仕事と私どもへの友情に対して、まずは学芸室より厚く御礼申し上げます。


NO.141
お土産の笙の笛                (2013.5.7 学芸員・尾崎織女)
野に山に街路に民家の庭に、初夏の陽に輝く新緑のまぶしい季節です。ゴールデンウィークが終わり、皆さまにはお元気でいつもの暮らしへと戻っていかれたでしょうか。日本玩具博物館は多くのご家族連れをお迎えして笑い声の絶えない一週間でした。また、学芸室ではいろいろなお客様のご訪問を受け、刺激的なゴールデンウィークになりました。―――去る日は、香川からは、戦前における日米の人形交流を後付け、“ミス香川(市松人形)”をアメリカ合衆国から里帰りさせた市民団体の方々が玩具博物館所蔵の市松人形を観たいとご来館され、また去る日は、三重県立博物館からは学芸員のU氏が、昭和初期の頃、“伊勢土産の笙の笛”と呼ばれて神宮の参詣客に愛された竹笛を調査にご来館され、資料を交えて興味深い話を聴かせていただきました。
伊勢土産として有名だった品の数々
『女用訓蒙図彙』(貞享4・1687年より)


“おかげまいり”とて、江戸時代には全国各地から人々の参拝を受けたお伊勢さん、そのお膝元では土産物文化が発達し、各地の土産物や郷土玩具の世界にも影響を与えたと思われます。喜多村信節の『嬉遊笑覧』(文政13・1830年)に、“貞享四年の衣服のひな形にいせ土産の模様あり 笛は小さき笙の笛なり”と記されていることは、勉強不足の私も知るところでしたが、U氏から『女用訓蒙図彙』(貞享4・1687年)に、その伊勢土産のが描かれた小袖のひな形の図が収録されていることを教えていただきました。
その図を見ると、すげ笠や貝杓子、柄杓、しゃもじ、物差しなどと並んで、小さな“笙の笛”がふたつ描かれているではありませんか! 伊勢神宮で奏でられる雅楽に使われた楽器“笙”を真似て簡素に作られたものと考えればよいのでしょうか。
  
土産物は各地から人々を集める寺社仏閣を有する町より誕生し、郷土玩具の世界にも影響を与えて、今に遺されたものも少なくありません。“ねんねんころりよ おころりよ”ではじまる子守唄は、宝暦年間(1751~64)頃には江戸市中で唄われていたと伝わりますが、ご存知のように“里の土産になにもろた でんでん太鼓にさう(しょう)の笛”と続きます。
―――このでんでん太鼓は、当時、一般的に“振り鼓”と呼ばれていた枠型太鼓をさすのか、あるいは、打てばデンデン♪♪となる小さな太鼓を指すのか、少し疑問が残されます。一方、子どもが吹いて遊べるような、あるいは子守の少女が赤ちゃんをあやせるようなさう(しょう)の笛とは、どんなものだったのでしょうか。雅楽器の笙を玩具化したものなのか、あるいはショー♪♪と鳴る笛だったのでしょうか。
―――実は、現在までに、この頃のさう(しょう)の笛のおもちゃ(=手遊び)の実物は見つかっておらず、その姿については、いくつかの文献の文章説明から想像するしかありません。
昭和初期頃に伊勢土産として売られていた笙の笛

郷土玩具研究のバイブルである武井武雄の『日本郷土玩具』(昭和9年刊)には、三重県の郷土玩具中に“宇治山田(伊勢)の笙の笛”が取り上げられており、のように説明されています。「幅六七分長さ二寸位の角型で、栗色飴色の縞模様をつけた極めて簡素なもの、日本の郷土のハーモニカといふ様なものであったが、これ亦二三十年前のもので、当今、鬻がれてゐる(売られている)笛は似ても似つかぬ五寸位の唯の竹の棒で、茶と黒で描線を入れたもの。往時の笛と混同しない事にしたい。」と。

上の写真が、武井武雄が、昭和初期の頃、「かつて作られていたものとは似ても似つかぬ」
と書いた笙の笛で、日本玩具博物館の所蔵品です。三重県立博物館のU氏は、この笛の調査に来られたのです。確かに「唯の竹の笛」ですが、吹き口が飛び出しているところが特徴的で、雅楽器の笙を模した名残が感じられます。それは、竹の吹き口側が塞がれ、リコーダーのような窓が設けられ、指孔は3つのものと6つのものがあります。この笛は、横に構えて吹くのが自然ですが、笙のように縦に構えて演奏することもでき、笙をとことん簡略化したものと言われれば、なるほどそうなのかなと思えなくもありません。つまり、笙を構成する幾本かの管の中から、一本だけを取り出した竹笛。
そして音は――嫋々とした笙独特の響きからはるかに遠ざかり、まるでリコーダーのような音が鳴ります。(ただし、この小さな吹き口が飛び出した一本竹の笙の笛も戦後には廃絶し、現在、伊勢土産に売られているのは、
竹製のリコーダーですから、戦前の郷土玩具として貴重品の一つに数えられています。)

もとにもどって、明治時代にすでに廃絶してしまった“宇治山田(伊勢)の笙の笛”とは、一体どんなものだったか、知りたい気持ちが高まります。武井武雄は「幅2㎝、長さ6㎝ほどの角型で栗色の縞模様を付けた和製ハーモニカ」と表現し
ています。最近になって、日本玩具博物館は、江戸時代後期の雛道具として、当時の玩具(手遊び)が蒔絵された弁当箱
↑笙の笛と弾き猿のおもちゃが蒔絵されている。
おもちゃ絵が蒔絵された雛道具(江戸時代末期)
を入手しました。ピンピン鯛、竹鳴り独楽、投げ独楽、でんでん太鼓(振り鼓)が全体に散らされ、蓋の部分には、独楽、兎のとんだりはねたり、毬、豆本、春駒、弾き猿、そして、ここに笙の笛(写真左端)と思われる絵が見えるのです。雅楽器の笙の笛と比べると、明らかに簡素化されており、これが、笙の玩具と言われれば、なるほどそうかと納得できる姿
笙の玩具(中国河南省・1980年代)
です。“宇治山田の笙の笛”、あるいは子守唄に唄われる“さう(しょう)の笛”は、こおもちゃ絵のような姿だったのでしょうか。

玩具をはじめ、暮らしの中の消耗品はとても儚く、意識して遺そうと努めなければ、あっという間に姿を消してしまいます。文章によ
る記録はとても大切ですが、色や形、ことに音を知りたいとなると、現物資料が残されることの意味が強く思われます。伊勢土産の笙の笛、アンテナを高くあげて求めてみようと思っているところです。何か情報をお持ちの方がおられましたら、どうかご教示下さいませ。

ちなみに民族楽器として笙を伝える中国においても民間玩具として笙が作られていました。河南省に伝わる竹製の素朴な笙で、高さ13㎝ほど。吹き口から息を送ると、ピーと高音が鳴り響きます。





NO.140
イースター・サンデー             (2013.3.31 学芸員・尾崎織女)
今日はイースター・サンデー。薄曇りの日曜日、お花見に出かけてしまわれたのか、博物館はいつもの日曜日に比べてぐんと来館者が少なかったのですが、たくさんの花々が咲き始めた中庭でささやかに、“エッグ・ハント”を開催しました。“エッグ・ハント”は、イースター当日の早朝、大人たちが野や庭に染めた茹で卵を隠し、子どもたちが小籠を手に、卵を探しまわる遊び。見つけた卵はイースターの食卓にのぼります。

ヨーロッパにおいて、春を祝って卵を飾ったり食べたりする習慣は、キリスト教よりもずっと古い時代から存在していました。ユダヤ教の「過越の祭(すぎこしのまつり)」でも、新しい生命と信仰のシンボルとして卵が食べられました。またさらに古く、太陽信仰の時代においても卵は豊穣のシンボルとして重要な意味をもっていたといわれます。

1号館の企画展『春を祝うイースターエッグ』では、美しく彩色された卵殻のオーナメントの実物を多数展示しているのですが、“エッグ・ハント”の風習などは、欧米の絵本によってご紹介にとどまっているため、実際に楽しんでみていただくのも一興かと思い――。

アメリカ合衆国のイースターの風習“エッグ・ハント”が紹介されたテキストブック『Easter(by David F. Marx, Scholastic Inc. 20011)』

イースターの前日の夜、ゆで卵を作って玉ねぎの皮やホウレンソウ、コーヒー、ウコンなど、安全な植物素材で染め、卵殻にイースターらしいシールをはって用意をしました。朝、館の中庭のあちらこちらに隠し、エッグ・ハンターを募って、さあ、卵さがし!!

染めたゆで卵 庭に隠されたゆで卵

今回は、みんなで探しまわった卵を籠の中に持ち寄り、早く見つけた人から順番に気に入った卵をひとつ、持ち帰ってもらうようにしました。ご参加の皆さんには、ほっこり嬉しい春の日の喜びを受けとっていただけたのではないかと思います。今度開催するときには、広くお知らせをしてもっとたくさんの卵を準備し、たくさんのハンターを募って、私たちにはめずらしい異国の風習を楽しんでみたいと思います。


 

NO.139
イースターエッグを作ろう!
                                          (2013.3.24 学芸員・尾崎織女) 

庭にやってきたマヒワ
玩具博物館の庭では沈丁花や菫が清々しい香りを漂わせ、杏やこぶしやモクレンや…木々の花々が明るい日差しの中で姸を競っています。桃や桜の蕾も膨らんで爛漫の春が目の前!という感じです。

そんな季節感の中、“イースターエッグを作ろう!”と題するワークショップを開催いたしました。中身を抜いた鶏の卵殻に参加者が思い思いの絵や模様をペインティングし、色とりどりのリボンを通してオーナメントに仕立てようというものです。参加者の皆さんには中身を抜くところから体験していただいたらよかったのですが、道具の持ち合わせが少なく、私の方で一ヶ月ほどかけて用意いたしました。

ヨーロッパでは、卵殻に彩色してイースターの卵飾りを作ることもポピュラーであるため、専用の道具も売られているようです。卵の先端に押しピンなどで当たりをつけ、小さな錐で小さな穴を開けると、その穴にポンプつきの注射針をさし、空気を送り込みながら、中身を抜き取っていきます。写真は、その“エッグブローワー”という道具で中身を出しているところ。夜な夜なその作業を行って、合計40個の卵殻――おかげさまで、卵料理のレパートリーが広がりました(笑)。右下の写真の中、ずらりと並んでいるのは、中身が抜きとられ、酢水でよく洗って乾かした卵殻たちが、イースターエッグになるのをわくわくしながら待っているところ。力が入り過ぎて穴が壊れてしまった卵殻は、野の花のための小さな一輪ざしなどにするのはいかがでしょうか。

エッグブローワーで中身を出しているところ  中を洗って綺麗な卵殻になりました。
日曜日のワークショップには、3歳の小さな子から小学生、学生さん、お父さんお母さん、お祖父さまお祖母さま…様々な年齢層の方々が集い、卵を両手に抱きながら、楽しくペインティング!! 思い思いの飾り紐を通して、それぞれにユニークなオーナメント作りを楽しみました。裸木につるしたり、籠に盛りつけたりして飾り付けた後は、小さなクッキーで三時のお茶会です。クリスマスの絵本朗読会でいつも素敵な読み聞かせを披露して下さる倉主真奈さんがご参加下さっていましたので、急にお願いして、『ありがとう!小さなイースターうさぎ(Vielen Dank, Kleiner Osterhase (by Gemalt von Johanna Schneider, J Ch.Mellinger Verlag GmbH, 2012))というかわいらしい絵本を朗読していただきました。また、差し入れにいただいたチョコレートのイースターエッグ割りを楽しんだりして、(中に魚や亀などをかたどったチョコレートが入っています)春の目覚めを祝うイースターにふさわしいひとときを皆で味わうことができました。その様子を画像でご紹介いたします。

講座風景 卵にペインティング!


イースターエッグを囲んで皆で記念撮影

さて、1号館の『イースターエッグ展』は来館者の滞在時間も長く、好評をいただいております。先日は、日頃よりご支援ご協力を賜っております笹部いく子さん(京都市在住)から、数々の貴重な資料をお寄せいただきました。笹部さんには開催に先立って、エミューやガチョウの卵によるイースターエッグをお寄せいただいたのですが、今回はまた、ウクライナやポーランド、ルーマニアなどの作家たちによる美しい作品を私どもの展示に役立ててほしいとお贈り下さいました。
さっそく、展示品の中に加えてご紹介いたしております。ろうけつ染めやエッチング、エンボス(色つきの蜜蠟によるペインティング)など、展示品が増え、さらに華やかさと奥行き広がったヨーロッパのエッグ・アートの世界を引き続きお楽しみ下さいませ。






NO.138
雛まつり、好評です。             (2013.3.10 学芸員・尾崎織女)                                                                  
三寒四温繰り返しながら季節は動いているようですが、気温不安な今日この頃、皆さま、風邪など召されていませんか? 
庭の木をつつくコゲラ

館周辺は木々が多く、冬から春にかけてたくさんの小鳥たちの訪問を受けます。シジュウカラ、エナガ、ヤマガラ、ジョウビタキ、ヒヨドリ……。駐車場隣の公園でコツコツと木を叩くコゲラの姿もみかけましたし、次々に開花し始めた椿の花の蜜に惹かれて、メジロが群れを作ってやってきています。


さて、新暦の3月3日は過ぎていきましたが、本年旧暦では4月12日が桃の節句に当たります。節句を祝う風習が庶民層へと広がった江戸時代、人々は太陰暦に従って暮らしていましたから、桃や桜が咲き競う春らんまんの風の中、女性の節句として、雛まつりが行われていました。現在開催中の特別展「雛まつり~御殿飾りの世界~」で展示している江戸時代末期の浮世絵を見ると、雛飾りがなされた座敷には桃の枝が生けられ、縁の外、池のまわりに植えられた桃も桜も、まさに満開の時を迎えています。新暦で祝う今の雛まつりとは季節感に一ヶ月ほどの隔たりがあることがわかります。


↑『源氏十二ヶ月之内 弥生』(三代歌川豊国画/藤岡屋慶次郎発行/安政2・1855年)

↑ 3月3日の展示解説会の様子
さて、この浮世絵には、江戸の町家の人々が桃の節句を祝う情景がよく描き込まれています。上段に飾られているはずの古今雛や五人囃子などの姿はこの画面には描かれていませんが、下段に飾られた雛道具の様子はよくわかります。台子道具(茶の湯の道具)や貝桶(合わせ貝を収める一対の桶)、行器(食物を入れて運び一対の容器)、黒漆塗金蒔絵の懸盤(祝儀の料理を盛る椀膳揃い)、菱台(菱餅をのせた台)、三方に杯などが、緋毛氈の上、華やかに並んでいます。雛飾りの前には黒漆塗金蒔絵の煙草盆、人形を囲んで着飾った女性たちの姿。そして画面の下手からは、女の子が人形を乗せたお駕籠を担いでやってきます。江戸では、元禄(1688-1704)の頃にはすでに、お駕籠に雛人形などを乗せて、贈り物を運びこむ“雛の使い(雛駕籠)”の風習がありましたが、この子はその様子を真似て見せているようです。

そのような江戸の「雛飾り」に対して、今回の特別展では京阪地方で発達した「御殿飾り」を数多く展示し、その移り変わりを総覧しています。日曜日には展示解説会を開催して、江戸(関東)と京阪(関西)の雛飾りの違い、そしてその違いから見えてくる地域性についてお話していますが、毎回、多くの皆さんが本当に熱心に聴講されます。女性陣はもちろんのこと、老若の男性陣の姿も結構多く、季節の文化としての伝統行事に対する関心の高まりを肌で感じる近年です。

本来の季節感で祝うなら、桃の節句はこれからです。緋桃に杏、椿などの花々が咲き揃う玩具博物館では、ランプの家の座敷にも華やかに雛飾りを行いました。花の中の雛まつりを訪ねて、どうぞご家族お揃いでご来館下さいませ。

↑福島県三春の張子雛とふきのとう





(付記)
東日本大地震発生から2年。震災によってお亡くなりになられた方々の三回忌にあたり、心よりご冥福をお祈りいたします。被災地の皆様にはさまざまな困難の中で懸命に暮らしておられることと存じます。私どもは大して何の援けにもなれずに日常を暮らしており、申し訳ない気持ちでいっぱいになります。本日、玩具博物館受付に設置しております義捐金箱を開けまして、約一年分の寄付金1万5千円を、東日本大震災文化財救援活動への寄付金として公益財団法人文化財保護・芸術研究助成財団へ送らせていただきましたので、ここにご報告いたします。お寄せいただきました皆さま、ありがとうございました。(3月11日)








NO.137
美しき卵たち~春の祝祭の造形~       (2013.2.22  学芸員・尾崎織女)                                                 
イースター(=復活祭)は、キリスト教世界ではクリスマスよりも重要な意味を持つ祝祭。いつかイースターの展示をしてみたいと心にかけてきたのですが、昨年、博物館の友人のご協力によって東欧のイースターエッグを入手する機会に恵まれ、この春、初めてのイースター展を開催する運びとなりました。イースターのウサギやニワトリをかたどった玩具、それに世界の鳥笛もあわせて、展示室は春の造形でいっぱいです。

ルーマニア、チェコ、スロバキア、ドイツ東部、ポーランド、ウクライナ、リトアニアからやってきたイースターエッグの数々は、中身を抜いた卵殻を様々な手法で加工したオーナメントです。ろうけつ染めあり、エンボス(色つき蜜蝋)細工あり、ペインティングあり、エッチングあり、また針金細工あり、切り紙細工あり、タッティグレースあり、糸細工あり・・・・・・と、作られる土地の伝統工芸の技が生かされ、その美しさ、バリエーションの豊かさには目を見張るものがあります。卵殻の表面を飾るのは、キリスト教以前の信仰とも関わる伝統的な文様であり、好まれる色や素材にも、春の太陽をたたえ、大地の目覚め促し、豊かな暮らしを願う多くの意味がこめられています。―――意味と技と時間と想いが詰まった卵のひとつひとつを、ご来館下さる皆さんにゆっくりと味わいながら鑑賞していただくために、どのように展示すればよいか……、展示設営は、何もかもが手作りの我が玩具館のこと、手元にあるものを使ってどんなふうに飾れるだろうか……と、小さな卵を見つめて、数カ月間、考え続けておりました。


チェコ(ドリルカッティング)  スロバキア(針金細工)  ポーランド(エッチング) ルーマニア(エンボス細工) ルーマニア(ろうけつ染め) ルーマニア(ビーズワーク)
ウクライナ(ろうけつ染め)  ウクライナ(ろうけつ染め) ドイツ(ろうけつ染め) ポーランド
(タッティングレース貼り付け)
ポーランド
(イグサと毛糸細工) 
リトアニア(糸細工)

イースターエッグは、裸木につるしたり、早朝、庭や野原に隠した卵を探して、食卓を飾ったりする風習が行われてきたことから、今回の展示では、ささやかながら、そうしたイースターらしい風景を表現してみようと考えました。同じ産地のものを手籠に盛りつけたり、花瓶にさしたウツギなどの枝に吊るし飾ったり、また、卵色の紙パッキンで“巣”を作り、エッグスタンド代わりにして展示したものもあります。そうして国ごとに展示したイースターエッグのそばには、イースターのウサギやニワトリの玩具を添えました。


    

ドイツをはじめとするゲルマン系の国々や英語圏では、イースターには、ウサギが卵を運んでくる(あるいは産む)とされてきました(フランスやイタリアなど、ラテン系の国々では、教会の鐘が運んでくると考えられているようです)。ウサギは多産であることから、古来、豊穣のシンボルです。また跳ねまわるウサギは、生命の躍動を表現し、その目が“月の満ち欠け”(欠けて見えなくなってもまた満ちていく月をキリストの復活にみたてる)を連想させるとして、イースターと関連づけて考えられてきたようです。そうしたウサギにまつわる伝説に触れた絵本なども今回、ウサギたちと一緒に展示いたしました。

イースターにまつわる玩具や造形は、日本においてはクリスマスほどには親しまれていない世界だと思います。木々の花が咲きほころぶ季節、日本玩具博物館の初めてのイースター展にぜひ、お運び下さり、この心弾む造形の数々をお楽しみいただきたいと思います。私どものイースターコレクションはまだまだ幼く、かわいらしいものですが、皆様のご教示を受けながら豊かに育てていけたらと思っています。

NO.136
春を呼ぶ展覧会              (2013.1.30  学芸員・尾崎織女)                                                 
粉雪がちらつく冷たい日々が続いていますが、博物館の庭の蠟梅がつぼみを膨らませ、他の木々に先んじて、香りの春を告げています。
江戸時代後期・弘化年間(1844~47)の古今雛

学芸室では、先週火曜日の閉館後から6日間の深夜仕事を続けて、春恒例の特別展『雛まつり~御殿飾りの世界~』の準備作業を行っていました。世界のクリスマス展の収蔵作業もなかなかに手間のかかる大仕事ですが、雛段を組み、緋毛せんを敷き詰めた展示ケースの中、百年以上前の雛人形や細やかに作られた雛道具の数々を並べ飾るのも、楽しいながらに骨の折れる作業です。集中して疲れてくるせいもあるかと思うのですが、夜が更けていくと、展示ケースの中が何やらざわざわしはじめ、古雛たちの“うふふ”“ほほほ”という小さな声が聞こえるときがあります。月亮が煌々として、冷える夜はとくに…。―――こんなことをお話しすると、少し怖く思われるでしょうか?

さて、今年の雛まつりは、御殿飾り雛に焦点をあてました。幕末から明治・大正時代を経て、御殿飾りが京阪地方から広く西日本一帯に普及し、ほどなく消えていった昭和30年代までの移り変わりを豊富な資料を通してご覧いただく企画です。「新収蔵品の紹介」でも詳しくご紹介いたしましたが、昨年度と一昨年度に、いくつかの個人のお宅から立派な檜皮葺(ひわだぶき)御殿飾り雛を数組寄贈いただいておりましたので、今回はそれらのお披露目も兼ねたものとなっています。それらの新収蔵品は、製作年代や製作者、販売者が明記された資料であることから、明治末から大正時代、さらに昭和初期にかけて、大都市部の町家にどのようなカタチで御殿飾り雛が存在していたかを、以前より明解に描くことができるようになりました。



大正11年の檜皮葺き御殿飾り雛(丸平製) 
昭和9年の檜皮葺き御殿飾り雛
さて、雛飾りの展示をするときには、展示ケースの奥行がもう50cm広ければといつも思います。もっと段を高く組み、諸道具類をずらりと手前に並べたい。けれど、奥行90cm、ガラス窓の高さ180cmの展示ケースでは、大きな御殿飾りは二段にするのが 精一杯です。大型の御殿を上段に建て――文字通り、建てるのです!!――雛人形たちをその御殿の中に住まわせ、二段目以降にずらりと雛道具や添え人形を並べ飾られた様子をなんとか表現できないかと考え、今回は一部ですが、御殿飾りを行った展示ケースの手前にぴったり平ケースを設置して、そこに下段に置かれる雛道具や雛料理の器などを展示してみました。露出した状態で長く飾るのは問題があるため、アクリル・カバーをかぶせていますが、御殿飾りの豪華な様子が少しでも伝わるのではないかと思います。いかがでしょうか。

そんなふうにして完成した今年の雛人形展は、展示室に雛御殿の街並が出現したような有様です。夜の展示室、雛御殿が立ち並ぶ町に雪洞(ぼんぼり)の灯を点しました。古雛たちの白い顔がほんのり暖かく、ゆらゆらと…。何度めぐりきても、その春が嬉しいように、何度、雛人形展をオープンしても、その度ごと新たな喜びに満たされます。







そして、明日からは井上館長とともに北九州市立小倉城庭園博物館へと出向き、日本玩具博物館コレクションによる『子どもの晴れ着とちりめん細工』の準備作業に加わります。こちらもまた春らしく華やかな展示です。よいものになるよう頑張って準備してまいりたいと思っています。どうか皆さま、春を呼ぶふたつの展覧会にご期待下さいませ。





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