NO.163
「世界の国の人形」展、オープン                (2014.6.21 学芸員・尾崎織女)
1号館で開催している「日本の人形遊び」展には、展示している人形資料を寄贈して下さった方々のご来館が相次いでいます。本日も懐かしいお人形たちに再会するために、遠く関東からご主人さまとご来館下さったご婦人がありました。展示ケース
ミルク飲み人形の色々
(昭和二十年代後半~三十年代)
の前、じっと立ち止まってソフトビニールのミルク飲み人形に見入っておられるので、ケー
懐かしい人形に再会
されたご寄贈者
スを開けて、ご婦人の手にその人形たちを手渡すと、「ああ、さっちゃん…、ひとみちゃん」と両の手で抱き締め、うっすら涙を浮かべられました。昭和20年代後半、戦後の経済復興にまい進していた時代、子どもたちには、今のように、バリエーション豊かに人形や玩具が用意されていたわけではありません。さあ、あれもこれも!と次々に与えられたものでもありません。だからこそ、買ってもらわれたその一体の人形への思いは深く、さっちゃん、ひとみちゃんと名付けて、人形たちと一緒に過ごされた時間の厚さと思い出の深さは、今の時代と比較にならないものだと感じます。
                
玩具博物館で日本の人形遊びの展示をしていると知った方々から「寝かせると目を閉じるミルク飲み人形は展示してありますか?」と、すでに何本かのお電話を頂戴しています。さっちゃんやひとみちゃんを愛されたご婦人だけでなく、昭和20年代から30年代にかけて、セルロイドやソフトビニールで作られた“ミルク飲み人形”は、この頃に子ども時代を過ごされた方々にとって、あの時代の風景を再び開く心の鍵となっているのですね。中でも、昭和26年、増田屋斎藤貿易(現・増田屋コーポレーション)が発売したミルク飲み人形は、日本橋の百貨店で発売当時、数日で2000個以上の売り上げがあったほど人気を博したと記録にありますので、都市部を中心に広く、日本の少女たちに非常に親しまれたもので、懐かしく思われる方が少なくないことと思われます。

『世界の国の人形』展示会場の様子
1号館の「日本の人形遊び」展に引き続き、6号館では「世界の国の人形」展をオープンしました。世界の101の国と地域から、539項目1012体の人形たちが集う賑やかな会場――そこは、緑の地球の上、人種、民族、部族、その価値観や美意識、生活文化の違いを尊重し合って、仲良く暮らす地球人たちの楽園のように見えます。“人形”とひと口に言っても、様々な場面に登場し、様々な用途と性格をもっているもですから、本展では、第一章「人形の世界」として、次の五つの項目によって人形文化を探ろうと考えました。
①世界の伝承人形……トウモロコシの皮、麦わら、瓢箪、石、木、土、古布などを使って家庭や小さな工房で手づくりされるもの。近世以前から受け継がれてきたものと考えられます。
②神々や精霊の人形……それぞれの民族が考える神々や自然の精霊、また祖先の姿を形にしたもので、祈りの対象であり、災厄を肩代わりしてくるもの、また傍に置くことで守りとなってくれるものたちです。
③芝居の人形……民族芸能や人形芝居の中で発達した操り人形そのもの、またそれらの造形や仕掛けを真似た人形たちです。
④世界の抱き人形……少女たちが腕に抱えて慈しみかわいがった愛玩用の人形たちで、人形の肌の色や目の色は製作地の人々にそっくり。身につけている衣装、帽子、靴、アクセサリーの色や形、模様もまた、その地のものをすっかり移し取って小さく作られているので、人形には、生活文化伝承の意味も込められていると思われます。
⑤人形とおもちゃ……“人形ゴマ”“人形笛”のように、人形と玩具が合体して、その動きにより愛らしさが増す品々を集めました。
①きびがら人形
(スロバキア・ネパール・メキシコ)
②安産と豊穣を祈る人形
(西アフリカ・ガーナ・ブルキナファソ)
③影絵芝居の人形
(インド南部)

④カオ族の抱き人形
(中国四川省)
⑤毛糸編み人形と積み木の兵隊
(ドイツ・チェコ)

タイ北部の山岳民族の抱き人形
第二章「人形で綴る世界紀行」には、①アジア・オセアニア、②中近東・アフリカ、③北米、④中南米、⑤ヨーロッパと地域ごとに民族色豊かな人形が集合しています。
コートジボアールのコロン人形(現代風俗人形)

ここでは、近世の頃から伝承されるものに加え、国や地域の親善大使のように活躍する人形、また観光土産として作られた人形も含めて展示しています。それらからは、例えば、コートジボアールの人たちが、タイの山岳民の人たちが、世界の人々に自分たちをどんなふうにとらえてもらいたいかを感じとることが出来るのではないかと思います。人形は、国や地域や民族のアイデンティティの表現でもあるからです。

また会場には、人形が登場する世界の絵本を幾冊か設置しました。たとえば、グアテマラのインディオに伝わる小さな悩み事解決人形の傍には、アンソニー・ブラウン『びくびくビリー』を、18~20世紀にかけて、ドイツ、イタリアなどで盛んに作られ、ヨーロッパの少女に愛された木の人形の傍には、フェイス・ジェイクスの『ティリーのねがい』を、錫製の兵隊の傍には、アンデルセンの『すずのへいたい』を、ロシアのマトリョーシカのもとにはヴェ・ヴィクトロフの『マトリョーシカちゃん』を。
絵本の中、人形たちが笑い、悲しみ、友情を感じ、恋をしている様を楽しみながら、展示品の背景にあるその国々の人形文化を感じていただけたらと思います。
『びくびくビリー』(アンソニー・ブラウン作/灰島かり訳/
  評論社/2006年)とグアテマラのトラブル・ドール
  いろんなことが心配で心配でたまらないビリー少年
  は、ベッドに入っても眠れない。そのことをおばあちゃ
  んに話したら、小さな人形をくれました。心配事を
  引き受けてくれる人形(トラブル・ドール)です。グアテ
  マラに古くから伝わるもので、六体がひと組になって
  います。さて、ビリーのたくさんの心配事は消えてし
  まうでしょうか?
 『ティリーのねがい』(フェイス・ジェイクス作/小林いづみ
 訳/こぐま社/1995年)とドイツのペグ・ドール
  18~20世紀にかけて、ドイツ、イタリアなどで盛んに
  作られ、ヨーロッパの少女たちに愛された手足の動く
  木の人形“ティリー”と現代の私たちにもおなじみの
  テディベア“エドワード”が繰り広げる、心温まる友情
  の物語。


この夏から秋、開館40周年の日本玩具博物館は“人形”がテーマです。また、こちらの頁でも様々な国の人形たちを詳しく取りあげていきたいと思いますので、人形が綴る平和の世界へぜひ、ご来館下さいませ。


NO.162
「日本の人形遊び」展、出来ました。                (2014.6.2 学芸員・尾崎織女)

本日は、旧暦端午節。博物館の展示館入口の屋根々々に、“菖蒲葺きをほどこしました。野の蓬(もよぎ)を摘み、菖蒲の葉をあちらこち
「江戸砂子年中行事」端午之図
(明治18/楊州周延画)<一部>
らからいただいてきたものを小分けにして束ねたら、それらを等間隔で瓦屋根に挿
菖蒲と蓬を束にして屋根に置く“菖蒲葺き”
したり、置いたりしていきます。日本が中国から節句(節供)の概念を受け入れた奈良時代の頃から、「端午」は、 菖蒲や蓬
など、香気の強い植物の霊力によって邪気払いを行う節。『枕草子』に曰く「菖蒲蓬などのかをりあひたる、いみじうをかし。 九重の御殿の上をはじめて、いひしらぬ民のすみかまで、いかで我がもとに しげく葺かむと葺きわたしたる、なおいとめずらし」と。平安の昔から明治時代に至るまで、どれぐらい多くの菖蒲を屋根に葺くかということに、上下貴賎をとわず、日本人は情熱を燃やし続けてきたのでした。この風習、すっかり途絶えてしまったことと思っていたら、昨年、神河町の農村に菖蒲葺きを伝えるお宅があることを知って感激しました。博物館のご来館者にも菖蒲葺きを知っていただきたく思い、今年の旧暦端午節は、菖蒲と蓬が香る玩具博物館です。古い町並で、町をあげて祝われる端午の節句を開催されるなら、このような菖蒲葺きを復元されてはいかがでしょうか?


                             

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「リカちゃん」と「リカちゃんハウス」展示風景
さて、1号館の夏の企画展「日本の人形遊び」は、すでに準備が整い、会期開始の6月7日より少し早いのですが、オープンしております。展示構成としては、①「姉さま」や「郷土人形」、「市松人形」など、近世(江戸後期)より伝承される人
「文化人形(大正末~昭和20年代)」展示風景
形、②「練り人形」や「さくらビスク」など、明治・大正時代に愛された人形、③「セルロイドのキューピー」や「文化人形」など、昭和時代戦前に愛された人形、④「ミルクのみ人形」など昭和時代戦後に愛された人形、⑤「バービー」や「タミー」(ともにアメリカ製)、「リカちゃん」のように高度経済成長期以降に登場した人形――この五つの項目を立てました。「ジェニー」をはじめ、平成時代の少女たちに愛された人形も顔を連ねていますので、会場は、老若、様々な世代の女性たちの歓声と笑顔があふれています。


こうして、いつかの時代、少女たちの遊び相手として愛された人形ばかりが並んでいる中、少し性質の異なる人形を展示しています。信仰の領域にあるもので、「天児」と「這子」です。
這子
天児(あまがつ)は、乳幼児の枕元に置き、ふりかかる凶事をこの人形に移し負わせるものとして、平安時代には貴族社会において用いられていました。『源氏物語』の「薄雲」の帖、明石の君の幼い姫が紫の上の養女として迎えられるくだりに、幼い姫のための“天児”が登場しています。天児は、木の棒をT字型に組んだものに頭部を付け、これに着物を着せて作られます。這子(ほうこ)は、這う子をかたどった白絹のぬいぐるみで、“御伽這子(おとぎぼうこ)”とも呼ばれ、天児と同じような性質を持っていました。長方形の絹布を隣り合う辺を縫い合わせて手足とし、綿をつめて胴部を作ると、別作りした頭部をさして完成させます。貴族社会の天児に対して、庶民社会では這子が一般的であったとも、また天児を男子、這子を女子に見立て、対のものとして嫁入りに持参したとも伝わります。

庶民社会でも愛された這子は、“負い猿”“お猿っこ”“這子人形”などへと発展し、飛騨高山に伝承される“猿ぼぼ”やちりめん細工の“這子人形袋”とも深い関係をもっています。天児と這子はともに子どもを災厄から守るた
左から「はこた人形」(鳥取県倉吉)・「おぼこ」
  (広島県廿日市)・「奉公さん」(香川県高松)
めに凶事を肩代わりしてくれる人形――形態的にも性質的にも日本の人形の元祖だと言えます。


今回の展示では、「這子」と性質的につながりが感じられる郷土人形を紹介しています。そ
魔除けのお猿っこ(庚申猿
れは、香川県高松市に伝承される「奉公さん」と呼ばれる張子人形です。由来書には、長く伏して治らぬ病に苦しむお姫様の病魔をわが身に引き受けて、離れ小島へ流れていった姫様仕えの少女の仁徳を讃えて作られ始めたと語られます。昭和30年代頃までは、子どもが病気になると、この人形を抱かせて川や海へ流す風習が遺されていました。病魔を肩代わりしてくれる人形――「奉公さん(ほうこうさん)」の読みが「這子さん(ほうこさん)」とも近いことにもつながりが感じられます。広島県廿日市には「おぼこ」、鳥取県倉吉市には「はこた人形」の名前で、「奉公さん」によく似た張子人形が伝えられ、いずれの少女の着物にも、病魔除けの赤が塗られていることが印象的です。この展示では、日本人の人形観にもご注目しながら、ご覧いただきたく思っています。







NO.161
夏の展示を準備中・・・。                (2014.5.25 学芸員・尾崎織女) 
実ったサクランボにきたメジロ
若葉の緑が徐々に深くなり、木々の枝を親鳥たちが巣立ち雛を連れて飛びまわる季節となりました。
只今開催中の1号館企画展「ちりめん細工とつるし飾り」は、2年ぶりの当館でのちりめん細工展とあって、近隣だけでなく、関東、東海、四国、九州、さらに東北地方からの愛好者のご来館もお受けしております。当館ミュージアムショップで通信販売を行っている“古風江戸縮緬(戦前までの縮緬を再現したもの)“への全国的な人気の拡がりや、井上館長の監修で出版を続けているちりめん細工に関する書籍への熱いまなざしと高い評価に鑑み、諸事情が許せば、来春、当館においては展示スペースのもっとも大きい6号館で、古作と新作を合わせたちりめん細工展を開催できれば…と、案を練っているところです。
↓講習会で作る予定の姉さま人形 

さて、5月から6月は、毎年のことながら、夏の展示を準備する季節です。今夏は1号館で「日本の人形遊び」(会期は2014年6月7日~11月11日)、6号館で「世界の国の人形」として、当館の人形コレクションの総覧を予定しており(会期は2014年6月21日~10月14日)、どのようなグループに分け、どのようなストーリーでご紹介しようかと収蔵庫から少しずつ人形たちを集めているところです。人形とひと口にいっても、①ヒトガタや形代、這子、天児のように信仰に関わりのあるもの、②パペットやギニョール、ワヤンクリなどのように人形芝居用の人形、③姉さまや市松人形、ミルク飲み人形、“リカちゃん”のように子どもたちの人形遊びの友となるもの、そして、④雛人形に代表されるように飾って楽しむものなどの種類が考えられます。1号館の人形展では、この中から③をとり上げてご紹介したいと考えております。久しぶりに、伝承者が絶えてしまった姫路の姉さま“ぼんちこ”の講習会も予定しておりますので、どうぞご期待下さいませ。

『コドモノクニ』第一巻第五号
(大正11年/東京社)より“ままごと”
もうひとつ、今夏は北九州市立小倉城庭園内の博物館で「ままごと道具の美」という特別展が開催され、日本玩具博物館が全面的に協力いたします(会期は、2014年7月2日~9月15日)。
野原の真ん中にござを敷き、草のお皿に土団子や花びらを盛って遊んだことなどは、大人になっても心のどこかに鮮やかな思い出として残っているものですね。左の画像は、戦前の児童雑誌『コドモノクニ』第一巻第五号(大正11年/東京社)に描かれた“ままごと”(本田庄太郎画)の場面です。遊びの中に少女の求める美意識を強く感じさせます。このような雰囲気を展示室に広げようと、本展が企画されました。雛まつりに登場する小さな台所道具や茶道具を取りあげ、桃の節句のままごとについて紹介する一方、時代を追ってままごと道具の移り変わりをたどります。また、アジア、北米・中南米、中近東・アフリカ、ヨーロッパの38ヶ国から民族色の豊かな茶道具や台所のミニチュアなどを一堂に展示して、ままごと世界が伝える少女たちの暮らしの夢を探ります。約160組800点の日本と世界のままごと道具が一堂に会する展示室において、世界の子どもたちの遊びの風景を、また、私たちの国の五十年前、百年前の子どもたちがままごとに夢中になっている様子に思いをめぐらせながら、展示品の美しさをご堪能いただけるように…と、一週間ほど昼夜、小さな世界に没頭して展示シミュレーションを行いました。
小倉城庭園にご協力して、出品展示を行うのは、「ちりめん細工・春の寿ぎ」「ミニチュア玩具の世界」「クリスマス~喜びと祈りのかたち~」「子どもの晴れ着とちりめん細工」に続いて5回目ですから、すでに、園のスタッフの方々をはじめ北九州の皆さまには敬意と愛着を覚えております。会期までにはまだ時間がありますが、心をこめて準備してまいりますので、夏のお出かけのご予定に置いていただければと思います。http://www2.kid.ne.jp/teien/index.html

展示シミュレーション風景~昭和20~30年代のままごと道具の展示コーナーにはこのような資料を…。


NO.160
懐かしの「ウツシエ」                (2014.4.12 学芸員・尾崎織女) 
新年度、新学期が始まり、皆様には意気揚々、新生活をスタートされたことと存じます。
玩具博物館は、4号館2階展示室の窓がそれぞれに四つの色に染まる季節を迎えています。東側は白い窓、西側は紅い窓、南側は桃色の窓、北側は緑の窓です。それは、井上館長が開館の頃に意図して庭に植えた木々の花色で、白は利休梅、紅は花桃、桃色は八重桜。緑はサクランボの新緑です。たくさんの玩具の展示を見疲れた目を窓外に向けておられる来館者の方々も、東西南北、ほんのり、それぞれの色に染まるように見えて、それはとても素敵な情景です。


さて、学芸室では、先日、芦屋市にお住まいの85歳(昭和4年のお生まれ)のご婦人からお電話をいただき、昭和10年代の「ウツシエ」や「少女絵葉書」などの寄贈を受けしました。それは、独特の世界観によって戦前戦後の若い女性の心をとらえ、後の時代のイラストレーターや漫画家、作家らに多大な影響を与えた中原淳一(大正2年~昭和58年)の少女絵や、これまた愛くるしい表情の童画で長く愛され続けた松本かつぢ(明治37年~昭和61年)の少女絵がデザインされたものです。   

「慰問絵はがき・愛国四季第二十一輯」
    中原淳一画/東京愛国社製作
「慰問用うつし絵&シール」
   中原淳一画/昭和十七年/
   東郷清人(名古屋)製作
「くるくるクルミちゃん ウツシエ・シーリング」
 松本かつぢ画/昭和十八年/柴田清市(大阪)製作

「慰問用 淳一うつし絵 第二集」
   中原淳一画/昭和十八年/
   東郷清人(名古屋)製作


「ウツシエ(うつし絵)」は、好きな絵をシートから切り取って裏に水をつけ、筆箱でも下敷きでも移したい場所にその絵を置きます。移す場所によく密着させて擦り、そっとはがすと、筆箱や下敷きにその絵が移されているというものです。今の子どもたちもうつし絵を知っていますが、特に、昭和時代の子どもたちに人気を博していましたから、懐かしく思われる方々も多いことでしょう。
「慰問用 淳一うつし絵 第二集」のファイル型パッケージ(裏側) 
“日本玩具統制協会”に査定を受けたシール貼られています。

寄贈いただいた「ウツシエ」をファイル型のパッケージから取り出すと、使っていないシートとお気に入りの絵を切り取った後のシートがありました。何度もファイルから出してみては、ここへこの絵をうつそうか、それとも今度のためにこのままとっておこうか、と楽しく迷いながら大切にしていた戦中の少女の姿が想われます。寄贈下さったご婦人は、「……身辺整理の時を迎え、ゴミに出せば済むことですのに、八十年近くを私と共に存在してくれたことを想いますと、少し感傷的になりまして、ひと目でもどなたかに見ていただければ……」とお手紙を添えてこられました。

ロマンチシズムをたたえたモダンファッションの少女像の傍におどる「愛国」の文字には何か違和感がありますが、昭和16年頃以降、玩具類の製作販売にはこの文字は欠かせず、また、主に材料統制を目的に設立された「日本玩具統制協会」の許可シール添付が必要でした。「慰問用」とあるのは、少女の絵葉書をつかって、また、便箋にウツシエを施して、“戦地におられるお父さまへお手紙をお送りしましょう“という意味です。寄贈者のご婦人にとって、「ウツシエ」や「少女絵葉書」は、ご自身の少女時代ばかりか、ご両親の思い出にもつながる品々であったのかもしれません。


『観察絵本キンダ―ブック』第七輯・第五編と第七編
  (昭和9年/日本玩具研究会編/フレーベル館刊)

この時代には、「赤い鳥」「コドモノクニ」「キンダーブック」に代表される芸術的な児童誌や絵本が存在し、当館も、これらの資料を少々、所蔵しております。先月も「手元に大切にとっていたのですが…」と、戦前の児童誌をお寄せ下さったご婦人がありました。こうした資料にふれると、思想的にも材料的にも制限された戦時下にあって、子どもたちの豊かな情感を育もうと、ぎりぎりまで頑張っていた人々の強い志を思います。玩具製作の場面においても、私たちが想像する以上に子どもの心が守られていたことに胸を熱くいたします。戦時下の情操豊かな玩具の世界について、今の私たちには学ぶことが多くありますので、この時代の玩具に児童誌などをまじえて、いつか、企画展をつくってみたいと考えています。 










NO.159
玩具博物館の三月                (2014.3.10 学芸員・尾崎織女)   
三寒四温の言葉通り、暖かく穏やかな日があったかと思えば、小雪がちらつく寒の頃のような日があって、気温不安定な三月です。博物館の庭では、木々が新芽を膨らませ、山茱萸や紅梅、椿や沈丁花が開花をはじめました。そんな庭へ、メジロ、エナガ、コゲラ、シジュウカラ、カワラヒワ、ジョウビタキ……小鳥たちが次々に訪れます。小鳥が好きな私は、春の花々にもまして、かわいいそれらの姿が嬉しい今日この頃です。玩具博物館は、市川の堤も近く、林に囲まれるように建っていますので、ご来館の皆さまにはこの季節、数々の小鳥たちと出合っていただけると思います。玩具博物館の庭でバードウォッチング!! 
メジロ カワラヒワ コゲラ
ツグミ エナガ シジュウカラ
さて、新暦三月三日の桃の節句は過ぎましたが、恒例の雛人形展開催中の当館へは、ご家族揃って“雛まつり”にいらっ
雛まつり展会場で開いている展示解説会風景
しゃる方々で賑やかです。日曜日に開いている展示解説会には、播磨周辺からのみならず、中国や四国、また関東地方からのご来場者もあり、展示品に見入る方々のまなざしの熱さには、人形文化への関心の高まりを感じます。このあとは3月16日、21日、30日にも14時から展示会場で解説を行いますので、時間を合わせてご来館下されば幸いです。

去る2月23日には、雛まつりの時期に開催してすでに恒例となった「貝合わせ」のワークショップを開きました。貴族社会で行われていた優雅な遊戯「貝合わせ(古くは貝覆い)」を体験していただこうというものです。4~5歳の小さなお子さんからおじいさま、おばあさま、そして、今回は、播磨地域の小中学校、高等学校で英語のALT(Assistant Language Teacher)を務めておられる若い先生方13名が加わられて、国際色豊かな講座となりました。あらかじめ、金色に彩色しておいたハマグリの内側に、思い思いの絵を描く真剣なひととき――小さな画面の中に花鳥風月、おめでたい模様、物語の場面、大好きなキャラクター……それぞれにとても個性的な“合わせ貝”が完成しました。トランプの神経衰弱にも譬えられますが、貝殻の外側の形や模様を手掛かりに、蛤の蓋と実を合わせていくもので、そのルールには日本独自の思想が込められています。また来春も開催いたしますので、ご興味をもたれましたら、ぜひご参加下さいませ。




NO.158
節分・立春・雛まつり                (2014.2.7 学芸員・尾崎織女)                   

立春を過ぎて冷え込みが厳しくなりましたが、玩具博物館の庭では、蠟梅に続いてマンサクが開花を始めました。小雪がちらつく中、ふるえながら咲く木の花は凛として美しいものですね。

すでに過ぎてしまいましたが、皆さまは節分をどのように過ごされましたか。“鬼は外、福は内”
柊鰯(ひいらぎいわし)
と唱えながら、豆まきをなさったでしょうか。私は、明治生まれの祖母が節分の度に行っていた“鬼やらい”のまじないを思い出し、今年、焼き鰯の頭と柊を合わせて、「柊 鰯(ひいらぎいわし)」を仕立ててみました。柊の葉のトゲで目を突かれるのを鬼は恐れ、また焼き鰯のにおいの強さに鬼が退散していくためと言われます。古い町の軒下にときどき見かけることがありますが、すでに行う家庭が少なくなった節分のまじないのひとつでしょうか。皆さまのご家庭では、節分、門口や玄関先に「柊鰯」を付けられますか。

さて、節分といえば「立春」の前日だけをさすものと思い込んでいたところ、本来は、二十四節気のうち、季節の始まりを示す四つの節目――立春・立夏・立秋・立冬――これらすべての前日をさし、“季節を分ける”ことを意味する暦日のことだ、と知ったときには驚きました。立春前日の節
香寺町八幡神社のサイト(サイトウ)
分だけが特に重要視されるようになったのは、立春が一年の始まりと考えられたためだと言われています。日本玩具博物館の近く、香寺町中仁野の八幡神社の境内では氏子の方々の手によって、節分の夜、「サイト(サイト焼き)=サイトウ(柴灯)」という火まつりが行われます。立春が一年の始まりであれば、節分はいわば大晦日。地元の古老によると、年越しにあたって、神社の枯れ枝や枝や柴を集めて、神前で燃やすのがサイト。この火にあたると、風邪をひかない、夏負けしないと言われます。ただの焚き火のようにみえて、それは意味の深い火です。
火の粉を散らしながらパチパチと音をたてて燃える木々をみながら、私は「ユールの丸太」や「ビュッシュ・ド・ノエル」、またクリスマスの暖炉で燃やされる丸太のことを連想しました。ヨーロッパでも、一年の終わり、太陽が死ぬ冬至の夜に、木の実を育てる樹木の丸太を焼き、明くる年の豊かならんことが期されます。火の粉や煤や灰にも樹木の霊が宿るとして、それらは薬になるほど大事に扱われてきました。「サイトヤキ」は、小正月のトンドと習合している地域も多いようですが、香寺町中仁野においては、遠い昔の「一年最後の火」を伝える行事なのだと感じました。ヨーロッパのクリスマス周辺にあらわれる行事と私たちの新春行事―――そのココロはとてもよく似ていると今夜もあらためて思ったことです。

前年の災厄をはらい、清らかな空間、清らかな身体で新年を迎えるために行われる節分行事としてよく知られているのが“追儺(ついな)”です。追儺は、飛鳥時代、さらに奈良時代の宮中でもすでに盛大に行われていたものと言われます。桃の木の弓で葦の矢を射、桃の木の杖で地を叩き、大きな物音を立て、大声をあげ、呪文を唱えて、鬼を人々の暮らしの外へと追い出します。やがて諸国の社寺へと受け継がれた追儺の儀式は、庶民層へも伝わって、元旦前日の大晦日や立春前日の節分における「追儺式」や「鬼追い式」として各地に定着し、“豆まき”による「鬼追い」とも結びついていったと説明されます。
姫路市の奥座敷、増位山随願寺(ますいさんずいがんじ)では、鎌倉時代からの伝統をもつ「鬼追い式」が伝承されています。『播磨国増位寺集記』(1302年)によれば、当時、流行した疫病をはらうため、後二条天皇の勅定によって始まったと伝わります。鬼追い式には、毘沙門天(びしゃもんてん)の化身の赤鬼、不動明王(ふどうみょうおう)の化身の青鬼、薬師如来(やくしにょらい)の化身の空鬼、さらに空鬼につく十六の子鬼が登場して、ほら貝と鐘の音にあわせて踊りを披露します。赤鬼、青鬼、空鬼には古くから伝わる木彫面を使いますが、子鬼たちは、姫路張子の赤鬼面、青鬼面をかぶって愛らしいいでたちです。地元の伝統行事に、これまた地元に伝わる郷土玩具の面が使用されることはとても素晴らしいことと思います。

随願寺「鬼追い式」 姫路張子の面をかぶった子鬼たち/赤鬼と青鬼  (2008年2月11日筆者撮影)


兵庫県下では、神戸市の長田神社や姫路市の書写山圓教寺をはじめ、大晦日から節分にかけて、各地で鬼を追う行事がもたれていますので、お住まいの近くの社寺にお尋ねの上、一度、ご見学になられてはいかがでしょうか。

立春を過ぎると、雛まつりの季節。旧暦で祝われる桃の節句はまだまだ先ですが、「そろそろお雛さまを飾ろうか」と話しておられるご家庭も多いのではないでしょうか。日本玩具博物館では、すでに恒例の『雛まつり展』をオープンし、ひと足早く、雛まつりのうきうきとした気分を楽しんでいただいております。今年のテーマは「江戸の雛・京阪の雛」。今も生活文化の諸相を語るとき、必ずといっていいほど、引き合いにだされる「関東と関西の違い」――比較して楽しいこのテーマを雛人形の世界に持ち込みました。生活文化の豊かさは、地域による違いがもたらすものと考えます。ぜひ、ご来場いただき、たとえば、雛人形の中、江戸美人と京美人を見比べながら、好きな人形を探していただき、けれど最後には「みな、それぞれに美しい」と雛を愛でていただければ幸いです。



NO.157
Hillaさんからの贈り物              (2014.1.15 学芸員・尾崎織女)
新しい年を迎え、皆さまにはますますご清祥のことと存じます。本年もどうぞよろしくお願い申しあげます。
Hillaさんからの贈り物・
ドアーフのクルミ割り


今日は、私たちの古い友人で玩具研究家のHilla Schütze女史より、少し遅れてクリスマスプレゼントが届きました。Hillaさんとは、1994年よりドイツ・日本両国の郷土玩具を交換し合ったり、互いの国の玩具の歴史について学び合ったりする関係を続けています。わくわくしながら小包を開封すると、ドイツの冬の菓子・レープクーヘン(Lebkuchen)とともに、クリスマスらしいドイツの玩具や人形が登場しました。そしてその中からとても奇妙な古い木彫りの人形が現れました!

さて、“私はいったい何者でしょうか?!”(>右の画像の木彫人形です→)
―――これは、古い“クルミ割り”の道具で、ドアーフ(伝説上の小さな人)を表したものです。
いつ頃、製作されたものか、どのような地方のどのような家庭で使われたものなのか、Hillaさんに問合わせ中ですが、いわゆるクルミ割り人形が誕生する以前、18世紀中頃には、木製玩具の古い町、ゾンネベルクあたりでこのような“クルミ割り器”が作られており、その系統をひくものと思われます。三点で支えられた脚の後ろ側を引き上げるとドアーフ(伝説上の小さな人)の口が大きく開き、そこにクルミを含ませると、後ろ側の脚を下へ引き下ろします。すると、ドアーフの口はカチリッと音をたてて堅いクルミの殻を割ってくれます(西洋胡桃は、日本で一般に市販されているカリフォルニア等から輸入されるクルミの実(種)より小さいものです)。


栄養価の高いクルミは、森の恵みを象徴するものとして、また、厳しい冬中にあって人々に滋養を与える食物として、古来、大切に扱われてきました。このことから、今でも、森の民・ゲルマン系の人々は、クルミを用いたオーナメントを作って室内に飾り、クリスマスをお祝いします。

ドアーフが“クルミ割り器”のモチーフになっているのは、ドイツ民話において、ドアーフが石工や鉱山職人などの職業を当てられていることとも関係があるでしょうか。クルミの堅い殻を割るという難事をも解決してくれると考えられたためではないでしょうか。このあたりについて、少し調べてみたいと思っています。

フュヒトナー工房(Füchtner
 Werkstatt)の古いクルミ割り人形
 ~『Spielzeugdorf Seiffen
Erzgebirge(by Uwe Gerig, 1993)より~

Hillaさんの部屋に飾られた
鳴子のこけしとクルミ割り人形

今、知られているロクロ挽きのクルミ割り人形は、19世紀後半に、ドイツ木製玩具の三大生産地のひとつエルツゲビルゲ地方において始まったもので、1870年頃、ヴィルヘルム・フリードリッヒ・フュヒトナーがロクロ挽きの人形を仕上げたのが創始と考えられています。クルミ割り人形がドイツのクリスマスに結びついて広く愛されるようになったのは、作家E.T.A.ホフマンが描いたクリスマスの幻想的な夜の物語『クルミ割り人形とネズミの王様』によってですが、日本でも翻訳本やこれを優しくアレンジした絵本などもたくさん出版されているので、私たち日本人にとってもなじみのものとなっています。ただ、ホフマンがこの童話を描いた1816年は、まだエルツゲビルゲ地方のロクロ挽きのクルミ割り人形は一般的ではなかったでしょうから、童話に登場するクルミ割り人形は、今回、Hillaさんからプレゼントしてもらった“ドアーフのクルミ割り器”のようなものだったのではないでしょうか。よい資料をお贈りいただき、とてもうれしく思っています。また、機会をとらえ、展示を通してご紹介させていただきます。
Hilla-san, Danke schön!









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