NO. 172
待降節の玩具博物館・その2             (2014.12.23 学芸員・尾崎織女)
クリスマス展会場では、今年も、倉主真奈さんをお迎えして、世界のクリスマス絵本の朗読会を開催しました。朗読会にあたって、久しぶりにメキシコ
白馬のピニャータ(メキシコ・メキシコ州)
の“ピニャータ”を出しました。このピニャータが登場する絵本を朗読していただこうと思ったからです。
メキシコ伝統のクリスマス行事は“ポサーダ”と呼ばれます。ロバの背に座る身重のマリア(幼子イエスを抱いているマリアもあります)と付き添って歩くヨゼフ、そして見守る天使の人形を台に乗せ、捧げ持った人形を先頭に、人々は行列をつくり、“空いている宿はありませんか?”と、家から家へと訪ね歩きます。どこの宿もいっぱいで泊まるところがなく、馬小屋の片隅にやっと横になる場所をみつけた、というベツレヘムでの故事を再現するものと言われています。行列が落ち着く“マリアの

ポサーダのまつりに登場するマリアとヨゼフ
        (メキシコ・メキシコ州)

お宿”では、盛大なクリスマスパーティーが催されます。そのパーティー会場につるされるのがピニャータなのです。ピニャータは、素焼きの壺を中心にすえ、新聞紙やクレープ紙を使って、星や動物や伝説上の人物を張りぼてに作ったもの。壺の中にはキャンディーやチョコレートや小さな玩具、時にはタワシや…、いろんなものが詰め込まれています。ピニャータは、最後に目隠しをした子どもたちによって叩き割られてしまう運命です。中の壺が割れて、床にばらばらと散らばったお菓子を拾い集めて子どもたちは大満足。メキシコの方々のクリスマスの想い出はピニャータにつながる、といわれるぐらい親しまれている習慣です。
玩具博物館が所蔵するピニャータは白馬の形に作られたもので、1980年代前半、メキシコシティーに駐在しておられた方が、当館のために、彼の地からもち帰って下さったものです。

このピニャータが描かれたメキシコの絵本は『クリスマスのつぼ』(ジャック・ケント文/清水真砂子訳/ポプラ社/1977年刊)。ひびの入った素焼きの
朗読会の様子
壺が主人公です。ひびの入った出来そこないの壺は役に立たないので、壺屋さんの庭の片隅に放り出されていたのですが、ある日、女の子がそれをみつけ、ピニャータに使われることになりました。ひびの入った壺は女の子の希望で牛に仕立てられ、華やかに飾ってもらってわくわくいい気分です。そして、ポサーダの日がやってきて、壺はどうなってしまうのでしょう?!―――結末に壺がつぶやく言葉には、人生哲学があふれています。
朗読会の午後の部で『クリスマスのつぼ』を朗読していただきました。朗読者の倉主さんの傍、しっとりとした大人のご来場者に囲まれて、目をぱちくりさせる白馬のピニャータ。こわれてしまったピニャータの物語に、意味深長な嘆息がもれました。
*ヤドリギのオーナメント…束にしたり、
リース状にしたりして飾られる。
さて、その倉主さんからクリスマス展会場に、と“ヤドリギのオーナメント”をいただきました。透き通った黄色い実がとても綺麗です。ヤドリギは異教時代から神聖視され、その黄色い実は万能薬として重宝されていたといいます。黒ポプラ、リンゴ、アメリカミズキなどに寄生することが多いようですが、カシの木に寄生したヤドリギは特別な霊力をもつものとして珍重されたと聞きます。中欧や北欧の国々には、クリスマスには、扉の上など人が出入りする場所の高い位置にヤドリギを飾り、そのヤドリギのオーナメントの下に立った人にはキスをしてもよい(しなければならない)という、ちょっとワクワクする習慣が伝わっています。ご来館の方々はヤドリギのオーナメントに気づいて下さるでしょうか?!
ヤドリギをめぐる北欧の習慣は、ノルウェーの絵本『スプーンおばさんのクリスマス』(アルプ・プリョイセン作/ビョーン・ベルイ絵/おおつかゆうぞう訳/偕成社/1979年刊)に登場しています。楽しいお話ですので、ご興味のある方はご一読下さい。

こうして、2014年のクリスマス・アドベントも多くのご来館者を迎えて温かい気持ちで過ごさせてもらっています。日本玩具博物館にとって40周年の節目となる一年も皆様に支えられ、無事に暮れていきそうです。いつも私どもの活動を見守って下さりありがとうございます。年が明けると、私たちは、東京目黒雅叙園の「百段ひなまつり~瀬戸内ひな紀行~」の準備で忙しくなります。来年もどうぞよろしくお願い申しあげます。

NO. 171
待降節の玩具博物館             (2014.12.16 学芸員・尾崎織女)
鮮やかだった紅葉も黄葉も落葉してしまい、冬の小鳥たちが庭を飛びまわる季節を迎えました。スタッフが枝のあちらこちらに果物を刺しておいたのをメジロが見つけ、最近は群れでやってくるようになりました。毎日のように、チーチュルチーチュルチーチーチュルチー♪と甘い声で鳴きながら、柿や蜜柑の実を食べる姿が観察できます。かわいいですよ!

クリスマス・アドベント(=待降節)に入り、クリスマス展会場は何かわくわくする気分が高まってきたようです。毎
日曜日の展示解説会風景
年のようにご来館下さるキリスト教系の幼稚園があり、またクリスマス習俗に関心のある学生さんたちの遠方からのご訪問があります。日曜日恒例の展示解説会の時間に合わせてお越しになるご来館者も増えて、様々な年齢層の方々が活き活きとした笑顔で展示品をご覧下さる様子には暖かさと喜びが満ちているように感じられます。

先日は、「まち全体がホイクエンツアー」という、特定非営利活動法人スローソサエティ協会の社会実験の企画に協力させていただき、小さな子ども達の訪問を受けました。この企画の目的は、私たちのまち全体を保育園に見立て、親だけではなく、このまちの施設、このまちの人々全体で子育てに参加していく仕組みの一つをつくろうというものです。5歳から8歳の園児や児童をもつ方々が駅前に止まっているバスまで見送りに来られ、子どもたちは保育士経験者を含むサポーターたちと一緒にまちへと出発します。お出かけ先は、1回目が姫路市立水族館、2回目が日本玩具博物館、3回目がこの事業に協力をなさっておられる神姫バス株式会社の車庫、4回目が姫路文学館、5回目が姫路自然観察の森です。
http://www2.memenet.or.jp/slowsociety/hoikuentour.html

小さな子たちにとっては、保護者の元を離れ、通い慣れた幼稚園や学校ではないところへ、いつもの先生ではない大人に付き添われ、この日、初めて出会う友人たちと一緒に出かけていくのですから、緊張もするでしょうし、一方で冒険心をくすぐられることでしょう。

玩具博物館では、館長に独楽回しを教わった後、プレイコーナーの玩具で大いに遊んでもらいました。クリスマス展会場では世界のサンタクロースの話を聴き、ドイツの燭台“光のピラミッド”に点った蝋燭の火をみんなと一緒に見つめました。そのまなざしのわくわくキラキラしていることといったら! 目の前の風景が小さい身体に沁みていくような雰囲気を感じました。らんぷの家の囲炉裏端でお弁当を食べた後は、庭へ下りて、日本各地に伝わる鳩笛やふくろう笛、カッコウ笛やウグイス笛を吹きならし、鳥たちを呼び寄せます。鳥笛のあまりの賑やかなさえずりに、野鳥は驚いて逃げてしまいましたが、ピーピーピーピー♪と声を立てながら庭へと飛びこんでこられた井上館長にはみんなで大笑い。午後からは、講座室へあがって「鳴くニワトリ」のおもちゃ作りです。糸を濡れた布でこするとコッ、コッ、コッ、コッ、コケコッコー♪と鳴き声を立てるブラジルのカーニバルに登場する玩具をモデルに、紙コップと凧紐で鳴く仕掛けを作りました。すっかり打ち解けて、ニワトリの羽根を描くのに夢中になる子ども達でしたが、帰りのバスの時間が迫っていて……サポーターの方々に促され、飛ぶようにバスへと戻っていかれました。子ども達の心に残る一日になっていると嬉しいなと思います。
「まち全体がホイクエンツアー」の日本玩具博物館滞在風景

「まち全体がホイクエンツアー」のもうひとつの目的は、自由時間がなかなか持てない子育て中の親世代を応援する仕組みづくりということがあると伺いました。この手法はこれまでありそうでなかったもの、とてもユニークな試みだと思います。ホイクエン・ツアーへの協力者が増えていくというのはまちの生活文化を豊かにするという意味でも喜ばしいこと!と思います。

皆さんは「バルバラの枝」という習俗をご存知でしょうか。12月4日の聖バルバラの祝日、ヨーロッパの各地では森に自生するリンゴやサクランボやプラムなどの樹木から枝をとってくると、花瓶にさして部屋に置きます。12月4日は、少女バルバラが殉教した日に当たります。閉じ込められた小さな部屋でバルバラはコップに桜桃の枝を挿していました。その桜桃が、殉教したその日の朝、花を咲かせたという伝説に由来するものです。クリスマスの朝、バルバラの祝日に切った裸木の枝に花が咲いたなら幸福が訪れる徴だといいます。「バルバラの枝」の習俗をためしてみたくて、今年はサクランボとプラムの枝をとり、クリスマス展会場の隅の窓辺に置きました。
プラムの芽が少し大きくなってきたように思いますが、クリスマスに花を咲かせてくれるでしょうか? クリスマス当日に展示室をお訪ね下さった方に、どうか、「バルバラの枝」の命の息吹を見ていただけますように…。



NO. 170
落葉の季節の草花遊び             (2014.11.29 学芸員・尾崎織女)
今年は紅葉の当たり年でしょうか。街も野山も紅葉黄葉が鮮やかで美しいですね! 里山のような玩具博物館の庭もドウダンツツジやサクラやカエデの紅葉が綺麗です。今年は、館の玄関脇にあるハクモクレンがこれまで
ハクモクレンの葉の仮面
にないような大きな葉をつけて、風が吹くと、狸色の落葉をバラまいています。バサッ、バサッと音を立てて…。子どもの顔の大きさほどもあるその落葉を拾って、葉っぱの仮面を作りました。ススキの穂や小さい落葉をヒゲや耳に見立てた動物のお面です。この季節、自然の中のものを集めて、草花遊びが楽しいですね。

例えば、ススキの穂を集めて、「ススキミミズク」を作ってみませんか?! ススキミミズクといえば、東京豊島区雑司ヶ谷鬼子母神の授与玩具として有名ですが、播州育ちに私にとっては、それは故郷の秋の思い出に満ちた手遊びです。ススキの穂をとってミミズクをつくることは、子どもたちの世界で行われていたのではないでしょうか。

作り方は簡単。野原でススキを見つけたら、20本ほど穂を抜いてもち帰りましょう。10本ほどを束ねてその真ん中あたりを結びとめます。結びとめたところから上部の穂を折り返して頭の形を決め、首のところを紐で結びます。羽根になるススキの穂を胴体まわりに巻きとめて、首を基点に折り返し、脚元を縛りとめて出来上がり。ナンテンの葉っぱを耳に木の枝などを目やくちばしに見立てて、頭部に差し入れます。本当に簡単に作れるんです。若いススキの穂で作ったミミズクは、置いておくと穂先が乾燥してふわふわの羽毛に覆われてきます。乾燥したススキの穂で作る方がいいと思います。

春夏秋冬の自然遊びは、子ども達の色や形や手触りに対する感性を育み、自然物を何かに見立てたり、特別な道具がなくても工夫して楽しんだりする力を育ててくれるものだと思います。落葉の美しい季節、子ども達には外に出て、たくさんの美しい色や形を見つけてほしいと思います。

NO. 169
正月のおもちゃ展オープン~遠藤欣一郎先生の絵双六~     (2014.11.15 学芸員・尾崎織女)
6号館の特別展『世界クリスマス紀行』に続き、1号館では『正月のおもちゃ』展がオープンしました。日本の正月風景に美を与え、静かな新春の祝いに
弘化5(1848)年の「浄土双六」
、生き生きとした活気をもたらしてきた独楽まわし、凧あげ、羽根つき、カルタとり、双六遊び…。本展は、それら室内外の新春遊戯に登場する玩具を集めたもので、冬季の日本玩具博物館には欠かせないコレクション展示のひとつです。今回は、久しぶりに、江戸時代後期の絵双六(将棋盤や碁盤にも似た盤上遊戯としての「盤双六」に対して、絵が描かれた紙製の双六をさします。)や明治時代の歌留多(かるた)を展示いたしました。

特に「絵双六」のゾーンでは、江戸時代後期、弘化5(1848)年の「浄土双六」や「佛法双六・證果増進之図」といった絵双六の前身となる貴重な資料、さらに、浮世絵師・一立齋廣重(=歌川廣重/1797~1858年)の「浮世道中膝栗毛滑稽双六」や「参宮上京道中一覧双六」、一雄齋國輝(=二代歌川國輝/1830~1874年)の「倭風俗太子双六」、一猛斎芳虎(=歌川芳虎/生没年不詳・江戸末期~明治中期)の「三十六歌仙双六」など、美しい錦絵の双六をご紹介しています。

「浮世道中膝栗毛滑稽双六」は、江戸から京へと上る道中を描いた廣重の有名な双六です。“膝栗毛”とは、人の膝を栗毛(=馬)の代わりに旅をすること、つまり徒歩による旅行を意味します。享和2(1802)年、十返舎一九の『東海道中膝栗毛』が発刊され、野次さん喜多さんの膝栗毛による珍道中が、人々の旅の空への憧れをかきたてました。けれど、当時、江戸幕府は町人の自由旅行を著しく制限していたので、裕福な境遇にあっても庶民の旅は一生に一度あるかないか…。そんな時代、道中双六に託する人々の夢の大きさは、現在
「参宮上京道中一覧双六」など絵双六展示風景
の私たちには計り知れないものがあるでしょう。
「倭風俗太子双六」の太子とはシッダールタ(仏陀)のこと。浄飯王、摩耶婦人、耶輸陀羅姫、提婆達多、鹿野女など、登場するのはすべて仏陀の生涯に表れる人々で、それを当時の人気役者に当てています。振りだしや上がりには、雪をいただくヒマラヤ連峰が見え、インドらしい建物も想像で描かれています。「一・ししがたけ 二・きちじょう 三・夜刀軍士、四・目蓮、五・はんとく、六・花仙」と賽の目数によって進める場所が指定される“飛びまわり”双六です。仏教世話の主人公である太子は、ここでは繊細なやさ男で、花々が咲き乱れる異国に対する憧れは、人気役者への憧れとあいまって、江戸の人々を夢幻の世界へと誘ったことでしょう。

さて、このような江戸時代の絵双六は、1999年に寄贈を受けた故・遠藤欣一郎氏のコレクションの中のものです。遠藤先生は大正元(1911)年生まれ。旧
九州帝国大学卒業後、父上の経営されるアポロ社(教育玩具を企画製造するメーカー)で美術印刷の仕事に就いておられましたが、戦時中は日本印刷文化協会へ出向して印刷業界の戦時下統制、資材設備などの業務を担当されました。終戦後、会社再建を始められた時、「おもちゃはどこまでもおもちゃで、飽きれ
「三十六歌仙双六」など絵双六展示風景
ば捨てられるものと決まっていたことが無償に悔しかったから、せめて自分の作りだすものは、子ども達の良い友達であり、良い遊び相手であることを念願した」と著書にも述べておられますが、特に紙製の教育玩具の製作、普及に力を注いでこられました。そのような企業人でありながら一方で、世界的な視野に立った玩具の基礎研究を続け、『玩具の系譜』、『続・玩具の系譜』(日本玩具資料館発行・1988年/1990年)などの名著を遺されました。その著作のための資料として手元に収集された絵双六や歌留多の数々をご遺族が当館へと寄せて下さったのです。

日本玩具博物館と遠藤欣一郎先生との出会いは、1992年、館報『おもちゃと遊び』11号をお届けしたことがきっかけでした。以来、ご逝去される1998年までの短い歳月の中で、遠藤先生は、当館の調査収集、研究活動に広い視点を与えて下さり、また他の博物館と協力してひとつの展覧会をつくりあげる仕事を影でプロデュースされるなど、私たち後進を思いやりながら、大きな心でご指導下さいました。「尾崎さん、よい仕事はよいネットワークから生まれますよ。あなたはね、玩具研究の世界に良きネットワークをもたらす人になって下さい。」――手をしっかり握ってそんなお教えをいただいた日が昨日のことのように思い出されます。

今回の企画展でご紹介する絵双六や歌留多には、2001年、遠藤欣一郎氏の研究業績を顕彰する意味を秘めて『双六と歌留多』と題する企画を開催して以来、収蔵庫で眠らせていた資料が含まれています。展示する機会を長くもてなかったこと、遠藤先生に申し訳なく思いながら、この機会を得て、多くの方々に双六や歌留多が伝える生活文化の奥行の深さをご紹介していけたら、また美術や演劇、遊戯史などの研究分野の方々に広くお教えをいただけたら……と思っています。
来年の干支の動物、未(=羊)の郷土玩具も勢ぞろいして、皆様をお待ちしております。ぜひ、ご来場下さいませ。


明治時代の歌留多の展示風景 羊の郷土玩具、昭和6年未歳の年賀状の展示風景


NO. 168
人形にみる子育ての習俗~イエスさまのおくるみ~     (2014.10.27 学芸員・尾崎織女)
日本を代表する郷土人形といえば、「こけし」をあげる方は多いでしょう。こけしは、ご存知のように東北地方各地の木地師がロクロをまわして作る木製人形で、ずいぶん昔から温泉場土産として子どもたちに愛されてきたものです。手も足も省略されたシンプルな形ですが、“とてもかわいい!”と近年、若い世代の人気を得、また、海外でも、その斬新なデザイン感覚が注目を受けて“アート”としての評価が高い人形です。
明治時代末期の写真を見ると、着物をきた少女がこけしを布団で包んで背に負い、赤ん坊のようにあやしています。目も口も描かれない白木の小さなこけし(岩手県花巻のキナキナ)は、赤ん坊のおしゃぶりとして使われていたと言われています。今では飾り棚に収まったこけしたちですが、百年ほど前は、まぎれもなく、女の子の遊び相手でした。
キナキナ(岩手県花巻)・
こけし(宮城県遠刈田)
ドッケ(ドイツ・ベルヒ
  テスガーデン)
木製ベビー(イタリア・グレドナー)

さて、こけしとよく似た木製人形は、チェコ、オーストリア、イタリア、フランス、イギリスなど、ヨーロッパ各地で作られています。中でも、ドイツ南部のベルヒテスガーデンで作られる「ドッケ」と呼ばれる郷土人形は非常に有名です。こけしのように、丸い頭部と胴部だけのシンプルな造形に、特徴的な彩色がなされていますが、私がこのドッケを初めて手にしたとき、疑問に思ったことがあります。それは、西洋において人形といえば、大昔から「手足が動くこと」が基
子守人形(チェコ・プラハ)
本であるところ、ドッケに限って手足が見られないのはなぜだろうか、ということでした。その答えは、キリスト教絵画の中の幼子イエス=キリストにありました。例えば、17世紀、フランスの画家、ジュルジュ・ドゥ・ラトゥールの『聖アンナと幼児キリスト』や『羊飼いの礼拝』などを観ると、赤ん坊のキリストは、巻き紐の産着に包まれています。産業革命以前のヨーロッパにおいては、生まれたばかりのみどり児は、生後半年から一年近くの間、柔らかい布で包まれ、その上から亜麻の紐によって、手足も一緒に全身をぐるぐると巻かれていました。赤ん坊の身体を保護し、四肢を整形するためとも、その魂が不安定な小さな身体から抜けだし、あの世へと旅立っていくことを畏れたためとも考えられています。
紐の巻き方には、螺旋をつくってしっかり巻く方法と、交差させながらゆったりと巻く方法がありました。ベルヒテスガーデンのドッケは、花模様が散りばめられた青いおくるみの上に交差状に巻かれた赤い紐が描かれています。17世紀、赤い紐が好まれたのは、「赤」という色に、ペストや麻疹(はしか)などの伝染病を除ける霊力があると考えられたためですが、日本においても、かつては赤い玩具や人形が病児に贈られていたことが想起されます。

チェコの首都プラハ城博物館で復元された十八世紀の子守人形は、母親あるいは乳母の背中の糸を引っ張ると、両手を上げ下ろして赤ん坊をあやす仕草をする仕掛け玩具ですが、赤ん坊の様子を見ると、おくるみの上に赤い紐が巻かれているのがわかります。ヨーロッパ近世の習俗をよく映していますね!
ヨーロッパの人形愛好者にこけしをプレゼントすると、「うわぁ、かわいい。日本のベビーですね?」と問いかけられま
きびがら細工のキリスト降誕人形“クリブ”
ケニア)
す。こけしは赤ん坊?! ―――いいえ、こけしは、見る人によって、赤ん坊にも少女にも、そして大人の女性にもなり得ます。なぜなら、こけしは、身体を布で巻かれた赤ん坊を表現したものではなく、人々の姿をどこまでも単純化 した造形だからです。こけしの中の省略する造形感覚が、欧米の方々をして、これはアートだ!と言わしめているのかもしれませんね。
                      
さて、先週末、日本玩具博物館恒例の世界のクリスマス展がオープンしました。
今回はヨーロッパやアメリカだけでなく、アジアやアフリカのクリスマス造形についてもコーナーをもうけています。ご来館の方々には、例えば、「キリスト降誕人形」を地域ごとに見比べながら展示室をまわっていただくとおもしろいと思います。これは、ベツレヘムに誕生したイエス=キリストと見守るマリアとヨゼフ、お祝いにかけつけた羊飼いや動物、東方の三博士などの人形によって、降誕の場面を箱庭風につくるものですが、世界中のカトリックの家庭を中心に広く行われているクリスマス飾りです。アフリカのキリスト降誕人形の中、幼子イエスに注目して観ると、南アフリカのジンバブエで作られるビーズ細工の幼子イエスや、ケニアで作られるきびがら細工の幼子イエスは、おくるみで巻かれた姿で描かれ、ヨーロッパ中世・近世の習俗を想わせます。エチオピアから届いたイコン(聖像)に描かれた幼子イエスもまた布に包まれています。これは、あるいは、聖書の中、御使いたちが羊飼いに告げた言葉――あなたがたは、布にくるまって飼葉桶に寝ておられるみどり児を見つけます。これがあなたがたのためのしるしです――を表現しようとしたから、と解釈すべきでしょうか。


ビーズ細工のキリスト降誕人形“クリブ
”(南アフリカ・ズールー族による)
 エチオピア正教のイコン
(エチオピア・アムハラ人による)
小さな小さな造形でありながら、それらが生みだされた地域、宗教の世界、あるいは過ぎ去った時代の子育ての習俗をしっかりと表現しているところなど、すばらしいではありませんか! すなはち、造形物を手に「なぜ、この形をしているの? なぜ、この色に塗られているの?」と疑問をぶつけてみると、少しずつ気付かなかった世界が広がっていくということでしょう………。
第30回目のクリスマス展は、開館40周年の思いを込めて、一層、丁寧に展示いたしました。これまでで最もにぎやか、かつ厳かな雰囲気に仕上がっています。ご来館をお待ち致しております。

NO. 167
姉さま人形の伝承会~姫路の“ぼんちこ”~     (2014.9.20 学芸員・尾崎織女)

ただ今、日本玩具博物館1号館で開催中の『人形遊びの世界』では、大正末期から昭和時代に作られた「姉さま」人形を数多く展示しています。江戸の“姉さま”、京都の“おやまさん”、神戸や高砂の“おかたさん”、伊丹の“まめちこさん”、鳥取の“ばんばさま”、金沢の“たちこさん”……など、呼び名も様々な各地の姉さま人形は、高度経済成長時代を経
姫路の姉さま人形“ぼんちこ”
てすっかり暮らしの中から消えてしまいましたが、日本女性の手先の器用さや感性の繊細さ、美意識などを今に伝えています。
姫路の“ぼんちこ”は、生成色の和紙をそのままを使った髪型と、目鼻は描かれませんが、綿を含んで健康そうな顔が特徴的。和紙を縮らせて髪を作り、千代紙などで衣装を着せた高さ20cmほどの愛らしい手遊び人形です。髪型には、島田や丸髷、桃われなど、いろいろな種類があり、家庭の年長者に教えてもらいながら、それらを作りあげると、菓子箱をお座敷に見立てたりして、人形ごっこを楽しみました。その様子は今、“リカちゃんハウス”で遊ぶ少女たちのそれと変わらなかったに違いありません。
日本各地の姉さま人形の中には、松江の姉さまや鶴岡の姉さまのように郷土玩具として知られているものもありますが、姫路の姉さま“ぼんちこ”は、あくまでも家庭で作り伝えられ、商品となることはありませんでした。 ぼんちこを作って遊んだ思い出をもっておられ方も、もう姫路にはほとんどいらっしゃらないかもしれません。


私は、幸いなことに、18年ほど前に大正5年生まれのご婦人、当館館長の母君である井上ため子さんから作り方を教わりました。四季折々の行事のこと、
2000年“ため子おばあちゃん”の伝承会
暮らしの細々とした楽しみ方についてもたくさんのことを教えて下さった“ため子おばあちゃん”。おばあちゃんが彼岸へと旅立たれた後も、愛らしい手遊び人形の伝
本日の伝承会風景
承者を増やしたく思って、機会あるごとにワークショップを開いてきたのですが、今回でぼんちこの伝承会は8回目です。お茶目なところのあった“ため子おばあちゃん”の思い出をまじえながら、今日は“島田”に結ったぼんちこの作り方を習っていただきました。わが町に伝えられたものを知ることは意義深いことですが、遠く千葉や山口からお越しになられたご参加者には、ご自身が住まわれている地域に伝わる姉さまを見直していく機会にしたいとおっしゃられます。日本髪が身近からすっかり消えてしまった今、髪型を整えていくことは存外、難しい作業なのですが、和気藹藹、ほのぼのとした時間を過ごしたのち、それぞれに個性的なぼんちこが出来上がりました。

次回11月1日(土)には、1時から“桃われ”に結ったぼんちこを講習いたします。どうぞふるってご参加くださいませ。明治・大正・昭和と時代を彩った人形たちとともにお待ちいたしております。


参加者の皆さんが作られたぼんちこ集合!!


NO.166
麦わら細工の伝承会~播磨地方のホタルかご~    (2014.8.23 学芸員・尾崎織女)   
職場では今週一週間の予定で、博物館学芸員実習生を受け入れています。受け入れ側のキャパシティの問題で、1年に3回、2~3人ずつぐらいがや
博物館学芸員実習生、新収蔵資料の登録作業中です!
っとです。入ってもらった以上、4つの課題はこなしてもらい、彼、彼女なりの「博物館観」をみつけてもらいたいと思っています。今回は、女学生ひとりをお預かりしています。空調設備が整っていないあつ~い館内で、汗をたらたら流しながら、博物館資料に対しても来館者に対しても、一生懸命な彼女です。思い出を残してあげようと写真を撮ったら、背筋も手もピンと先まで伸びていて、後ろ姿に彼女の誠実と真剣が表れていました。昨日は、常設展の「草花遊びのコーナー」をリニューアル。パネルやキャプションなども作り直し、同じ展示資料でも、配置の仕方、グルーピングの仕方によって、違った見せ方ができることを学んでいただきました。

さて、7月23日(土)は、午後から、実習の学生さんと一緒に、麦わら細工の虫かご(ホタルかご)づくりの伝承会を開きました。

私たちが暮らす瀬戸内地方の村々では、昔、麦秋になると、子どもたちは、農家の人たちから麦わらをもらって、ホタルを入れるかごを編みました。まるで貝がらのような形のかご。麦わらは、皮をむくと、きらきら光ったきれいな茎が現われます。かわいたままではポキポキとおれるので、ひと晩ぐらい水につけてやわらかくします。10cmほどに切った2本の麦わらを十字に組み合わせ、十字の先にある4カ所それぞれに麦わらを差し入れて、編み上げていきます。難しそうに思えますが、編み方をおぼえてしまえば、案外簡単。麦わらのホタルかごを作った子どもたちは、ホタルの飛びかう夜を待ちます。そして、十字に開いた底の部分から草をつめ、ホタルがりに出かけました。暗い夜、ホタルをたくさん入れた麦わらのかごは、まるでランプのように明るく光って綺麗でした。

麦わら細工のためには、1本1本、麦わらの皮を剥いて下処理をしなくてはなりません。多くの方々に体験してほしいので、約1カ月、夜なべを続けて、3千本の麦わらを準備しました。今年は雨が多かったせいか、麦わらが黒く傷んでいてあまりいい状態ではなく、実習の学生さんに伝授すべく、一緒に編んでみたのですが、いつもより少し粘り気の少ない麦わらです。小学1年生から70代のご婦人まで多くの方々の参加申し込みを伺っていますが、皆さん、この麦わらにうまく親しんで下さるでしょうか。最後まで根気強く編み進めて下さるでしょうか。講座前日になってとても心配になりました。
ぬるま湯につかっている麦束 今年の麦わらはどうかな?
 前日に編んでみました。

果たして――、一昼夜、ぬるま湯に浸け置いた麦わらでしたが、やはり、少し硬くて折れやすい…。作業には根気を要しましたが、小さい子たちはお母さんと一緒に、小学中学年以上の子たちは、いつしかコツを覚えて、どんどんと編み上げていかれるではありませんか! 「ちょっと難しかったけれど、こんなに綺麗な形になるなんて、すごくうれしい!」「麦わらがこんなにおもしろいものとは!!」「麦わら細工にはまってしまいそうです!!」――そんな声もたくさん聞かれ、楽しい伝承講座となりました。家でもうひとつ作りたい!!」と机の上の余った麦わらを束にして持って帰られる方々も多く、素朴な手作業ですが、自然のものに向き合って手を動かす喜びを体験していただけたんだなぁと、とても嬉しく思いました。
講座の風景を画像でご紹介いたします。ご参加下さった方々、どうもありがとうございました。

  

製作風景……小さい子たちも一生懸命です!! みんな根気よく頑張りました!

虫かごだけではなく、「麦わら細工オブジェ」に「ランプシェード」、いろんな作品出来ました!

NO.165
旧暦の七夕~播磨地方の七夕飾り~                (2014.8.3 学芸員・尾崎織女)
皆さまには暑さの夏をお元気でお過ごしでしょうか。猛暑お見舞い申しあげます。
市川水系に点在した紙衣と初生りの野菜をつるす七夕飾り

今年は8月2日が旧暦七月七日にあたり、2日の朝、らんぷの家に播磨地方の七夕飾りを立てました。2本の笹飾りの間に1本の女竹を渡し、そこに、色づき始めたホオズキ、やっと穂が出始めたイネ、初生りのカキ、クリ、イチジク、そしてナスやキュウリやトマトなど、畑の野菜をそれぞれ一対にして
ブドウ、イネ、カキ、オクラ、ナス、イチジク、トマト
…吊るす野菜や穀類に特に決まりはありません。
 『守貞漫稿』(喜田川守貞著/
江戸時代後期)の中に描かれて
いる盆棚・・・
 初生りの野菜が一対ずつ吊る
されています。
吊るすものです。これは、播磨地方だけではなく、但馬や丹波地方の農村部にも見られ、昭和30年代頃までは広く知られていた七夕飾りです。
 “七夕さんはハツモン喰いやから”と明治生まれのおじいさんたちは言いました。秋の豊作祈願でもあり、また、かつての「盆棚」の名残りとも考えられます。江戸時代後期の随筆『守貞漫稿』などを紐解くと、お盆の一週間前くらいに準備をする精霊棚には、初生りの野菜をそれぞれ一対にこしらえて、つるし供えている様子が見えるのです。そうした野菜をつるす七夕飾りに加えて、塩田で栄えた播磨灘沿岸地帯や銀山で栄えた生野町に伝わる「七夕さんの着物」の飾りもプラスしました。野菜と着物が合体
した七夕飾りは、市川水系の村々に点在して見られたものですから、私たちの館が立地する 香寺町で飾るのにふさわしいカタチといえます。

今日の日曜日はご来館者も多くいらっしゃったので「七夕のお話と播磨の七夕飾り」と題して、午前午後合わせて6回の伝承講座を開きました。ご参加者には、らんぷの家の庭で日本における七夕の歴史のこと、播磨の七夕飾りの特徴についても簡単にお話をお聴きいただき、その後、6号館前のテラスで播磨灘東岸に伝わる「七夕さんの着物」と西岸に伝わる「七夕舟」を作っていただきました。中には、播磨ご出身のおばあさまが懐かしげに話しておられた七夕飾りの様子を実体として知りたく思ったからと、遠く奈良からご参加下さった女性もありました。織物や縫物の上達を願う七夕にふさわしい「七夕さんの着物」、お盆行事とのつながりを感じさせる「七夕舟」、秋の豊作の天に祈願する意味をもつ「初生の野菜や穀物」――ご参加者は、これらを実際に作ったり飾ったりすることを通して、旧暦に祝う節句の季節感をよく感じていただけたかと思います。「8月7日の、ひと月遅れの七夕には、地元らしい七夕飾りを立ててみたいと思います! きっとおじいちゃんおばあちゃんが喜んでくれると思うんです!!」と嬉しい言葉を残していかれるご参加者もありました。本日の講座の様子を少しお写真でご紹介いたします。


6号館前のテラスにて。外は台風のしとしと雨。七夕舟を笹飾りにつるします。

NO.164
「世界の国の人形展」会場から                (2014.7.11 学芸員・尾崎織女)

今朝、ブルキナファソの地方都市に暮らすベノアさんご夫妻から、ブルキナファソのかわいい子どもたちの写真が届きました。 ご夫妻は、2012年秋「世界の太鼓と打楽器」展を開催した折に、らんぷの家でジャンベやバラフォンなど、西アフリカに伝わる民族楽器の演奏を披露して下さったのを始まりとして、今も親しくお付き合いが続いています。今、開催中の「世界の国の人形」展にブルキナファソの子どもたちの姿を掲示したいのでお写真をお送り下さるようメールでお願いしていたのです。ご夫妻に撮影していただいたブルキナの子どもたちの笑顔のかわいいことといったら! 彼らの瞳はどうしてこんなにもキラキラ輝いているのでしょう! さっそく、小さなパネルに仕立てて、西アフリカの人形たちの傍に掲示させてもらいました。小さな赤ちゃんをおんぶして両親の手伝いをしたり、遊んだりする子どもたちの姿がそのまま人形の中に表現されていることがわかり、人形への思い入れも増すように思われます。

ぬいぐるみ人形(ブルキナファソ)と
いただいた写真をパネルにしたもの
 「アフリカの人形」のコーナー/いただいた写真とともに

素敵なお写真をお贈り下さったベノアさんご夫妻、私たちの館でかわいい姿を見せてくれた子どもたちに、展示室から感謝の気持ちを送ります。

さて、「世界の国の人形」展の中から、ひとつご紹介したい人形があります。それは、ブラジル・トカンティンス州に居住するカラジャ族
カラジャ族のままごとの土人形
 (ブラジル・トカンティンス州)
 
 クリチーバ日曜市の風景
…操り人形を披露する父娘1995
の女児たちの人形“リココ(Licocó)”です。下腹部がふっくら盛り上がって妊娠している女性を表しています。悪霊が入り込むことを怖れるためか、この土偶には目鼻が描かれていません。身長12~3cmほど
「日本の伝統玩具展」のポスター1995
出雲張り子の首ふり虎がデザインされている
 
サンパウロ日曜市の風景
…ヨーヨーで遊ぶ子どもたち1995
 
の小さなものですが、“大地母神”と呼んでもいいプリミティブな造形です。カラジャ族の女の子は、女性しか作ることを許されていないというこの人形を“ままごと”の友として、古布を着せ掛けて遊ぶのです。初めて見たときには本当に驚きました。信仰の領域にあるものが、人間の歴史のある過程で、子どもの世界へと手渡されていく、その瞬間に立ち合ったように感じたからです。私たちの人形や玩具、その遠い先祖の姿は、信仰のための人形だった――そのことを確信させるものだったからです。


ブラジルには、カラジャをはじめ、ボロロ、タピラぺ、メイナク、グァラニ、クイクロ、ワイワイなど、80を越える先住民が居住しています。それらの
造形に接する機会を得たのは、1995年、日伯修交百周年記念事業の一環として、ブラジルの企業メセナともいえる団体「SESC」からの依頼を受け、大掛かりな日本の伝統玩具展を彼の地で開催したときのことでした。半年間をかけて、サンパウロ~クリチーバ(パラナ州)~リオデジャネイロの三都市を巡回させるという、日本玩具博物館にとって一生一代の大仕事。展示作業や撤収作業、またワークショップ開催のため、井上館長とかわるがわる各町に滞在したのですが、展覧会設営のスケジュールを縫って日曜市や民芸店、玩具店に出かけ、ブラジル各地の民芸を収集したりもしました。合計4回の渡伯を通して、400点に及ぶブラジルの伝承玩具を持ち帰りました。今、サッカー・ワールドカップの開催地としてテレビに映し出されるブラジルの町々の姿がとても懐かしいです。振り返れば、“人生の糧”といえるものをたくさんいただいたブラジルの展覧会でした。

そのような経緯で、日本玩具博物館が“知られざる民芸王国・ブラジル”からその時に収集してきた人形たちも「世界の国の人形」展の中で少しご紹介していますので、お目を留めてご覧下さいませ。


カラジャ族の木偶(トカンティンス州) 上…カルアル地方のミニチュア風俗人形
     (ペルナンブコ州)
  下…カンドンブレ教
  <キリスト教とアフリカ系移民の信仰が
  融合したもの>の儀式(バイヤ州)



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