NO. 239
クリスマスプレゼントは経木モール!?&よいお歳を^^
                                       (2018.12.25 学芸員・原田悠里)
○みなさまメリークリスマス~♪
34回目を迎える玩具博物館の冬の特別展「世界のクリスマス」ですが、わたしとしては初めての玩具博物館でのクリスマスシーズン。ワークショップ、絵本朗読会、展示解説会と、突然のサンタクロースの訪問(!?)と、「世界のクリスマス」をめぐる当館恒例の12月の日々を来館者のみなさまと過ごすうちに、あっという間にクリスマス当日の朝を迎えました。

サンタクロースが玩具博物館にやってきた~!

◎さて8月の学芸室だよりでお届けした「経木モール」を覚えていらっしゃいますでしょうか。日本製クリスマス飾りのはじまりとされるもので、明治30年代後半から製造され、主にアメリカを中心に海外に輸出されていたものです。当館はこの「経木モール」の実物を収集できておりません。同じく経木モールについて、調べられている神戸芸術工科大学の相澤孝司先生、実際に作られていた柏原町や神戸産業さんにもお伺いし、貴重なお写真を拝見することができました。しかし、実物にお目にかかることはできず、改めて日本でのクリスマスの広がりを探るべく、尾崎学芸員とともに調査を進めるなかで、この経木モールの実物を確認したい思いでおりました。
ところが!今週さる筋から、経木モールではないかというものを館長と館のスタッフが見つけ、なんと昨日12月24日に当館の資料として収蔵することができました@o@!!
さらに赤、緑、黄?(白木にしては黄色いような気もするので、染色されているのではと)の3色セット!

経木モール!& 経木モールと昭和20年代製のオーナメントのクリスマスツリー

長さが4mほどあり、幅は1㎝です。パッと見た感じでは、たわしのようで、素材もあまりにも細くて経木製とはわかりません。よく見ると、1㎝の長さで1mmにも満たないほどの幅の経木が連なっていて、中心に糸があることがわかります。経木は5mmや1cm幅でじゃばらのようになっている箇所もありました。神戸会長から、「細い経木を並べて、縦の中心を固定して、ねじると経木が裂けてさらに細かくなってモールになる」とお聞きしたので、そのような製造方法で作られたものかもしれません。
 
中心に白い糸があり、ねじっている様子が
わかります。 

産地や年代を特定することが難しいのですが、今回、メイドインオキュパイドジャパン(占領下の日本製で、昭和22年~昭和24年の輸出品にはオキュパイドの表記が義務化されていました)というスタンプが押されたツリー飾りとともにこの経木モールが見つかったため、おそらく戦後に作られたもので、昭和20年代製のものではないかと考えられます。夏に聞き取りをさせていただいた神戸産業の神戸会長の、プラスチックが導入されると経木製のものは瞬く間に作られなくなったというお話からも、戦後まもなく作られたものではないかと考えられます。
Made in occupied Japan (占領下の日本製)
のスタンプがある張子のベル

1924(大正13)年にアメリカの雑貨店から出されたクリスマス飾りのカタログに掲載されている「Popular Japanese roping Green or Red」という商品にも酷似しています。ガーランドではなく、ロープと表現され、まさにロープの束のように描かれていた商品を見て、これがモールかな?と思っていたのですが、比べてみるとそっくりです。
1924年のアメリカの雑貨店のクリスマスカタログ

イブに収蔵できたこともあり、クリスマスプレゼントのようで、早速に資料登録の後、「世界のクリスマス」の日本のコーナーでご紹介しています。昭和50年代以降のツリー飾りで彩られたツリーの中に、経木モールと占領下の日本製のツリー飾りが入ると、日本のコーナーもぐっとクラシックに見えます。


年が明けましたら、実際に経木モールの生産に携わっていらっしゃった神戸産業さん、そしてお祖父さまの経木加工工場で子どものころに経木モールを見られた柏原町のT氏にも今回収集した経木モールを見ていただこうと思っております。
「世界のクリスマス」日本のコーナー

◎さて2018年も残すところわずかとなりました。本年も日本玩具博物館を見守り、活動を支えてくださってありがとうございました。2019年は平成が終わり、玩具博物館は開館45周年を迎えます。玩具の世界も大きく変化した平成時代ですが、おもちゃや遊びは子どもにとって楽しくて、心の成長にかかせないものというのは、いつの時代も変わらないのではないかと思います。新たな元号を生きるみなさまに、玩具博物館がより一層喜んでいただけるよう考えてまいりたいと思います。来年もどうぞよろしくお願いいたします。

NO. 238
目が出る芽が出る!めでたい神戸人形・亥
                                       (2018.12.1  学芸員・原田悠里)
カレンダーも残すところあと1枚!?ひぇ~!師走に入ると、年末年始の準備にとりかかる方も多いのではないでしょうか。
本日、ウズモリ屋の吉田さんご夫妻が神戸人形の新作を持ってご来館くださいました。なんと、来年の十二支にちなんだ「亥」の神戸人形です!十二支をモチーフにした神戸人形は、今年の「戌」から作られ始められたちょっと変わり種の神戸人形です。おめでたい赤色(カシューナッツのカシューが原料の塗料だそうです。)の土台に、かわいらしいウリ坊が乗っています。おいしそうな竹の子をめがけて、猪突猛進のウリ坊ですが、つまみをまわすと、なんと狙っていた竹の子が消えてびっくり!つんのめって目も飛び出しています(笑)ウリ坊が動く際に、カタッ、カタッと鳴る、木の音もとってもかわいらしい!
よし!おいしそうな竹の子にかぶりつくぞ! え~!!消えてしもた!!!
この神戸人形は、朴の木で作られていて、ウリ坊のしっぽには、イワシクジラのヒゲが使われているそうです。詳しい製作過程は、ウズモリ屋さん公式の「ウズモリ屋の神戸人形ブログ」に書かかれています。木からウリ坊を削り出す様子や、それぞれの部品がどのように組み合わされて作られているのか、からくりの仕組みも写真つきでご紹介されていますので、神戸人形だけでなく、からくり玩具や人形制作に興味のある方もぜひご覧になってみてください。
今回、吉田さんのご厚意で館の資料として1体をご寄贈いただきましたので、さっそくに資料登録をさせていただき、1号館で開催中の「猪のおもちゃ」に仲間入り♪神戸人形のユニークさと新春のめでたさが合わさった亥の神戸人形に会いにいらしてくださいませ。
            
 つんのめるウリ坊を手に、ウズモリ屋吉田さんご夫
そしてなんと吉田さんが、工房太郎&ウズモリ屋特製のアドベント・カレンダーを館にプレゼントしてくださいました!クリスマス
1日は運転手のこぼっとくんでした!
の夜の神戸を走り抜けるウズモリ屋印の二階建てバスが主役のようです。ツリーには、リンゴとドイツの経木細工の光のオーナメントが!神戸人形だけでなく、吉田さんが日ごろ手掛けていらっしゃる人形たちも登場するということで、玩具博物館スタッフで毎日楽しみにめくってゆきたいと思います♪                                           
                           
そうです!お正月も待ち遠しいですが、その前にクリスマス★。12月に入ると、ヨーロッパでは、アドベント・カレンダー(待降節の暦)を楽しみに過ごす子どもたちもいます。アドベント・カレンダーは、19世紀ドイツの家庭で誕生し、デンマークやスウェーデンなどでも盛んです。クリスマスの町の風景などの美しい絵の中に、1~24までの数字が書かれた窓があり、窓をあけるとクリスマスにちなんだ絵が出てきます。12月1日から毎日ひとつずつ日付と同じ窓を開け、すべての窓が開いた日がクリスマス・イブ。
玩具博物館のアドベント・カレンダーがあったらいいなぁ~と思い、考えた結果、おもちゃたちに協力を依頼しました!24日まで毎日ひとつのおもちゃが、日付の数字をかかげてくれます。記念すべき1日は、ドイツ・エルツ地方で作られた「煙出し人形・おもちゃ売り」です。さてどこにいるでしょうか^^
ご来館いただいた際には、ぜひ輝く星印を探して、玩具博物館のアドベント・カレンダーをお楽しみください。  

黄色い星が目印です。アドベント・カレンダーに選ばれたおもちゃ売りを右上からチラリと見ているのはプラムの人形ツッヴェッチゲンメンラインの音楽家(笑)

NO. 237
秋季祭礼の唐人踊りと唐人さんの人形
                                       (2018.11.7 学芸員・尾崎織女)
去る夏は、展覧会協力で三重県総合博物館とのつながりを深くしたのですが、そのご縁もあって、10月6日と7日の2日間にわたって三重県津市で開催された津まつりを訪ねました。その中で、江戸前期以来、380年の歴史を刻む津八幡宮の祭礼の奉納される風流行列のひとつ「唐人踊り」(三重県指定無形民俗文化財)を間近で見学することが叶いました。これは、朝鮮王朝より江戸幕府へ派遣された通信使節をまねたものとされ、裾が四方にめくれた長衣(赤・黄・白)に肩飾り(ケープ)をつけ、笠子帽に喜怒哀楽を表す面をつけた一団が、チャルメラや笛、鉦、太鼓の囃子で歓喜の踊りを披露しながら町中を練り歩きます。李氏朝鮮風の仮装と独特の音楽がかもし出す雰囲気は非常に魅力的です。
江戸初期の津八幡宮の祭礼は、他の都市型祭礼と同じように、神の遊行を意味する神輿行列と豪華な衣装や造り物で群衆が囃し踊る風流行列とで構成されていました。氏子である各町が趣向をこらした風流行列を仕立て始めたのが寛永年間。――商人町である分部町は、上方などで見聞した唐人行列をまねて、阿蘭陀(おらんだ)や清国の人々など、様々な異国風俗を取り入れた風流を行っていたようですが、時代が下ると、朝鮮通信使の行列に特化して、賑やかでユーモラス、独特のムードをもった「唐人踊り」へと発展させたのだと、保存会の方からお話を伺いました。
津八幡宮の祭礼に町を練る「唐人踊り」一団
友好交流のための使節は、室町時代からすでに両国を往来していましたが、豊臣秀吉が起こした戦役によって断裂します。国交回復と隣国との平和を期する江戸幕府は、対馬の宗氏を仲介役として、信(よしみ)を通わせる使節派遣を朝鮮国に要請し、以降、通信使の来訪は260年間に12回にも及びました。
朝鮮国のエリートを正使として、当代の文化人を擁する500人もの一団は、海路、対馬から瀬戸内海沿岸の港町を経由しなが
唐人飴売り(『一蝶画譜』より 英一蝶 画)
ら、大坂(阪)まで進み、京都からは陸路、東海道を東進して江戸へと向かうルートをたどったようです。幕府はもちろん、沿道の諸藩は大歓待に心を砕き、宿泊先の寺院や宿屋へは学者や医師、文人らが押しかけて最新の学問を求め、詩や書画を取り交わして隣国の芸術家と親交を深めたのだといいます。
美麗な衣装をまとい、チャルメラやラッパなど、日本人には珍しい民族楽器を奏しながら街道を進む一行に、庶民は胸を高ならせたことでしょう。
その様子は絵巻物や屏風、浮世絵や絵馬にも描かれ、行列に触れる機会のなかった人々の好奇心を大いに刺激したことでしょう。
やがて町々には唐人に仮装して飴を売る行商人まで現れて、子供たちの人気をさらいます。

江戸後期から明治時代、盛んに作られた女性たちのちりめん細工のなかにも唐人はよく題材として取り上げられ、また各地の郷土玩具にも唐子人形や唐人笛が見られます。それらは当時の絵図を元にした意匠でもあり、また唐人飴売りに想を得たものもあるようです。人形の多くは笠子帽をかぶり、ドジョウヒゲを生やして、大きなラッパやチャルメラ(太平簫)、太鼓などを手にしています。
ちりめん細工の唐人袋(江戸時代末期から明治時代) 郷土の唐人人形
(奈良県桜井市・福島県郡山市・青森県弘前市・広島県福山市)
10月28日には、岡山県瀬戸内市牛窓町に伝わる「唐子踊り」(岡山県指定無形民俗文化財)の見学に出かけました。唐子踊りは、紺浦地区の疫神社にて、毎年10月第4日曜日の秋季祭礼の神事として奉納される稚児舞で、肩車にのって参詣した男児2名が小太鼓と横笛と歌に伴われて対舞するものです。唐子の踊りは本当に愛らしくて、町の人たちも他所から見学にきた人たちもみんな笑みをたたえて見入ります。

疫神社の秋季祭礼の奉納される「唐子踊り」
朝鮮通信使は、江戸往復の途中、牛窓に15回寄港し、9回の宿泊をしています。「唐子踊り」の起源については、朝鮮通信使の事跡と結びつける説、神功皇后の伝説とからめる説、地元創作説など様々な考えが出されていましたが、近年の研究では、最初、異国風の踊りが奉納されていたのが、江戸時代、朝鮮通信使を通して、朝鮮を身近に感じていた牛窓の人々が各地で流行していた唐人踊りと結びつけて、現在のような唐子踊りを創出したという説がとられています。
唐子踊りは疫神社だけでなく、天神社や薬師堂、塩釜神社などの前で奉納され、男児たちは紺浦地区の船型だんじり“飛龍丸”に乗って町を練ります。―――風雅な囃し方の音楽が帰宅する道々、ずっと頭のなかで木霊していました。

こうして民俗芸能や郷土の玩具の世界にも、近世における善隣友好使節の事跡が大切に遺され、受け継がれていることがなんとも嬉しく思われました。
郷土玩具の唐人笛(宮城県大崎市鳴子温泉・長野県野沢温泉)

NO. 236
煌めきの「世界のクリスマス」展おすすめ鑑賞コース
                                       (2018.10.30 学芸員・原田悠里)
日本玩具博物館恒例の冬の特別展「世界のクリスマス」が始まりました!
今年は、「ヨーロッパ~北欧・中欧・東欧・南欧」、「アメリカ~北米・中南米」「アフリカ」「アジア」「日本」と地域ごとに展示いたしておりますので、クリスマス飾りに彩られた各地のクリスマス風景を通して、世界をめぐることができます。
ということで、日本玩具博物館2018年度「世界のクリスマス」展のおすすめ周遊コース2つをご紹介したいと思います。^^ノ

1つはキリスト降誕人形に注目して西室をぐるりとめぐるコース。6号館を入るとすぐ右手に南ヨーロッパのクリスマスの風景が現れます。キリスト降誕人形発祥地のイタリアからスペイン、ポルトガルとカトリックを信仰する人々が多いお国柄、キリスト降誕の物語を伝える馬小屋や人々の装いなど、その造形にはこだわりが感じられます。それぞれの人物のリアクションや表情が多様なのは、陽気な南ヨーロッパの雰囲気をうけてのことかもしれません。ここで15世紀の大航海時代へと時をさかのぼります。スペイン・ポルトガルを中心にヨーロッパが世界進出を目指すなかで、中南米やアフリカ、アジアへのキリスト布教活動が盛んになりました。言葉が異なる人々への布教にキリスト降誕人形は有効だったようです。ペルーやメキシコのレタブロ(箱型のキリスト降誕人形)には先住民の自然信仰とキリスト教との融合が、アフリカでは現地の人々の生活に溶け込んだキリスト降誕物語が伺えます。南洋の島国、フィリピンの降誕人形は、馬小屋のそばのヤシの木が印象的です。
さて、日本にキリスト教を伝えたのも大航海時代のポルトガルです。1549年にイエズス会の宣教師としてやってきたフランシスコ・ザビエル(「ザビエル以後よく来る」と覚えましょう(笑))が、その年にクリスマスを祝ったのが最初だといわれています。2005年にイタリアで開催されたキリスト降誕人形の展覧会のために特別に作られた宮崎県の佐土原土人形のキリスト降誕人形は、九州という土地柄もあり、その姿は隠れキリシタンを思わせます。
キリスト降誕人形の広まりに思いをはせてめぐってみてください。
南ヨーロッパのキリスト降誕人形 中南米のキリスト降誕人形 アフリカのキリスト降誕人形
もう1つのコースは、ツリー飾りに注目して東室をぐるりとめぐります。今年は、小さいものから3mの特大のもの、壁に飾れるものまで合わせて70本以上のクリスマス・ツリーを展示しています。アルザス地方からドイツ、中欧ヨーロッパ、東ヨーロッパ、北ヨーロッパとツリー飾りをめぐっていきましょう。
出発地点は西室の南ヨーロッパコーナーのアルザス地方の赤いガラス玉のツリー。クリスマス・ツリーの発祥地のひとつはアルザス地方だといわれています。この地では古くからクリスマスに赤いリンゴをモミの木に飾っていましたが、1858年の大不作の年、ガラス職人が赤いガラス玉をリンゴの代わりに付けたのが好評で、その後クリスマス・ツリーの定番のひとつとして、さまざまなガラス玉が飾られるようになったそうです。そのアルザス地方は現在フランス北東部の町ですが、歴史的な背景もあり、ドイツの文化が根付く町でもあります。
ドイツのビスケットを
かたどったツリー飾り
そのまま東室に向かうと、ツリーには、テディベアや聖ニコラウスをかたどったビスケットや松かさをモチーフにした飾りが見られます。初期のクリスマス・ツリーには、リンゴなどの果物とともに、レープクーヘンやオブラーテンなどの平らな菓子、クッキーや、木の実が吊るされていたそうで、食べ物とツリー飾りは切り離せそうにありません。チェコには、小麦パン、ハンガリーにはクルミの殻を細工したもの、セルビアからはドングリや木の実細工のツリー飾りが見られます。また、ヨーロッパ各地でみられるトウモロコシの皮や麦わらのツリー飾りが見られます。麦は、パンやビールを生み出し、飼料ともなり、ヨーロッパの人々には欠かせない穀物です。祖先や穀物霊に今年の収穫に感謝し、翌年の豊作を願う、古代ヨーロッパの風習がツリー飾りとしても受け継がれています。そして北ヨーロッパや中欧ヨーロッパの麦わら細工のツリー飾りに多く見られる光のモチーフには、寒く暗い冬が続くこの地域の古代の人々の太陽の復活への祈りも感じることができます。
そしてツリー飾りからは、各地の手工芸を知ることもできます。ドイツのマイスターが作る木工細工、オーストリアの錫細工、チェコのガラス細工、デンマークの切り紙細工、メキシコのブリキ細工、南アフリカのビーズ細工など、技術と知恵がつまった手工芸は、自然素材のツリー飾りとはまた異なる趣で、その土地の感性の豊かさを伝えてくれます。


中欧ヨーロッパの錫細工やレース細工のツリー飾り   東ヨーロッパの麦わら細工パン細工など自然素材のツリー飾り
おもちゃ館のクリスマス展では約1000点の資料をご紹介しています。ひとつひとつをじっくりご覧いただくのもなかなか大変かもしれません。そんな時は、ご紹介したコースを参考にめぐっていただくのもいいかもしれません。ぜひ、クリスマス飾りを通して、世界各地のクリスマス風景をお楽しみください


NO. 235
海外からのお客さま~イスラエルの玩具デザイナー~
                                  2018.9.28 学芸員・尾崎織女)
風の中に金木犀のかぐわしい香が漂う頃となりました。台風24号の襲来が心配される週末、どうか大型の強い台風がもたらす被害が少しでも小さいものでありますように……。

さて、先日のことです。4号館の常設展示室で興味津々、宮崎の「鶉車」を見入る二人の来館者がありました。―――
柳川の雉車をご覧になるイスラエルからのお客様
話しかけると、イスラエルからの旅行者でした。
熊本や福岡の「雉子車」のシンプルで特徴をよくとらえた造形が素晴らしいと感嘆されるので、郷土玩具が日本近世の造形を受け継ぐものであることなどを文献などお見せしながらご案内したのですが、お二人は世界の玩具文化に対して非常に造詣が深い―――。驚いて理由をお訊ねしたら、そのうちのお一人は玩具のデザイナーだったのです。
Shlomi Eigerさん――ホームページ<Shlomieiger.com>のギャラリーでは、彼のおもちゃ作りに対する優しい感性に触れることが出来ます。

↑Shlomiさんたちが面白いと
ご覧になられた郷土玩具の数々。 →
↑江戸時代後期の玩具絵本『江都二色』をご紹介。
250年近く前の日本の玩具の姿に興味津々。
今回、彼らの来日の目的のひとつは「神戸人形」に出合うこと――――ネット上で神戸人形のからくりをご覧になり、本物をぜひ
神戸人形を動かしてみるお二人。
本当に楽しそうです!
手にしたいと日本玩具博物館を訪ねてこられたのでした。その魅力について訊いてみると、繊細でぶれのないからくり、小さな世界にファンタジーが詰まっていること――そんなふうに話されました。現在の神戸人形作家に会いたいとおっしゃるので、神戸市東灘区で神戸人形作りを続けておられるウズモリ屋・吉田太郎さんの工房をご紹介し、佳き日のご訪問が叶いました。玩具づくりに携わっておられるデザイナー、あるいはクラフトマン同士、お心が通じ合う素晴らしいめぐり合いになったようです。

何もかもが刺激的だと興奮気味のお二人―――資料を囲んで世界各地の方々
井上館長と記念撮影
が出合い、また旅立っていく博物館の展示室は、駅のプラットホームのようだと感じました。
今朝は、メールボックスを開けると、イスラエルに帰国されたShlomiさんからのお便りを受信しました。「日本の伝統的な玩具と現代的な玩具、その両方がどこかでつながっていると感じ、またそれらから自らが制作にあたる上での多くのインスピレーションを得ることができました。日本玩具博物館のコレクションは原初的で基本的な玩具の世界を現代へと橋渡しする大きな役割をもっていると感じました。」と。

この素晴らしい出会いがまた日本玩具博物館と彼の地の玩具文化とを結ぶかけはしとなりますように…。


NO. 234
おもちゃ館の夏休みその2の2
経木モールの聞き取り調査
                                  2018.9.2 学芸員・原田悠里)
夏休み最終週、必死に仕上げた自由研究を思い出しております。
この8月、日本のクリスマス産業の歴史とともに経木モールの実物手がかりについて、訪ねたのは、クリスマス用品の製造、販売を行っている姫路市野里の中条産業株式会社さん(昭和22年創業)、神戸市の神戸産業株式会社さん(昭和10年に創業)、そして丹波市柏原町のTさんとKさん。中条産業さん、神戸産業さんとは、1990年代にクリスマス工業協会として、3mの特大ツリーを寄贈いただいたご縁があります。
中条産業さんのお話
 社長の中条秀蔵氏と商品デザインを手掛けられている弟の中条立史氏によると、明治33(1900)年生まれの祖父、中条勇蔵氏が、上海で貿易商社に勤めた後、帰国後に中条産業を創業し、クリスマス製品を製造、輸出を始めたのが始まりだそう。姫路の工場にもよく海外のデザイナーやバイヤーが来て、商談していた様子を秀蔵氏は覚えていらっしゃいました。先進的なお祖父さまの背中を見ていたお二人のお父さまは90年代にいち早く、ホームページを作成し、ネット通販をはじめたり、日本のクリスマス産業の歴史についてお祖父さまから聞いたお話もまとめていらっしゃいました。その中に経木モールが柏原で作られていたという話がでてきます。しかしながら戦後に創業した中条産業では、経木モールは扱っておらず、どのようなものであったかまでは、今となってはわからないようです。するとお話の中で立史氏がモールの作り方を教えてくださいました。同じ長さの細い紙や糸を並べて、真ん中を針金で固定し、両端をねじると簡単にモールが作れるそうです。これはクリスマスツリーのひとつひとつの枝の作り方とも同じだそう(!)で、紙を経木で作ると、“経木モール”ができるのではないかということでした。
日本のツリーにかかせない雪の綿は
中条産業製!
       社長の中条秀蔵氏
くるっとひらくと形が現れる“でんぐり”
ベルはクリスマス飾りにはかかせません。
神戸(かんべ)産業さんのお話
 戦前にいち早くクリスマス製品に特化して、製造、海外への輸出を中心に販売を始めた神戸産業。昭和60年ごろから輸入業にシフトし、現在は各国のクリスマス商品を国内で販売されています。会社に設置されているショールームでは、すでに今年の主力商品が並んでいました。そして創業から神戸産業が力を入れてきたドイツトウヒやカナダトウヒ、コーカサスモミ、ヨーロッパアカマツなどをまねて作られた各国のクリスマスツリーが集められ、イソップやグリムの童話の森に迷い込んだかのような感激を受けました。再現会長の神戸和男氏(昭和15年生まれ)と社長の神戸智氏(昭和42年生まれ)から、日本製ツリーの誕生と経木モールについて興味深いお話をお聞きすることができました。
 神戸の居留地でメッセンジャーボーイをしていた会長のお祖父さま(明治初期頃のお生まれ?)は、あるとき、クリスマスツリーを探してほしいという欧米の方々の依頼をうけます。クリスマスツリーが何かもよくわからないまま、見よう見まねで使ったのがなんと草のツリー!その後、草の中でもとくにマンネングサが適していることにき気づき、北海道十勝にまで赴き、マンネングサの採集を行っていたそう。このような経験が海外向けのクリスマス商品を扱う会社の設立につながったようです。
 戦後会社を再開した和男氏の父(大正前期生まれ?)は、資材がないなかで、草(マンネングサ)や経木モールを製造し、ツリーやオーナメントとして販売していたそうです。経木は岡山県高梁市や島根県から調達し、神戸で加工していました。経木モール専用のミシンを開発し、1立方メートルサイズの木箱が何箱も満タンになるほど、紙製のベルやオーナメントとともに北米を中心にヨーロッパにも輸出されていました。昭和25年プラスチックの誕生とともに経木モールは瞬く間になくなったそうです。残念ながら機械や経木モールも全て廃棄されてしまっていて経木モールを確認することはできなかったのですが、クリスマス商品製造と輸出に関わる戦後の歩みについて詳しいお話をたくさんお伺いすることができました。
 神戸産業のショールーム   世界各地のツリーの森!  神戸会長と神戸社長
柏原町でのT氏とK氏のお話
K氏からご提供いただいた経木加工場の様子
(明治40年ごろ)
柏原町では戦後経木製品は作られておらず、ご年配の方々でさえも経木の町であったことを知る人はほとんどいない様子。今回はまちのボランティアガイドも務めていらっしゃる柏原町の生き字引T氏と、お祖父さまが戦前の経木製品の製造に携わっていたというK氏からお話を伺いました。T氏は私たちの聞き取り依頼から独自に柏原町の経木工業についても調べてくださり、経木が作られていた明治の町の様子を実際に歩いてご案内いただきながら、柏原町の経木細工に関わっていた方々の足跡について教えてくださいました。また、K氏からお家に残されていた経木加工場や経木製作の様子、明治43 (1905宇)年に氷上経木同業組合として日英博覧会に出品した際の写真を見せていただきました。この博覧会に出された経木細工の中に、おそらく経木モールではないかというものが写っています!昭和20年生まれのK氏が小学校1年生のころには経木の加工場は解体され、住宅にしていたということで、経木や機械、道具も残っていないということでしが、K氏は幼いころに工場で遊びまわる中で、すみに置かれた緑と赤で染色された経木モールを見た記憶があり、写真のようなものだったとおっしゃっていました。
↑出品物を拡大すると経木モールと思われるものが!
←明治43年英国博覧会出品シミュレーション作業(K氏提供)
柏原のまちなみ
明治時代には経木製品に携わる方々が多く住んでいた古市場通り(左が現在、右が昭和25年ごろの様子)
今回お話をお伺いしたみなさま、ありがとうございました。それぞれにお聞きした貴重なお話や資料、写真から少しずつつながりを見出し、経木モール一つで日本の産業の歴史も感じることができるように思います。残念ながら、今回の聞き取り調査から、経木モールの実物を収集することはできませんでしたが、田中信清氏の『経木』(1980)によると、戦前の経木モールは柏原を中心に奈良県桜井市や、香川県などでも作られていたようで、そのあたりにもまた伺ってみたいと思っています。今後も引き続き日本玩具博物館として経木モールについての調査を進めつつ、日本のクリスマス文化を探っていきたいと思います。続報をお待ちくださいませ!

NO. 233
おもちゃ館の夏休みその2の1
“経木モール”を探せ!
                                  2018.9.2 学芸員・原田悠里)
 夏休み終わりですね。。。おもちゃ館では、秋冬の企画展「世界の伝承玩具」(9/15~2019/2/19)と今年で34回目を迎える冬の特別展「世界のクリスマス」(10/20~2019/1/20)の準備で季節を先取りしております。
日本製クリスマス飾り“経木モール”を探せ!
 この酷暑にクリスマス??と、お思いかもしれませんが、博物館の重要なお仕事のひとつ、資料調査のお話です。当館恒例の冬の特別展「世界のクリスマス」では本場ヨーロッパを中心に主に世界各地のクリスマスの習俗をご紹介してきましたが、改めて日本でのクリスマスにも目をむけて、その広がりを探るべく、この夏、日本のクリスマス産業の歴史について尾崎学芸員とともに聞き取り調査を開始いたしました。
実は兵庫県は戦前から戦後を通して、神戸を中心にクリスマス産業が発展してきた土地。明治40年代ごろから多くの日本製のクリスマス製品が北米を中心にヨーロッパ各国にも輸出され、居留地の外国人商人とも取引を行っていたようです。
 その日本製クリスマス製品の原点を探っていると、“経木モール”というものにたどりつきます。経木は、桧材や松材を紙のように
経木のオーナメント(ドイツ)
薄く削ったもの。よくたこ焼きの容器になっている薄い舟状の板を想像していただけたらわかっていただけるのではないでしょうか^^経木のオーナメント、と言うと、ドイツにも光のモチーフにしたオーナメントがありますが、これはモールとは言いづらいもの・・・
 木材が豊富な日本、経木製品自体は明治から昭和初期にかけて全国各地で作られ、織物や笠などの民芸品や食品の容器、包装材料として身近に使われてきました。
 そんな経木製品の一つにクリスマスツリーに飾るガーランド、“経木モール”がありました。明治から昭和初期にかけて経木製品を盛んに作っていた兵庫県柏原(かいばら)町の『柏原町志』(1955)によると、明治40年頃、岸本幸三は外国向けの装飾品として経木モールを製作したところ、外商の好評を得て海外からの多量の発注が来たということが書かれています。柏原の経木を神戸で染色、加工して“経木モール”“莚モール”をクリスマス飾りとして輸出していたというような資料もあります。
こうなると気になるのはこの経木モール、実物はどのようなものだったのでしょうか。実は経木モールは、これです!と言える写真や図など、その造形を示す資料をわたしたちの館では見つけられておりません。博物館としては、やはり、実物資料を収集しておきたいところです。神戸市内のクリスマス飾り製作や柏原町における経木モール製作については、昨秋、神戸芸術工科大学の相澤孝司先生から非常に興味深い情報を頂戴しました。相澤先生からご教示いただいたお話を参考にさせていただきながら、経木モール調査の旅へ――――そのお話は次回につづきます。

NO. 232
おもちゃ館の夏休みその1     
                                  2018.8.27 学芸員・原田悠里)
年々暑さが増す中で、とくに記録的な酷暑、各地に甚大な被害をもたらした豪雨に相次ぐ台風とあまりに過酷な2018年の夏ですが、立秋が過ぎ、香寺町の空は少し高くなりはじめました。当館の周辺には赤とんぼが飛び回っています。

夏休みおもちゃづくり教室
夏休みおもちゃづくり教室にご参加くださったみなさま、どうもありがとうございました。6号館2階のオールマイティ部屋(ワークショップをしたり、講座をしたり、展示準備をしたりなんでも)には、子どもたちとそのご家族で、回によっては、満席状態になりながらも、みなさん真剣に楽しくおもちゃづくりに熱中してくださいました^^
カラフルな風車が風を受けて勢いよく回転する様子は、とっても華やかで涼しげ!
水車ボートの装飾はみなさん凝りだしたら止まらず、豪華な帆船や、海賊船、かわいいクルーザーなどいろんな船が完成しました。「夏休みの宿題にするねん!」と言いながらも、お母さんやおじいちゃんが必死に切ったり貼ったりしている姿も(笑)完成した船はどうやったら進むのか実験です!
館長考案の牛乳パックの風車小屋は、偶然にも16世紀、ブリューゲルによって描かれた『子供の遊戯』に登場する「くるみ風車」と同じ仕組み。色とりどりの羽根が、からから~と糸を巻き上げながら回転する感覚は大人でもやみつきになってしまいます。

「日中架け橋の会」から中国人留学生のみなさんがご来館
夏の一ヶ月の間、神戸で日本語を学ぶ約200名の中国人留学生(四川省や江蘇省など中国各地からのようです)のみなさんが4日にわかれて、当館を訪れてくださり、館内の見学とかくれ屏風のおもちゃ作りを体験してくださいました。広く日本文化にも興味をもってくれていて、日本の玩具のお話にも熱心に耳を傾けてくれていて、こま遊びにも熱中!日本語のレベルもそれぞれなので、お互いに通訳をしながら学生さん同士が感心する微笑ましい様子も見受けられました。

かくれ屏風づくりは、やはりしかけに興味津々!館長が見本をみせると「おー!なんで!?」と歓声があがり、館長指導のもと、実際に自分たちで作ってもらうと何度も試して楽しんでくれていました。みなさんとても丁寧に糊付けをしたり、千代紙を切って作っている様子が印象的でした。色紙は赤が人気で、最初に選んだ色も赤色と取り替えたりする人がいて、中国では赤色はおめでたい色であり、厄除けの色であり、様々な習俗で赤色が取り入れられていますが、若い世代でも赤を選ぶ人が多いんだなと興味深かったです。
短い時間ではありましたが、日本での思い出の1つとなってまた、日本に遊びに来てくれると嬉しいなと思います^^

NO. 231
三重県総合博物館(MieMu)「おもちゃ大好き!」展オープン!
                                  2018.7.9 学芸員・原田悠里)

この度の記録的な豪雨の被害には言葉が見つかりません。被災されたみなさまに心よりお見舞い申しあげます。
 当館は、すぐそばを流れる市川の水位があがり、不安な夜をすごしましたが、なんとか氾濫をまぬがれ、資料と館内、スタッフもおかげさまでみな無事でした。
 暑さも厳しくなってきている中で、被災地のみなさまの心身の疲労を思うと胸が痛みます。一日も早くみなさまが元の生活に戻れますようにと念じ祈るばかりです。

5月より貸出準備をすすめておりました、三重県総合博物館(MieMu)での、企画展「おもちゃ大好き!郷土玩具とおもちゃの歴史」展(会期7/7(土)~9/2(日))がはじまりました。ポスターデザインに合わせたおもちゃがいっぱいのわくわくするメインゲートをくぐり、まずは考古資料に
企画展示室入口
遠く古代の人々との遊びの共通点や大陸との交流に思いめぐらせていると、見えてくるのは地元三重県のお土産文化の源流。伊勢の賽木や笙の笛、竹の鳴りごま、おぼこ人形に導かれて、近世江戸時代に花開いた日本全国の郷土玩具の世界が広がります。そして明治、大正、昭和平成へと時代を反映しながら移り変わっていく近代玩具は、メンコやおまけ、ままごと道具の変化に注目して見ることでより時代のエッセンスを知っていただけることと思います。最後には津市内で営まれているおもちゃ屋さんの声とともにこれからのおもちゃへのメッセージが伝えられています。見応えたっぷりの展示です。

当館からは特別協力として約1000種類の玩具資料を貸し出していることもあり、展示作業(6/29~7/3)にもしっかりと加わらせていただきました!MieMuの担当学芸員U氏とMieMuの学芸員の方々、そして博物館展示専門の日通さんとともに進めていきました。
 事前に展示シミュレーションは行っていますが、さまざまな大きさと形をもつ玩具の展示には、現場での細やかで微妙な調整が必要となります。
とくにMieMuの巨大な展示ケースは横が開くスタイルとなっています。そのため、横から資料を持ち込んで入り、展示をしては一旦外に出て、キャプションやパネル、高い壁面とも調整しながら全体のバランスを確認する、ということを繰り返しながら、ひとつひとつのコーナーを作り上げていきます。さらに展示台と展示台の間、展示台と壁面の間が30cmほど(!)、その隙間で資料を展示し、キャプションを付けたりするのはなかなか神経をつかいます^^;小柄で柔軟な身体が向いています(笑)
 展示作業の様子
また今回は展示専門の日通さんが入ってくださっていたので、壁面の双六やパネルは最新の赤外線レーダーを使って高さが正確にビシッとそろっています。また郷土玩具のコーナーではMieMuの広くて高~い展示室に郷土の凧を舞い上がらせてくださいました。
各地の楽しい凧がダイナミックに揚がっている展示空間は、きっと来館者のみなさまにも強い印象をもっていただけるのではないでしょうか。
展示風景
古代から現代へとおもちゃ文化の歴史をたどりながら、こまや双六、ブロックや木製玩具で遊ぶことができるコーナーもあり、大人も子どもも楽しめる展示になっています。今年の夏はぜひMieMuでおもちゃ文化の歴史に触れてみてください。

さて、当館の夏は今年も恒例の“夏休みおもちゃ教室”を開催いたします!
5日間で4つのおもちゃづくりを企画しています。①少しの風でもとてもよく回る「4枚ばねの風ぐるま」、②きれいな千代紙が消えたり現れたりする「かくれ屏風」、③ゴムの動力ですいすいと水面を進む「水車ボート」、糸をひくと羽根が回転し、④糸を自動でまきとる「風車小屋」です。どれも身近な材料で作ることができて、楽しいおもちゃです。からくりや動力を観察する夏休みの自由研究にもいいかもしれませんよ^^♪
以下の日時に行いますので、参加ご希望の方は、FAX(079-232-7174)かお電話(079-232-4388)でお申し込みください。
・7月28日(土)11:00~12:30 4枚ばねの風ぐるま 参加費300円
(要予約)
・7月29日(日)11:00~12:00 かくれ屏風 参加費300円
・8月_5日(日)10:00~12:00 牛乳パックの水車ボート 参加費400円
(要予約)
・8月11日(土)10:00~12:00 牛乳パックの風車小屋 参加費400円
(要予約)
・8月25日(土)11:00~12:00 かくれ屏風 参加費300円




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