2016年12月 


天使の楽団
(イタリア/1970年代)
 

セヴィ社は、ヨーロッパを代表する木製玩具会社のひとつで、森林資源が豊かな北イタリアのドロミテ地方で製作を行ってきました。セヴィ社が、ジョセフ・アントン・セノネール(Josef Anton Senoner)によってドロミテ溪谷の小さな村、オルテッセに設立されたのは1831年のこと。セヴィ社が設立された頃、この地方はオーストリア領に属していたため、玩具デザインの基本には、中部ヨーロッパの木製玩具に通じる雰囲気が感じられます。
当館は世界の玩具収集を開始した1979年頃より、セヴィ社の玩具に注目して収集し、現在、500点を超える作品を所蔵しています。
写真は、1970年代に製作された五人の楽団で、高さ5㎝ほどの小さな天使。手には楽器と楽譜をもっています。賛美歌を熱唱するかわいい歌声も聞こえてきそうです。
セヴィ社の作品は、ロクロを使った丸いフォルムが特徴で、材料には、間伐材を使用し、絵の具も有機的な顔料を用いています。メルヘンチックでかわいい表情の作品は、世界中の子どもたちに愛されてきましたが、残念ながら、1999年にはセヴィの版権が他社に譲渡され、現地では製作されていません。
この資料は、現在開催中の冬の特別展「世界のクリスマス」で展示しています。

 
2016年11月   

ビフライムの仮面仮装人形
(ルーマニア/1990年代)
 

 ルーマニアの北東部、モルダビア地方では、大晦日の夜から新年にかけて、「ビフライム」と呼ばれる年越祭が行われます。老人やヤギ、クマなどの仮面をかぶった若者の一団が太鼓を叩きながら家々を回り歩きます。大きな音を立て、恐ろしげな形相で子どもたちを怖がらせる様子は、日本の「なまはげ」の祭り(秋田県男鹿地方)を思わせます。
 ルーマニアの農村では、秋に実りをもたらした豊穣の神は、太陽の光が弱まる冬至のころに一旦死に絶え、また新たに生まれた神の来訪とともに新年が始まると考えられてきました。ビフライムの祭りに登場する老人の姿は朽ち果てようとする旧年を表わし、クマやヤギなど異形の動物たちは、来る年の豊かさと野生の恵みを象徴しています。
 写真は、ビフライムの仮面仮装団を表した人形で、高さが50㎝もある大型。日本玩具博物館と交流のあるルーマニア・シビウ民族博物館から1993年の新春に寄贈を受けたものです。人形の製作者、アルグ・イオンさんは、「こうした人形を通じて、古くから行なわれてきた年越祭の姿を次代の子どもたちに伝えていきたい」と寄贈資料にメッセージをつけて下さいました。
 この資料は、11月15日まで1号館で開催中の「世界の仮面と祭りの玩具」展でご紹介しています。
 
2016年10月   

江戸の里神楽・子供の面

こぶだし きつね ひょっとこ
 裏面
 

 神楽は民俗芸能の中でも最も古い歴史を持つといわれ、神様を慰め、神に奉納する舞です。
 江戸の里神楽は江戸初期から盛んに行われるようになり、現在も伝承され、平成6年には国の重要無形文化財に指定されました。江戸の里神楽は面をつけた黙劇で、男面・おかめ・ひょっとこ・潮吹き面・狐面などが使われました。当館はその江戸の里神楽の明治~大正期製の貴重な仮面を所蔵しており、現在開催中の「世界の仮面と祭りのおもちゃ」で展示中です。尾崎清次氏が大正13年に名古屋で入手されたもので全長は16~17㎝と小さく、恐らく子供用と推測しています。裏面の下方に突起があり口でくわえて踊ります。
 
2016年9月  

かくれ屏風とヤコブのはしご(日本とヨーロッパ)


 
 
 絵が張り付けられた5枚の厚紙を折りたたみ、開くとその絵が消えているという仕掛けのある玩具です。
 こちらの玩具は江戸時代から遊ばれており、安永2(1773)年刊行の『江都二色(えどにしき)』には絵図とともに「かくれ屏風」の名称を見ることが出来ます。また江戸時代の終わり頃は「団十郎のからくり」とも呼ばれていたようで、嘉永6(1853)年刊行の『守貞漫稿(もりさだまんこう)』にはこちらの名称とともに「京阪は黒厚紙五片を白紙で両端と中央を交互に挟み、江戸製は杉板をつないで作られる」と玩具の説明が書かれています。構造が同じ玩具でも、京阪と江戸では素材に違いがあったと分かります。
 江戸時代から伝わるこの玩具は近代には「ぺたくた」や「ぺこたん」等の名称で呼ばれ、昭和に入っても駄菓子屋で売られていました。手品のようなこの不思議な玩具は、長きに亘り子供たちに愛されてきたのです。
 ヨーロッパにも同じ仕組みの玩具があり、こちらは「ヤコブのはしご」と呼ばれています。ヤコブのはしごとは、旧約聖書に出てくるヤコブが見た夢の中で、雲の隙間から差し込む光のはしごが天と地を繋ぎ、天使が上り下りしている光景のことを言いうのですが、この玩具の動きが天使の上り下りする様子を連想させます。

 当館ではおもちゃ作り教室で「かくれ屏風」の作り方を今もご紹介しています。作ってみたい方はぜひお誘いあわせの上ご連絡ください。
またこちらの玩具は6号館で開催中の『神戸人形と世界のからくり玩具』の展示会場でご紹介しております。
 
2016年8月 

ディアブラーダの仮面舞踊人形
(ボリビア/1990年代) 

仮面装着中 仮面を外す


 ボリビアの都市、オルロで開催される「オルロのカーニバル」は、「リオのカーニバル」と並んで南米では非常に盛大な2月の祭りです。賑やかな被り物や仮面をつけ、原色に彩られた衣装を身にまとったグループが、それぞれのテーマを踊りで表現し、町中をパレードします。
 オルロのカーニバルの呼び物のひとつに「ディアブラーダ(悪魔の踊り)」があります。奇抜で派手な仮面を着けた7人のディアブロ(悪魔)が踊りながら街を行進します。ディアブロは、入植してきたスペイン人が持ち込んだキリスト教における七つの大罪の象徴と言われますが、その奥にはアンデス地方の古い信仰が横たわっているとも考えられています。
 写真は、ディアブラーダに登場するディアブロをかたどった土人形。キラキラ輝く大きな目はビー玉で、裂けた口からのぞく歯は鏡の欠片。長い角が生え、けばけばしく彩色されたディアブロの仮面を外すと、ボリビアの素敵な若者が現れます。土人形からはカーニバルの華やかさが伝わってきます。ディアブラーダの仮面舞踊人形は、現在1号館で開催中の「世界の仮面と祭りのおもちゃ」展でご紹介しています。


 
2016年7月 

鬼の張子面・ベンガルのマヒシャとグアナファトのデアブロ
 (インド・メキシコ/1980年代)


 

 1号館で夏秋の企画展「世界の仮面と祭りのおもちゃ」が始まりました。日本からは祭りの日の露店で子どもたちのために売られていた鬼の張子面を展示していますが、角や牙を生やした鬼は他の国々にも存在し、祭礼の玩具として愛されてきました。                       
 インドの「マヒシャ」は水牛の魔王にして鬼族の首領です。自身の魔力を頼みに強力な力をふるい、天界に住む神々を追い出してしまいます。このことを怒ったヒンズー教の三大神~ブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァ~は、力を結集して戦闘の女神・ドゥルガーを生み出し、この女神によってマヒシャを討ちます。写真は、ベンガル州の祭礼に露店で売られるマヒシャの張子面です。インドの子どもたちは、仮面遊びを通してヒンズー教の神々や神話に親しんでいるのです。      
 メキシコにも2本の角を持つ鬼がいます。桃色の顔の「デアブロ」はグアナファト州セラヤで作られる張子面で、聖母マリアに屈服した悪魔をイメージしたもの。カーニバルに登場し、悪の象徴として焼き捨てられます。人間社会は、強い魔力を持ちながら、悪しきものとして討たれる存在を必要としているのでしょうか。ニッと笑ったデアブロの口元には一抹の悲哀が漂います。セラヤではキリストやユダ、動物の張り子面も作られていて、祭礼の日の露店はとても賑やかです。
 1号館の企画展では、日本の赤鬼や青鬼の張子面と比較しながらお楽しみ下さい。

 
2016年6月
 
ウズモリ屋の神戸人形


 神戸人形は明治中期に港町神戸に誕生した木製のからくり人形です。台の横に出たつまみを前後に回転させると、台の上のシンプルな人形たちが酒を飲み、西瓜を切って食べるなど、そのユニークな動作は神戸っ子だけでなく、外国人観光客の人気もさらいました。明治から昭和と何人もの製作者が作り伝えてきた神戸人形ですが、平成7年の阪神淡路大震災後は製作者も無くなり姿を消しました。そのため当館では、町内在住の工芸作家に依頼して再現に取り組み、平成15年から酒飲み・西瓜喰い・面冠り・釣鐘お化けの4種類を復元しましたが、平成26年から諸事情により製作はストップしていました。
 そんな折、神戸から神戸人形の魅力にひかれて製作を考えているというウズモリ屋・吉田太郎氏が来館されました。吉田氏は昭和44年、神戸生まれ。大学卒業後、人形劇の美術を専門としてからくり人形の製作に従事されてきた方です。今後、当館と手を結び神戸人形の再興に取り組むことで話が進み、早速に日本玩具博物館版神戸人形を製作していただきました。またウズモリ屋版の神戸人形の製作にも取り組んでおられ、6月18日から6号館で開催される特別展「神戸人形と世界のからくり玩具」では、同氏製作のユニークな神戸人形の数々が初公開されます。
 
2016年5月 

端午の座敷飾り

 (大正時代)

 

 この大型の座敷飾りは、宮内省御用も務めた上田人形店(神戸市兵庫区江川町)で大正時代末期に調製され、神戸市中央区北野町の家庭で飾られていたものです。この度、ご縁あって、当館が寄贈を受けましたので、らんぷの家に5月10日(火)までお披露目させていただきます。
 座敷に五色幔幕を張り、矢襖(やぶすま)を背に、高さ1.2mもある甲冑が飾られます。それを大小の刀、弓矢、種子島鉄砲、陣太鼓、陣笠、軍扇、提灯で荘厳し、端午の魔を除けるとされる毛植の虎も添えられています。馬印、幟、長刀などが幟立てに勇ましく、大正時代らしく、黒鯉一旒の鯉のぼりが脇を固めます。江戸時代の大都市部では、町家においても、旗指物や武具をずらりと屋外に飾って端午の節句を祝う風習がありましたが、そのような時代の飾り物を彷彿させるサイズです。また、ただ大きいというだけでなく、飾り金具の繊細さや細部まで本物にもひけを取らないつくりの素晴らしさには驚かされます。
 こうした豪華な節句飾りは、“大正バブル”と呼ばれる好景気を背景に京阪神地方の都市部が豊かであった時代、町家の経済力が可能にしたものともいえます。
 
2016年4月 
 
ちりめん細工の桜袋

     昭和初期の桜袋 現代制作の桜袋の数々


 伝統手芸のちりめん細工には季節の花をテーマにした作品が多いのですが、中でも好んで作られてきたのが桜袋です。
 明治42年(1909)に発刊されたちりめん細工のバイブル的な文献である「裁縫おさいくもの」には、梅袋、桔梗袋、椿袋、菖蒲袋、ほうづき袋と並び、桜袋の作り方が紹介されています。ただその桜袋は花芯の側が口べりになり、見かけがよいとはいえないものでした。
 そのため30年前から、当館に集われたちりめん細工を愛する皆様の手で、数々のすばらしい桜袋が考案され誕生しました。それに過去に見かけることがなかった山桜や八重桜袋なども創作されました。
 現在開催中の「ちりめん細工とつるし飾り」展では、それら桜にかかわるいくつもの作品が一同に展示されています。
 
2016年3月

雛道具・貝桶と合わせ貝
(明治時代後期)


貝桶と合わせ貝 合わせ貝

 

  「貝合わせ」は貴族社会に発生し、長く受け継がれた王朝遊びとして知られていますが、平安時代の「貝合わせ」は、貝殻の形や色合いの美しさや珍しさを愛で、その貝殻を題材にして歌を詠じ、優劣を競う遊びでした。それとは別に、一対の貝における身と蓋(ふた)を合わせる遊戯があり、それは「貝覆い」と呼ばれていました。時代が下ると、この遊びもまた「貝合わせ」と呼ばれるようになり、今日に伝えられています。
  「貝合わせ」の遊戯に使用する貝殻を「合わせ貝」といいます。一対の貝の蝶番になったところをよく観察すると、凸になった方と凹になった方があるのに気付きます。凸になった方を“陽”(=地貝/じがい)、凹になった方を“陰”(=出貝/だしがい)と呼び、男女に見立てられた合わせ貝は、別々の貝桶に収めて保存されます。貝合わせ(古くは貝覆い)に使用される蛤貝は360個とされ、貝の並べ方にもルールがあったようです。

 江戸時代に遊ばれた「合わせ貝」には、幅9cmほどもある大きな蛤貝が用いられ、金箔や蒔絵で美しく装飾されていました。これらのうち、凸の貝“地貝”を同心円状に伏せて並べおき、その中心に凹の貝“出し貝”をひとつ伏せおいて、多くの中から、もとの一対を探します。対になる貝を違えないところから夫婦和合の象徴とされました。大名の姫君の婚礼調度の中で、合わせ貝とそれを収めた貝桶は、最も重要な意味を持ち、婚礼行列の際には先頭で運ばれたといいます。
 合わせ貝とそれを収めた貝桶を小さく作った雛道具は、古くから雛人形とともに飾られてきました。写真は明治時代後期の雛道具で、蛤貝は幅3.5cmほどの愛らしもの。梅、椿、花菖蒲、撫子、女郎花、紅葉など四季の花々が描かれて美しく、女性たちの遊び心をくすぐったことでしょう。

 
2016年2月 

雛人形細見・三人官女
 (江戸時代末期)


官女1 官女2 官女3

 

 今年も日本玩具博物館では春恒例の特別展「雛まつり」が始まり、6号館展示室には、江戸後期から明治・大正時代の古雛たちがずらりと並んでいます。
 古い雛人形たちに一歩近づいて、その表情を細見すると、作られた時代の様々な風俗が見えてきます。例えば、女雛や三人官女の眉や口元を観察すると、江戸時代終わり頃の女性の化粧の様子などもよくわかります。
 中世の頃から始まったお歯黒は、江戸時代に入ると、黒が変色しないことから、“心変わりせず”という意味が込められ、結婚が決まると貞女は歯を黒く染める習いが生まれました。一方、眉化粧はもともと公家の男女、武家では女性に見られたもので、ある程度の年齢になると未婚既婚を問わず眉を剃り、額に別の眉を描いたといわれます。一般庶民の女性においては、結婚して子どもが出来ると眉を全部剃り落とし、置き眉を描くのが習いでした。
 これらのことに照らして写真の三人官女を見てみましょう。白い歯を見せ、自然な眉のままの官女1は未婚の若い女性、お歯黒をほどこした官女2は結婚が決まった女性、眉を剃って額に眉化粧を施した官女3は、結婚して子どもを持った年配の女性と考えられます。
 初節句を迎えた小さな女の子が健康に成長し、やがて嫁ぎ、子を成す・・・。雛段の官女たちは、女児の人生の幸福な歩み予祝する姿だったのかもしれません。
 古い雛段のすべての三人官女がこのような年齢構成とは限らず、また昭和や平成の新しい雛人形にあっても時にこうした違いが表現されていたりします。皆さまのお家の三人官女はどのような年齢構成でしょうか?
 
2016年1月

伏見人形の猿のちょろけん




 伏見人形は京都の伏見稲荷大社の近くで江戸初期から作られ、現在も継承されている土人形です。
 この伏見人形には今は見かけることのない過去の風俗が遺され、猿のちょろけん(長老軒)もそのひとつです。江戸末期から明治中期にかけ、京都でお正月に家々を回った門付芸人の姿を今に伝えています。頭に大きな張り子製の猿・福禄寿・福助などの帽子をかぶり、ささらや三味線、太鼓をたたいて祝言を述べ、面白おかしく踊り歩いて正月の雰囲気を盛り上げました。
 現在開催中の「猿のおもちゃ展」では高さ4㎝~30㎝まで、大小4点の猿のちょろけんを展示しています。

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