2018年7月  

世界の乗り物玩具
「自転車のり」
(マダガスカル/2000年代)

マダガスカルの自転車乗り 
 
 インド洋の島国、マダガスカルの人々にとって、自転車は身近で、ビジネスツールとしても大切な乗り物です。後ろの荷台部分とサドルとハンドルをつなぐ部分にもシートを固定して最大5人(!)乗りのタクシーとして利用されたり、食料や物品の販売車としても活躍しています。
 現在1号館で開催中の「世界の乗り物玩具~陸海空の楽しい乗り物~」展で、ひときわリアリティをもって現地の生活感を伝えているのが、マダガスカルの自転車のりです。
 買い物帰りでしょうか。お父さん、小さな男の子をおぶったお母さんの家族3人乗り。ハンドルの両サイドにはアヒルが2羽入ったかごと、ミルクポットが掛けられています。15万種という世界で最も固有種が多い野生動物の国ですが、現地の人々にとってアヒルは古くから大切な家畜です。また、マダガスカルでの定番の飲み物、ヨーグルトや甘いコンデンスミルクはミルクポットでも販売されているそうです。
 身にまとっている衣服にも現地の装いがあらわれています。“ランバ”と言われる主にラフィアヤシの葉で編まれた一枚布をまとい、帽子を被るのは男女ともに日常的なスタイル。お父さんは、ヤシで編まれたハットをかぶり、ピンクのマラバリ(チュニック)を着て、細くたたんだランバを左の肩からかけて腰で結んでいます。荷台に乗ったお母さんは、お父さんとおそろいのハットをかぶった男の子ごと、おんぶ紐のようにランバをまとっています。このランバの使い方は、メリナの人々によく見られる着こなしです。
 乗り物玩具の世界から、国や地域の民俗性や生活文化にも注目していただけると、より展示を楽しんでいただけます。
 
2018年6月 

ちりめん細工「金魚袋」
(日本/明治末~大正期・平成20年代)


『裁縫おさいくもの(明治42年刊)』
金魚袋の型紙と作り方
大正時代に作られた金魚袋と
『裁縫おさいくもの』に描かれた完成図
平成時代の金魚袋・出目金袋
 
 金魚は中国が原産地といわれ、日本には室町時代に舶来したと記録があります。江戸時代の文化文政の頃には、庶民の間で金魚を飼うのが流行り、縮緬で作るお細工物のモチーフとしても好まれました。明治時代の女学校や裁縫塾で使われた教科書、『裁縫おさいくもの(明治42年刊)』には、“金魚袋(琴爪入)”の型と作り方がのっています。
 お細工物は、手の中におさまるほどの袋物がほとんどで、蝶結びや花結びなどでかわいく結ばれた打ち紐を解くと、内側は袋になっていて、香入れ、琴爪入れ、茶入れ、菓子入れ、鍵入れとして使われていました。ちりめん細工は、造形や配色の美しさとともに実用を兼ね備えたものでもありました。
  『裁縫おさいくもの』の金魚袋の項には、「色合、裏表布とも赤を適当とす。」と指南されていますが、平成に復元された金魚袋は、胴体や尾の布に、多色柄やぼかし染が使われているものもあります。また、造形にもアレンジが加わり、平型の金魚や出目金などが創作され、現代の美意識を反映した金魚袋の世界が広がりつづけています。
大正時代および平成のちりめん細工の金魚袋、明治時代の教科書『裁縫おさいくもの』は、現在6号館で開催中のちりめん細工研究会30周年記念展「ちりめん細工の今昔」でご紹介しています。
 
2018年5月 

ちりめん細工「端午の節句の薬玉飾り」
(日本/明治中期~大正・平成20年代)
「草」の様式の薬玉(明治中~末期)  壁飾り式薬玉(明治末~大正期) 「真」の様式の薬玉と壁飾
り式薬玉(平成20年代)

 
 中国から日本に端午の節句の風習が伝わったのは奈良時代。当時の陰暦5月は悪月とされており,5月5日は邪気を祓う重要な日でした。 厄除けの主役は,この時期に強い香りを放つ菖蒲(しょうぶ)や蓬(よもぎ)などの植物です。薬草としての効力から,霊力をもつ植物と考えられ,菖蒲酒を飲んだり,宝剣のような菖蒲の葉や蓬の人形を戸口に飾って厄を祓う風習が日本にも伝えられました。
 薬玉もそのひとつです。菖蒲や蓬を含む時節の植物を束ね,麝香(じゃこう),沈香,丁子(ちょうじ),竜脳などが入った香袋を合わせて,五色の糸を長く垂らしたものです。重陽の節句まで御帳にかけ飾ったり,肘に掛けて携帯すると悪気を祓い,長命を得ると考えられていました。
 ちりめん細工の世界でも,端午の節句飾りとして華やかな薬玉が作られてきました。明治・大正の古作品の中には,球体につまみ細工の技法で四季の花々が飾られた薬玉や,壁飾り用に仕立てられた作品が見られます。
 薬玉には,「真」「行」「草」の様式があり,花々で球体が作られた薬玉は「草」の様式と言われます。平成によみがえったちりめん細工には,四季の花袋で構成された薬玉飾りや,宮中で用いられたという「真」の薬玉をイメージされたものが新たに作られています。後者は,紅白のサツキの花の上部に柏の葉と3つの香袋を配し,蓬と菖蒲の葉がさげられたもので,一見シンプルながらも存在感のある飾りです。
 ちりめん細工の薬玉飾りは,現在6号館で開催中のちりめん細工研究会30周年記念展「ちりめん細工の今昔」でご紹介しています。ぜひ古作品と新作品それぞれの美しさを見比べてみてください。

 
2018年4月 

メキシコ民芸・春の祝祭玩具
「セマナサンタの張り子面と聖体祭のムーラ(ラバ)」
(メキシコ・グアナファト州セラヤとメキシコシティ/1980年代)


セマナサンタの張り子面 聖体祭のムーラ(ラバ)

 

 キリスト教を信仰する人々にとって、復活祭は最も重要な祝祭です。世界各地で毎年3月下旬から4月にかけてイエス・キリストの復活を祝う復活祭が行われます。メキシコでは復活祭当日までの一週間をセマナ・サンタ(聖週間)と言い(今年は3月29日~4月1日)、期間中は学校や仕事も休みとなり、町中で復活祭の準備が行われます。そして町のいたるところで見られるのが、張り子で作られた「フーダス」や「デアブロ」の人形や仮面です。
 「フーダス」はキリストを裏切ったとされるユダのスペイン語読み、鬼のようなツノをもつ「デアブロ」は聖母マリアに屈服した悪魔をイメージしたものといわれます。復活祭当日になると、悪の象徴として張り子のフーダスやデアブロを各家庭や街の中心で盛大に焼き払います。
 また、キリスト復活の日から60日後の初めての木曜日(今年は5月31日)には、コルプス・クリストと呼ばれる聖体祭が行われ、先住民の民族衣装で正装した子どもたちが教会にやってきます。教会の前の露店には、トウモロコシの皮で作られた大小のムーラ(ラバ)の玩具があふれ、子どもたちは自分のムーラを手に入れます。ラバは雄のロバと雌のウマの交雑種で、メキシコでは古くから家畜として飼育されてきた生活にかかせない動物です。そしてムーラの背中にとりつけられているのは、農産物を入れる箱や籠、お酒の入れ物です。16世紀以降、スペイン人によるキリスト教化によって、先住民の人々もムーラ(ラバ)に荷物を載せて、カトリックの祝祭や教会の前で開かれる市にやってきたといいます。古くからのパートナーへの親しみも込めて、メキシコの人たちはこの日を「ムーラの日」と呼んでいます。
 セマナ・サンタの張り子面と聖体祭のムーラ(ラバ)は4号館2階の世界の玩具でご紹介しています。
 
2018年3月 


雛祭りの勝手道具
 

 雛祭りになると今では見かけることが無くなりましたが、京阪神の裕福な家庭では昭和30年頃まで、雛の段飾りの前に台所道具を模した小さな勝手道具が飾られ、女の子たちは勝手道具で遊びながら家事を覚えていきました。雛の季節に小さな勝手道具が飾られるようになったのは江戸時代後期からで、2006年2月の「今月のおもちゃ」で詳しい解説をしています。
 その後も当館には、貴重な勝手道具の数々が寄せられ、写真の勝手道具は、一昨年11月に宝塚在住の方から受け入れたもので、以前は大阪にお住いでした。勝手道具は高さ約26cm、幅60㎝、奥行き30㎝で、明治末期頃のものですが、その繊細で緻密な内容の濃さから、多数所蔵する当館の勝手道具コレクションのなかでも特筆すべきものです。
 現在、2号館のままごと道具の展示コーナーで展示しています。
 
 2018年2月

瀬戸内地方の大型古今雛
 

 この古今雛は女雛の袖が長く垂れ下がった江戸の古今雛の形を踏襲する雛人形です。男雛・女雛とも、雛台ともで高さが約75cm、巾も約75cmもある超大型の類のない内裏雛で、製作年代は明治末から昭和初期と推定されます。
 高い雛台に垂らされた袖には唐獅子と牡丹の文様が金糸で刺繍され、雛人形の愛好家の間では「見栄っ張り雛」の名で知られています。この大型の内裏雛が見つかるのは瀬戸内沿岸の岡山や広島地方ですが、現在まで生産地は不明で解っていません。
 この度の当館の春の特別展「雛まつり~江戸から昭和、雛の名品展~」には、この大型の古今雛が初登場しました。岡山市内の旧家で飾られていたものですが、ご縁があって当館の収蔵品になり展示しています。
 
2018年1月

狆の土人形(明治初期製)
左:伏見土人形の狆
(高さ 20cm)
中央:松江泥人形の狆
(高さ 24cm)
右:三次土人形の狆
(高さ 18cm)


 狆は江戸時代から明治時代にかけて人々に愛された小型犬です。室内で飼われ、黒い耳と巻いた尻尾が特徴で、吉祥をあらわす五色のよだれかけが着けられていました。しかし明治時代になり、各種の洋犬が入るとその人気に押されて次第に姿を消し、大正時代に激減したと伝わります。
 現在、1号館で開催中の「犬のおもちゃ」展では江戸時代から明治時代にかけて日本各地で作られるようになった郷土玩具の犬約200点が展示されています。驚いたのは、青森から沖縄まで土人形の産地で作られてきた犬が狆なのです。展示品の製作年代は多くが昭和初期以降ですが、その産地の多くが明治時代の発祥であり、当時の型が継承されていることから今も狆が作られていると考えられます。
 展示品には上記写真のような、明治初期以前に作られた貴重な狆が数点展示されています。これらは昭和40年過ぎに現地を訪ね、民家などに眠っていたものを譲り受けたもので、明治初期と判断出来るのはその彩色です。赤い色が現在のように鮮やかな赤色でなく、朱色のような色が使われていることです。京都の伏見人形と広島の三次人形は現在も製作されていますが、中央の島根の松江泥人形は焼かないで土に和紙などを練り合わせたものを型抜きして彩色したもので、幕末頃から作られ、大正5年頃に廃絶した貴重品です。

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