平成24年全国博物館長会議
事例発表「館長のリーダーシップ」  発表者 日本玩具博物館館長 井上重義



■ 玩具博物館設立の動機 

1. 玩具博物館設立の動機 自己紹介と館長就任の経緯

 日本玩具博物館と大きな名称がついているが、この館は私が昭和49年11月に設立した個人経営の館である。昭和38年24歳の時に『日本の郷土玩具』(斉藤良輔著・未来社)と出合い、「日本の郷土玩具がこの国土に芽生えて花開いたわれわれ民族の文化財であり、質と量が世界に誇れるものでありながら、忘れられ失われようとしている」状況を知り、電鉄会社勤務の傍ら本の巻末に記された作者を訪ねて収集した。大分県豊後高田の凧屋で「イギリスの大英博物館から注文があったが国内の博物館から注文がない」と聞き、各地の博物館や資料館を見学しても、当時は玩具や人形が展示されていることは稀で、評価を高めるためには展示施設が必要だと考えるようになった。
夢は昭和49年に実現した。民俗学者柳田国男の生家から南約8q、世界文化遺産姫路城から北東10qの人口2万人の香寺町(現在姫路市)に自宅を新築、その一部47uを展示館にして館長に就任した。会社勤務(PR誌編集)の傍らの運営で当初は入館料無料で土・日曜のみ開館した。  
開館当初の名称は「井上郷土玩具館」。当時、博物館施設は数少なく、兵庫県内では約40館(現在150館)、姫路市立美術館や兵庫県立歴史博物館よりも9年早い開館だった。
開館以来38年間で大きく発展した。国内外9万点の資料を収集し、白壁土蔵造りの6棟700uで公開する。スタッフは6名、平成10年には博物館相当施設にも認定された。私は独学で博物館の勉強をし、平成12年に学芸員資格を取得した。サントリー地域文化賞、日本ミュージアム・マネージメント学会賞、地域文化功労者文部科学大臣表彰、日本観光振興協会長表彰などを受けた。


2. 開館以来、コレクションの充実を図る

幸いだったのは開館後、勧められて日本博物館協会に加盟したことだ。『博物館研究』で情報を得て、私なりに博物館のあるべき姿が学べた。博物館は「貴重な人類の文化遺産を収集保存し、後世に伝える使命を持ち、その館でないと見ることができない個性的なコレクションの構築が必要だ」と考えて、資料収集と施設の充実を図ってきた。
開館10年後には規模内容から玩具博物館としては国内最大になった。博物館として認知されるには登録博物館を目指す必要があると考えて日本博物館協会に相談した。昭和59年4月に個人名を冠した名称を日本玩具博物館と改称し、同時に45歳で会社を退職して人生を博物館運営に賭ける決意をした。平成元年には学芸員を採用、登録博物館を県に相談したが財団法人化には3億円が必要と言われて諦めた。営利法人は博物館にはそぐわないと考えて個人経営できたが、平成10年には博物館相当施設に認定された。


3. 博物館のあるべき姿を追求してきた

 現在、展示棟は5館、展示ケースの延長は170mある。収蔵品9万点のうち3割が受贈資料であり貴重なものが多い。博物館の生命はコレクションにあると考えて当館ならではの個性的なコレクション群の構築をはかり、評価されずに消え行く運命にあった子どもや女性に関わる文化遺産を私の視点で収集した。800点の神戸人形、3000点のちりめん細工、150カ国3万点の世界の玩具と人形などは国内では例をみない。虎の玩具、御殿雛、端午の飾り、ミニチュア玩具なども国内第一級である。
今も収集には年間100万円以上を費やし、平均して1000点を超える資料を収集している。コレクションの構築には、方向性とタイミング、継続が必要である。
昭和52年以来収集してきた世界の玩具も、検証いただければ世界でもトップクラスの内容である。世界各地から民族玩具が急速に姿を消す寸前に収集に成功したのである。
展示は2号館・3号館・4号館で常設展、1号館・6号館で季節毎に所蔵品による企画展を年間計8回開催している。また開館当初から館内で昔の玩具で遊べるコーナーを設けているが、当時はハンズオンという言葉もなく、体験コーナーの理解も博物館関係者からも得られにくかった。

4.現在まで独立採算運営を成し遂げる

博物館を独立採算で運営するなど不可能に近く、奇跡とされるが、当館は今日まで独立採算で運営してきた。開館後入館者は増え続け、平成2〜9年頃には年間6万人もあったのが現在は2万人。入館料の減少を補ったのがミュージアムショップの通販事業の成功である。
26年前からちりめん細工の技術伝承活動に取り組んできたが、その過程で明治時代の薄くて伸縮する二越縮緬の必要性に気付いた。織り元の協力で12年前に復元に成功し、更に京都の染め屋の協力で江戸や明治の古典柄を再現。作り手に直接届ける通販事業に取り組み、入館料を超える収入源が確保できた。さらにちりめん細工の本もこれまでに11冊出版。5万部以上売れた本もあり、貸出料ほか、諸々の収入で館の運営が成り立つ。
入館者数は確かに大きく減少したが、当館はちりめん細工のメッカ的な存在になり、当館でないと見ることが出来ない資料の数々は全国から人を呼び寄せる。入館者数は大きく減少したが、経済的波及効果は大きく高まったことは確かである。観光地でもない地で今日まで、文化財を守る施設として独立採算運営が出来たことは奇跡であり、感慨深いものがある。


■ あるべき館長の姿・役割と現状における課題
 館長として、大勢のスタッフを統率する。私にそんな能力があるとは思っていないが、使命感や方向性を明確にして、それを継続してきた。スタッフと共に力を合わせて、仕事をしてきたことが大きな成果に繋がった。

1、 私自身の考えをHPで情報発信

 平成17年から当館HPで、『館長室から』として私の考えを折々に発信しNO74と回を重ねてきた。平成22年11月3日の文化の日の『館長室から』では「博物館は守るべき文化遺産があり、それを守るために造られた施設である筈だ。しかし公立施設の多くは資料よりも箱が優先し、近年は人集めのための企画展などには大きな経費が費やされるのに資料収集には予算が付かない状況は、博物館の将来にとって決してよいとは思えない。イベント中心の活動は開催中は賑わうが、それが終われば来館者の足は遠のく。本来、博物館はいつ訪ねても、そこには魅力的で個性的な資料が展示され、来館者を感動させて満足させることが大切なのだ。人集めにはお金をかけるが資料収集には予算がない現状は、結果として博物館の魅力を減退させ、博物館離れにつながりかねない(要旨)」と述べている。

2、現在の課題

昨今の博物館を取り巻く状況の厳しさは新聞紙上などでもよく取り上げられるが、正直、私自身もこんな時代が来るとは夢にも思わなかった。
多彩な資料を所蔵する当館は、開館後、入館者は増え続け、平成3・4年は7万人を超えた。それが平成16年に4万人を割り込み、現在は2万人に近い。他館での当館所蔵資料による特別展は各地で通常入館者数を大きく上回る成果をあげる。来館者は関東や九州など全国各地からだけでなく外国人も多い。「来てよかった、すばらしい博物館だ」と感動の声が寄せられるのに、入館者減に歯止めがかからない。
なぜなのか。いろいろ考えてきたが、博物館離れ、地域力(施設・環境・買い物・食事など)の低下や交通のアクセスの悪化、公立館との競合などが挙げられる。博物館は非営利組織であり、同じ地域で同一のテーマで競うのではなく、各館が個性を磨くことが大切で、それが地域の魅力を生み出し、地域力を高めるのである。近年は「集客」が最大の課題になり、公立館が子供を無料にした影響も大きいと考える。
当館ほどの内容を持つ玩具博物館は、国内だけでなくアジアにも見当たらない。世界文化遺産姫路城見学のためにこられる外国人観光客に、当地にすばらしい玩具博物館があることを知っていただくために、HPは英語・ドイツ語・中国語・韓国語をアップしたが、パンフレットもこの3月に英語版と中国語版を作成した。平成26年には姫路城の改修工事も完了するので、将来の外国人観光客の増加に向けて準備している。
当館は博物館相当施設に認定され、平成11年から3年間、文部省の「親しむ博物館事業」の委嘱、続いて平成15年度文化庁「伝統文化子ども教室事業」の委嘱、平成23年・24年度の文化庁の「ミュージアム活性化支援事業」に関わる補助金も受けた。博物館の存続には地域社会の理解や支援が欠かせないと思うのだが、県や市などからの支援はない。社会教育施設として文化遺産を守るために頑張っている私立の博物館に対して、自治体の支援がないのはなぜなのだろう。不思議に思う。
運営については一般財団化の検討を進めている。


3.今後への展望

 9万点もの資料を所蔵する当館は、展示できる所蔵資料は約2割。約8割が収蔵庫に眠る。当館のコレクションは文化財として評価されたものでないが、他には類のない魅力あるコレクション群が多く、見る人を感動させ、動員力も持っている。
 膨大な資料はさまざまな切り口での展示が可能である。当館では所蔵資料により、この夏は1号館で9月11日まで企画展「幻の神戸人形」、6号館では6月30日〜10月16日まで特別展「世界の鳥のおもちゃ〜形と色と音色」を開催する。
他館からの資料貸し出し依頼も多い。「ちりめん細工」「懐かしのおもちゃ」「コマと羽子板」「日本の祭りのおもちゃ」「世界の乗り物玩具」「世界の動物造形」「世界の民族人形」「世界のクリスマス」…など。可能な限りお応えしているが、今年も群馬県と福井県の県立施設、豊岡・丸亀・北九州市などの施設から依頼があり協力する。
 所蔵資料は大切に保存して後世に伝えることにあるが、その活用も大切だと思う。例えば、さまざまな魅力あるコレクション群を所蔵している館が、所蔵資料が少なく特別展開催が困難な施設にお貸しして、活性化のために協力することなどはどうだろうか。コレクション群を日本博物館協会に登録をして仲介の労をとっていただき、協会には手数料をお支払いする。休眠資料を活用して博物館の活性化を図る、そのようなことは考えられないものだろうか。
 当館は過去にスイス、ベルギー、アメリカ、ブラジル、中国、韓国から招聘されて所蔵資料を展示した。日本女性の美意識や手の技を紹介する「ちりめん細工展」の海外展を夢に描いている。
当館の現在の課題は、増え続ける膨大で貴重な資料の収蔵対策と、どのようにして後世に伝えるかである。集客都市(文化都市)との連携や、当館資料を展示する連携施設の検討なども必要である。多くの方に、当館が収集した資料の大切さを認識していただくためには、国の登録有形文化財(美術工芸品)の指定申請も検討すべきでないかと考えている。いずれにせよ博物館の所蔵品が社会の宝物であると認識され、社会からご支援いただくことが欠かせないと思う。
冬の時代が続くが、この困難を乗り越えるにはどうすればよいか、模索する日が続く。 以上