「七夕飾り」 | 日本玩具博物館

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企画展

夏のテーマ展 「七夕飾り」

会期
2006年6月10日(土) 2006年8月27日(日)
会場
2号館 L字コーナー

七夕の習俗は中国から伝来し、万葉の昔から日本人に知られていましたが、七夕が庶民のものになっていく千年の歴史の中で、祖霊祭としての「盆行事」や、実りの秋を前にした「豊作祈願」などとも結びついたと考えられています。
『七夕の紙衣と人形』(石沢誠司著/2004年7月刊)によると、七夕は、奈良・平安時代の頃には、大陸から渡来した高級織物の織機や織り手を祭る宮中行事であったものが、室町時代に入ると、和歌や管絃、立花、香道な  どもとり込んだ芸能祭のような色合いを帯びていき、私たちが今日、知るところの笹竹の飾りが盛んに行われるようになるのは、江戸時代後期、七夕行事の担い手が寺子屋の子ども達の手に移ってからのことだといいます。

七夕に紙衣を飾る民間の風習は、江戸時代前期から行われていた「七夕さまに着物をお貸しする習俗」に起源があるようです。これは、天の二星(特に織姫)のために、袖を通していない着物を飾り、将来にわたって衣装に恵まれることを願うものです。布製の着物は、やがて紙製の着物に代替されるようになり、七夕紙衣は、大都市部から地方へと広まっていったようです。実際に、松本をはじめ、京都、姫路、仙台や山梨、鹿児島などにも紙衣や着物を着せた人形が伝わっています。

京都の「七夕さん」七夕に着物の雛型である紙衣を縫うと裁縫の腕があがるとされた

高度経済成長期を境に一気に廃れ、家庭における七夕行事は今では大変めずらしくなりましたが、この小テーマ展では、各地に伝承されたユニークな七夕の飾り物を集めてご紹介し、日本の七夕の豊かな世界を垣間見ていきます。今回は、紙衣や人形を中心にご紹介します。

 
七夕の紙衣

【姫路の七夕さんの着物 (兵庫県姫路市大塩・的形・白浜・東山)】
*姫路では市川が播磨灘に注ぐ地方に「七夕さんの着物」という男女の区別をもった素朴な紙衣が伝わっています。竹ざお(東山ではトキワススキの茎)を紙衣の袖に通して飾られ、子どもが将来、着物に不自由しないように願われました。飾るのは8月6日の夕刻からで、翌朝には川へ流されます。

姫路市の塩田で栄えた播磨灘沿岸地域に伝わる「七夕さんの着物」

【生野の七夕さん(兵庫県朝来郡生野町)】
*銀山で栄えた生野町の中心地でも、姫路と同じような形の紙衣が飾られました。二本の笹竹飾りの間に苧がら(皮をはいだ麻の茎)を渡して、一対から数対の「七夕さん」を吊るし飾りました。生野町では昭和30年代頃にこの風習は廃れてしまいましたが、近年になって、公民館や地区のふれあいセンターなどを中心に復活が図られています。

銀山で栄えた朝来郡生野町に伝わる「七夕さん」

【仙台の七夕飾り(宮城県仙台市)】
*大きな吹流しをつけた商店街の大・七夕飾りが有名ですが、仙台の伝統的な飾りは、紙で作った七つ道具(短冊・紙衣・投網・巾着・吹流し・折り鶴・屑篭)を笹竹に並べて吊るすものです。七つ道具を吊るした昭和30年代と現在のミニチュア七夕飾りを展示します。


七夕の人形

【松本の七夕人形(長野県松本市)】
*松本の七夕人形は、は、男女一対の紙雛型や木製で着物を着せて飾る人形、流し雛型の紙人形など、数種類があり、全国的に知られています。人形を飾る日は、ひと月遅れの8月7日前後、木や紙で作られた男女一対の人形は、子どもが初めて七夕を迎える祝いとして、親戚や近所から贈られ、着物を着せかけると、風通しのよい軒に吊るして飾られました。子どもの成長や健康を願い、また着物が増えるようにと祈りながら。               

七夕の町、長野県松本市に伝わる七夕人形のいろいろ

【尾山の七夕姉さま(富山県黒部市尾山)】
*七夕が近づくと、女の子は姉さま人形を、男の子は満艦飾に仕立てた船を作り、8月7日の夜、尾山地区を流れる泉川に浮かべ流します。「七夕流し」と呼ばれ、江戸時代の終わり頃から続くユニークな七夕行事です。この行事に登場する大型の姉さま人形は、一昨尾山在住の古老に製作していただいたものです。

富山県黒部市尾山地区に伝わる「七夕姉さま」


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同時開催の企画展 → 夏の企画展*2006「おもちゃで綴る昭和」