コレクション
collection日本の郷土玩具
日本では江戸時代後期から明治時代にかけて、子どもたちの健やかな成長を願い、身近にある紙や木、竹や土などを使って、各地で楽しい玩具や人形の数々が作られました。それらは、日本各地の風土や暮らしの中から生まれ、郷土の伝説や信仰、美意識、幸福観などを反映して、その土地ならではの味わいをもっています。 郷土玩具が消失の危機を迎える度に、これらに素朴な造形美や郷愁を感じ、収集して楽しむ大人たちが現れ、そうした収集家たちに支えられて、故郷の玩具文化が今に伝えられたのです。
当館では、館長・井上重義が昭和30年代後半から一生涯をかけて収集してきた郷土玩具を中心に、故尾崎清次氏や故橋本武氏をはじめ著名な郷土玩具収集家から寄贈を受けた貴重なコレクションを合わせ、明治時代から現代に至る30,000点もの膨大な郷土玩具資料を収蔵しています。
1.地域性
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北海道・東北
木彫り熊やニポポに代表される北海道の木製玩具、東北各県の木地師が作るこけしや木地玩具、優雅で繊細な土人形や張子玩具など、冬季には雪に覆われる地域ならではの素朴で温かな郷土玩具が数多く見られます。青森県のねぶた祭りや秋田県の竿灯(かんとう)祭り、岩手県の鹿踊り、山形県や福島県の獅子舞など、東北各地の祭礼や民俗芸能と結びついた玩具にも見どころがあります。良馬の産地であった地方にふさわしく、“日本三駒”として知られる八幡馬、木ノ下駒、三春駒をはじめ、馬を題材にした玩具も目立ちます。
―――北海道・青森県・岩手県・宮城県・秋田県・山形県・福島県――― -
関東
弾き猿や暫狐(しばらくぎつね)、千木筥(ちぎばこ)、今戸土人形、犬張子など、大都市・東京には今も江戸時代からの伝統を受け継ぐ玩具が生き続けています。また、ろくろ挽きで作られる栃木県日光や神奈川県箱根の木地玩具も古い歴史をもっています。埼玉県の船渡張子や鴻巣練物人形、群馬県の高崎張子、千葉県の芝原土人形など、江戸時代後期からの伝統をもつ郷土玩具が数多く作られてきました。
―――茨城県・栃木県・群馬県・埼玉県・千葉県・東京都・神奈川県――― -
中部
能登のキリコ(祭礼の灯籠)の玩具や新潟の鯛ぼんぼり、金沢や富山の獅子頭には北陸路の風土から生まれた独特の風格が感じられます。新潟の三角だるまや甲府の親子だるま、金沢の八幡起き上がりなど、ユニークな造形のだるまが見られるのもこの地方ならでは。名古屋や金沢の繊細なからくり玩具は城下町の楽しさを、信州のあけび細工の鳩車や桐原のわら馬は山国の風情をそれぞれによく伝えています。
―――新潟県・富山県・石川県・福井県・山梨県・長野県・岐阜県・静岡県・愛知県―― -
近畿
古都・京都が伝える伏見土人形、その影響を受けて江戸時代後期に作られ始めた滋賀県の小幡土人形や兵庫県の稲畑土人形、商都・大阪の神農さんの虎や種貸しさん、奈良法華寺の守り犬、兵庫県の温泉地・有馬の人形筆や城崎の麦わら細工など、どれもが長い歴史をもつ玩具です。伊勢参りの土産として親しまれた弓獅子や竹蛇、奈良の張り子鹿などには旅の思い出が込められ、戦前大阪の張子玩具には可笑しみと懐かしさがあふれています。
―――三重県・滋賀県・京都府・大阪府・兵庫県・奈良県・和歌山県―――
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中国・四国
山陰路には鳥取の流し雛やきりん獅子、倉吉張子に出雲張子、山陽路には倉敷の素隠居(すいんきょ)や尾道の田面船(たのもぶね)、三次土人形など、風格のある玩具や人形が伝わっています。中国地方の各地では、桃の節句に飾られる天神人形が古くから作られてきました。四国には高松張子や土佐張子、この地方の祭礼に登場する太鼓台や牛鬼をまねた玩具、鳴門の首人形、土佐伝統の漁業と結びついた鯨船や鯨車など、暖かい風土が育んだ楽しい造形が目立ちます。
―――鳥取県・島根県・岡山県・広島県・山口県・徳島県・香川県・愛媛県・高知県―― -
九州・沖縄
昔の博多人形の伝統を守って作られる古博多土人形やその流れをくむ弓野土人形、江戸時代唯一の開港地・長崎の風土を伝える古賀土人形など、この地方の土人形は多くの見どころがあります。なかでも、熊本の木の葉猿は独特の雰囲気をもち、全国でも類がない土人形です。熊本県や福岡県で作られてきた雉車や宮崎県のうずら車はこの地方の木製玩具を代表しています。
ポンパチ(でんでん太鼓)や鯛車、化粧箱など、鹿児島神宮の授与玩具や琉球張子をはじめ、九州・沖縄地方の郷土玩具は南国らしく、おおらかな造形と明るい彩色が特徴です。
―――福岡県・佐賀県・長崎県・熊本県・大分県・宮崎県・鹿児島県・沖縄県―――
2.祈りの玩具
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郷土玩具の造形や色彩には、単純に子どもの遊び道具としてだけではなく、病気除けや子授け、安産に対する切実な願いが込められているものもあります。とくに郷土玩具の中で目立つ赤色の玩具は、江戸時代から明治初期にかけて、猛威を振るった疱瘡(ほうそう=天然痘)除けに作られたものが多く、各地にみられます。
3.郷土のコマ
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江戸時代、こまは日本全国で地域性のある形と回し方が発展しました。東北地方には雪の上で回すのに適した「ずぐりこま」をはじめ、木地師たちが作る素朴な木地こまがあり、関東地方には、洒脱な形と華やかな色あい、からくりの要素をふんだんにおり込んだ江戸こまがあります。関西には、古代のこまの形を思わせる鳴りこまがあり、九州地方には、らっきょう型の「けんかこま」やヒモを使って空中で回る皿型の「ちょんがけこま」があります。同じ種類であっても、地域ごとに色や形、込められた意味、遊び方などに幅広く豊かなバリエーションがみられます。
4.郷土の手まり
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江戸時代、木綿が栽培されるようになると、全国各地に木綿布や木綿糸が普及し、普段使いの衣料の中心を担うようになります。やがて、母親や祖母たちは、暮らしの中で生じたぼろ布やくず糸も大切にとりおき、女児たちのために小さなまりを作りました。まりは、色糸で菊や椿などの花模様、星形や幾何学模様などをほどこして美しく仕上げられました。
その模様は、地域ごとに異なる特色をもっています。手まりは、室内で転がしたり、弾ませたりして遊ばれましたが、明治時代に入ってゴム製のまりが出現すると、その普及に押されて、姿を消していきました。
5.郷土の凧
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日本の伝統的な「和凧」は、竹などの骨組みに和紙を張って糸をかけたもので、正方形、長方形、六角形、菱形などの幾何学的な形、また鳥や動物、人物、器物をかたどったものなど、様々なバリエーションをもち、日本各地の空を美しく彩ってきました。
かつて、凧を「たこ」と呼んだのは関東地方で、関西や四国地方などでは「いか」の呼び名が一般的でした。山口県見島などでは「ヨウズ」、長崎では「ハタ」などと呼ばれ、ところ変われば呼び名も様々。形や骨組み、絵柄、凧に託す願いも趣向も異なり、地域それぞれの生活文化を色濃く反映しています。
6.自然玩具
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遊び道具を作るところから始まる遊びも、子どもたちには重要です。春夏秋冬の季 節の植物、身近な生物もたちまち玩具になります。郷土玩具の職人的な手工芸とはまた趣が異なりますが、これらも日本の豊かな自然から生まれた伝承玩具です。