「中秋節の兎儿爺」 | 日本玩具博物館

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今月のおもちゃ

Toys of this month
2021年9月

「中秋節の兎儿爺」

  • 1990年代
  • 中国・北京/土

旧暦8月15日の中秋節、この夜の月明かりの清らかさを愛で、家族揃って満月を拝する習慣は宋代(960~1279)のころに定着したと言われています。明代から清代の習俗や風物を記した『帝京景物略』(劉侗・于奕正編/1635年刊)には、月に供える果物や餅には必ず丸いものを用意したことやこの日のために売られた「月光紙」についても記されています。月光紙には、満月のなかに月光遍照菩薩を浮かび上がり、菩薩が趺坐する蓮華の下には月輪桂御殿があり、兎が杵を手に人のごとく立ち上がって臼の中で薬を搗く様子が描かれていたといいます。

中国には月と兎にまつわるいくつかの物語があります。有名な伝説に曰く、――昔、三人の神仙が貧しい老人に転じて、狐、猿、兎に物乞いをした。老人にあげる食べ物を何も持っていなかった兎は、火の中に身を投じ、焼けた身体を老人に捧げた。兎の献身に心打たれた天帝は、この兎を月宮に引き上げて玉兎となした――と。もうひとつは「嫦娥奔月」で、月には、不老長寿の仙薬を盗んで飲み、月へと逃げた嫦娥(じょうが)という名の美しい仙女と、そのお供の兎たちが住んでいて、兎たちは嫦娥のために杵を手に薬を搗いているというのです。

こうした物語に基づき、月を拝する祭壇には、木版画の月光紙(=「月光神馬」)を掲げて「月餅」や丸い形の果物を供え、そこには北京では「兎儿爺(トゥアールイエ)」、山東省では「兎子王(トゥツワン)」と呼ばれる鎧に身をかためた兎、また仙薬をつく兎の泥人形が飾られていました。

『帝京歳時紀勝』(潘栄陛著/1758年刊)には、清代、中秋の日の北京では五彩で顔を化粧した色とりどりの泥製玉兎が月下の市(夜店)で売られたと記されていますが、この玉兎は「兎儿爺」をさしたものと想われます。「爺」という漢字はお爺さんを意味するものではなく、神様をさすときにも尊敬を込めて使われる語です。清代の「兎儿爺」は、高さ1メートル近い大型もあれば、10センチにも満たない小型もあり、また虎に乗ったものや蓮の花に座ったものなど、様々な造形がみられたようです。

木版年画「桂序昇平」を模写したもの 
『中国民間玩具簡史』(王連海著/北京工芸美術出版社・1991年刊)より

清代乾隆年間(1736~1795)の木版年画「桂序昇平」には、中秋節の様子が描かれています。その絵を見ると、机に「兎儿爺」が置かれ、その前に西瓜や桃、月餅が供えられています。ふたりの子どもは「兎儿爺」に叩頭の姿勢をとり、馨を手に祝賀の音楽を奏でる子どもの姿も見えます。

「兎儿爺」 北京・双起翔作 1990年代製
双起翔氏と双氏のアトリエ (撮影:井上重義館長 1996年夏)

上の画像は、1990年代初頭に北京泥人作家の双起翔氏の手で作られた「兎儿爺」です。
現在の「兎儿爺」には、21世紀の人々に愛されるデザイン的工夫が加えられ、様々な種類が見られます。2021年の❝中秋の名月❞は9月21日。北京の街のあちらこちらに「兎儿爺」の泥人形が登場していることでしょう。

(学芸員・尾崎織女)