人形に託されるもの~「世界の国の人形たち」より | 日本玩具博物館

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学芸室から 2007.06.23

人形に託されるもの~「世界の国の人形たち」より

から、今夏の特別展「世界の国の人形たち」が始まりました。本展は、1000点に及ぶ人形資料を機能別、性格別に展示する「人形の世界」のゾーンと地域別に世界各地の民族人形をご紹介する「人形で綴る世界紀行」のゾーンの二つに分かれています。100カ国をこえる国々から、様々な出自来歴をもった人形たちが明るい黄緑色のクロスの上に仲良く集いあう風景は、さながら世界民族の祭典のようです。来館者の皆さんはどのような受け止め方をして下さるでしょうか。とても楽しみな初日です。

西アフリカ諸国のアクアバの木偶

  「あっ、このお人形、みんな裸んぼう!」
  「大きな顔!お日さまに似てる…。」
  「なんで、頭にとんがり帽子かぶってるの?」
  「この人、泣いた顔して笑ってる…」

などと、まるで詩人のような言葉を発しながら、4、5歳の幼児たちがこぞって目をとめたのは、意外にも、<神々と人形>と題して、西アフリカ各地で製作される安産を祈る木偶(木製の偶像)や子宝を願う木偶などを展示するコーナーでした。造形的な面白さが子どもたちの心をとらえるのでしょうか。あるいは、精神的にも何かリンクするところがあるのでしょうか。確かに、ガーナのアシャンティ族が作る「アクアバの木偶」やガボンのコタ族の「納骨籠守護の木偶」などを見つめていると、子ども達の絵の世界にも通じる率直さと温かさが感じられます。小さな子どもの絵というと、関心のあるところ、思いのあるところが大きく強調されて描かれることが多いのですから。

人形といえば、私たちは愛玩用のぬいぐるみ人形などを思い浮かべますが、この特別展では、それらのご先祖さまに当たるような、民間信仰の中にある小さな偶像などもあわせて展示しています。カメルーンに居住するナムジ族の木偶は、長い首とどっしりとした下半身に、動物の骨製ビーズやコイン、タカラ貝、皮紐などをたくさん飾ったものです。不妊に悩む女性は、これを自分の腹部に当たるようにして首からさげ、大切に世話をし続けると、霊力によって子宝に恵まれると信じられてきました。たとえば、この木偶のように、世界の人形をめぐる歴史の中では、人間の形を持った物体を、精霊の宿る形代とみなす考え方が長く受け継がれてきたと思われます。

「人形を偏愛する民族」と世界中の人々から評される私たち日本人も、「人形は目にみえない霊魂の依代(よりしろ)だから、粗末に扱うのは恐い」という感情を抱くことが少なくありません。良い霊がつけば守りとなるけれど、悪い霊がつくと、家族に酷い災いをもたらす。お隣の韓国ではその観念が日本よりももっと強く、最近まで、目に見えない霊魂を畏れる感情から、人形を身近かに置くことは避けられてきたといいます。 では、その霊魂は、どこから人形の中へ入るのか………「目」から、と世界中の多くの人々は考えました。

写真Aは、一昨年、井上館長が名古屋で開催された愛・地球博会場で入手した北アフリカ・モーリタニアの民族衣装の人形です。詰め物を施した饅頭形のスカートに木の棒を差したボディー、黒いベールをかぶって髪はビーズで華やかに飾られていますが、顔には目鼻が作られていません。写真Bは中央アジア・ウクライナのぬいぐるみです。民族衣装用に裁った残り裂で作られた素朴な人形。赤ん坊を抱く母親を表わしているのですが、この人形にも目がありません。ままごと遊びの相手として女児たちに与えられる人形に悪霊が入り込み、女児たちが危険にさらされることを畏れたためといわれています。
昭和57年に開催された『ソ連の人形と玩具展』(聖教新聞社主催)では、グルジア共和国の伝承人形も展示されましたが、顔には、表情の代わりに数色の糸で大きく×印の刺繍がありました。悪霊の侵入拒否!を訴えるかのように。

今回の展示品の中に目鼻を持たない人形は数えるほどしかありません。展示室で人形を見入っていた小学3年生の女の子たちに、モーリタニアの民族衣装の人形やウクライナのぬいぐるみ人形について訊ねてみました。

「この人形はお顔がないけれど、もしも、あなたがこれをもらったら、どうする?」    
  ――――「かわいい目や口を描いてあげる。」
      「私は、笑った顔にする。」
      「お母さんに頼んで、刺繍してもらう。」
「これ作った人は、人形の目から、恐いものが入ってきて人に悪さをすると信じていたんだよ。だから顔を描かなかったの。」
   ――――「ふ~ん・・・・・・。お化けとか・・・?」
      「・・・・・・・・・。」
      「大丈夫! 私が、人形を守ってあげるから!」

女の子たちのとても前向きな感じ方に感心しながら、私は思いました。大人たちの観念から離れて子どもたちの手に移った人形たちは、その明るい笑顔の下に表情を得、子どもたちの親しい家族になっていくものかもしれないと。

本展は、10月9日までの長丁場です。「学芸室から」では、1,000点の人形たちと来館者の皆さんとの出あいについて、会期終了まで、折にふれてご紹介していきたいと思っています。

(学芸員・尾崎織女)

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