「雛遊びの世界」 | 日本玩具博物館

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特別展

春の特別展 「雛遊びの世界」

会期
2009年2月7日(土) 2009年4月14日(火)
会場
6号館

平安時代、貴族社会の女児たちは「ひゐな」という小さな人形を作り、日々の暮らしの中で「ひゐな遊び」を楽しんでいました。『源氏物語』全五十四帖中にも、十数回にわたって「ひゐな」の言葉が登場し、中には、紫の上や明石姫君らが、「ひゐな」で遊んでいる様子が生き生きと語られるくだりもみえます。紫の上は、ひゐなを源氏の君に見立てて着せ替えたり、それらが暮らす館をこしらえ、お道具なども使ってままごと遊びを行ったりしています。この「ひゐな」が雛人形という言葉の語源だといわれています。

立ち雛(江戸末期) 雛人形始まりのかたちは立ち雛であったと推測されています


雛飾りに人形や諸道具を飾るための雛段が見られるようになったのは江戸時代のこと。初期の頃は、毛氈などの上に紙雛と内裏雛だけを並べ、背後に屏風を立てた平面的な飾り方で、調度類も数少なく、簡素かつ自由で、各自思い思いに飾って祝う様子が、文献にあらわれる絵図から伺い知ることができます。

生き生きとした表情の小さな雛人形(江戸末期)

雛祭りが盛んになるにつれて、雛人形やそれに付随する添え人形、諸道具の類も賑やかになり、雛段の数も次第に増えていきます。安永年間(1772~81)には4~5段、天保年間(1830~44年頃)には、富裕な町家の座敷いっぱいを使うような贅を尽くした雛段も登場します。豪華になった雛の諸道具は、黒漆塗に牡丹唐草の蒔絵を施した大名道具的な調度品を映し、家の勢力を競うシンボルとしての要素が強まりました。

そうして江戸を中心に「段飾り」が発展する一方、上方では「御殿飾り」が優勢でした。建物の中に内裏雛を置き、側仕えの官女、庭掃除や煮炊きの役目を果たす仕丁(三人上戸)、警護にあたる随身(左大臣・右大臣)などの人形を添え飾るもので、御殿を京の御所に見立てたところから、桜・橘の二樹も登場してきます。雛段には台所道具や身近な生活道具類が飾られ、女児の家庭教育的な役割を担っていました。

源氏枠(屋根のない)御殿飾り雛(明治中期)

「ひゐな」が、江戸時代に入って、そのまま桃の節句の「雛人形」となり、また「ひゐな遊び」が直接「雛遊び」の世界につながるほど、歴史の流れは単純でないにしても、御所のお膝元で生まれた御殿飾りや、それと共に飾られる厨房の道具などの雛飾りの中に「遊び」の要素がふんだんにおり込まれていることには、貴族社会を支え続けた京阪地方の歴史性が反映しているのかもしれません。

御殿飾り雛(大正末~昭和初期/京阪製)

本展では、江戸後期から明治・大正・昭和の代表的な雛人形と雛の諸道具を展示して、雛飾りの移り変わりを展観します。また、桃の節句に登場する小さな雛料理の器の色々もあわせて展示し、雛遊びの楽しい世界をご紹介します。各時代の雛人形や雛道具の背景に漂う人々の夢や憧れについても思い巡らせながら、日本玩具博物館の雛まつりをお楽しみ下さい。

展示総数  約50組 

  

①江戸時代の雛人形

立ち雛、享保雛、古今雛など、江戸時代に現れた雛人形の様式の色々をご紹介します。同じ享保雛、古今雛でも、江戸と京阪では表情や衣装の形態などに違いが見られます。人形は、年齢によって眉や鉄漿(おはぐろ)、結髪の形などをきちんと区別して作られています。人形や雛道具の細部にも注目してご覧下さい。

江戸後期の古今雛(江戸製)

②明治・大正時代の雛人形

今日のように、価格によって製品が画一化し、人形と道具が一式揃えで頒布されるようになるのは大正中期頃です。それまでは、人形師や道具屋から気に入った品を買い集め、家ごとに個性的な飾りを行っていました。例えば、祖母の代の雛飾りに嫁いできた嫁の雛を合わせ、やがて女児が誕生すると流行りの雛道具や添え人形を買い足したりして、製作年代の異なる人形や道具が同じ雛段に飾られていました。

明治時代の雛人形は比較的大型で豪壮な印象があり、御殿飾りにも家の権勢を誇示するような堂々とした構えの作品が目立ちます。それが大正に入ると一転。百貨店が制作した小型の段飾り雛や御殿飾り雛の一式揃えが都市部で流行し始めます。剛健で優美な明治と繊細で軽快な大正、ふたつの時代の雛人形を比べながらご観覧下さい。

明治後期の古今雛(大木平蔵/京都製)

この時代の雛飾りの見どころの一つとしては、雛段の下方に置かれる勝手道具や竈(かまど)など、庶民的な道具類です。京阪神の都市部の富裕な町家などで飾られたもので、大名道具的な調度類とは違い、井戸や流し場、洗濯道具や清掃道具なども揃えられ、当時の家庭の様子や女性の暮らし方を知る上でも興味深い資料です。

雛の勝手道具(明治中期)

③昭和時代の雛人形

さらに画一化された段飾り雛一式揃えが、爆発的に普及するのは昭和中期のことです。関西の御殿飾り雛も地方都市の簡素な衣装雛も、それまで農村部で盛んだった土雛も瞬く間に姿を消し、雛段から地方色が失われてしまいます。また、各地で進む核家族化を象徴するように、雛飾りは一家のものから個人一代のものに変わっていきました。

◆特別陳列◆

岡部伊都子さんのお雛さま


この雛人形は、1986(昭和61)年の春、随筆家・岡部伊都子さん(1923~2008)より寄贈を受けたものです。当館館長の井上重義は、若い頃より岡部さんの作品を愛読し、その人となりに尊敬と敬愛の念を持ち続けてきましたが、親しく謦咳に接する機会を経て、日本玩具博物館は、岡部さんが愛蔵される雛人形の寄贈をお受けするというご縁を結ばせていただきました。

岡部伊都子さんと雛人形

昨年春にご逝去された岡部伊都子さんを偲び、ここに「岡部さんのお雛さま」を特別陳列いたします。

内裏雛は、岡本正太郎(=四世面竹/1895~1981/人間国宝)の作品です。岡本正太郎は、特に、昭和30年代から50年代にかけて活躍した人形師で、人形の表情の優美さ、上品さには定評がありました。岡部さんの随筆の中にも、この内裏雛が登場しています。どうぞ、端正で静かな雰囲気をもつお雛さまの表情をお楽しみ下さい。


<会期中の催事>
解説会
  日時=2月15日(日)・22日(日)・3月1日(日)・20日(金/祝)
     ※ 各日 14:00~


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