「中国民衆玩具の世界」 | 日本玩具博物館

日本玩具博物館 - Japan Toy Musuem -

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特別展

夏秋の特別展 「中国民衆玩具の世界」

会期
2022年7月9日(土) 2022年10月23日(日)
会場
6号館

後援:中華人民共和国駐日本国大使館文化部
    公益社団法人日本中国友好協会
    大福書林株式会社

中国各地の布老虎たち 1980年代

日本玩具博物館は、日本の郷土玩具をはじめ、近代化のなかで居場所を失い、顧みられることなく、消えていこうとする世界各地の民族色豊かな人形や玩具を蒐集し、展示や普及活動を通して、それらの中に表現された民族や地縁集団の美意識、造形感覚、宗教観、子ども観などを見つめてきました。本年は、広い中国大陸の各地で花開き、人々が長い年月をかけて育んだ郷土色にあふれる玩具を取り上げ、季節性や地域性、また素材にも注目して、中国民衆玩具の世界を紹介します。
過去には、2013年夏に「中国の民間玩具」と題して、当館のコレクションを総覧する特別展を開催いたしましたが、今回の特別展では、本年7月、大福書林から刊行された『中国民衆玩具ー日本玩具博物館コレクション』(当館学芸員・尾崎織女著/高見知香写真/軸原ヨウスケデザイン)の掲載作品を中心に展示して、民族性溢れる玩具の魅力を立体的に探っていきます。展示室には高見知香さんの写真を配し、書籍と合わせてお楽しみいただける内容構成です。

新刊、『中国民衆玩具ー日本玩具博物館コレクション』

民衆の暮らしの中から誕生し、民間信仰や地域の工芸、演劇、伝説などとも結びついて発展をみた人形や玩具の総称として、中国では「民間玩具」という言葉が用いられています。それらは身近にある自然素材から家内工業的に作られ、地域の祭礼行事ともつながりが深く、遊戯の道具であると同時に、持ち主の健康を守り、招福をもたらす縁起物としての側面もまた強くもっています。長い歳月、民衆が愛しみ、伝承を重ねるなかで、人々の暮らしの一部ともなった人形や玩具たち、ひとりの作者の創造的な芸術表現の枠を超え、地縁集団や民族が共有する表現様式に彩られた品々を、今回、「民衆玩具」と呼んでご紹介いたします。

当館は、1920~30年代、中国東北部(「満洲」)に暮らした日本人の玩具蒐集家より、兵庫県神戸市在住の小児科医、尾崎清次氏(1893~1979)のもとへと渡り、のちに遺族から寄贈を受けた戦前の玩具、約200点を所蔵しています。中国国内では、日中戦争(中国では「抗日戦争」)、中華人民共和国成立、文化大革命(「文革」)へと続く時代の荒波を受けて戦前の玩具のほとんどが失われたため、日本に遺されたそれらの品々は、当時の中国東北部周辺の習俗を探る上でも貴重な資料といえます。


また、美術家であり、民間玩具研究の第一人者であった李寸松氏(1927~2011)から贈られた200点に及ぶ資料群や、日本人研究者、伊藤三朗氏(1932~2021)から寄贈を受けた約1,000点のコレクションにおいては、文革後の民間美術復興運動のなかで蘇った1980~90年代の玩具が大半を占めており、地域固有の造形感覚や美意識を示す佳品が揃っています。

李寸松氏(中央)来館――中国の玩具を囲んで(右:井上館長、左:尾﨑学芸員)1994年4月


本展西室では、「戦前に日本人愛好家が蒐集した東北・華北の玩具」「節句や祭礼と玩具文化」「中国民衆の人形観・人形にみる中国風俗」「人形芝居と玩具」の4項目によって、民衆玩具がもつ宗教性と呪術性、また民衆の幸福観を探り、東室では、「泥人と泥塑玩具」「木人と木旋玩具」「布玩具と香包」「自然素材玩具」など、素材によって分類展示し、地域性や郷土色を見つめます。

私たちの社会が民族性や郷土性を手放そうとしている今、スマートでスタイリッシュとは対極にある土俗的な造形を丁寧に掬い上げて、それらがもっている価値を再発見することには大きな意味があると思われます。玩具の世界を通して、有史以来、アジアの文化に多大な影響を与えてきた中国文化の一端を見つめ、日本文化についても想いを巡らせるひとときを過ごしていただければ幸いです。

展示総数 約1,300点

展示室風景



第一節 【中国民衆玩具の宗教性と呪術性】——玩具や人形のデザインに込められた民衆の願いに焦点を当てて。

A.「戦前に日本人愛好家が蒐集した東北・華北の玩具」
20世紀初頭、日清・日露の戦争を終え、日本が政治的にも経済的にも中国大陸との関わりを深める社会背景のもと、「満州(中国語表記は「满洲」/現在の遼寧省・吉林省・黒竜江省)の都市部に暮らす日本人の中に、この地の民衆が生み出す玩具や人形に深い関心を抱く人々がありました。仕事で訪れた中国大陸で、民衆が作る玩具と出合い、興味を引かれた須知善一(1897~1982)は、甲斐巳八郎(画家/1903~1979)、古川賢一郎(詩人/1903~1955)、赤羽末吉(のちの絵本作家/1910~1990)ら同好の士とともに満州地域の郷土文化を探究するべく「満洲郷土色研究会」を結成し、当時はまだ何とか命脈を保っていた土俗玩具の製作者を調査し、どのような場面にそれらが使用されるかを記録し、仕事の傍ら、夢中になって玩具蒐集に駆け回りました。

戦前の日本人愛好家が東北部(遼寧省・吉林省・黒竜江省)で蒐集した泥娃娃 1920~30年代 ※写真:高見知香

ここでは、そのような人々の手を通して、日本国内へともたらされた「泥娃娃」や「不倒娃娃」、「布老虎」、張子面や小さなからくり人形、泥塑玩具などを展示します。合わせて、須知や甲斐ら「満洲郷土色研究会」が著した貴重な文献『満洲土俗人形』(1940年刊)や戦前戦中の趣味人が残した中国のおもちゃ絵の数々を、画題となった玩具をまじえてご紹介します。

『寿々』(山内神斧著)のさまざまなシリーズに描かれた中国のおもちゃ 1910~20年代

B.「節句や祭礼と玩具文化」
季節の変わり目に心身の健康と暮らしの豊かさを願って祖先を祀り、神を敬う祭礼や節句の風習は、古代に体系化され、広くアジア全域に影響を与えたものです。祭礼に合わせて登場する玩具は、その季節のみに現れる時期性をもち、子授けや長寿、幸福を招く形や色、意匠(デザイン)が選ばれるのが特徴です。ここでは、5つの節句を取り上げ、それぞれに特徴的な人形や玩具を紹介します。

春節(旧1月1日)………風車、獅子の玩具、爆竹や花火、十二支の動物玩具、棒棒人など。
元宵節(旧1月15日)………灯籠の玩具、高蹺(仮装竹馬踊り)の人形など。
清明節(4月上旬)………風筝や紙鳶(凧)
端午節(旧5月5日)……暑さへと向かう季節の節目、人々を襲う災厄を祓うための行事です。子どもは、強い香りを放つ「香包」(香袋)を首から下げ、虎の玩具で遊びます。虎は、この時期に発生する五毒(蜥蜴・蠍・蜈蚣・蝦蟾蜍・蛇)を平然と踏みつけ、悪霊や疫病を祓い除ける霊力をもつと考えられています。
中秋節(旧8月15日)……月には、その昔、不老長寿の仙薬を盗んで月へと逃げた嫦娥という女神がお供の兎たちとともに住んでいると信じられています。北京の中秋節には「兎儿爺」、山東省では「兎子王」の泥人形を飾り、月餅を供えて月を拝します。

C.「中国民衆の人形観・人形にみる中国風俗」
子宝の象徴として、子授けへの願いが託される「泥娃娃」や「不倒娃娃」「瓷娃娃」、家に幸福をもたらす「年年有余」や「連生貴子」など、呪術性をもつ泥人、亡き人を供養するための「紙人」や「紙馬」などを通して、中国民衆の人形観を探ります。
中国の伝承人形は、日本の郷土人形と同じように素材的にも形態的にも地域ごとに特色があり、伝説や信仰を盛り込んで、それぞれの地の風俗を今に伝えています。北京や天津、また江蘇省無錫、山東省高密、臨沂、恵民などで作られる「泥人」の数々、山東省や河南省の「木人」などを地域ごとに紹介します。

中国語には「人形」という表現がなく、泥土製の人形は「泥人」、木製人形は「木人」、絹製の人形であれば「絹人」と綴られます。

D.「人形芝居と玩具」
棒使い人形や糸操り人形、「布袋戯」の偶頭、「皮影戯」(影絵劇)の「影人」、また仮面など、人形芝居にちなむ玩具を展示します。芝居の登場人物をかたどった玩具の豊かさは、中国民衆がいかに芸能の世界を愛していたかを知らせるものです。なかでも、底に豚の剛毛をつけた小さな京劇俳優「鬃人」を銅製盆の上にのせ、バンバンと木の棒で銅製盆の縁を叩いて動かし遊ぶ北京の玩具は非常にユニークです。


第二節 【中国民衆玩具の素材と地域的バリエーション】——ここでは、泥土、木、布、紙、植物素材、動物素材・・・と素材別に玩具を集めて、地域的バリエーションの豊かさを紹介します。日本の郷土玩具においては、土人形と並んで、張子や木地玩具が大きな位置を占めることに対して、中国の民衆玩具では、泥土と布、それから木による玩具が奥行きの深い世界を見せてくれます。


A.「泥人と泥塑玩具」

清代中国の都、北京には様々な素材で作られる民間玩具が集中していますが、泥人や泥塑玩具には、針金を使って細やかな動きを表現した作品が多く見られます。これらが登場するのは、春節を祝う廟会(祭礼)のころ。かつての子どもたちは、多くの露店に集う愛らしい玩具に心をときめかせたことでしょう。文化大革命(1966~1977)における民間文化財の破壊をこえて、1980年代に起こった“民間美術復興運動”の中、古い民間玩具を今によみがえらせたのは、民芸を愛する人々、そして、白大成や双起翔をはじめとする作家らの努力でした。
河北省新城県や唐山市などの産地は、東北部や西北部まで行商を行っていた三百年の歴史があります。


山東省高密で作られる“泥叫獅”と呼ばれる獅子の泥塑玩具もユニークです。動物の胴部が二つに切り離され、つなぎにアコーディオンのように羊皮紙製の蛇腹が取り付けられますが、このとき、小さな葦笛を中に仕込むことで発音玩具になります。蛇腹を伸び縮みさせると、獅子や犬たちがフォワン、フォワン♪♪という声を上げるのです。
江蘇省と言えば、無錫市恵山の「阿福」や「招財偶人」などが有名ですが、宜興では、動物を題材に磁器製作品が少なからず作られています。

中国の古代神話には、人類の祖先である“伏羲(ふくぎ)”と“女媧(じょか)が結婚し、「女媧は黄土をこねて人間をつくった」とあります。この神話を通して、泥土による造形文化の古さが語られているようです。農耕暦が開始される2月、河南省淮陽では、その人類の祖先を崇敬する廟会に、今も、たくさんの泥製玩具が売られます。犬や猿や鳥や人や…それらはとても幻想的で、原始民族がつくる「トーテム(祖先神)」のようにも見える造形です。

陝西省宝鶏市鳳翔の動物玩具は、元来、粘土で型を作り、その上に紙を貼って型を取り出した後、その中に砂をつめたものでしたが、近来、泥土製に変わりました。題材には、馬や牛、ロバ、鹿、犬(狗)、鶏など身近な動物が登場しますが、特に虎が愛されています。それは、この地方で外孫の一ヶ月の祝いに、母方の祖父が、虎を送って健康な成長を願う風習があったことにも由来しています。動物たちは、五色を使い、独特の花や実の文様で飾られて非常に華やかです。なかでも、大老虎や挂虎(虎顔のかけ飾り)は、 表現力が強く、見ひらいた目には魔除けの力が満ちています。
黒い泥哨(土笛)には三つの産地があり、そのうちの二つは河南省。残りの一つが貴州省にあり、黄平に住む苗(ミャオ)族に伝承されています。土をこねて成形した後、無炎燃焼(燻焼)して表面を黒くいぶし、彩色を行います。馬、猪、龍、猿、翡翠、鶏、フクロウ、鷹、鯰、金魚など、身近にいる動物たちが題材となっています。これらの作者は、苗族の老人形師・呉国清氏です。また、平塘県でも、小さな陶哨が作られています。

B.「木人と木旋(木地)玩具」
山東省郯城県や河南省浚県などには古くから知られる木旋玩具の村があります。鳥や人が太鼓を打ちながら前進する押し車や「棒棒人」と呼ばれる日本の「こけし」に似た人形、「花棒」などと呼ばれるがらがらが作られ、また臨沂では、素朴な動物車や男児が喜ぶ木刀などが知られています。材料となるのは、青桐、ポプラ、柳などの比較的軽い木で、切った後は木材を乾かし、ろくろ挽きで成形されたあと、絵付けをして仕上げます。
臨沂の木剣の剣身は木で、紙糊に銀粉がまぶしてあります。郯城の青龍雁刀は「三国志演義」の英雄・関羽にちなむもので、特に人気がありました。

陝西省からは「皮影戯」の影人を真似た木片のついばむ鳥や「木板人」を、四川省からは労働する人々の様子をリアルにとらえたユニークな木製玩具を、雲南省からは孔雀や猿の仕掛け玩具をご紹介します。

C.「布玩具と香包」
日本の郷土玩具は、木、土、紙(張子)、竹や他の植物をおもな材料として製作されてきましたが、中国の民衆玩具の中で、土や木と並んで多いのが布という素材です。残り布や古布などを縫いつなぎ、中に粟殻や高粱殻、綿やもみ殻を詰めて作る“ぬいぐるみ”の動物、毬や果物を造形した「香包(薬草や香を入れてぬいくるんだもの)」における鮮やかで生命感あふれる造形感覚は、中国民衆玩具の“華”とも呼べるものです。

ここでは、布製玩具の産地として有名な陝西省(宝鶏・西安・鳳翔)、河南省(淮陽)、山東省(高密・臨沂)、甘粛省(慶陽)、江蘇省(蘇州)などの作品を地域ごとに展示します。中でも、子どもの健康を願って誕生祝いに贈答されたり、端午節の魔除けとして子どもたちの傍に置かれる「布老虎」の造形表現の面白さには、目を見はるものがあります。中国では、古くから虎は西方の神であり、悪鬼を食べ、邪気を祓う霊獣として、人々の尊崇を受けてきました。元気いっぱいの造形表現には、子どもの健康への願いが込められています。
虎の他にも、十二支の動物、吉祥の意味をもつ布玩具や飾り物が作られています。その躍動する造形の中に、中国民衆のユーモアを見つけてください。

D.「自然素材玩具」——竹・葦・棕櫚・苧殻・葦・高粱・瓢箪・麦稈・豆・麦粉(麺)
泥土、木、布、紙以外でも、中国各地で身近な自然素材を使ってたくさんの玩具が作られてきました。竹細工や麦わら細工は日本にも見られますが、棕櫚や葦を編んでつくる虫や動物、また高粱の茎を使った動く玩具などは、中国独特のものです。
ご注目いただきたいのは、蝉の抜け殻と木蓮の若芽で作られた猿人形「毛猴」――素材の観察力と独特のリアリズムに驚嘆させられる北京の伝承人形です。

など)


<会期中の催事>
ギャラリートーク(展示解説会)
 各コーナーごとに展示ケースの中から代表的な玩具を取り出し、中国民衆玩具の特徴について、当館学芸員・尾崎織女が解説します。下記の日時、展示室にお集まりください。

日時=7月17日(日)・8月7日(日)・9月11日(日)・25日(日)‣10月9日(日)・16日(日)
 各回14:00~



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