今月のおもちゃ
Toys of this month「アイシングクッキーのオーナメント」
♥クリスマスに登場するお菓子には、中欧や東欧の「レープクーヘン」や「スペキュラティウス」、欧米の国々の「ジンジャークッキー」などがよく知られています。クリスマスの菓子には、生命を支える小麦粉やライ麦粉、ハチミツなどはもちろん、薬効性のあるスパイスや木の実がふんだんに使われています。それらは、私たちが必要とする冬の栄養を考慮した食べ物であると同時に、かつては、冬枯れの季節にあの世から戻ってくる祖霊や土地に眠る霊への供物でもありました。
♥20世紀から21世紀への変わり目、ユーゴスラビア連邦共和国からセルビア・モンテネグロへと国名を改称したころ、(やがて、モンテネグロもセルビアもそれぞれに独立)首都・ベオグラードへ留学された香寺町内の大学院生W氏が、街角の露店や市内の博物館のミュージアムショップでみつけたといって、当館に当地のクリスマス飾りをプレゼントして下さいました。「内乱の続き、落ち着かないベオグラードの街なかで、もっともきらびやかで温かいムードのあるクリスマス飾りがこれらでした・・・」――そう言って差し出された箱を開けると、小麦生地をかたく焼しめたクッキーに赤く艶やかな食紅でコーティングし、粉糖を卵の白身で溶いて花模様をアイシングした菓子が登場しました。ブーツ、ベル、リース、馬、卵、ハートなど、それぞれの形が愛らしく、クリスマス・ツリーなどに飾れるようにと、金色の掛け紐が付けられています。ああ、今、まさに大変な思いをされているベオグラードの町の方々にとって、これら伝統のオーナメントが明るい希望になっているとよいのに…と彼の地の冬に想いを馳せました。
♥いただいたお菓子のオーナメントは、高さ4㎝ほどの小さなものがほとんどでしたが、その中に高さ8㎝ほどの大きなハートがありました。
♥それらは薄いアルミ箔状の包み紙でクッキーの前面を覆い、白いアイシングで波形に縁を飾り、桃色、黄色、水色、紫色、緑色の花々もまたアイシング。そのハート形の真ん中には鏡の欠片が貼り付けられて、きらきらと光っています。鏡といえば、魔物を払う霊力をもつものと、かつては世界各地の人々がそう考えてきましたが、ハート形の菓子につけられた鏡片にはどんな意味があるのでしょうか。
♥菓子やパンの研究者、舟田詠子さんの『誰もしらないクリスマス』(朝日新聞社/1999年刊)の中で、著者の舟田さんは、ハンガリーのブダペストで鏡片のついた真っ赤なハート形の菓子に目を留めておられます。それは白いアイシングで波形の飾りがあり、愛の言葉が書かれていたそうです。そのハート形の菓子には様々な色のリボンが付けられ、これらを購入した男性は恋人の胸にかけると、小さな鏡をのぞき込んで、❝彼女の心のなかに自分が住んでいる❞ことを確認するのだといいます。なんと可愛らしい愛情表現でしょうか。―――そのブダペストのハート形のクリスマス菓子とベオグラードのそれはとてもよく似ていて、ハンガリーとセルビアはお隣の国同士ですから、これらの菓子にまつわる風習も似通っているのではないかと思われます。また調査してみなくては!
♥本年のクリスマス展(11月3日オープン)では、セルビアをはじめ、各地の菓子のオーナメントにもご注目ください。
(学芸員・尾崎織女)