今月のおもちゃ
Toys of this month「ジェド・マロース」と「スニェグーラチカ」
*先年、冬至の夜に梅田の街でミーティングがあり、参加者とともに新梅田シティで開催されていたドイツ・クリスマスマーケットをのぞきました。寒いドイツの冬に欠かせないグリューバインのスパイシーな味わいを楽しんだあと、若いスラブ人女性が笑顔をのぞかせる屋台で、木彫彩色のマロース爺さんを求めました。
*旧ソビエト時代(1922-1991)、ロシア正教をはじめ、カトリック教会や聖公会、プロテスタント、イスラム教などが弾圧を受け、宗教に関わる催事の一切が排除された無神論政策下において、クリスマスやエピファニーの祝いはもちろん、聖ニコラウス(12月6日に没したキリスト教の聖人で、サンタクロースの前身)の贈り物や三人の博士の訪問なども禁じられていました。
*そのような社会体制のなかで、一年が終わりを迎える冬枯れの季節、冬至を過ぎて太陽が生まれ変わる節目に、欧米の聖ニコラウスやサンタクロースのように、子どもたちの心に夢と楽しみを与えようと、1937年、古い伝承の中のキャラクターであるジェド・マロース(マロース爺さん)と雪娘・スニェグーラチカが贈り物配達人として公認されました。
*マロースとは、“冬将軍(厳寒)”のこと。近世のロシアの農村では「マロースが訪れて寒波に凍りついた年は大豊作に恵まれる」 というジンクスがあり、大寒波を擬人化して、ジェド・マロースが誕生したといいます。つまり、マロース爺さんが届けてくれる贈り物とは、“新たな年に大豊作がもたらされる”という約束なのかもしれません。
*ウクライナもまた、ソビエト連邦の構成国のひとつであったことから、クリスマスにはジェド・マロースがやってきます。この夜、求めたマロース爺さんは赤いローブの下に青い衣装を着ていて、そこに小鳥と戯れる雪娘・スニェグーラチカが描かれています。もともとマロース爺さんは寒々とした青の衣装を着ていたのが、聖ニコラウスやサンタクロースの影響を受けて赤いローブへと変化していったようです。
*スニェグーラチカもまたロシア民話のキャラクターとしてよく知られたキャラクターです。ロシア音楽の巨匠、リムスキー・コルサコフのオペラに「雪娘」がありますが、これは、レクサンドル=オストロフスキーの同名の戯曲が原作。このような物語です。
・・・・・・・“霜の精”と“春の精”の間に生まれたスニェグーラチカは、 “恋”を知りたいと願ってベレンデイの国を訪れ、人間たちと暮らし始めます。美しい彼女の登場は人間世界にたくさんの波紋と騒動を巻き起こしますが、 やがて、スニェグーロチカは願っていたとおり本物の恋を知ります。……恋を知ったことで、スニェグーロチカは溶けて無くなってしまうのです。・・・・・・
*昨年の新春、Bunkamuraザ・ミュージアムで開催された美術展「国立トレチャコフ美術館所蔵ロマンティック・ロシア」で、そのオペラの舞台美術を担当した画家、ヴィクトル・ミハイロヴィッチ・ワスネツォフが描いた「雪娘」(1899年)を鑑賞する機会に恵まれました。しんしんと冷える雪原のなか、喜びと哀しみがないまぜになった運命に呆然と立ち尽くす雪娘の美しく神秘的なたたずまいに息をのみました。
*旧ソ連時代につくられたクリスマスの物語の中の雪娘スニェグーラチカは、マロース爺さんと一緒に贈り物を運ぶのですが、この戯曲をはじめ、民話に登場する雪娘は心優しく、結末にはいつも溶けて存在が消えてしまいます。冬から春へ―――太陽の死と再生の節目に立って、雪娘は、悲しみを宿しながらも春への期待を静かに告げる存在なのでしょう。
(学芸員・尾崎織女)