今月のおもちゃ
Toys of this month「タルトゥの羊飼いの玩具」
●エストニアはバルト三国の中ではフィンランドに最も近く、北欧の国々と共通する文化が見られる国です。エストニア南東部タルトゥ県にある玩具博物館から、2010年の春先、エストニアの伝承玩具を詰めた箱が送られてきました。日本玩具博物館が日本の郷土玩具のいくつかをお贈りした返礼の品々です。
●その中で、驚きとともに手にしたのが木製の羊飼いと動物たちでした。二股に分かれた木の枝を削った人型は羊飼いを表し、三つのとんがりが切り出された木片は羊、二つの角が刻まれるのが雄牛と牝牛、弓なりの首と二つの耳、小さな尻尾があるのが馬、太短い鉛筆のような形が豚を表しています。4種類の動物たちに脚は作られず、地面に接する腹部は平らに削られています。これ以上ないほど簡素でありながら、牝牛の平らな腹部には乳房と思われる二つの十字が暗号のように彫られているのです。そうでなければ、牝牛ではないと言わんばかりに、きちんと丁寧に。
●身近に生育するヤナギ科の木などを使って作られる素朴な木製玩具は、19世紀後半にはすでにエストニア各地の農村部で知られていたようです。子どもたちは、石や木片を拾って地面の上に牛小屋や納屋、井戸を作り、羊飼いの人形を地面に立てて、牧畜をまねた遊びに夢中になりました。小さな子どもは父親や祖父にこれらを作ってもらい、年齢があがると、小刀を手に年下の弟妹たちのために同じものを作りました。
●ところで、動物たちはなぜ、目もなく脚も省略され、必要最小限の形しか与えられていないのでしょうか。北方に暮らす諸民族の中には、精霊や人や動物を玩具化するとき、決して本物に似せて作らないという造形文化がありました。写実的な形を求め、人形や動物玩具に目鼻を描き入れるなら、目から悪霊が忍び込んで、必ずや持ち主に危害がくわえられる。悪霊をあざむくために、あえて題材を捨象し、目鼻もなく、それとはわからぬ造形物を子どもに与えていたというのです。
●「羊飼いの玩具」は、そのような精神文化を受け継ぐものかもしれません。一方、見立て遊びが得意な子どもたちの心は自由で、動物に目がないことも脚がないこともおかまいなし。動物たちの本質的な特徴だけを表現した玩具には、目に見えないものへの敬意と美を意識しない美しさが満ちています。
(学芸員・尾崎織女)