今月のおもちゃ
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子どもの着物における「背守り縫い」
●当館は、明治時代から昭和時代初期に乳幼児のために仕立てられた「一つ身」の着物、――初宮参りの掛け着や節句の祝い着――150着余りを所蔵しています。大人の着物とは違って、反物のひと幅を身ごろとし一つ身の着物には背縫いが無いため、そこから❝魔がさす❞と畏れられていました。そのため、後ろ身ごろの衿下にあえて縫い目をほどこしたり(背守り縫い)、押絵で作られた吉祥柄をつけたり(背守り)して、魔物から乳幼児を守る工夫が行われてきました。地域や時代によって様々な種類がみられますが、特に無紋(一般的には、前身ごろに2ヵ所、後ろ身ごろに1ヵ所、両袖後ろ側にそれぞれ1ヵ所、合計5ヵ所に「家紋」を入れました)の初宮参りの祝い着には、多くの場合、「十二針」と呼ばれる背守り縫いが行われました。
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●繰り返しになりますが、大人の着物は反物の二幅を身ごろとしているので背中の中心に縫い目があります。一方、小さな子どもの一つ身着物は反物一幅で後ろ身ごろが作られるため、縫い目がありません。まだまだ乳幼児死亡率が高かった明治・大正時代、「七歳までは神のうち」といわれ、子どもの魂は不安定で、いつ、この世から姿を消してもおかしくないと考えられていました。乳幼児を襲う魔物は背中の縫い目の有無によっても、小さな子どもを見分けていると考えたのでしょう。一つ身着物の後ろ身ごろの中心線に「十二針」と呼ばれる守り縫いをほどこして、子どもを魔物から守ろうとしたと想像されます。❝縫う❞という行為がこの世との縁を強く結び、その行為によって生まれる❝縫い目❞に呪力がこもるという信仰に裏打ちされたものと考えられます。「十二針」の十二は、十二ヶ月、十二支などを表す数字です。その「十二針」には、男女による違いがありました。
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●「十二針」に加え、後ろ身ごろ衿下中央に糸で紋をかがる「背紋飾り」も行われていました。背紋飾りには、吉祥を表わす植物や動物、器物などの意匠が選ばれていました。また、帯を用いない乳幼児の着物には、左右の前身ごろに合わせ紐が付けられているのですが、その紐を縫い付ける位置にも、吉祥文様が糸でかがられました。当館へ寄贈された資料には、女学校や裁縫塾において、生徒たちが背紋飾りと紐飾りの見本帳を自ら製作したものが残されており、若い女性たちが将来、母となる日に備えて、美しい飾り縫いのひとつひとつを熱心なまなざしでかがっていた様子が目に浮かんできます。
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●これらの資料は、現在6号館で開催中の特別展「雛まつり~お雛さまと子どもの晴れ着~」においてご紹介しています。
(学芸員・尾崎織女)