「ふるさとの雛を訪ねて」 | 日本玩具博物館

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特別展

春の特別展 「ふるさとの雛を訪ねて」

会期
2002年2月9日(土) 2002年5月21日(火)
会場
6号館
八橋土人形・段飾り雛(昭和中期)

雛人形の歴史は古く、平安時代の王朝文学に登場する「ひいな」と呼ばれる手遊び用の紙人形、あるいは貴族社会の天児(アマガツ)や這子(ホウコ)などにその起源が求められます。また、季節の変わり目ごと、一対の紙製人形に身の穢れや災厄を移して川や海に流す「雛流し」の行事の中にも雛祭りの祖型を見ることが出来ます。

雛祭りが発展するのは、泰平の世の続く江戸時代のこと。都市部が経済力をもつ江戸後期になると、裂製の優美な衣裳雛に諸道具や添え人形も加わり、豪華な段飾りや御殿飾りが出現します。さらに江戸末期から明治時代にかけて、土、紙など身近にある安価な材料を使って庶民のための雛人形が全国各地で作られ始めます。こうした土雛や張り子雛は、「ふるさとの雛人形」として土地土地の表情をその身に映しながら、雛祭りの普及に大きな役割を果たしました。

本年は、当館が所蔵する約500組の雛人形コレクションの中から「ふるさとの雛人形」を地域ごとに紹介します。また、大分県日田地方に伝わる押絵雛の段飾りや、山形県庄内地方に伝わる押絵の雛菓子など、地方色豊かな雛飾りを初公開します。今では見られなくなった個性豊かな雛人形の数々には、春の節句を祝う人々の素朴な感情が表現されいます。あわせて、江戸、明治、大正期の代表的な衣裳雛を展示し、時代の特徴をご覧いただきます。約300組の雛人形により、日本の風土が育んできた雛祭りの幅広い世界をお楽しみください。

                        展示総数 300組

§1.江戸・明治・大正の衣裳雛

江戸時代の雛人形………江戸時代初期には立ち姿で作られていた雛人形は、中期頃から次第に座り姿へと形を変え、豪華な衣裳を身にまとうようになります。雛人形は、製作された時代の様式によって、元禄雛、寛永雛、享保雛、有職雛、次郎左衛門雛、古今雛などの呼び名がありますが、いずれも毛氈の上に内裏雛をならべ、背後に屏風を立てた「屏風飾り」が基本です。添え人形や雛道具類がにぎやかになるつれ、「段飾り」が登場し、蒔絵をほどこした貴族的な雛の調度品には、家の勢力を競うシンボルとしての要素もうかがえます。

明治時代の雛人形………明治時代の雛人形は比較的大型の古今雛が一般的ですが、技を極めた人形師らが一体一体、個性ある雛人形を製作していました。また今日のように、内裏雛、三人官女、五人囃子、随身、仕丁の人形や諸道具類が一式として売られていたわけではありません。家々では、女児の初節句を祝い、人形問屋や雛道具屋から気に入った品物を買い集めて飾っていました。嫁入の折に持参した雛に、女児が生まれれば買い足したりするので、時代の違う人形や道具類が同居する段飾り一式も見られます。

大正時代の雛人形………大正時代の雛人形は小型のものが多く、「段飾り」や「御殿飾り」にも趣向を凝らしたものが多く見られます。百貨店が雛飾り一式の頒布を扱うようになり、都市部の裕福な家庭において雛飾りのまとめ買いも行われます。雛道具の世界は、大名道具的な調度品に、台所道具や身近な生活用具が加わって豊かな展開を見せます。これらは、女の子の遊び心をくすぐると同時に、家庭教育的な役割をも担っていました。


§2.ふるさとの雛人形

江戸時代後期、衣裳雛が都市部の裕福な人々のものとして発展を遂げて行く一方、封建色の強い各地の農村部などでは身近にある安価な材料を用い、自給自足的に雛人形が作られました。土製のもの、反故の紙を利用した張り子製のもの、家具類製作時にでる木屑に糊を混ぜた練り物製のもの、また木製た裂製のものなど、土地土地に独特な着想で製作され、郷土の人々に歓迎されました。これらは、雛飾りが画一化する前の個性的な人形で、日本の雛人形史上に魅力を放っています。

雪国の雛………江戸時代末期、農家の副業として奨励された土人形作りは、東北地方では、宮城県仙台の堤人形を中心として各地に豊かな花を咲かせました。秋田県八橋や山形県酒田の土雛は、雪国に春を告げるような明るいしきさいがまぶしく、福島県三春の張子雛は、享保雛風の動的な姿態とユニークな表情が笑顔を誘います。

堤人形・内裏雛(昭和初期)

関東の雛………江戸後期の川柳に「村の嫁今戸のでくで雛祭」とあるとおり、江戸付近の農村では当時、浅草・今戸焼きの土雛が盛んに飾られていたようです。埼玉県鴻巣では木屑を糊でといた練物製の雛、千葉県芝原では土玉の入ったイシッコロビナなどが作られました。また、埼玉県や群馬県には、誕生や結婚の祝いに裃姿の童子雛一体を贈るという、この地方独特の風習が残されています。

中部・東海の雛………土人形は型抜きをして製作されるため、同一文化圏には同じ型の土人形がよく見られます。岐阜県や愛知県の各地には、大きさや細部は異なりますが、よく似た形の土雛が残されています。いずれも濃い彩色と量感が特徴です。長野県松本には、綿を含ませた布を型紙にのせていく押絵の雛人形が伝承されています。

松本の押絵雛(大正期)

関西の雛………約四百年の伝統をもつ京都府の伏見人形は、全国の土人形に影響を与えたといわれています。江戸時代末期の全盛期には窯元は五十余軒、種類は数百をこえ、土雛なども京土産として、西日本一帯へ流れていました。滋賀県小幡や兵庫県稲畑、葛畑などの土雛は伏見の系統をひくものです。この他、近畿地方には神社で授与される土俗的な雛人形が残されています。

伏見人形・段飾り雛(昭和中期)

山陰の雛………鳥取県用瀬をはじめ、素朴な紙雛を桟俵に乗せて川に流す「雛流し」の伝統行事があります。旧三月の節句に二対の紙雛を求めて雛段に飾り、一対は家に残し、一対は前年の一対とともに桟俵にのせて川に流します。また、島根県長浜には古今雛風の優美な土雛が残されています。

長浜土人形・内裏雛(明治中期)

南国の雛………瀬戸内や九州地方には、両袖を前に重ねた型の土雛が多く見られます。九州にはこれと同じ形の衣裳雛もあり、この地方の独自性と文化圏としてのまとまりがうかがい知れます。一方、鹿児島県の糸雛や沖縄県のウメントゥと呼ばれる紙雛など、子どものもち遊びにも適した素朴な雛人形が個性をはなっています。大分県日田に伝承される「置き上げ」と呼ばれる押絵雛も見どころです。

津屋崎土人形・内裏雛(昭和中期)

<ユニークなふるさとの雛飾り>

兵庫県但馬地方の雛飾り………黒の布を敷いた雛段の最上段には内裏雛を、二段目よりは女物、童子物、金太郎や武者、恵比須・大黒など様々な種類の添え人形が飾られました。一ヶ月遅れの四月三日の節句で、女の子と男の子両方の健康と幸福を願う雛飾りです。展示中の写真パネルは昭和40年代に兵庫県関宮町で撮影したもの、関宮町では葛畑土人形が作られていました。

広島県三次地方の雛飾り………広島県三次地方でも江戸時代末期頃より土人形の色々が作られていました。この地方の雛飾りは、「雛天神」と呼ばれる天神の土人形を中心に、三次で作られる様々な種類の添え人形を飾って祝われました。三次地方の桃の節句は、男の子と女の子の両方の健康と幸福を祈る行事でした。

大分県日田地方の雛飾り………大分県日田市を中心とする地方では、「おき上げ」と呼ばれる押絵の人形が飾られます。型紙にしたがって布を裁ち、綿を含ませて部分ごとに布で包んで人形に仕立てていく平面的なものですが、かつては家庭で手作りされ、竹串を付けて台を差して飾られました。置き上げのほとんどは、「松の廊下」や「静御前」など歌舞伎の外題をあらわしています。本展では、こうした伝統の置き上げに、内裏雛などを組み合わせた段飾りを展示します。


<会期中の展示解説会>
展示室をまわりながら、各地域の雛人形の見どころについてご案内します。
  日時=2月11日(月/祝)・24日(日)・3月21日(木/祝)
         ※各日 14:00~ 45分程度
     3月3日(日)・17日(日)
         ※各日 11:30~/14:00~ 45分程度


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