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blog麦わら細工のオーナメント~「世界のクリスマス物語」から
*「世界のクリスマス物語」展示会場には、「クリスマスの造形・収穫感謝の心」として、ヨーロッパ各地に伝承される麦わらのオーナメントを集めて展示するコーナーがあります。緻密に細工された作品もあり、また麦穂を束ねただけの素朴な作品もあり・・・。いずれも暖かさと意味深さが感じられる造形ばかりで、ご来館の皆さまから注目を受けています。
*フィンランドやスウェーデンなど、北欧の国々では、クリスマス(ユール)の頃、飢える小鳥たちのために麦の穂束を庭の木や屋根などに結び、鳥のさえずりに春への希望を託す風習があります。また、クリスマスには、豊作を祈願して、麦わらを畑にまいたり、新年の健康を期して、床に麦わらを敷いて寝たりする習慣が残されています。クリスマスの麦わらには不思議な霊力が宿ると信じられていたためで、北欧のクリスマス飾りの中に、麦わらという素材が好まれることにも通じています。
*北フランス地方には、麦穂と麦わらを四つ編みにして樹木をあらわしたような「収穫の花嫁(Moisson de la Marie)」と呼ばれる麦穂飾りが伝承され、その飾りに宿る穀物霊の力が魔を払い、幸福を家に呼び込むと考えられていました。
*展示品の中には、麦わらで編まれた籠(播州地方の蛍かごと同じ!)に綺麗な麦穂が下げられたオーナメントがあります。麦穂が畑一面を実らせた穀物霊を象徴しているのだとすれば、籠は「穀物霊の家」という意味なのでしょうか。ヨーロッパ各地に共通して見られる美しいオーナメントです。
*イギリスのウェールズ地方には、クロスするように編み込んだ麦束から麦穂が垂れ下がる形の飾りが見られます。「ウェールズの扇」と呼ばれ、この地方の境界に沿って伝承されています。麦穂に宿る霊力によって、自分たちの土地に悪霊が入ることを防ぎ、ウェールズに幸福をもたらそうという人々の願いが込められた独特の雰囲気をもつオーナメントです。
*1月6日に祝われるセルビアのクリスマスには、玄関に「パドニャック」と呼ばれるオーナメントが置かれます。葉がついたオークの小枝と麦束をリボンでまとめただけの素朴なものですが、歓喜と健康と平和をもたらす霊力が宿るものとして、家に持ち込まれるのです。
*およそ一万年前に、中央アジアから西アジアの乾燥地帯で始まった麦作は、地中海沿岸を経由して、中部ヨーロッパから北方ロシアに到達し、紀元前三千年頃にはほぼヨーロッパ全域に拡大していたようです。現在、ライ麦パンを主食とする東ヨーロッパの一部を除いて、小麦パンはヨーロッパ地域の主食となり、一方、大麦は牧畜の飼料に欠かせない作物となっています。麦は、有史以来の長きにわたり、ヨーロッパの生命を支え続けるもっとも重要な植物であり続けています。農村において、麦の耕作にかかわる一年のカレンダーには、その成長の無事と安全を祈り、豊かな実りを予祝し、収穫に感謝する節目ごとの儀礼がぎっしり詰まっています。それは、日本人にとっての稲と稲作に関わる習俗に対応していると思います。
*ヨーロッパ各地の農村で伝承されてきた麦わら飾りに見られる実直で素朴な手の跡―――クリスマス展会場では、そのようなオーナメントに触れていただき、クリスマス行事がもつたくさんの意味の中に、ひとつ、自然を畏れ、その恵みに感謝する心の厳かさを感じ取っていただければ、と思います。
(学芸員・尾崎織女)
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