日本玩具博物館 - Japan Toy Musuem -

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学芸室から 2020.07.03

七夕と梶の葉飾り

大正末から昭和10年代にかけて、東京、大阪、京都などの大都市部を中心に、戦前の趣味家たちは、デザインに心を尽くした年賀状を互いに交換し合う「年賀状交換会」を組織していました。手元に届いた年賀状は、交換帖のなかに大切に収めて保管されていました。兎の郷土玩具収集家として知られる大阪市住吉区在住の村松百兎庵氏も年賀状交換に夢中になっておられた一人で、日本玩具博物館は、百兎庵氏の年賀状交換帖11冊を所蔵しています。
百兎庵氏は、年賀状の他に絵葉書なども遺しておられ、先日、それらを整理していたところ、幾枚もの葉書(私信が中心)のなかから昭和4年の暑中見舞状がみつかりました。それは、藤崎芳松氏から百兎庵氏に当てたもので、七夕の「梶の葉飾り」――梶の葉に五色の色紙を着せかけ、糸を結んだもの――が美しくデザインされ、錦絵の手法で仕上げられています。昭和初期の文化人たちの間では、「梶の葉飾り」が七夕の象徴ととらえられていたことがわかります。

戦前の文化人で兎の玩具収集家だった村松百兎庵氏の手元に届き、大切に遺されていた昭和4年の暑中見舞状

梶の葉飾り

今ではすっかり忘れられてしまった「梶の葉飾り」ですが、盛んに飾られていたのはいつ頃のことなのでしょうか。またどこを中心に行われていた風習なのでしょうか。
江戸時代後期の文献『拾遺都名所図会』には、京の町の七夕の様子が記されています。一夜、家々の軒下で天の二星に献じられた笹飾りを子どもたちが大勢で川へと流しに行く場面です。笹飾りにはたくさんの短冊をつるし、笹の中央に梶の葉形のツクリモノを置き、よく見ると、そこから水平に伸ばした竹竿に幾つもの「梶の葉飾り」がかけられています。
2000年、京都文化博物館では、「京の五節句展」開催に際して、この文献に見られる「梶の葉飾り」を再現されました。それはとても美しいもので、京の七夕として、街全体に広がりをみせていただけたら嬉しいと思い続けています。

京の町の七夕『拾遺都名所図会』(天明7・1787年/秋里籬島著・竹原信繁画)より

当館では今年もランプの家に、近世の七夕の歴史と京文化の薫りに満ちた「梶の葉飾り」をほどこしてみようと思っています。幸い、裏庭には、友の会のMさんからお贈りいただいた梶の木があり、その葉が元気に育っていますので。

梶の葉の飾りを作る

七夕の短冊の前身は梶の葉

ところで、現在、日本各地の七夕飾りに欠かせないものといえば、笹竹(北海道などの寒冷地では柳)につるす短冊でしょう。七夕が近づくと、商店街でも駅舎でも短冊に願いごとを書くコーナーが設けられ、にぎやかな笹飾りが町を彩ります。近年、紙製より雨に耐えるビニール製が目立ちますが、宇宙を象徴する五色――青、赤、黄、白、紫(本来は黒)――の短冊には、「志望校に合格できますように」「彼と結婚できますように」といった個人的な願いや、今年は、「コロナ禍がおさまりますように」「世界の人々が健康で暮らせますように」「平和でありますように」といった祈りも書かれることでしょう。

短冊というと、物につけて目印としたり、文字や歌を書いたりする細長く薄い木や紙の小片のこと。それらを七夕の織姫と彦星に捧げる風習はいつ始まったのでしょうか。
そもそも古代中国に成立し、奈良時代の貴族社会に伝わった七夕は、金銀の針や色糸などを供えて天の二星に織物技術の向上を乞い願う儀礼でした。それがやがて書や詩歌をはじめ、技芸全般の上達を願う行事へと展開していきます。室町時代の文献には、将軍が梶の葉に歌を書いて屋根に上げたとあり、江戸時代初頭には芋の葉の露で墨をすり、梶の葉に歌をしたためて天の二星に献じる風習が民間にも広まっています。すなわち、七夕の短冊の前身は、梶の葉――神木であり、紙の原料にも使われた梶の木の、青々とした葉だったのです。

梶の葉に七夕の和歌を書く

江戸中期に入ると、都市部の寺子屋では七夕の朝、子どもたちが洗い清めた文机の上で梶の葉と清書用の短冊に文字を書きました。笹にそれらを結んで供える様子も文献に記されており、短冊の笹飾りは、書の上達を教育眼目にすえる寺子屋で始まったとも考えられています。この時代において、七夕の願い事とは、あくまで書の上達であり、書かれる内容ではなかったと思われます。

寺子屋の七夕『宝永花洛再見図』(元禄17/1704年・金屋平右衛門編) ※国立国会図書館デジタルコレクションより

江戸後期から明治時代の浮世絵には、短冊や華やかな切り紙細工を笹に飾り付ける町家の七夕風景が多く描かれており、古式ゆかしい梶の葉よりも紙製の短冊が流行する背景には、和紙量産技術の発達と庶民層への普及したことも大きな要因だったと思われます。やがて明治時代、近代化が進むにつれて、願い事の形や内容も徐々に変わっていきますが、梶の葉から短冊へ、また書の上達への願いからありとあらゆる個人的な願い事へ――その移り変わりについて研究してみるのも面白そうです。

明治前期の七夕の様子「江戸砂子年中行事 七夕之図」(楊州周延画・明治18/1885年)より

笹の葉さらさら、軒端にゆれる…。童謡「たなばたさま」を歌いながら文字をしたため、書の上達を祈る家庭の七夕は高度経済成長期を経て退潮しましたが、心の願いを託して短冊を笹に結ぶ習俗は、七月「文月」――そもそも七夕に際して文を書く月だから「文月」――の風物詩として受け継がれていくことでしょう。

7月11日より開催する夏の特別展「日本の祭礼玩具と節句飾り」では、七夕飾りも取り上げる予定です。展示が仕上がりましたら、ご案内させていただきます。(尾崎織女)

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