まちの衣装雛とふるさとの土雛~姿かたちの共通性~ | 日本玩具博物館

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学芸室から 2026.02.04

まちの衣装雛とふるさとの土雛~姿かたちの共通性~

二十四節気「立春」の到来とともに、当館春の恒例展「雛まつり」の準備が整いました。本年のテーマは「まちの雛・ふるさとの雛」———久しぶりに郷土雛を展示することができ、館内一同、嬉しく思っています。井上館長が昭和49(1974)年のころから心を掛けて収集し、取り組んできた郷土の雛人形は、節句と人形文化との関わりを究める当館にとって原点となる世界でもあります。本年は原点回帰を期して!

「雛まつり~まちの雛・ふるさとの雛~」展示風景

さて、まずは<まちの雛>。江戸時代、桃の節句に雛飾りを行う風習が定着すると、人形製作の技術が向上し、江戸・京(都)・大坂(阪)の大都市部を中心に、胡粉で美しく磨き上げた頭部、すが糸による結髪、金襴、緞子、繻子、縮緬などの美しい布裂を着せた「衣装雛」の数々が誕生します。それら衣装雛の様式には、元号の名を冠した「寛永雛」「元禄雛」「享保雛」、製作者の名を冠した「次郎左衛門雛」や貴族階級のみが飾った「有職雛」がありました。

江戸後期のまちの雛――「享保雛」の姿かたち

江戸後期に入ると、江戸では江戸好みの「江戸型古今雛」が町家の人々に人気を博し、京や大坂でも上方好みの「京坂型古今雛」が作られるようになります。一方、地方都市においては、大都市部から地方向けの安価な頭を取り寄せて、町々で独自に衣装を着付けた「地方型古今雛」も誕生しました。

江戸後期のまちの雛――江戸型「古今雛」の姿かたち
江戸後期のまちの雛――京阪型「古今雛」の姿かたち


京都の「伏見土人形」の影響下に地方の町々、村々で作られ始めた土人形は、やがてそれぞれの土地の好みに合わせて土雛の様式を整えていきます。その折にモデルとなった衣装雛がどの様式であったか、―――京生まれの「享保雛」であったか、「江戸型古今雛」であったか、「京阪型古今雛」であったか、あるいはそれぞれの「地方型古今雛」であったか、―――<ふるさとの雛>の章では、各地方の土雛や張り子雛のかたちを<まちの雛>の章に展示する衣装雛のかたちと比べてみてください。

たとえば、新潟県佐渡市の土雛や福島県郡山市の三春張り子雛は「享保雛」に、福岡県福岡市や福津市の土雛や岐阜県可児市の土雛は「江戸型古今雛」や「地方型古今雛」に、秋田県秋田市中山の土雛や富山県の土雛、新潟県村上市の土雛は「京阪型古今雛」になぞらえたものと考えられます。そして土雛が型抜きによって製造されることから、それぞれの地方ごと、土雛の形が兄弟姉妹のようによく似ているものも多く、土雛の共通性から文化圏としてのつながりを窺いしることができます。

本展では、そのような点にも着目して、<まちの雛・ふるさとの雛>をお楽しみください。

(学芸員・尾崎織女)

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