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学芸室から 2013.06.05

ひと月遅れの端午の節句  

皆様が暮らしておられる地域では、もう端午の節句の祝いは終わったでしょうか。菖蒲湯につかって身体を清め、初夏の邪気払いをされたでしょうか。 日本が中国から節句(=節供)の概念を受け入れた奈良時代の頃から、端午は、菖蒲や蓬、香気の強い植物の霊力によって邪気を払い、健康を保とうとする行事でした。その昔は、端午と言えば、薬草や香気の強い花々を集めて薬玉を作って魔よけとし、 菖蒲の葉や根を刻み入れて薬香を移した酒をのみ、菖蒲と蓬を屋根に葺き、 菖蒲湯につかり、菖蒲と蓬を束ねたものを枕に敷いて寝る―――まさに菖蒲尽くしの日だったようです。ところで、端午の菖蒲は、美しい花の咲く花菖蒲ではなく、葱坊主みたいな花を咲かせる 華のない植物をさしています。香気に優れ、高温で蒸しあげると、神経痛や痛風に 効果があり、鎮痛作用も抜群だとか。薬効があることに意味があったのです。

屋根に菖蒲を葺く風習は今ではすっかり見られなくなりましたが、平安の昔から明治時代に至るまで、どれぐらい多くの菖蒲を屋根に葺くかということに、私たちの祖先は上下貴賎をとわず、結構、情熱をもやしていたようです。――――『枕草子』には、「菖蒲蓬などのかをりあひたる、いみじうをかし。九重の御殿の上をはじめて、いひしらぬ民のすみかまで、いかで我がもとに しげく葺かむと葺きわたしたる、なおいとめずらし。」 と、当時の端午の節句の様子が記されています。
時代が下って江戸時代に入ると、端午の様子を示す絵図に、町家の人々が様々な武者人形や武者幟(のぼり)、武具などが賑やかに飾り祝う様子が見られます。よく見ると、家々の屋根には、菖蒲の葉と蓬を束ねたものが並べ置かれています。これが“菖蒲葺き”と呼ばれる端午の魔除けです。

『案内者』(中川喜雲著/寛文2・1662年刊)より「端午の節」

 

◇神崎郡神河町宮野地区の菖蒲葺き

そんな“菖蒲葺き”を今も伝える家がないかとアンテナを立てていたところ、『端午の節句展』の取材にいらしたK新聞のA記者から、神崎郡神河町宮野地区に、菖蒲葺きを伝えるご家庭があるとおしえていただきました。

播磨の農村部では、5月5日に祝うご家庭と、ひと月遅れの6月5日に祝うご家庭の数は、今、3:2ぐらいの割合でしょうか。6月5日、ひと月遅れの端午の節句を待って、神河町宮野の山里まで車を飛ばしました。麦秋に包まれた神河町は、低く高く子育て中のツバメが行き交い、黄金の麦穂の波を渡る風が鯉のぼりを高く泳がせていました。美しい六月の農村です。

宮野地区のK家は、100歳のひいおばあさまを筆頭に、先年誕生した男の子まで四代がそろって暮らす大家族。玄関の瓦屋根には剣先のような菖蒲が揺れていました。早朝、近くに菖蒲を刈ってくると、蓬と一 緒に束ねて、瓦屋根の上に置かれるそうです。「おばあちゃんのそのまたおばあちゃんの代から行なってきたことで、当たり前のこととして伝えてきました。新緑に輝く山々、鯉のぼりが泳ぐ青空、屋根に菖蒲のある風景には、この季節にしか味わえないさわやかさがあると思います。孫たちにその情感というものを味わわせてやりたいと思います。」と63歳のおばあさま。『枕草子』の昔からある風習を、次代ヘ、次代ヘと伝え続けてきた人々の営みを思い、四季折々のまつりごとがもつ風情と家族の時間を大切に暮らしておられるK家の皆さんの心の豊かさに胸を打たれました。

二階の窓から見せていただいたところ。菖蒲と蓬を菖蒲の葉で束ねたものが等間隔に並べられる。
玄関の瓦屋根に剣先のような菖蒲の葉


菖蒲と蓬の束ね方なども教えていただいたので、来年の端午には博物館の玄関や展示室の屋根瓦に菖蒲葺きをほどこし、暑さに向かう時期の邪気払いとしてみようかと思っています。(尾崎織女) 

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