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学芸室から 2011.04.21

端午の節句~子どもの風景~

今週土曜日より、6号館では初夏の恒例展「端午の節句飾り」が始まります。甲冑飾りや武者飾りの移り変わりを幕末から 明治・大正・昭和へと時代を追ってご紹介する内容です。勇壮で剛健な端午の節句飾りは、愛らしい桃の節句の世界とは対照的で、展示ケースの中にしゃきっと敷き詰めた毛氈の濃い緑色にも初夏の風が漂います。

今日、古文献に端午の節句を描いた絵図を探していたところ、明治28年刊、小林永濯の「温古年中行事・第3集」の中に、幕末の端午の様子を描いた絵を見つけました。遠景には、武者幟や吹き流し、そして、一旒の鯉のぼりが空を泳ぐ様子が見え、近景には、大人たちがエイヤッと鯉のぼりを上げている姿、それから、柵に立てられた武者幟や飾り兜(かぶと)の前で、「菖蒲打」をして遊ぶ子どもたちの姿が愛らしく描かれています。

小林永濯画「温古年中行事・第3集」(明治28・1895年)より江戸末期における端午の様子…児童菖蒲打の図・外幟をかざるの図


子どもたちは、頭にきりりと菖蒲の葉を巻き締め(「菖蒲鉢巻」)、菖蒲の葉を編んで縄状にしたものを手に、力一杯、地面に打ち付けています。打ち付けたときの音の大きさを競い合い、縄が切れた方が負けというルールだったようです。江戸時代 の子どもたちを夢中にした遊びでしたが、残念ながら、明治時代を経て、すっかりすたれてしまいました。日本が中国から節句(供)の概念を受け入れた奈良・平安時代の昔から、「端午」は、菖蒲や蓬(よもぎ)をはじめ、香気の強い植物の力によって、季節の変わり目の邪気払いを行うものでした。頭に「菖蒲鉢巻」をしめることにも、「菖蒲打」をして遊ぶことにも、菖蒲の強い霊力を頼む心情が息づいているのです。

昨年、当館友の会の方(兵庫県朝来市生野町在住)からお預かりしたお写真の中、昭和50年代初頭に誕生された息子さんの初節句の様子を拝見して驚きました。背景には、大きな鯉のぼりが見え、おばあさまが「菖蒲鉢巻」をつけた赤ちゃんを後から抱いておられる素敵な構図のお写真です。近世そのままの習俗が、私たちの近くの町で昭和50年代までは伝えられていたことがとても嬉しく、ここにご紹介させていただきます。

さて、永濯の絵に見られるような勇壮な外飾りは、明治時代以降、小型化して屋内に飾られ始めます。もうひとつご紹介する絵は、明治39年、山本昇雲によって描かれた「子供遊び」です。毛氈の上に小さく作られた武者幟や武具立てが置かれ、兜、具足、白馬、鍾馗や熊のり金太郎などの人形などがずらりと飾られています。子どもたちはお供えの柏餅を頬張りながら、節句飾りを楽しそうに眺めています。

山本昇雲画「子供遊び」(明治39・1906年)より屋内に飾られるようになった武者幟のいろいろ


本展では、屋内飾りとして人気を博した幟立ての数々を賑やかに展示しています。展示物の前では、この絵のような風景を思い描いていただき、明治・大正・昭和時代の子どもたちの楽しげな姿を想像してご覧いただきたいと思います。
風薫る空に鯉のぼりが泳ぐ季節、どうか、被災地の子どもたちにも、明るい端午の節句が訪れますように。(尾崎織女)

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