日本玩具博物館 - Japan Toy Musuem -

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学芸室から 2010.05.25

子どもの着物にまつわる習俗

一昨日と昨日、播磨地方は大変な大雨に見舞われ、玩具博物館の側を流れる市川はどんどんと水かさを増しました。川堤を越えるほどの勢いに、一時は決壊を心配するほどでしたが、今日は大雨一過、清々しい朝を迎えました。緑滴る庭をつがいの揚羽蝶が飛び交い、いつの間にか満開になった亜米利加石楠花(カルミア)が、白い金平糖のような、小さな人形の傘のような花を輝かせました。

満開になった亜米利加石楠花(カルミア)

鳴子百合や紫陽花の葉に、たくさんのカタツムリが動き回り、来館してくれた近隣の幼稚園児たちが、「あっ、でんでんむしっ!」「ツノが長いねぇ」と、あちこちでうれしそうな声をあげていました。

現在、6号館で開催中の特別展「子どもの晴れ着とちりめん細工」は、初宮参りや初節句、御食い初め式などに乳児が身にまとった祝い着や、ハレの日に幼児が身につけた着物を集めた華やかな展覧会です。日曜日、ご来館者の多い時間帯などは、ご要望によって解説会を開いているのですが、聴講していただく皆さまのご興味が集中する「初宮参り」の祝い着や守り袋について、今日は、ここで少しお話してみたいと思います。
 
生後一ヶ月の頃、赤ん坊の誕生を産土神(うぶすなしん)に報告し、正式に氏子となる「初宮参り」の儀礼が行われます(現在も、多くの地域で、男児は31日目、女児は32日目に行われています)。この時に赤ん坊が着用する祝い着には次のような特徴があります。
赤ん坊は、反物のひと幅を身ごろとした「一つ身裁ち」を二枚がさねで着用するのが一般的で、表側になる掛け着には、袖口を縫い合わせない「大名袖」の形式が用いられます。
男児の掛け着は、黒羽二重や色羽二重が好まれ、染め抜きの五つ紋(前身ごろに2ヵ所・後ろ身ごろに1ヵ所・両袖後ろ側にそれぞれ1ヵ所)が入ります。横一直線の熨斗目(のしめ)文様と呼ばれ、宝文様や甲冑飾りなど、勇ましくめでたい図柄が選ばれます。
一方、女児の掛け着にも五つ紋が入りますが、縮緬(ちりめん)や錦紗(きんしゃ)が好まれて、文様は、身ごろの裾に四季の花や吉祥の器物を集中させた形式が目立ちます。

女児用・・・五つ紋/裾文様(四季の花) <明治中~末期> と男児用… 五つ紋/熨斗目文様(端午の節句飾り) <昭和初期~10年代>

この祝い着が里方で用意される場合、男児は実父の定紋、女児は実母の定紋を用いますが、紋を入れないときには、「守り縫い」が施され、あるいは「背守り」が置かれました。これには、わけがあります。
大人の着物の後ろ身ごろは、反物を縫い合わせて仕立てられるため、背中の真ん中に縫い目が作られます。対して、小さな身体の乳幼児は、反物ひと幅(鯨尺の一尺=37~8cm)の後ろ身ごろでも余るぐらい。つまり、乳幼児用に作られる「一つ身裁ち」の着物には、大人用「本裁ち」の着物とは違って背中に縫い目がないのです。乳幼児死亡率が高かった時代、人々は、この違いを畏れました。「七歳までは神のうち」という言葉が示すとおり、この世に誕生して七歳に満たない乳幼児の魂はとても不安定であり、いつあの世に召されても不思議ではない、人間として未だあやふやな存在と考えられていました。
背中の縫い目「背縫い」の無い一つ身裁ちの着物を身につけていると、それを目印に魔物が襲い、子どもはあの世へ連れ去られてしまう。そのため、後ろ身ごろの衿下にあえて縫い目をほどこしたり(守り縫い)、押絵で作られた吉祥柄をつけたり(背守り)して、魔物から赤ん坊の身を守る工夫が行われてきました。地域によって様々な種類がありますが、特に無紋の初宮参りの祝い着には、多くの場合、「十二針(じゅうにはり)」と呼ばれる守り縫いが行われました。縫い目には、この世に縁を結びつける強い呪力がこもると信じられていたからではないでしょうか。

初宮参りには、こうした着物に合わせて、揃いで作られた帽子やよだれかけが着用されました。魔を除け、赤ん坊の身を守る「赤」が好まれ、また、背中を覆うように、縁飾りのついた「しころ」を長くのばした帽子も目立ちます。このデザインは、赤ん坊を直射日光や強風などから守るとともに、目に見えない魔物に対する備えを象徴するものに違いありません。

初宮参りの晴れ着と守り袋の展示コーナー

さて、展示室では、華やかな着物とともに、宮参りの守り袋の数々もご紹介しています。長寿を表す鶴や蓑亀、豊かさを象徴する福の神、「隠れ蓑(かくれみの)」を表したものなどがあります。隠れ蓑は、古来、宝文様として親しまれたデザインで、「天狗の隠れ蓑」の言葉が表すように、これを着けると、悪霊から赤ん坊の身を守ることが出来ると考えられたのです。後ろ側に設けられた小袋の中には、神社の守護札が収められました。守り袋の多くは、明治から大正時代の女学生たちが、あるいは裁縫学校で修練に励む若い女性たちが、将来、母となる日のために習い作っていたものです。

今回の特別展では、このような習俗をひとつひとつご覧いただくことで、華やかなデザインに込められた人々の思いを感じていただけることと思います。例えば、七歳まで育つのが非常に困難だった時代、「縫う」という行為には、子どもの成長を願う親たちの心がたっぷりと込められていました。暮らしの中で愛されてきたデザインには、見た目の美しさや愛らしさということも大切でしたが、そこには、私たちの祖先が、人生において常に感じ続けていた目に見えないものへの畏れと敬いがあり、造形や彩色に深い意味が与えられていました。今を生きる私たちが、過去に置き忘れてきた大事なことのひとつではないでしょうか。
「子どもの晴れ着とちりめん細工」展は、6月22日まで。お誘い合わせの上、ぜひ、ご来館下さいませ。なお、6月13日(午後2時から)にはこの特別展の解説会を開催します。展示品を取り出しながら、見どころをご紹介してまいりますので、ご興味をもたれた方は、この日時にご来館下さいませ。(尾崎織女)

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