天保のころの雛まつり     | 日本玩具博物館

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学芸室から 2010.02.03

天保のころの雛まつり    

博物館の庭では、馥郁としたロウバイの香りに沈丁花の涼やかな匂いが混じりあい、マンサクやサンシュユ、キブシなど木々の花芽も膨らんで、春の息吹がいっぱいです。エナガの群れとメジロのつがい、雌のジョウビタキにシジュウカラ、時にはヤマガラもやってきて、木々の間を飛び交っています。

学芸室では、新春早々、佐野美術館(静岡県三島市)で開催する企画展「ちりめん細工の世界~ぬくもりの布遊び~」(2010年2月20日~4月5日)の準備に勤しんでおりまして、こちらでのご挨拶が大変遅くなりました。本年は、館外でも大きな展覧会の開催を予定していますが、館内においては、1号館で5回、6号館で4回、合計9回の企画・特別展を計画しています。節句や祭礼をめぐる子ども文化について、また、四季折々の人形玩具の世界を楽しくご紹介してまいりたいと思っています。どうぞご期待下さいませ。

さて、今週末の2月6日より、当館恒例の雛人形展をオープンいたします。先月末から深夜の展示作業を続けて華やかな会場が出来上がりました。年を追って「雛飾り」を演出する屏風や諸道具なども充実し、学芸スタッフたちも年々、雛飾りに熟練して、隅々にまで神経を行き渡らせた展示が出来るようになってきた・・・と振り返っています。果たして、ご来館いただく皆さまには、どのように感じられるでしょうか。
今春の「雛まつり」のテーマは江戸から昭和のお雛さま。「江戸時代後期の雛人形」として、立ち雛、享保雛、古今雛の屏風飾りを、「明治時代の雛人形」として、大型雛の段飾りと質実堅牢な檜皮葺御殿飾りを、「大正時代から昭和時代初期の雛人形」として、小型雛の段飾り、軽快可憐な御殿飾りや源氏枠飾りをすでに展示致しました。また、ランプの家には、昭和中期の御殿飾りや昭和後期の木目込雛の段飾りなどを展示する予定です。
今回、新たにご紹介するものの中に、香蝶楼国貞(歌川国貞)の浮世絵があります。「風流古今十二月ノ内 弥生」と題された三枚続きの画面には、座敷に飾られた雛人形のもとで、節句の祝いを楽しむ人々の様子が活き活きと描かれています。国貞が「香蝶楼」と名のっていた頃、天保年間(1830~43)の作品。月並のシリーズとして有名ですから、ご存知の方も少なくないと思われますが、少し詳しく画面を見てみましょう。

香蝶楼国貞(歌川国貞)の浮世絵「風流古今十二月ノ内 弥生」

画面下手、大きく生けられた桜と山吹の花枝のもと、背の高い屏風を背景に雛人形の段飾りが見えます。緋毛氈の上、上段の内裏雛は、親王台の部分しか描かれていませんが、その様式は、当時、すでに流行していた「古今雛」でしょうか。二段目には、五人囃子の謡、笛、小鼓の三人の奏者が見えています。三段目と四段目には、桃酒の瓶子をのせた三方、供え物が盛られた高杯など、金蒔絵が施された黒漆塗りの雛道具が置かれています。菱台に盛られた菱餅は、現在のものとは違って、草色と白の二色が重ねられています。
私たちが親しんでいる一般的な五段飾り雛や七段飾り雛と比べると、国貞が描いた四段飾り雛は、のびやかに自由、発展段階にあるようにも思えます。「内裏雛」(お内裏さまとお雛さま)に仕える「三人官女」「随身(右大臣・左大臣)」「仕丁(三人上戸)」が上方出身の添え人形であるのに対して、「五人囃子」は江戸出身だとされていますが、江戸時代終わり頃の江戸町では、内裏雛とともに、能楽を奏でる五人囃子が飾られていたことが、この浮世絵からもわかります。

人々の様子を見てみましょう。雛料理が盛られた黒漆塗り金蒔絵の小膳を子どもたちに振る舞おうとしている母親、お膳を囲んで挨拶を交わす子どもたち、桃酒の杯を三方にのせて歩いている子ども(こぼしそうですね!)、その腰元には大きな「守り袋(巾着)」がぶら下がっています。「立ち雛」を持ち遊ぶ子ども、赤ちゃんを抱いた若い娘、桜の花が咲き乱れる庭にはおしどりが泳ぎ、画面上手の縁側から座敷に上がり込もうとする子どもも居ます。わいわい賑やかな声が屋外に響きわたるような、愉しさがあふれ出すような画面です。
花の香り、お料理の匂い、子どもたちの歓声、「お行儀よくしなさいよ」とたしなめる母親たちの声……。見るものの五感が刺激され、江戸町で発展を続ける桃の節句の愉しさが、画面を越えて、どんどんと拡がっていく素晴らしい作品ですね。

江戸時代、天保のころの古今雛

展示室には、この浮世絵とともに、天保ごろの作と思われる江戸製古今雛の段飾りを展示いたしました。また、江戸時代後期の雛人形を合計10組、展示していますので、香蝶楼国貞の浮世絵の世界に照らし合わせてご覧下さいませ。

(学芸員・尾崎織女)



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