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学芸室から 2009.09.07

秋の人形展ふたつ

賑やかな蝉時雨が遠のき、黄金色に輝く稲穂の波の上をトンボの群れが飛び交う季節となりました。夏の諸行事にとりまぎれ、ずいぶんご無沙汰してしまいましたが、皆さま、お元気で秋を迎えられたでしょうか。
学芸室では、秋の展覧会に向けての準備を始めています。一つは、北九州市関門海峡ミュージアム(海峡ドラマシップ)で開催する「なつかしのリカちゃん&ジェニー展」(2009年9月19日~11月3日)です。去る春、当館1号館における企画展「リカちゃんとジェニーの世界」の開催中、先方のご担当者から、「欧米風レトロな建物群の中にある展示会場にぴったりだから、是非!」とお誘いをいただきました。偉大なるリカちゃんたちの製造メーカー・(株)タカラトミーならびに、昨冬、小倉城庭園での「ちりめん細工の世界」展で一緒に仕事をさせていただいた「NPO法人・創を考える会」にもご協力を仰ぎ、多くの団体と一緒につくる展覧会です。

「なつかしのリカちゃん&ジェニー展」を開催する北九州市関門海峡ミュージアム(海峡ドラマシップ)アプローチ

会場となるのは、古い洋館のダンスホールを思わせる大きな空間。リカちゃんもジェニーも身長20~30cmの小さな人形たちですから、彼女たちの愛らしさ、繊細さに来場者の目が集中するような、工夫ある造作を望んでいます。展示ケースの大きさに合わせ、展示グループを考えながらシミュレーション作業を行い、梱包作業も終えて、既に送り出す準備完了。来週末には、井上館長と尾崎が展示作業の立ち合いに出かけます。楽しく夢いっぱいの展示に仕上がるよう頑張って参りますので、お近くの方は、ぜひご来場下さいませ。

この秋のもう一つの展覧会は、1号館で開催する「人形遊びの世界~「姉さま」から「リカちゃん」まで~」と題する企画展(2009年9月12日~11月17日)です。人形を偏愛する国、人形王国ともいわれる日本には、驚くほど豊かな種類の人形が存在します。日本人形といえば、「雛人形」や「五月人形」など、静かに飾られる節句人形が想い起こされますが、本展では、少女が日々の友として持ち遊んだ人形を取り上げ、江戸から昭和へ、時代の移り変わりを追って展観しようと思っています。

近世以来の手遊び人形「姉さま」や「市松人形」、セルロイドのキューピー人形にミルクのみ人形、スカーレットちゃん(中島製作所)やリカちゃん……日本の少女たちに愛された歴代の人形たちを準備場所に集めて眺めているうち、赤いワンピースを着て、ぶらんと足を投げ出して座る「文化人形」の愛らしさにふと心を動かされ、私の母が語った子ども時代の話を思い出しました。

戦後も人気を博した文化人形

昭和13年生まれの母が少女だった頃といえば、まさに戦中戦後、物の無い時代です。母のたったひとつの大事な持ち物は赤い帽子をかぶり、大きな目をキラキラさせた人形で、名前は「花子ちゃん」。大阪から故郷の村へ疎開したときも、花子ちゃんは一緒でした。どこへ出かけるのにも抱いていくので、やがて手や足をくるんだレーヨン布が朽ち、中から詰め物の大鋸屑が出てくるのを馴れない手つきで縫い直しては、また遊びに連れ回す。花柄の洋服の裾が破れ、何かをこぼしたのか、顔には涙のようなシミができていたけれど、幼い母にとっては、花子ちゃんが「世界の何よりも愛しかった…。どこへやってしまったのか、もう一度会ってみたい…。」そんな存在だと言います。ややもすれば飢え、物の無い不幸な時代。けれども、母のように、幼い頃の心に、とても大切な何かを一つ(たくさんではなく!)抱けるというのは、幸せなことなのではないかと思います。

私が玩具博物館にお世話になって20年。
「懐かしくて仕方ないお人形があるのですが、見せていただけますか? お腹を押さえると確か、キューと泣き声を立てたと思うんです。」「どこへ行くのにも抱きかかえていたので、古びて傷んで、知らない間に捨てられてしまったことが未だに悲しい。もう一度、あの 人形を抱いてみたくて…」―――振り返れば、そんな話をしながら、常設館に展示してある「文化人形」を涙目で見つめるご婦人が何人もいらっしゃいました。

「文化人形」が誕生したのは、大正末年。レーヨン、メリヤスなどで頭、胴、手足を縫いぐるみにし、中に大鋸屑などを詰めてボディとしたもの。洋装ファッションの愛らしさと抱き心地のよさが少女の心をとらえ、昭和40年代頃まで作られていましたので、生誕42年を迎えたリカちゃんよりも、実は、長く愛され続けた抱き人形なのです。
「文化」という言葉は、大正末期に流行し、最先端のファッションをさす流行語だったようです。関東大震災(大正12年)後に新しく建てられた住宅は、「文化住宅」と呼ばれ、おしゃれな住まいと持てはやされました。「文化センター」「文化包丁」「文化鍋」……。「文化人形」も、ハイカラを好むこの時代感覚の中で誕生し、だからよけいに、流行に敏感で新しいもの好きの子ども達の心をしびれさせたのかも知れません。

この秋、昔、少女だった大人たちに向けて、少し汚れていたり、傷んでいたりするけれど、小さな少女の腕に抱かれて幸せな時代を過ごした人形の数々を展示したいと思っています。母にとっての「花子ちゃん」のように、思い出が数珠つなぎになってよみがえって来るような、そんな人形の一点、一点を大切に飾ってみたいと思っています。

(学芸員・尾崎織女)


<後記>
9月19日、リカちゃんの製造メーカー・(株)タカラトミーならびに、昨冬、小倉城庭園での「ちりめん細工の世界」展で一緒に仕事をさせていただいた「NPO法人・創を考える会」にもご協力を仰ぎ、楽しい展覧会がオープン致しました。
会場となる関門海峡ミュージアム(海峡ドラマシップ)は「門司港レトロ地区」にあります。門司港レトロ地区は「開港された明治22年当時の面影を残しながら、そこに21世紀の都市機能を調和させた粋でモダンな街づくり」というコンセプトで、15年前にグランドオープンした観光地。鉄道記念館あり、出光美術館あり、赤レンガ倉庫あり、一方、門司の人たちの生活空間でもあります。
そんなレトロ地区内に新たに作られたミュージアムの、古い映画館あるいはダンスホールを思わせる多目的ホールに、リカちゃんとジェニーがずらりと愛らしく並びました。日本玩具博物館の和の空間での展示とはまた違った趣を楽しんでいただけると思います。お近くの方はぜひ。また秋の旅行をご計画の方にも、門司港レトロご訪問をお勧め致します!
展示作業の様子を少しだけ画像でご紹介します。

旧大阪商船・旧門司三井倶楽部15周年記念イベント/関門海峡ミュージアム(海峡ドラマシップ)企画展なつかしのリカちゃん&ジェニー
会期=2009年9月19日(土)~11月3日(日・祝) 
会場=関門海峡ミュージアム(海峡ドラマシップ)1F多目的ホール
◇主催=関門海峡ミュージアム(海峡ドラマシップ)
◇監修・出品協力=日本玩具博物館
◇後援=北九州市、北九州市教育委員会
◇協力=株式会社タカラトミー、特定非営利活動法人創を考える会・北九州

(学芸員・尾崎織女)

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