日本玩具博物館 - Japan Toy Musuem -

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展示・イベント案内 exhibition

企画展

夏秋の企画展 「日本の人形遊び」

会期
2014年6月7日(土) 2014年11月11日(火)
会場
1号館

和紙を縮らせて婦人の髪型を作り、千代紙で衣装を着せた紙人形を一般的に「姉さま」人形と呼びます。姉さまは、雛人形などの飾って楽しむ人形に対して、女児が日常の遊びに作って用いる人形として古くから親しまれてきました。江戸時代、文化12(1815)年刊の『骨董集』(山東京伝著)には……今の世の女童、ひいな草を採りて髪を結い、紙の衣装を着せなどして平日の玩具とす。これもいと古きことなり…………とあり、江戸時代の少女たちが草などで姉さまの髪型を作って遊んでいた様子が伺えます。こうした人形は、手足がない上、目鼻を省略したものも多く、大変素朴なものですが、幾種類もあった女性の髪型を覚えたり、それにあわせた衣装を着せたりして遊ばれました。

郷土の姉さま(山形県鶴岡・島根県松江・兵庫県姫路)

日本人形といえば、「雛人形」など静かに飾られる鑑賞用のものが目立ちますが、女の子たちが持ち遊ぶ愛玩用の抱き人形や手遊び人形もまた、日本の人形文化をよく伝えます。これらの人形が繰り広げる遊びの世界には、「着せ替え遊び」あり、「ままごと遊び」あり、「ごっこ遊び」あり、人形を中心とした模倣遊びを通して、女児たちは、人や物に対する愛情を育て、衣食住に関する知識を身につけ、暮らしの中の夢をたどりながら、社会性を身につけていきます。

菜の花のお雛さま

今回は、日本の女児たちに愛されてきた愛玩人形や手遊び人形の中から、髪型や衣装、履物を着せ替えて遊ぶ人形の数々を、時代を追ってグループごとに展観する試みです。

今は、ほとんど廃絶してしまった日本各地の姉さまや人形芝居用の首人形、江戸時代から昭和時代にかけて愛された市松人形や三つ折人形、大正から昭和に流行した文化人形を経て、昭和30年代のバービーやタミー、40年代のリカちゃんまで、様々な時代の資料を通して、少女たちを夢中にした人形遊びの世界をたどります。

展示総数………約350点


ふるさとの姉さま

「姉さま」は、婦人の髪型をまねて縮緬紙(ちぢらせた和紙)で髷(まげ)を作り、千代紙などの衣装を着せた紙人形。手足を省略し、表情も描かれないものが多く見られます。折紙の技術を生かし、髪型に重点が置かれるのが特色です。飾って楽しむ人形ではなく、女児の普段の人形遊びに用いられました。

 文化6(1809)年刊の『浮世風呂』(式亭三馬著)に「七・八歳をかしらにして、六歳ばかりなる娘の子 四・五人、ゑのしまみやげの貝屏風を立て香箱の上へ、人形のべべをしき、ふとんをきせてねかしをき、草たばねのあねさま、もみ紙でこしらへた島田、丸まげ、島田づくし、片はづしなどのあねさま……」と当時の姉さま遊びの様子が描かれています。

 このコーナーには、日本各地で作られた姉さまと首人形を展示します。姉さまの材料は、紙以外には、布、草、きびがらなどが使われ、産地の特徴を伝えています。髪型の美しさを見せるためでしょうか、後ろ姿を強調したものが目立ちます。

姉さま

 京都では「おやまはん」、鳥取では「ばんばさま」、播州では「ぼんちこ」、大阪や神戸では「おかたさん」、金沢では「たちこさん」…と、姉さまの呼び名にも土地ごとの違いが見られます。

神戸の姉さま・おかたさん(大正時代)

首人形

 土製などの頭に竹串、木串をさしたもの。その種類には、姉さま遊びの他、人形芝居のまねごとをして遊ばれたものなども見られます。


ふるさとの人形

 江戸時代の終わり、庶民階層が経済力を持ち、農村部にも商品経済が広がっていく頃になると、土や木や紙など身近にある材料を使って、専門的に、また農閑期を利用して季節的に素朴な玩具が作られるようになります。これらは郷土という範囲で流通したものが多く、「郷土玩具」の名で知られています。

 日本の「郷土玩具」の人形を代表するのは、東北地方各地に伝承されてきた「こけし」や熊本県日奈久の「べんた人形」、香川県高松の「奉公さん」などです。これらは飾るための人形と考えられがちですが、元来、子どもたちの遊び相手として作られたものです。

 赤い着物をまとった張子の“奉公さん”は、子どもが熱病に罹ったときに抱かせて海や川に流すと必ず快復すると伝えられる人形です。

 このように、人々の生活の中から生まれ、愛されてきたふるさとの人形は、子どもを喜ばせる玩具というにとどまらず、郷土の信仰や伝説、美意識や幸福感を表現した小さな造形といえます。

郷土人形(高松張子の奉公さん・遠刈田こけし・べんた人形)

市松人形

「市松人形」は、子どもの姿をした衣装人形で、江戸時代、元文・寛保(1736-64)年の頃の“市松文様”で知られる人気俳優・佐野川市松と結び付けられてこの名があります。

 嘉永6(1853)年刊の『守貞漫稿』には、「市松人形は三都(京・大坂・ 江戸)とも、3、5寸のものから1尺ばかりのものまであり、粗製のものは、おがくずを膠(にかわ)で練って首、手足を作り、張子の胴と白縮 緬でつないでいる。上製は、首、手足とも木彫で別作りして胴とつなぐが、腹に細工がなされ、泣き声を出すものもある」と記されています。

 市松人形は、少女たちが抱いて愛玩する人形の代表選手ですが、江戸時代から明治・大正・昭和時代へと受け継がれ、桃の節句に、男女一対で飾られたり、誕生祝いに贈られたり…と、私たちの暮らしに寄り添い続けてきた人形です。

市松人形(明治40年代)

明治・大正時代の人形遊び

 このコーナーには、江戸時代に作られ始めた市松人形を中心に、着せ替えやままごと道具の色々を展示します。人形衣装や髪型を模した玩具からは、明治・大正時代の風俗がよくうかがえます。

着せ替えままごと

 衣装やかつら、履物などを付けかえて遊ぶ「着せ替え」人形を展示します。明治時代には高さ10cmぐらいの練り人形に帯や着物がついた着せ替え人形セットが登場し、人気を博しました。

洋装人形

 陶磁器、また練物製のボディ、頭、手足をもった抱き人形が登場しました。手足、首が動き、身体を水平にすると、まぶたを閉じてしまう、リアルな仕掛け形も作られました。いずれもフリルのついた帽子やヘッドドレスをつけ、ハイカラな洋服をまとっていました。

洋装のベビードール(さくらビスク)(昭和初期)

大正から昭和初期の人形遊び

 大正時代は、「児童文化の時代」と呼ばれます。『赤い鳥』などの芸術性の高い児童雑誌が相次いで創刊され、童話や童謡の創作活動が展開されると、詩情豊かな人形が登場してきます。舶来物にも関心が集まり、キューピーや西洋風俗をまねたセルロイド製人形が人気を博しました。「大正デモクラシー」と呼ばれる自由な時代風潮の中で、大正から昭和初期は、子どもの心を育てる道具として人形や玩具を位置付ける考え方が強調され、それらに情操の豊かさが求められました。ここでは、セルロイドのキューピーや、異国情緒あふれる抱き人形などをご紹介します

文化人形

 大正時代に作られ始めた布製の抱き人形。レーヨン、メリヤスなどで頭、胴、手足をぬいぐるみにし、中におが屑などを詰めて作られます。西洋風の衣装をまとい、ハイカラな印象が少女たちの心をとらえました。手足がぶらぶらとしているので、「ぶらぶら人形」とも呼ばれます。20cm程度の小さなものから50cmの大きなものまで様々な種類があり、昭和40年代まで人気を博し続けました。

文化人形たち(昭和初期~20年代)

昭和時代の人形遊び・その①

 人形師の手になる人形より、工場で量産される欧米風の人形が主流となり、セルロイド人形、ぬいぐるみの文化人形、戦後にはソフトビニールのミルク飲み人形や歩行人形、ファッションドールなど、素材も様々な人形が登場します。こうした人形は、人間らしいリアルな動きが工夫され、また時代の感性を敏感に取り入れて少女の心をとらえました。このコーナーでは、昭和20~40年代の人形遊びの世界の移り変わりをご紹介します。

人形の家とミルクのみ人形(昭和20年代後半~30年代)

ぬいぐるみの洋装人形

 昭和20年代後半から30年代、やわらかい布の小さな人形(「へろへろ人形」とも)が少女たちの人気を集めました。また、同じ頃、ぬいぐるみに針金を入れて身体や手足に動きを作った洋装人形が、少女の家々で、盛んに飾られました。これらの人形の多くのは、大きな瞳と、「ミトン」状の手、「フランス人形風」のドレスに特徴がありました。西洋風の生活スタイルへの憧れが強かったこの時代の雰囲気を伝える人形です。

着せ替え人形

 ここでは、紙人形に彩色印刷した衣装を着せる切りぬき式の「着せ替え遊びシート」の色々をご紹介します。「美智子さまの着せ替え」「メイコちゃんの着せ替え」「“君の名は”の着せ替え」「お姫さまの着せ替え」…。
素朴な彩色印刷の紙人形に、彩色印刷の紙衣装を着せ掛ける単純な遊びでしたが、これらのシートは駄菓子屋などで売られ、昭和時代の少女たちに絶大な人気を誇りました。

美智子さまの着せ替え(昭和34年頃)

昭和時代の人形遊び・その②

  高度経済成長時代を境に、近代的な量産人形の中に、「リカちゃん」「ジェニー」といったメーカー・オリジナルのキャラクターが力をのばし、また、TVアニメの主人公なども普段遊びの人形の題材として盛んに作られるようになっていきます。社会の物質的豊かさを表すように、人形の家具や持ち物もバリエーションが広がり、賑やかになっていきますが、遊び手が自分を人形に同化させ、想像の世界に心を羽ばたかせるという、人形遊びの本質的な部分は、昔とまったく変わっていないように思われます。 このコーナーでは、昭和50~60年代、さらに平成時代へとつながる人形遊びの世界の移り変わりをご紹介します。

タミーとタミーハウス

ファッションドール

 昭和30年代、アメリカからファッショナブルなキャラクタードールが上陸します。バービーやタミーがその代表ですが、その後、日本独自に「スカーレットちゃん(中島製作所)」や「リカちゃん(株式会社タカラ)」が製作され、40年代の少女の心をとらえます。以降、現在に至るまで、時代の夢を表現しながら作られ続けている「リカちゃん」、その人気の理由は、着せ替え衣装の多様さと「リカちゃんハウス」など、生活用品の豊富さがあげられます。

リカちゃんとドリームハウス(昭和40年代)