日本玩具博物館 - Japan Toy Musuem -

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今月のおもちゃ Toys of this month

2007年6月

「ブリキの金魚」

  • 昭和20~30年代
  • 日本/ブリキ

 金魚は、室町時代に中国から伝わり、江戸時代には現在の大和郡山市で養殖が始まったといわれています。中国では、今でも金魚は「お金が貯まる」縁起物で、節日にはその絵を玄関などに飾って家の豊かであることを祝う地方もあります。日本では、夏の風物詩のひとつとして古くから愛されてきました。

 写真は、ブリキ製の金魚で昭和20年代から30年代にかけて作られたものです。この時代は、子ども達の水遊びの友人であり、お風呂に浮かせて遊ぶ「浮きもの玩具」の代表選手でもありました。

 ブリキの金魚が誕生したのは、明治末期のこと。玩具製造業者が、輸出向けに「金魚のがらがら」をブリキで製作し、大量の受注を受けたところ、1911(明治44)年に起こった中国での辛亥革命(清朝の滅亡/孫文による中華民国建国)の騒ぎで、ほとんどがキャンセルとなってしまいました。季節は12月。業者は知恵をしぼり、がらがらの持ち柄を取り外して、お風呂の浮きもの玩具として売り出したところ、大人気を博したということです。江戸時代終わりの頃から、「陶器の浮き金魚」はよく知られた子どもの玩具で、それがヒントになったことと思われます。水に浮かべて遊ぶ玩具のはずが、振ると中に入れられた数個の小石がガラガラと音を立て、もとは「鳴りもの玩具」であったことを主張しています。

 さて、先日、筆者は、姫路市立美術館で、中国からインドシナ半島にかけて居住する少数民族の衣裳をテーマにした特別展『太陽と精霊の布』を見学したのですが、その中で、雲南省大理州魏山県のペー族の子ども達がかぶる帽子に、ブリキの金魚そっくりの造形を見つけて、あっと声をあげました。三つに分かれた金魚の尾びれは、子どもの首の後ろ側を保護し、前頭部には丸く愛らしい両眼、頭頂にかけては五色の糸で鱗が鮮やかに刺繍されていました。ブリキの金魚におけるユニークで印象的なデザインは、ひょっとすると、金魚の渡来先でもある中国の影響を受けたものかもしれないと、その誕生のエピソードを振り返って、あらためて追究したくなっています。