今月のおもちゃ
Toys of this month
「きびがら細工の鬼・チェルト」
●12月6日は「聖ニコラウス」の祝日。ヨーロッパの多くの地域では、この日の前夜、子どもたちは、聖ニコラウスからプレゼントをもらいます。ドイツやオーストリアではザンクト・ニコラウス、英語圏ではセント・ニコラウス、フランスではサン・二コラ、チェコやスロバキアではスェティ・ミクラーシュ、オランダではシンタクラース(シント・ニコーラース)と呼ばれる聖ニコラウスは、紀元後3世紀、ミュラ(現在のトルコ)の司教となって人々の尊崇を集めた聖人です。子どもたちを愛し、貧しい人々のために金貨を授けるなど、聖ニコラウスには、数々の伝説があります。ニコラウスが没したとされる12月6日、心優しい聖ニコラウスの故事に、古代の冬至祭において、新年の豊穣を願って人々が贈り物を交換していた習慣が溶け合い、贈り物配達人の物語が誕生しました。

●チェコのクリスマスは「ヴァーノツェ(Vánoce)」と呼ばれます。ヴァーノツェに向かう待降節の途上、12月6日の聖ミクラーシュの日が祝われます。その前日、チェコ(やスロヴァキア)では赤い十字架のついた白い司教服に身を包んだ聖ミクラーシュが、天使(anděly)と鬼(čerty)を連れて子どもの居る家々を訪れます。「一年間、君はいい子にしてたかね?」——いい子だったら天使からプレゼントを、悪い子だったら鬼がお仕置きのムチをふるいつつ石炭やジャガイモを与えます。鬼の怖さに泣き出してしまう子どもたちも「来年はいい子にします!」と約束すればプレゼントをもらえるのです。日本の小正月、「泣ぐ子はいねがー」「わるい子はいねがー」と奇声を発しつつ秋田県の男鹿半島の町々をめぐる❝なまはげ❞にも似ていますね。異形の仮面をつけ、稲わらを身体にまとったなまはげは、家々をまわって厄払いを行い、怠け者を諭したりする新年の来訪神です。

●こちらはチェコのモラヴィア地方で作られた鬼・チェルトとスロバキアのブラチスラバ郊外で作られた聖ミクラーシュの人形です。どちらもきびがら(トウモロコシの皮)を糸で縛ったり、裂いたりして細工したもので、鬼は左右の手にお仕置き用の小枝とムチを持ち、2本の角を生やしていますが、おっとりとして愛らしい表情です。キリスト教の聖人が連れてくる鬼とはいったい何者なのでしょうか。なまはげのように、キリスト教普及以前、年の変わり目ごとに訪れていた土着の神さまだったのでしょうか。

●さらにこちらは、チェコ・プラハの日本人学校に赴任されていた三浦一郎先生からいただいた画像で、プラハ旧市街のベツレヘム礼拝堂前のクリスマスマーケットに並んでいた人形を撮影されたものです。ここでもチェルトは黒く作られていますが、チェルトの❝黒❞は煤(すす)を表現しているのではないかと考えられます。
●ヨーロッパの人々は、紀元前の大昔から、森の恵みを受けて暮らしてきました。特にハシバミやミズナラからとれる木の実は、数千年にわたり、冬季の貴重な栄養源になっていたようです。クリスマスの頃、暖炉でそれらの丸太を燃やす行為には、収穫への感謝がこめられました。火に焼かれ、パチパチと丸太から飛び出す火の粉には、樹木の霊が宿ると信じられ、暖炉の煤や炭、灰は生命の源として畑にまかれたり、治療薬として使用されたりもしたのです。焼ける樹木に対するそのような民俗信仰をふり返ると、煤で真っ黒になり、炭を与えるチェルトは、森の恵みを人々にもたらすためにやってくる新年の来訪神であったのだと思えてきます。――キリスト教徒になったあとも、人々はチェルトに来てもらいたいので、聖ミクラーシュに連れてきてもらうという構図を誕生させたのかもしれませんね。
(学芸員・尾崎織女)