今月のおもちゃ
Toys of this month
「滝宮の念仏踊り」
●香川県中部、讃岐うどんの発祥地ともされる綾歌郡綾川町には、「滝宮の念仏踊(たきのみやのねんぶつおどり)」(1977年・国の重要無形民俗文化財指定/2022年・ユネスコ無形文化遺産登録)と呼ばれる風流踊りが伝わっています。風流(ふりゅう)踊りとは、太鼓、鉦、笛などの演奏や小歌に合わせて、趣向を凝らした衣装を身にまとった人々が群舞するもので、中世、室町時代には特に流行をみたようです。滝宮の念仏踊は、そのような風流踊りのひとつで、一遍上人を宗祖とする時宗の念仏踊りや五穀豊穣を願う雨乞い踊りなどが習合したものと考えられています。
●伝承によると、―――菅原道真が讃岐の国司であった時(886~890)、大旱魃がこの地を襲い、道真は身命を賭して七日七夜、雨乞いの祈りを捧げました。その大願が成就して三日三晩も大雨が降り続き、歓喜した人々が滝宮神社(当時は牛頭天王社)の社前で群舞したのが始まりであると。また、道真の霊魂を慰めるために念仏を唱えるようになったともいわれます。

●滝宮神社と滝宮天満宮に念仏踊が奉納されるのは、8月25日(近年はこの日前後の日曜日/今年は8月24日)。世話役、下知(げんち)役、鉦、笛、太鼓、法螺貝などの鳴り物を奏する囃子役、願成就(がんじょなり)役などが隊列を組んで道中芸を繰り広げながら神社に練り込みます。現在、綾川町には、このような念仏踊組が11あって、3組ずつが交替で奉納を行い、5年ごとに11組すべてが揃って総踊を行う決まりがあるそうです。人々は神前に輪をつくり、その輪の中心では、梅枝のかざしを付けた花笠をかぶり、梅鉢の定紋入りの陣羽織と錦の袴に身を包んだ下知役が、「ナムアミドーヤ」の念仏と鳴り物の演奏が響くなか、大団扇をひるがし、飛び跳ねるように踊ります。

●そのような中世の薫りを伝える「滝宮の念仏踊」の一群を表現した郷土玩具がかつては市内の民芸店などで売られていました。踊る人々がかぶっている花笠をイメージしたものか、麦わら細工の大笠は直径20cmほど。三つ巴紋の紙を張って、頂に梅枝をかざし、梅鉢文様をつけた赤布の幕が周囲に提げられています。その笠につるされるのは、麦わらをボディとして色紙の笠や着物を着せ掛けた軽やかな人形が9体、―――よく見ると、大団扇を手にした下知役や太鼓をもった囃子役の姿が細やかに形象化されていることがわかります。そよ風が吹くと、小さな人形たちがさやさやと揺れ動き、時にはくるくると回転して、まるで生きているように踊りを繰り広げる愛らしいものです。
●この軽やかで優しい麦わら細工のつるし飾りは、高松市の東、屋島の谷本祐一さんが創作し、祐一さん亡きあとは妻のとしえさんが細々と作っておられました。同じ香川県の丸亀地方には「住吉さん」と親しまれたつるし飾りがありました。丸亀城下、威徳寺では毘沙門天の縁日に売られたもので、麦わら細工の傘の周囲に赤布のたれ幕をさげ、笠と艶紙を着せた麦わら人形が5~7体つるされていました。それは、大阪市住吉大社に伝わる御田植神事の住吉踊りをかたどった郷土玩具「ヤートコセ」にとてもよく似ています。谷本夫妻は、こうしたつるし飾りの形をもとに、「滝宮の念仏踊り」へと発展させたのでしょう。実際、香川県の郷土玩具には、高松張子をはじめ、大阪の影響を受けたものが数多く見られるのです。

●住吉大社(大阪市)の「住吉踊り(ヤートコセ)」は今も作られ続けていますが、残念ながら「滝宮の念仏踊り」は廃絶してしまいました。今はどちらの市町村にあっても、生活様式の変化や後継者不足などの困難な問題とたたかいながら、伝統行事の継承に取り組んでおられます。コロナ禍の真っ最中の2022年、ユネスコ無形文化遺産登録という励ましを受けて、祖先から受け継ぐ大切な行事を絶やすことなく続けていきたいとおっしゃる綾川町に、また麦わら細工の愛らしい郷土玩具を復興される方が現れたら本当に素晴らしいですね。うどんの讃岐、小麦の作付け面積も拡大していると伺います。題材はもちろん、小麦わらという素材も郷土にふさわしい玩具ですから、よみがえってくることを願いたいです。
●今年は8月24日に「滝宮の念仏踊」が催行される予定です。皆さま、ご見学されてはいかがでしょうか。
(学芸員・尾崎織女)