今月のおもちゃ
Toys of this month
陶器の「ダール=アル=ハジャール(岩の宮殿)」
●数年前、かつてアラビア半島南部の海沿いの国、イエメンを旅された方から、「日本玩具博物館の展示背景に役立ててください」と首都・サナアのシンボル「ダール=アル=ハジャール(岩の宮殿)」を模した陶製の造形物をいただきました。

●サナアは、イエメンの西部、標高約2300mに位置する高原都市です。大洪水が去った後、❝方舟❞を降りたノアの息子、セムによって築かれた世界最古の都市のひとつと伝わります。

●城壁にかこまれた旧市街は、モスクやミナレットが立ち並び、日干し煉瓦を積み上げ、強い日差しを退けるためでしょうか、窓枠に白い漆喰を施した独特の高層家屋が密集しています。その家々は数百年前のものとも、千年以上前のものとも。
●岩の宮殿は、市街地から北西、ワディ=ザーハルの町にあります。基礎となる部分は18世紀後半、ヌクム山の奇岩の上に造成され、1930年代に当時のイエメン王が夏の離宮として整備した建築物です。宮殿内部には、イエメン建築内装の特長とされる幾何学模様のステンドグラス「カマリーヤ」がはめ込まれており、カマリーヤを通して室内に差す光が独特の彩りを奏でるのだと、宮殿を訪れた方から伺いました。

●その美しい夏の離宮を模して作られた高さ20㎝の小さな宮殿は、白い粉砂糖で細やかにアイシングが施された❝お菓子の国のお城❞のような印象があります。両手で抱いていると、このような建築物を遺すワディ=ザーハルの町を訪ねてみたくなるのですが、現在のイエメンの治安状況は極めて不安定で、日本の外務省も各国政府もイエメンへの渡航を中止するよう呼び掛けています。
●長く続くイエメンにおける政治的内戦と終わりの見えない中東をとりまく国際紛争、そこにイスラエル・アメリカ合衆国とイラン間の戦争も加わって、大災禍のなかにある人々の暮らし、——それは「世界最大の人道危機」と形容され続けるほどに深刻。そして、反政府武装組織・フーシ派が支配するサナアの町は、2015年に危機遺産に登録されています。岩の宮殿の現在の様子を詳しく調べていくうち、苦しみもがくイエメンを平和な国に変えていくため、憎しみの連鎖を断ち切るため、現地の人々と心を合わせて懸命の活動を続ける日本の団体があることを知りました。
●現物を縮小した造形物には、失われていく文明の姿を小さくして保存する役割があると言われますが、個人にとって、土産品や玩具は、旅先の風景や出会いをふり返るよすがとなり、またその思い出を誰かと共有したり、記憶を伝えていく働きがあるのでしょう。さらに親しく手にとることで、それが作られた地域やそこに暮らす人たちのことを知ろうとしたり、そこで育まれた文化を守ろうとしたりするきっかけにもなるでしょう。
●ダール=アル=ハジャール(岩の宮殿)は4号館2階の常設展「世界の玩具」の中東コーナーに、他の中東の国々の品々とともに展示しています。
(学芸員・尾崎織女)