今月のおもちゃ
Toys of this month
2005年3月
「御殿飾り雛」
江戸時代、1837(天保8)年頃から十数年にわたり、喜田川守貞が諸国を歩いて著した『守貞漫稿』という書物には、京阪と江戸の雛飾りの違いが記されています。要約すると、「京阪の雛飾りは、二段ほどの壇に緋毛氈をかけ、上段には御殿を据え、殿中に一対の雛を、階下の左右に随身二人と桜橘の二樹を並べ飾るのが普通である。一方、江戸では御殿の形は用いず、屏風を立てて一対の雛を飾り、七、八段にして、官女、五人囃子を置く」。
江戸時代の終わり頃、江戸の段飾りに対して、京阪では御殿飾りが一般的であったことがわかります。御殿は御所の紫宸殿(ししんでん)になぞらえたものといわれ、雅やかな宮中の生活を雛人形によって表現したのでしょうか。
写真は、大正時代に作られた幅1.4m、豪華な桧皮葺(ひわだぶき)の御殿飾りです。本物そっくりの豪壮な御殿は、宮大工や指物師の手によるものと言われています。中に飾られる人形は、京都の人形師、橋本幸三郎の手になるもの。可憐な内裏雛は、随身が警護する本殿奥に静かに座し、五人囃子の奏でる能楽の音に混じって、官女のささやき声が響いてくるようです。雛人形たちが使うための小さな金蒔絵(きんまきえ)の箪笥や化粧道具、煙草盆や火鉢、食器や楽器まで添え飾られて、女の子ならママゴト遊びをはじめたくなる楽しさです。細部まで心のいき届いた人形や諸道具の作りには、古き日本の手仕事の丁寧さが薫ります。