「モタンカ人形」 | 日本玩具博物館

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今月のおもちゃ

Toys of this month
2021年3月

「モタンカ人形」

  • 2000年代
  • ウクライナ/布・硝子ビーズ
ラグドール(ウクライナ・キエフ/2000年代)

衣装用に裁った布の端切れや着古した思い出の衣装の一部を大切に取っておき、それらの色合わせを考えながら人形を作る楽しみ、うまく出来上がったときの喜びは万国共通、作り手が得る大きな幸福です。ウクライナ伝統の「モタンカ人形」は、まさにラグ・ドールrag doll――端切れから作られた人形――のぬくもりを伝えています。
おくるみの赤ん坊を抱いた女性は母親でしょうか。こけし型のぬいぐるみをボディーに、ソロチカと呼ばれるブラウス、薔薇模様のザパスカ(=スカート)、ウクライナ刺繍を施したエプロンをつけ、明るく華やかな装いです。未婚女性は花やリボンで帽子状のヴェノクをつけるので、頭上にスカーフを巻いた彼女は既婚女性、母親だとわかります。

衣装を飾る刺繍は、ただ美しく見せるためではなく、魔除けの意味が込められています。特に袖口、襟もと、裾などからは病魔や悪霊が侵入すると畏れられ、刺繍は悪しきものから身を守るために注意深く丁寧にデザインされてきました。女性の襟元を飾るネックレスにも魔除けの力が求められます。赤いサンゴや琥珀のネックレスには幸運と富を引き寄せる霊力があるとされていて、母親人形の襟元には、幾重にも飾られたビーズ製ネックレスが輝いています。

――赤ん坊を抱いています

さて、この「モタンカ人形」について気になるのは、彼女たちの顔に目鼻がつけられていないことでしょう。科学的に進歩したと自負する私たちにあっても、人形は霊魂の依り代だから粗末に扱ってはいけないという心情がどこかにのこされています。かつては世界各地の様々な民族が“良い霊が人形につけば子どもの守りとなるけれど、悪い霊が目から人形に宿ったら、持ち主に危害が及ぶ”と考えていたようです。
ウクライナの「モタンカ人形」には目が描かれないばかりか、“悪霊立ち入り禁止!”と宣言するように十字型の縫い取りがなされています。目鼻の代わりに魔除けをほどこして人形を守り、さらにこれを抱いて持ち遊ぶ子どもたちを守るためと考えられます。遠い時代に忘れられた古い人形文化のかたちが表現されているように思えます。
この人形は、4号館2階の常設展「世界の民族玩具」でご紹介しています。

(学芸員・尾崎織女)