「麺花」~「中国民衆玩具の世界展」より | 日本玩具博物館

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学芸室から 2022.07.17

「麺花」~「中国民衆玩具の世界展」より

暑中お見舞い申しあげます。早々と梅雨が明けたと想えば、夏土用を前に梅雨前線が戻ってきたとか。三連休中日の今日も、思いがけない驟雨に見まわれる一日となりました。当館の周囲のクスノキやセンダン、ヤマザクラやクヌギ、アベマキが深々と茂る林にはアブラゼミやクマゼミに先駆けてニイニイゼミが静かにヂィーヂィーと鳴き始めました。白や薄紅のムクゲの花も林のなかに高く低く咲き誇り、庭の蓮甕からは鶴のように首をのばして厳かに蓮の花が開き――――本格的な夏の風情が漂っています。

6号館で始まった夏秋の特別展「中国民衆玩具の世界」は、三々五々、ご来館者をお迎えして好評をいただいております。当初800点前後を展示してグループごとにご紹介する予定でしたが、展示が終わってみると1,300点を超える品々が登場しておりました。1910年代から90年代、――清朝崩壊期から中華民国建国期、東北三省に「満洲国」がつくられた時期、日中戦争(中国では「抗日戦争」)や国共内戦を経て中華人民共和国誕生期、文化大革命を経て改革開放政策期・・・と続く、激動の20世紀に中国の人々の傍らにあった(時には否定されて作られなかった)郷土色豊かな玩具たちは、どれもこれも民衆の願いをのせたユニークな造形で、「私も観てもらいたい!」「僕も展示してほしい!」と訴えてきますので、ついつい・・・。展示作業には思いの外、手間取り、いつもなら梱包・撤収、清掃・設営、開梱・展示に一週間ほどかけるところを、今回は二週間近くを要してしまいました。その分、心を込めてご紹介しておりますので、展示ケースに一歩近づいて、隅々までご覧くださいませ。

すでにご案内しておりますように、本展は、去る7月7日に大福書林から刊行された『中国民衆玩具—日本玩具博物館コレクション』の掲載作品をご紹介するものでもあります。当館の中国玩具コレクションのなかから、東北、華北、華東、中南、西南、西北の六つの地域に分けて、合計83種類の作品を取り上げ、写真と解説によって、造形のもつ風格をご覧いただくのがメインで、コラムや読み物を合わせて420点が登場するのですが、実はこのなかに是非とも加えたいと思っていた品がありました。それがどうしたわけか、収蔵していたはずの場所や梱包箱をどんなに捜しても捜しても、本の制作のための撮影日程までに見つからず、涙を呑んで割愛したのでした。―――それが展示準備のなかで、一番最後になって、収蔵したはずのない梱包箱から見つかりました! お恥ずかしい話です。それが、こちらです。

「麺花(花模)」 河南省周口市沈丘県 1980年代 (旧伊藤三朗コレクション)

竜に犬(狗)、金魚に蛙、魚にハリネズミ・・・。これらは小麦粉に発酵パン種を混ぜ込んた造形で、「麺花」あるいは「花鏌」と呼ばれ、河南省周口市沈丘県の特産です。―――パン生地をハサミや千枚通し、櫛を用いて成形し、蒸した後、食紅で色付けして仕上げられます。当館所蔵の麺花は、旧伊藤三朗コレクションに含まれており、1980年代の品ですが、保存用に防腐剤を入れてあるため、2022年の今も作られた当時の姿を留めています。春節の祝いや祭礼時の供物であり、今も、農村部では、子どもの生後一ヶ月「満月の祝い」に贈られると聞きます。河南省開封市杞県に伝わる童謡に「麺花儿、麺花儿、吃者好吃、拿者好玩(食べれば美味しく、手に取って遊べば楽しい)」というのがあり、麺花は、河南省各地のハレの日に登場して子どもたちを喜ばせる行事食だったことがわかります。

「麺花」のハリネズミ

こうした小麦のパン菓子は、陝西省、山西省、山東省など、黄河流域の村々にも伝承されますが、わけても、河南省沈丘県の「麺花(花鏌)」は有名で、清朝末期、北洋軍閥の総帥、袁世凱が西太后の歓心を買おうとしてこれを贈り、西太后から賞賛を受けたという逸話が知られているほどです。かつては沈丘県ではほとんどの家庭がこれらを作り、食卓に並べたといいます。やがて優れた職人技をもつ人々が廟会の市場で販売し、都市部へ行商するなかで、郷土色をもつ民芸として他省の人々にも親しまれるところとなりました。曲線的な造形に、黄、赤、緑、黒の食紅による彩色が華やかで、これがハレの日のお菓子とは、子どもたちはなんと楽しいことでしょうか。――――やっとお出ましの麺花たちをこうして展示でご紹介できることを嬉しく思います。「中国民衆玩具の世界展」をお訪ねの方々には、是非、出合ってやってください。

(学芸員・尾崎織女)

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