「樟脳(ショウノウ)船」 | 日本玩具博物館

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今月のおもちゃ

Toys of this month
2025年7月

「樟脳(ショウノウ)船」

  • 1970年代(昭和30~40年代)
  • 日本/セルロイド

夏祭りの季節です。金魚すくいに水ヨーヨー、綿菓子にかき氷、花火にお面などを売る屋台がずらりと並ぶにぎわいは、今も変わらない夏祭りの風物詩。昭和20年代から40年代にかけて、人気を集めた屋台の小物玩具のひとつに「樟脳(ショウノウ)船」があります。それは全長2~4㎝ほどのセルロイド製の船で、衣類用防虫剤などに使われる樟脳の小片を船尾に付けて水に浮かべると、ツツツーッと水面を走る魔法のような玩具です。六十代以上の世代なら、懐かしく思う方も多いことでしょう。なぜ、この小さな船は進むのだろう!!――子ども時代に目をした記憶もまた、よみがえってくるでしょう。

水の表面張力を利用して、樟脳を付けた小さなセルロイド船が動きます

その原理について、物理も化学も苦手な筆者の解説ではわかりにくいことと想われますが、理科の先生から受けた説明をそのまま記すとこんな感じです。――セルロイド船の船尾につけた樟脳が水に溶け出すとき、船の後方に樟脳の薄い単分子膜ができます。表面張力とは液体の表面積を小さくしようとする力のことですが、水の表面張力が溶けた樟脳のそれよりも強いために、船は船首前方にある水の表面張力に引っ張られて動き出すのです。やがて溶けた樟脳が水面を覆いつくして船が静止してしまったら、新聞紙などで水の表面をぬぐって樟脳の単分子膜を取り除くと再び、セルロイド船は動きはじめます。

『江都二色』(安永2・1773年)に掲載された「浮き人形」

実は、江戸時代にも樟脳船と同じ原理で動く玩具が作られていました。宝暦年間(1751-64)頃に上方で刊行された『絵本菊重ね』や、安永2(1773)年に江戸で刊行された玩具絵本『江都二色』にも「浮き人形」の名で登場しています。『江都二色』の浮き人形は、壇ノ浦で入水自害した平家の武将、平知盛に見立てたもので、蝋塗りの台に乗っています。それを水盤に浮かべると、台底に仕込まれた樟脳が溶け出して、平知盛が幽霊のように動き出すというものです。添えられた大田南畝の狂歌には、「ねだられて おもひも寄らぬ うら波の 銭ひつつかふ 親のおろかさ」とあります。“うら波”とは明和5年に鋳造開始の穴あき四文銭のことで裏側の青海波模様が特徴。つまり、小物玩具といえば一文程度だったものを、不思議な動きをする小さな浮き人形を子どもにねだられて、なんと、四文もとられてしまった!ということでしょうか。

樟脳(ショウノウ)は、6世紀ころにアラビア地方で発明され、16世紀になって日本へも伝わったとされています。樟脳は、クスノキ精油の主成分であり、そのクスノキは、関東以南の暖地で多く生育します。江戸時代前期にはすでに薩摩藩の特産品として知られていたようですから、樟脳がこのような玩具に利用されることもあったのでしょう。日本の近代玩具の母胎は近世の手遊びのなかにあるといわれますが、昭和時代の樟脳船も近世の手遊びを母体としていたのですね!


私たちの令和時代、樟脳船の復刻版もなかなか入手できないと聞きますので、作ってみるのも楽しいでしょう。たとえば、プラスチックトレイや牛乳パックから船形を切り出し、船尾に二つ切り目を入れてストローの小片を差し入れたら完成です。ストローには、樟脳を詰めるのがよいのですが、うまく入手できないときには、歯磨き粉などでも代用できるようです。洗面器に水を張ってそっと浮かべてみましょう。原理が理解できなくても、静かな水上を船が音もなく進む不思議に目を見張る体験は大切。子どもたちの心に不思議を追究していく種をまいてくれるかもしれないと思うからです。

(学芸員・尾崎織女)