今月のおもちゃ
Toys of this month
「麦わら細工の小箱」
●兵庫県但馬地方に位置する城崎(きのさき)といえば、柳青める大谿川をはさんで旅館が立ち並ぶ風情あふれる温泉町。古くから文人墨客も愛した湯治場です。ここには、江戸時代、享保年間(1716-36)に因州(鳥取県)の半七という人が始めたと伝わる「麦わら細工」(このあたりの地名を冠して「湯島細工」とも呼ばれます)が今に受け継がれています。
●城崎の麦わら細工が得意とするのは、箱や絵馬などに色とりどりの麦片を幾何的に、また絵画的に張りつけて模様を描く“張り細工”で、その繊細さと写実的な美しさには目を奪われます。製作に当たって、まずは漂白した大麦のわらを種々の色に染め、その麦わらを開いて引きのばし、細長く薄い板状の麦片を準備します。それらを鋭利な刃物で必要な形に切りとり、図案に従って根気よく手箱や文庫、菓子入れなどの表面に張りつけていきます。
●張り細工を分類すると、「小筋物」や「直模様」、さらに「神代杉張り」「さび張り」「白張り」「黒張り」などがあり、小箱には、花鳥風月を表す具象文様のほか、亀甲文や菱文、麻の葉文、籠目文などの吉祥文様が精巧に細工されます。小さな平面に凝集した美と麦わらのやわらかな光沢が手にとる者を魅了します。


●現在、むぎせん民芸店やかみや民藝店などに伝統が受け継がれ、若い世代の作者も現代的な感覚を取り入れ、制作に励んでいます。東京都大田区大森と並んで日本を代表する麦わら手工芸といえるでしょう。
●麦わらの張り細工で箱を飾る手工芸は、ロシアやベラルーシ、アルバニア、スロバキアをはじめ、東ヨーロッパの国々に古くから伝承されてきました。麦片で描く文様には産地の個性がありますが、いずれも魔除けや招福のメッセージが込められています。

●1995年、展覧会の仕事でブラジル・パラナ州クリチーバに滞在した折、休日を利用して町の一角にあるポーランド村へ案内してもらいました。そこはパラナ州に暮らすポーランド出身者たちが自らのルーツを確認し、故郷の文化を次代へ継承していくための施設で、百年以上前の暮らしがそのまま保存されているといわれます。上の画像は、ポーランド以上に古き良きポーランドの生活文化を留めていると評されるその村で求めた麦わら細工の小箱。春を迎える喜びが表現されています。
●ベラルーシの麦わら編み(織り)の手工芸は、2022年、ユネスコの無形文化遺産に登録されました。登録は主に立体的な編み細工や麦わら織り細工に対するものですが、同国ブレスト州などに伝わる‟張り細工“にも美しい作品が見られます。例えば下の画像は、染めない麦片をいくつかの寸法に揃えて小箱の全面に張り込んであり、角度によって麦わらの光沢が変化し、独特の存在感を放つ作品です。ベラルーシでは、こうした幾何文様だけでなく、絵画的な張り細工も見られます。

●下の画像は、伝統的な暮らしを表現する張り細工です。素朴ながらに絵本の世界のようなあたたかさとユーモアがあふれ、民芸の味わいがたっぷり!

●何かを収納するという実用性をこえて、箱はなぜこれほど美しく装飾されるのでしょうか。持ち主が小さな箱を愛し、ときに、中身の宝物以上に小箱を大切にするのはなぜなのでしょうか。――「麦わらには実りの精霊が宿っているから、この小箱を持っている人を豊かにしてくれますよ」と、ポーランド民芸村の婦人が教えてくれたように、自然物の恵みに向き合い、作り手が時間をかけ、手の技を尽くして仕上げた造形には幸せを招く力が詰まっていると誰もが心のどこかで信じているからなのかもしれません。
●現在、4号館1階の「兵庫県の郷土玩具コーナー」では、❝城崎の麦わら細工❞を紹介しています。
(学芸員・尾崎織女)