今月のおもちゃ
Toys of this month
2006年10月
「小さなマーケットの風景」
ヨーロッパの町々では、特別な日ではなくても、市庁舎のある広場などに大がかりなマーケット(市)が立ちます。現在開催中の企画展『ミニチュアおもちゃの世界』会場には、スロバキアの首都・ブラチスラバからやってきたマーケットが来館者の目を引いています。食品や食器などを売る小さな屋台には、実物と同じ素材で精巧に作られた品々が並び、清楚な衣装をまとった人形が指先ほどの品物を商っています。
写真は、パンを売る高さ14cmの屋台で、「ウルブ」と呼ばれる民間芸術センターでデザインされました。伝統的な暮らし方や地域性が急速に失われていくスロバキアの今の暮らしに鑑み、ウルブは、玩具の中に、季節の風俗や農村の伝統的な生活などを正確に表現しようと取り組んでいます。
ブラチスラバの朝、パンを売る屋台には、丸い黒パンや三日月形の白パンなどが並べられ、ハート型のパンや「め」の字の形をしたプレッツェルというパンがぶらさがっています。プレッツェルは、小麦粉と塩と水だけで焼く素朴な味わいのパンで、クリスマスのから春にかけての「冬送りの祭」には欠かせない食べ物でした。中世ヨーロッパでは、プレッツェルが<死者の腕輪>を表わしたそうで、今でも地域によっては、子どもたちが長い棒にプレッツェルをたくさん通して行進し、死者とともに「冬」を彼岸へ送り、生命が芽生える「春」を喜び迎える祭が残されています。
小さなマーケットの風景には、食べ物にまつわるそうした伝承もまた、保存されていくのでしょう。