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学芸室から 2020.05.08

月遅れ卯月八日の天道花(テントバナ)

卯月八日はお釈迦様の誕生をお祝いする花まつり。旧暦の頃の季節感に合わせるため、ひと月遅れの5月8日に灌仏会を行う寺院も多いのではないでしょうか。

鶴林寺灌仏会の花御堂 (兵庫県加古川市/2019年5月8日 筆者撮影)

これとは別に、旧暦の「卯月八日」は、躑躅や藤や石楠花、卯の花などを山からとってきて、竹竿の先にくくり付け、庭先などに立てる「天道花(テントバナ)」の風習が各地に伝えられてきました。苗代つくりが始まる時節に山から田の神を里へと迎える意味があるとも、毒虫などがわき出る季節の魔除けのまじないであるとも説明がなされています。天道花に竹籠をつける地域もあるというのですが、これにはどのような意味があるのでしょうか。

皆さんがお住まいの町や地域では「天道花」を立てられますか? 端午の鯉のぼりの風習と合体することで、急速に忘れられてしまったともいわれます。それでも京都の天道神社では毎年5月17日に天道花の神事が行われており、またネット上のブログなどを拝見すると、関西では奈良や大阪の能勢などにはこの風習が残されていることがわかります。当館の近くでは、市川をさかのぼり、生野町にほど近い神河町には今でも「テントバナ」を立てる家庭があると伺っています。

上の画像は、『子ども歳時記』(吉田智一写真・宮本袈裟雄監修/桐原書店/昭和58年刊)に掲載されている福井県三方上中郡若狭町の「天道花」です。花束が神の招ぎ代であり、天への捧げものであった遠い昔の面影が遺されているといわれます。

またこちらの写真は『兵庫探検・民俗編』(神戸新聞社/昭和46年刊の名著)に掲載されている兵庫県朝来市生野町上生野(ダムの底に沈んだまちです)の「テントバナ」。生野では“お釈迦さんの花”と呼ばれていたそうです。


さて今日はひと月遅れの卯月八日。当館の入り口に天道花を立てました。欲しかったのは、先年、地元の古老から教えてもらった五つの花――ツツジ、シャクナゲ、フジ、ウツギ、ヤマブキ――。これらは本来、山から採ってくることに意味があるのです。残念ながら今年は山行きが間に合わなかったので、館の庭に咲く紅白桃色のツツジ、白いヤブデマリにオオデマリ、西洋シャクナゲのつぼみやツバキなどを加えて花束を作り、井上館長に竹を切ってもらって、なんとか完成!

当館の庭に咲く花々と取り合わせて天道花を作りました

高く空に掲げる時、おテントウさまがまぶしくて、このやわらかな彩りの花束を天道花と呼ぶ理由がよく感じられます。いいものですね。

折口信夫は「髯籠(ヒゲコ)の話」の中で、天道花は“日の斎(モノイミ)に天道を祀るもの”と論じ、鯉のぼりなどの竿先に付けられる籠玉(髯籠)の由来についても説を展開しています。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000933/files/18393_22337.html(青空文庫)

端午の節句に飾られる馬印や幟旗、また鯉のぼりの竿先になぜ、「籠玉」あるいは「髯籠」がつくのか――。また、江戸の町で誕生した鯉のぼりは、各地の農村へと普及する中で天道花と合体したものなのか―――。そうした問いにも、考える道筋をいただける論考です。

『東都歳時記』(斎藤月岑編/天保9・1838年刊)に描かれた端午 左方に描かれた鯉のぼりの竿先に籠玉
現在、展示中の端午の座敷飾り 鯉のぼりや武者幟の竿先には籠玉に由来する丸い球と髯籠と思われるマチ針様のツクリモノがつく

籠玉(のちに金銀の丸い球)は日の神を表わし、髯の部分(四方に広がるマチ針様の装飾)は後光を表わすとする折口博士の御説、興味深いです。国旗を立てるときに竿先に金色の玉をつけるのも籠玉からの発展と考えられるようです。
天道花に丸い籠をつける地域もあるとお話しましたが、その籠は日の神を象徴し、周囲を飾る花々は、髯籠と同様、後光に見立てられたものかもしれません。

天道花(テントバナ/お釈迦さんの花・・・)を伝えておられる地域やご家庭がありましたら、その謂れや風習について、ぜひ、ご教示下さいませ。(尾崎織女)


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