日本玩具博物館 - Japan Toy Musuem -

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学芸室から 2016.05.05

端午の節句2016

5月5日、こどもの日。館内は、端午の節句飾りを求めて来館されたご家族連れで賑やかです。<今月のおもちゃ・2016年5月>でご紹介している大正時代の甲冑や武具立てがランプの家に勇ましく、展示の前で記念撮影をされる方々も見られます。

ご存知ように、端午の節句(節供)は、古くは武家を中心に行われ、往来に面した戸外には、戦陣にならった旗指物や吹き流し、毛槍や長刀、飾り兜などが飾られていました。江戸時代中頃になると、町家の人々の間でも、それらを真似て、武具類を大いに飾り立てることが流行し始めます。そのような屋外飾りの様子は古い文献の絵図などにも記されており、例えば、貞享年間に貝原好古が著した『日本歳時記』には勇壮な屋外飾りの様子を見ることができます。時代が下ると、次第に小型化してすべてが屋内の飾りへと変化していきます。小型化することで祝儀用の飾り物らしく手工芸の技がこらされるようになった、ともいえるでしょうか。

『日本歳時記』(貞享5・1688年/貝原好古編)より「端午」

ランプの家の座敷飾りでは、主役の甲冑飾りを武具立てが勇ましくも賑やかにもり立てています。

大正時代の勇壮な端午の節句飾り

新暦端午の節句にあたり、本年も玩具博物館の屋根々々に「菖蒲葺き」をほどこしました。葉菖蒲と蓬の香気によって邪気をはらう風習で、中国から貴族社会に伝わり、平安時代にはすでに宮中をはじめ、民間でも行われていたことです。先にご紹介した江戸時代の文献、『日本歳時記』にも屋根に等間隔で葉菖蒲と蓬が葺かれている様子が見えます。嬉しいことに、今日、中国からのご来館者が「うわっ、日本でもやりますか?! 私の故郷でも、旧暦端午に菖蒲と蓬の魔除けをしますよ!!」と歓声をあげて喜ばれました。平成の今、菖蒲が自生する沼はなかなか見つけにくくなってしまいましたが、菖蒲の根の部分の果実のような香りと剣先のような葉菖蒲の形の勇ましい様子はなかなか気持ちのよいものですし、千数百年の歴史をもつ習俗ですから、絶やさずに続けていきたく思います。


さて、端午の節句といえば「かしわ餅」ですが、昨日、私は、古くから西日本一帯で親しまれてきた「いばら餅」を作ってみました。かしわ餅はどちらかといえば、都市部のもので、西日本各地の山里では、この季節に生育するサルトリイバラで包んだお餅がよく食べられていたようです。懐かしく思われる方もあるでしょう。また、今日など、お作りになっておられる方もあるでしょうか。

まずは、サルトリイバラを採集して、葉っぱを綺麗に洗います。上新粉ともち粉をぬるま湯で溶いたお餅で小豆餡を包み、サルトリイバラでサンドイッチにして蒸します。かしわ餅もいいけれど、いばら餅はクスの葉のようなさわやかな香りがたまりません。兵庫県養父市に暮らす友人達は、古くから「さんきら餅」の名で親しんでいたと教えてくれました。サルトリイバラが「山帰来(サンキライ)」とも呼ばれるからでしょうか。機会がありましたら、お作りになってみてはいかがでしょうか。(尾崎織女)

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