大正5年、京都のお雛さま | 日本玩具博物館

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学芸室から 2021.01.26

大正5年、京都のお雛さま

開花し始めた椿の花の蜜を求めてメジロたちがやってきます

今春の「雛まつり」のテーマは“江戸と明治のお雛さま”で、会期を待たず、すでにオープンしております。今朝はランプの家に、大正5年、京都の大木平蔵調製の雛人形を展示しました。中庭にメジロのさえずりを聴きながら。

この雛人形一式を寄贈したいというSさんからのお申し出を受けて、京都市上京区烏丸通寺之内のご自宅へ伺ったのは、1995年の重陽の節句を過ぎた頃でした。Sさんは当時、満80歳。身寄りの無いご婦人で、1階に台所と小さな居間、2階にお座敷がひとつあるだけの町家に独りで暮らしておられました。老人介護施設への入居を決められたSさんの唯一の心配は、2階の座敷に住まいする人形たちのことでした。

雛箱には商標

Sさんを訪ねた日は大安吉日。彼女は部屋に香を焚き、秋の七草を生け、お赤飯を用意して待っていて下さいました。―――「お人形は私の人生の宝物。わが子をお嫁に出すのと同じ気持ちであなたの博物館に託します。」———Sさんはそう言って、名残に飾ったという人形たちを愛おしいまなざしで見つめておられました。

Sさんが80年の歳月、いつくしんでこられた古今雛

「お節句だけでなく、秋のさわやかに晴れた日には、人形たちを出して、一日、風に当ててやり、明くる日は、人形に向かって、家族との思い出を語りながら、仕舞っていました。」 ―――人形たちが手厚い扱いを受け続けてきたことは、80年の歳月を経た人形たちの艶やかさと瑞々しい生命感から充分に察せられました。―――「戦争中、空襲が激しくなってきたころには、大八車にお人形の箱を詰め込み、私は人形たちを連れて疎開しました。本当に大好きだったんです。けれども、疎開先の子どもたちと仲良くしてもらうために、黒漆塗金蒔絵のお道具やら、五人囃子やらを一体、また一体とあげてしまって…。もう身を切るような思いでした・・・・・・。だから、私の雛人形は内裏雛と三人官女しか残ってないんです・・・。」———Sさんにとって、人形たちは単に大切にすべき「モノ」ではなく、平坦ではなかったSさんの人生を支えた「心のよりどころ」だったのです。Sさんの“雛語り”を伺いながら、美しいお雛さまのお顔がSさんに重なってみえたことでした。

日本玩具博物館・雛人形の受け入れ台帳より Sさんの雛人形のカード

Sさんの雛人形が当館の所蔵品になって既に四半世紀。Sさんは、2003年に他界されましたが、一人の女性の人生の喜びが託された雛人形は、障子越しに新春の陽を受けてほっこりとした笑顔で座しています。――Sさんのお雛さまは3月3日までランプの家の床の間に展示しています。

ランプの家の床の間に飾っています(~3月3日まで)

(学芸員・尾崎 織女)

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