日本玩具博物館 - Japan Toy Musuem -

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学芸室から 2021.03.16

弥生三月、花盛り—DESIGN MUSEUM BOX展・辻川幸一郎さんの言葉

当館の庭の草木が三月の花を咲かせ、楽しげに妍を競い始めました。杏も山茱萸も油瀝青も馬酔木も、椿も土佐水木も紙垂辛夷も、菫も雪割一華も水仙も貝母も……。そしていよいよ桜の季節を迎えますね! 

トップページのニュース欄でもご案内いたしましたように、ただいま、らんぷの家ではNHK Eテレ企画「DESIGN MUSEUM BOX展」を開催中です。いつもの年なら幾組かの雛飾りを広げる鄙びたダークトーンな空間に、モダンな白い5つのボックスが独特の存在感を放っています。
膨大な玩具資料のなかから、映像作家の辻川幸一郎さんがすくいあげ、光をあてられたのは「コマ」です。紀元前20~14世紀ころと推定される古代エジプトの遺跡から出土したコマは、砲弾形に木を削って作られた「叩きゴマ(播州ではぶちゴマ)」。ちりはたきのように棒先に布などをつけて、コマの胴を叩いて回転させるものです。昨年夏、滋賀県大津市の南滋賀遺跡から国内最古となるコマ(6世紀後半~7世紀)が出土しましたが、その形は古代エジプトの叩きゴマとそっくりなんです。そして驚くことに、日本はもちろん、世界各地で古代さながらの叩きゴマが作られ、今も遊ばれ続けています。

あるいはコマの起源は、緑豊かな土地にあっては木の実であったかもしれません。風に吹かれて落ちてきた木の実がくるくると回転する――そんな自然の不思議な動きに霊感を得た私たちの遠い祖先が、コマという造形を生み出したのかもしれません。叩きゴマのように、実物は遺されていないけれど。そこから現在に至るまで、はるかな時代をこえ、地球上にあるすべての国境をこえて、様々な素材の、様々な形の、様々な回し方のコマが世界各地で作られ続けています。――時代性と民族性をのせて。

木の実のコマ――コマの始まりの姿かもしれない
(左からブラジル、パプアニューギニア、インドネシア、日本)


辻川さんは、そのようなコマの世界を受け止め、素晴らしい言葉で表現して下さいました。
―――人は古来より〈回転〉が生み出す高揚感やトランス感覚に魅了されてきた。コマは〈回転〉という、人類共通の原初的な欲望のデザインである」と。

コマを回したとき、遊び手は、コマの様子をじっと見つめます。その始め、回転の中心を求めて、地面の上を暴れまわっていたコマがやがてじっと一点に落ち着き、まるで静止しているかのように澄んだ回転を始めます。いつまでも静かに回れかし!と念を送るのですが、どうしても地面との摩擦に負けて回転速度が落ち、軸がぐらぐらと揺れ始めます。ふらふらになりながらも回り続けるようとする頑張りも空しく、コマはほどなく倒れてしまうのです。胴を横たえてなお、回ろうと抵抗するコマは、いよいよ止まる寸前にそれは名残惜しそうに一度だけゆっくりと逆回転します。そして、動かなくなってしまいます・・・・。大方のコマの動きがそうなのです。

そんなコマの回転のお話をしみじみと聴かれた辻川さんは、またこのような言葉を綴ってくださいました。「―――コマがこれほどまでに人を惹きつけるのは、そこに死を感じさせるからではないか。勢いよく回り始め、軸が安定すると静かに立ち、やがて乱れだし、最後に倒れる姿に人の一生を重ねてしまう。」と。ほんとうにそうなのかもしれない…と思います。

おもちゃについて、また日本玩具博物館についても、哲学的で、しかもすっと心にしみてくる辻川さんの言葉が白いボックスに綴られています。映像作品と合わせて、味わっていただきたいと思います。

―――人が生れ落ちてから最初に惹かれるのがおもちゃ。(中略)おもちゃは、人間の五感のめばえ、原始的な衝動をデザインしている。
こうして、おもちゃを造形とデザインの観点からとらえて美術展示していただけたことに、私たちは大きな喜びを感じています。

(学芸員・尾崎 織女)

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