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学芸室から 2021.04.20

節句飾りのデザイン*その1「北斗七星」~端午の節句展より

当館では、4月12日より季節の展示替えを行い、4月17日より端午の節句展が始まりました。窓も扉も開け放った特別展示室に初夏らしい風が渡っていきます。
恒例となった初夏の節句飾り展――本年は、明治・大正時代を経て昭和初期ころまで京阪地方で愛された大型の武者人形飾り、また幕末から昭和時代の甲冑飾りを、それぞれに時代を追ってご紹介しています。

甲冑飾り展示風景 大正時代/明治時代

端午の節句飾りの様式が定まっていくのは、雛飾りと同様に明治時代後期のこと。様々なバリエーションが見られますが、一般的には―――上段に金屏風あるいは矢襖を広げて武者人形、あるいは甲冑を置き、2段目には左右に弓矢・太刀飾り、中央に軍扇・陣太鼓・陣笠を並べ、3段目左右には一対の提灯、あるいは鯉のぼりや吹き流し、中央に三方を並べて、菖蒲酒の酒器、柏餅、粽を供えるというかたちです。

大正から昭和初期の節句飾り一式

こうした一式のなか、前飾りとなる軍扇、陣笠、陣太鼓の三品は、いずれも戦には欠かせない道具を表しています。陣太鼓は軍の統率に、軍扇は兵士たちの指揮に、陣笠は足軽や雑兵の被り物ですが、外縁を反らせた塗り笠は武士の外出用に用いられました。
軍扇は、金色に太陽を表す日章が赤く描かれた表側を向けて飾りますが、裏返すと、玄い(あるいは銀色の)夜空に北斗七星(ときには三日月も!)が現れて、あっと息をのみます。

北斗七星は、おおぐま座の腰から尻尾を構成する7つの明るい恒星の星列のことで、星列をつなぐと柄杓のような形に見えますが、古代中国では天帝の乗り物に見たてられていました。
また、7つの恒星は、唐の密教経典によると、柄杓の注ぎ口から柄先に向かって順番に、貧狼星、巨門星、禄存星、文曲星、廉貞星、武曲星、破軍星と名づけられており、天の北極と柄先に当たる「破軍星(はぐんせい/はぐんじょう)」との位置関係によって戦の占いが行われていたようです。すなわち、天の北極から破軍星の方向を見て、破軍星の方向に戦を進めると負け、 破軍星を背にして軍を進めると勝利するとされており、破軍星は戦の命運を託する大事な星だったのです。中国文化の影響を受けた日本においても、中世のころより、破軍星は「剣先星」とも呼ばれて武士たちに敬われてきました。
こちらのサイトを参照させていただきました。 破軍星 (asahi-net.or.jp)

軍扇の裏側の北斗七星・柄先に位置する「破軍星」に剣先の文様がつけられています

軍扇に描かれた「破軍星」には、剣先を表す文様がつけられています。端午の節句飾りの造形のなかには、このような伝統文化が密やかに息づいていて興味が尽きません。本展では、一部、軍扇を裏返して展示しておりますので、ご来館の折には目をとめてご覧くださいませ。(尾崎織女)

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