日本玩具博物館のここがいい!~当館で「地域実習」を終えた学生たちからのメッセージ・その2~ | 日本玩具博物館

日本玩具博物館 - Japan Toy Musuem -

Language

ブログ

blog
学芸室から 2021.12.24

日本玩具博物館のここがいい!~当館で「地域実習」を終えた学生たちからのメッセージ・その2~

去る12月7日から4日間、「地域実習」のために当館に滞在された青山学院大学3年生の学生さんたちからのメッセージ・その2をご紹介します。実習2日目には、2号館の常設展「日本の近代玩具のあゆみ・Ⅰ~明治・大正・昭和~」の展示品目録を作る作業に当たっていただきました。その折に直接手にとり、撮影したり展示したりするなかで、心にとまった玩具に注目された二人の学生さんからのメッセージをどうぞ。(尾崎)


過ぎた時代の流行玩具に触れて

私は博物館の様々な魅力的で文化的価値のある玩具の中でも「教育」と名のついた玩具にとても興味を持ちました。明治時代後期には「教育」という概念がクローズアップされ、都市部では玩具の名前に「教育」と冠すれば、裕福な家庭の親たちが喜んで買っていく時代があったと尾崎学芸員がお話してくださいました。文明開花し、西洋の文明が取り入れられたことで、新しい思想を人々が持つようになり、そこからまた教育という概念が人々に広く受け入れられた時代だからこそ流行になったのだと私は思いました。

「教育動物園翫具」――学生たちの撮影

実習中、展示ケースの中へ撮影を終えた明治時代の玩具を展示し直す作業を行ったのですが、そのなかで私は「教育動物園翫具」に惹かれました。動物の位置や観覧者の位置や動物と木々や檻の組み合わせを不自然にならないようにするにはどうすればいいか、そのことに集中して創造力を働かせていた際には、確かにこの玩具が「教育」の道具として機能していると実感しました。さらに、明治時代にも当時の人々が強く求める玩具があることを知り、それは、自分が幼い頃、流行っていた玩具を買ってもらっていたことと共通していて、❝流行玩具❞は昔から存在していたのだとあらためて驚きました。

そのほかにも、けん玉が集中力や巧緻性を養うための教具でもあったことなど、玩具が子どもの教育の道具としての一面があることをこの時代の様々な玩具と触れて感じることが出来ました。

明治時代のけん玉(再現品)――学生たちの撮影

日本玩具博物館では、過ぎ去った時代、子どもたちに愛されたたくさんの玩具が展示されているので、展示室をめぐりながら、時代ごとに流行した玩具を観察できます。「この玩具はどのような成長要素を子どもたちにあたえてくれるのか」――などと考えながら館内を回るととても面白いと思います! (T. Fukumi)


時代を超えて親しまれる玩具

皆さんは、「日本の玩具」と言われると何を思い浮かべるでしょうか? 凧、コマ、けん玉などを思い浮かべる人が多いでしょうか? 他にも日本には非常に多くの伝統玩具があります。またその多くは時代によって形を変えてきました。私はそのように形を変えて現代も遊ばれている玩具をいくつか紹介したいと思います。

まず最初に紹介するのは「知恵の輪」です。知恵の輪は江戸時代、日本に漂着した中国人によって伝えられたといわれます。明治時代の知恵の輪は、金属でできており、❝九連環❞といって九つの輪を組み合わせたものです。当時の合理精神を重んじる風潮のなかで、頭の体操的な玩具として人気を博していたようです。現在の知恵の輪は、丸い形だけではなく、三角や四角など複雑な形に変形され、多くの人に楽しまれていますね!

明治末期の知恵の輪 ――筆者撮影

次に紹介するのは「ベーゴマ」です。ベーゴマのはじまりは江戸時代のこと。バイ貝を半分に切り、中に土や金属を詰めたものでした。上方では❝バイ❞と呼ばれていましたが、関東に伝わたっとき、江戸訛りの❝ベーゴマ❞という名で定着しました。明治時代後期に金属で作られたベーゴマが登場し、戦時中、金属玩具の製造が禁止された昭和10年代には、土でも作られていました。そして平成時代、「ベイブレード」と呼ばれる複数のパーツを組み合わせ、針状のスタジアムで競い合う玩具となって子どもたちの前に再登場し、遊び手がそれぞれオリジナルのカスタマイズやパーツの改造などによって自分だけのベーゴマを作ることができるため、今でも大変人気があります。

今回紹介した2つの伝承玩具以外にも昔から形を変えて現代まで多くの人に親しまれているものは数多くあります。時代によってどのような素材でできているのか、どのように遊ばれてるのか、という視点で玩具を見るのは非常に面白い!と思います。(Y. Saito)


次号へ続く>





バックナンバー

年度別のブログ一覧をご覧いただけます。