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blog1994年のクリスマス
***調べものがあって1990年代のファイルを繰っていたところ、1994年12月、当館の開館20周年を記念して、友の会の皆さまと一緒に「ドイツのクリスマスを訪ねて」と題するツアーを催行した折の資料が出てきました。――――その年の2月、かねてより親しく交流のあったHerbert&Kiyoko Furumoto夫妻からご招待を受け、井上重義館長がニュールンベルクの玩具見本市やエルツゲビルゲ地方のおもちゃ村を訪問しました。特にドイツ東部に位置するエルツゲビルゲ地方の町々には、歴史性と郷土性を大切に守りながら、丁寧な玩具作りが行われていることに井上館長は非常に感動したと、帰国後、旅の話を熱心に話してくれました。伝統の人形や玩具が一斉に登場するクリスマス・アドベント(待降節)に、当館友の会の皆さんと一緒にドイツを訪ねてはどうだろうか、という井上館長の企画のもと、日本旅行神戸海外旅行支店のご担当者に団体旅行としてパッケージを組んでもらったのでした。
***エアランゲン在住のKiyoko Furumotoさんに通訳と案内役をお願いし、当館からは尾崎が随行して、おもちゃ好き14名のツアーが実現しました。旅のメニューには三つの柱がありました。一つ目はベルリン、ドレスデン、ザイフェン、エアフルト、ニュールンベルク、ローテンブルク、ミュンヘンなど、伝統のクリスマス・マーケット(ヴァイナハツ・マルクト)をめぐり、クリスマス・アドベントの様子を取材しつつ郷土性のあるクリスマス・オーナメントを収集すること。二つ目は、エルツゲビルゲ地方のおもちゃ村・ザイフェンの大小の工房を見学し、近世から伝わる玩具作りのスピリットに触れること。三つ目は、ゾンネベルク玩具博物館、ニュールンベルク玩具博物館、ケーテ・クルーゼ人形博物館、ザイフェン玩具博物館、ミュンヘン玩具博物館、フレーベル博物館を訪ね、文化財として玩具を高く位置付けているドイツの博物館事情を視察すること。―――10日間にして忙しくも充実の内容でした。
***当時はまだ、クリスマスや玩具がテーマとなる団体旅行はめずらしく、東西ドイツが統一されてまもない時期、ドイツ東部に位置するおもちゃ村・ザイフェンでは、日本からの初めての団体旅行客として大歓迎を受けました。この旅から持ち帰った有形無形のモノとコトは、玩具をテーマとする博物館をとらえる視点を与えてくれましたし、クリスマス文化を長く探究し続けるための視座を高めてくれました。
***30年近くが経過し、現在のドイツ各町のクリスマス・マーケットの様子も当時とは少し違ってきているでしょう。エルツゲビルゲ地方各地のおもちゃ村には西側資本が入って町々の変化は著しく、また玩具作りを担うマイスターたちの世代交代によっても、年々、状況は移り変わっていきます。だからこそ、当時の記録として旅のアルバムを大切にしたいと思っています。ほんの少しですが、写真をスキャニングしてご紹介します。
***チェコと国境を接するエルツゲビルゲ(=鉱山山脈)地方には、ザイフェンやグリュンハイニッヒェンなどのおもちゃ村があり、家内工業的な生産方法によって、繊細で美しい郷土の玩具が生み出されています。ここは、その名が示すとおり、かつては鉱山で栄えた地域でした。鉱石の枯渇による廃坑後、人々はロクロを駆使して木製品を作り、近隣の町へ行商したり、ドレスデンやライプチヒなどの大都市へ送ったりすることで暮らしを立てるようになりました。そうした町の歴史を物語るように、この地方の玩具の題材には、採掘の様子やツルハシを担いで鉱山職人が行進する様子などがよく登場するのです。当館の1980年代の所蔵品に「ザイフェンの教会」をテーマにしたキャンドルスタンドがありますが、この町の中心にはまさに同じ姿の教会が町を守るように建っています。
***エルツゲビルゲ地方には、小さな動物を一気にたくさん作る製法として、「ライフェンドーレーン」が発達しました。ドーナツ型の木の輪をロクロにセットし、足の隙間や背の盛り上がり、頭の傾きなどをロクロを回しながら、専用の刀で先に切りこんでおきます。その後、断面を縦に切り分けると、一つのドーナツ型から何十体もの動物が出来上がります。熟練工(マイスター)たちの驚くべき技術が「ノアの方舟」などの量産を可能にし、エルツゲビルゲをドイツばかりか、ヨーロッパ有数の木製玩具の産地へと押し上げたのです。「ライフェンドーレーン」は、エルツゲビルゲ地方にしか見られないユニークな製法として今に伝承されています。また削り掛けの樹木「シュパーンバウム」もこの地方の木製玩具を美しく飾る特色ある技法です。
***1994年の旅で訪ねたのはエルツゲビルゲ地方一のおもちゃ村、ザイフェンです。ライヒゼンリンクさん、ギュンターさん、グンターさん、ベイヤーさんらマイスターが腕をふるう個人の工房や、多くの工人が働くリチャード・グラゼール工房で実演を見せていただきながら、マイスターそれぞれの玩具作りにかける思いや製作上の工夫、また技術伝承のための苦労などについて、たくさんのお話を聴くことができました。旅のアルバムから幾枚かをスキャニングして、当時のザイフェン玩具博物館や工房の様子を紹介します。
***皆さん、メリー・クリスマス! フローエ・ヴァイナッハッテン! またいつか、玩具好きの皆さんをお誘いして、クリスマス・アドベントの町々を再訪してみたいですね。
(学芸員・尾崎織女)
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